第346話 焔魔堂②

 交流会が始まって、すでに五日が経過していた。

 初日は、かなり険悪になった両校だが、その後、両校の代表的な生徒であるアンジェリカとリーゼの二人が、それぞれ率先して相手校の生徒たちと交流を深めたため、険悪なムードもかなり緩和した状態となってた。今では、すでに親しい友人同士になっている者たちも多数いる。


 両校の交流は、中々良好なスタートと言えた。

 しかし、それでも、全員が緊張するような授業はある。

 例えば、最も危険と言われる鎧機兵での訓練だ。


 三時限目。

 今、グラウンドには、二機の鎧機兵が対峙していた。

 前屈みの頭部に、分厚い胸部。太い四肢に、背中から伸びる竜のような尾。

 鎧装の色は褐色だ。

 右手には片手斧を。左半身には白い外套を纏う重装型の鎧機兵。

 ジェイクの愛機・《グランジャ》である。

 そしてもう一機も重装型だった。

 白を基調に、ところどころで赤で縁取りした鎧装。全高は《グランジャ》とほぼ同格で、五セージル半ほどか。右手にはメイスを。左手には長楯タワーシールドを構えている。

 まるで神官兵を思わせるような、フラン=ソルバの愛機・《白風しろかぜ》だった。


 今回の模擬戦。

 奇しくも、互いの学び舎の三番手同士の戦いだった。


 両校の生徒たちは、期待の眼差しで、二機の姿を見据えていた。


『そんじゃあ、行くぜ。ソルバさん!』


 拡声器を通じて、ジェイクが告げる。

 同時に《グランジャ》が静かに身を屈めて、


 ――ズガンッッ!

《雷歩》を使って跳躍する!

 瞬時に間合いを詰めた《グランジャ》は斧を繰り出した!

 が、それを《白風》は、長楯で正面から受け止めた。

 流石は同じ重装型。《白風》が弾き飛ばされることはない。


『…………』


《白風》――フランは無言だった。

 無言のまま、愛機にメイスを繰り出させる。

《グランジャ》は、後方に跳んでそれをかわした。

 が、すぐさま間合いを詰めて、手斧で反撃した。それを《白風》が、再び長楯で凌ぐが、《グランジャ》の攻撃はそれで終わらない。

 上下左右。縦横無尽に手斧を繰り出すのだ。

 それは片手とは思えない猛攻だった。

「「「おおお」」」と、両校問わず生徒たちから感嘆の声が上がる。

 ジェイクの愛機・《グランジャ》は左腕が砲台になっている。そのため、接近戦では片腕に頼ることになる。しかし、ジェイクはそれを弱点にはしなかった。

 巧みな手斧さばきは、校内でも屈指。コウタやリーゼも一目置いている。


 ――ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 絶え間なく響く衝突音。

 明らかに優勢だが、ジェイクは舌を巻いていた。


(……すげえな。この子)


 コウタとリーゼ以外では凌がれたことのない乱打に、フランは耐えていた。

 愛機・《白風》が長楯を動かして、乱打を受け止めているのだ。

 防御に向いた長楯とはいえ、素晴らしくねばっている。

 楯の影に隠れているのでなく、《グランジャ》の攻撃を予測して凌いでいるのである。


『………ッッ!』


 フランは相変わらず無言だ。

 しかし、操縦席では冷たい汗をかいていた。

 このままでは、じきに押し切られると感じていたのだ。

 だからこそ、長楯で手斧を大きく弾いた瞬間に、反撃に移ったのである。

 メイスを振りかぶって一歩踏み出す。

 だが、そのタイミングが悪かった。

 反撃に出た刹那、彼女の目に映ったのは褐色の竜尾だった。


(――え)


 フランが大きく目を瞠った。

 それは、見事なまでのカウンターだった。


 ――ズドンッッ!

 長楯とメイスが手から離れる。《白風》の胸部装甲は竜尾に強打された。

 ビキビキっと装甲に亀裂が奔り、《白風》の巨体が宙に浮いた。

 そのまま、勢いよく吹き飛んでいく――。


「――フランッ!」


 その光景に青ざめたのは、アヤメや生徒たちと一緒に、試合を観戦していたアンジェリカだった。悲鳴じみた声で親友の名を叫ぶ。

 しかし、それ以上に青ざめたのは、ジェイクだった。


『や、やべえッ!』


 思わず、そう叫んだ。

 ズドンッと《白風》が地面に叩きつけられる。それとほぼ同時に《グランジャ》は仰向けに横たわる《白風》の元へと駆け寄った。

 これは、ジェイクにとっても想定外の事態だった。

 本当は、長楯の上から、竜尾を叩きつけるつもりだったのだ。

 直撃させる気まではなかったのである。

 アンジェリカを筆頭に生徒たちや、教師たちもざわついて《グランジャ》に遅れて《白風》の元へと駆け寄り始めた。

 一方、フランは、


(う、ぐ……)


