第334話 とある幼馴染の憂鬱②

「……交流会、ですか?」


 魔窟館の四階。メルティアの寝室にて。

 カチャリ、と。

 スプーンを空になった皿の上に置いて、メルティアは小首を傾げた。


「うん。そうだよ」


 メルティアの向かい側に座るコウタは、自然な仕草でナプキンを手に取った。

 そして、机の上に身を乗り出してくるメルティアの口元に手を向ける。

 ――ゴシゴシゴシ。


「……ん、ん」


「あ、メル。動かないで」


 その様子を同じテーブルに座るアイリが、ジト目で見据えていた。

 メルティアの口元についたオムライスのケチャップを拭いてあげているのである。

 これが、コウタたちの標準スタンダードスタンスだった。

 結局、試作品のオムライスは、メルティアのお腹の中に納まった。

 あくまで試作品だったので、作成者自身が試食した訳だ。

 ちなみに、味は普通だった。


「以前、アルフが言ってたでしょう」


「アル……ああ、ハウル公爵家の……」


 口元を綺麗に拭いてもらったメルティアは、席に戻ってポンと手を打った。

 以前、この屋敷に来訪したことのある赤毛の少年騎士のことを思い出す。


「そう言えば、別れ際にそのようなことを言ってましたね」


「うん。その話が具体的になってきてね」


 そうして、コウタは学校で聞いた話を告げた。

 メルティアは、眉をしかめた。


「アノースログ学園、ですか?」


「うん」


 コウタが頷く。


「ボクでも聞いたことがあるような有名校だよ」


 その名前を初めて聞いたのは、故郷にいた頃だった。

 騎士学校とは、無縁の生活をしていたコウタではあるが、やはり少年。騎士には憧れを抱いていたのだ。友達ともその話で盛り上がっていた。

 しかし、その学校と交流会をするなど、当時のコウタは夢にも思っていなかった。

 そう思うと、少し感慨深くもある。


「特にあの学校は貴族と、その従者の人しか通えないって話だしね。凄い名門だよ」


「……そうなのですか」


 メルティアが、気の進まない返事をする。


「何やら、堅苦しそうな学校ですね」


「まあ、校則とかが厳しいのは事実だろうけど」


 そこで、コウタはメルティアを見つめた。

 メルティアは「……う」と呻く。


「コ、コウタの言いたいことは分かります」


 メルティアは不安げに眉根を寄せた。


「私にも、その交流会に参加して欲しいということですね」


「……そうだね。出来れば、それが望ましいとは思っているけど……」


 コウタは、かぶりを振った。


「メルが辛いのなら、今回はサボってもいいよ」


「……え?」


 メルティアは、目を瞬かせた。

 対するコウタは、微苦笑を浮かべた。


「今回は人数が人数だしね。アルフ一人ならともかく、一学年は多すぎだよ。ましてや君の着装型鎧機兵は、嫌でも注目を集めるし」


 あの巨体だと、交流会で注目を集めるのは確実だ。

 しかも、メルティアは公爵令嬢でもある。

 その肩書に、あの巨体が合わせれば、リーゼ以上に注目を集めることになるだろう。

 それは、彼女が、好奇の視線に晒されることを意味する。

 メルティアが、何よりも恐れることだ。

 だから、今回は無理強いしないと決めていた。


「前にも言ったけど……」


 コウタは、優しく微笑んだ。


「君を傷つけてまで、叶えたい望みなんてないよ」


「……こ、こうたぁ……」


 メルティアは、金色の瞳を潤ませた。


(……あう、あうゥ)


 メルティアはもじもじとした。無性に、コウタに甘えたくなる。

 彼女は立ち上がると、トコトコとベッドに向かった。

 トスン、とベッドの縁に腰を下ろす。

 次いで、メルティアは赤い顔で「コウタ。コウタ」と手招きした。


「メル?」


 コウタは、誘われるままに立ち上がった。

 同時にゴーレムたちが、テーブルの上の皿やナプキンを片付け始める。

 コウタは、気にせずにメルティアの元に向かった。

 メルティアは、興奮気味に自分の隣を叩いている。

 ここに座ってという意志だ。

 コウタは、メルティアの隣に座った。

 すると、


「……うふふ」


 ――むにゅん、と。

 メルティアがコウタの腕に手を搦めて、豊かな胸を押し当ててきた。


「メ、メル!?」


 コウタの顔が赤くなる。

 しかし、メルティアは構わず、コウタの腕に頬を摺り寄せてきた。


「……うふふ。こうたぁ。こうたぁ」


「え、えっと、メル……」


 コウタはおどおどとし始めるが、メルティアは幸せ顔だ。


「コウタは、私が大切ですか?」


「う、うん。もちろん大切だよ」


「うふふ、そうですか」


 むに、むにィ、と。

 メルティアがより強く抱き着いてきて、胸が形を絶え間なく変えていく。

 コウタは、ますます赤くなった。

 もう心臓は、ドキドキしっぱなしだった。


「……コウタ」


 その時、メルティアはコウタの腕を離して、彼の顔を見つめた。


「コウタの気持ちは、凄く嬉しいです。だから、私は……」


 メルティアは少し不安そうだったが、こう告げた。


「コウタが望むのなら、頑張って、交流会に出てみようと思います」


「え、ホ、ホント? メル」


 コウタは、目を見開いた。


「大丈夫なの? 怖くない?」


「は、はい。きっと、大丈夫だと思います」


 メルティアはそう告げた。

 しかし、コウタはすぐに気付く。

 彼女の肩が、少し震えていることに。


「……メル」


 コウタの胸が強く痛んだ。

 なんて健気な幼馴染なのだろうか。


「……君って子は」


 コウタは、思わず彼女をギュッと抱きしめた。

 メルティアは、瞳をパチパチと瞬かせる。


「……コ、コウタ?」


「ありがとう。メル。嬉しいよ。うん。頑張ろう。心配しないで。約束するよ。無理そうならすぐにボクが助けるから」


 耳元でそう囁く。

 メルティアは「はい」と頷き、幸せそうな顔で少年にしがみついた。


「「「…………」」」


 数機いるゴーレムたちは無言で、その様子を窺っていた。

 この幼馴染たち……。

 爆発寸前――いや、まさに爆発中であった。

 その様子をもう一人、テーブルに座ったままのアイリも見つめていた。

 そうして数秒の沈黙の後、一言。


「……本当に、どうして、まだくっついてないの?」


 心から呆れるように、そう呟くアイリであった。

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