 元々の身体能力の高さのおかげで、咄嗟ながらもしっかりと操縦棍を握りしめて、両太股にも力を込めて姿勢を維持。操縦席内でシェイクされることだけは避けていた。

 しかし、全身を貫くような衝撃は、流石にきつかった。

 頭がくらくらとする。と、


 ――ゴキッ、バキンッ!

 そんな音が聞こえてきた。


(……え)


 はっきりしない頭で混乱していると、不意に、人工的な光ではない本物の日の光が瞳に差し込んできた。どうやら、愛機の胸部装甲がこじ開けられたようだ。

 フランが困惑していると、彼女の片腕が誰かに掴まれた。


「大丈夫か! ソルバさん!」


 少年の声だ。


(……え? え?)


 フランの思考力は、まだ復帰していない。

 と、そうこうしている内に、大きな体格の精悍そうなその少年は告げた。


「見たところ、怪我は……ねえな。よし。ゆっくり外に出すぞ。いいな」


「あ、はい……」


 フランが呟く。と、少年は「分かった」と答えて腕に力を込めた。

 そして片腕だけで、彼女を操縦席の外に引っ張り上げたのである。


(………え)


 これには、フランも目を丸くした。

 自分は『大女』だ。そんな自分を彼は片腕だけで持ち上げたのだ。

 しかも――。


「悪りい。ちょいと粗相するぜ」


 少年はそう告げて、『大女』の自分を抱っこするではないか。

 ――そう。お姫さま抱っこをしたのである。


(ふえェいッ!?)


 思わず、彼女は変な声を上げそうになった。

 そこで少し状況が分かる。隣には、両膝をついた褐色の鎧機兵の姿がある。

 どうやら、自分は倒れた愛機の上で彼――対戦者だったジェイク=オルバンに、お姫さま抱っこをされているようだ。

 しかも、周囲には大勢の生徒たち。その中には、少しだけ焦ったような顔のアヤメと、ポカンと口を開いたアンジェリカの姿もあった。


(あ、あふう……)


 胸の前で指先を組み、自分では大きすぎると思っている体を小さく縮こまらせて、フランは耳まで顔を赤くした。


「――先生ッ!」


 そんな中、フランを抱いた少年が叫んだ。


「怪我はしてねえみてえだけど、彼女を医務室に連れて行きてえんだが!」


「ああ、分かった」


 教師の一人が頷く。アノースログ学園側の教師だ。


「念のためだ。連れて行ってやってくれ」


「了解だ!」


 少年は頷くと、フランを抱えたまま、そこそこ高さのある地面へと降り立った。

 上手く膝を使ったようで振動はまるでない。

 少年は、近くにまで駆け寄っていた黒髪の少年に「ちょっと行ってくる」と告げると、そのままフランを抱えて駆け出した。


(ふわっ!? ふわっ!?)


 まるで、彼女の体重などないかのような軽快な走りだった。

 彼女が混乱していると、少年は、


「……すまねえ。ソルバさん」


 生真面目そうな顔で、そう謝罪してきた。


「ここまでする気はなかったんだ。まさかあそこで反撃に出れるとは思ってなかった。あんたの強さを読み違えちまった」


「え、えっと……」


 フランは少年――ジェイクの顔を見上げて……。

 ――トクン、と。

 はっきりと、鼓動が高鳴るのを感じた。

 フランは、さらに顔を赤くした。


(ふ、ふ、ふわああ……)


 一度、意識してしまうとそこまでだった。

 鼓動が、どんどん激しくなる。

 もう、まともに彼の顔を見ることも出来なくなった。


(うそ、うそ、うそ……)


 自分の初めての感情に、ひたすら困惑する。


「……大丈夫か? ソルバさん?」


 彼が、優しい声でそう尋ねてくる。

 ただ、その両腕は力強く。

 走っていてもなお揺るぎなく、決して彼女を離そうとしない。

 その事実に、フランはもう噴火しそうな気分だった。


(ア、アンジュ、ごめん)


 フランは俯いたまま、親友に謝罪した。


(本当にごめん。私、あなたの気持ち、よく理解してなかったかも)


 心の中で何度もそう呟いて。

 今は、少年の腕の中で、沸騰し続けるフランであった。

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