第330話 交流会、来たる②
「いよいよ、交流会がやってきたな」
放課後。教室にて。
そう告げたのは大柄な少年、ジェイク=オルバンだった。
「うん。そうだね」
席に座ったまま、コウタが頷く。
今、そこには、ジェイクとリーゼの姿があった。
他にも数人、クラスメートたちが集まって談笑に興じている。
話の内容は、やはり交流会に関してだった。
特にやって来るのが、皇国の貴族――ご令嬢ということで、男子生徒たちの興奮は相当なものだった。何気にこのクラスは深窓のご令嬢に憧れている少年が多いのだ。
なにせ、彼らは騎士を目指す少年たち。
本能的に、守ってあげたくなるようなご令嬢やお姫さまが好みなのである。
「皇国のご令嬢たちだぜ! どんな娘たちなのかな!」
「やっぱ、お淑やかなんだろうなあ……」
と、妄想を膨らませている。
そんな彼らに、リーゼは嘆息した。
「相手は皇国の貴族の子弟。紳士淑女であるのは確かでしょうが、彼らも騎士学校に通う者たちですのよ。当然、武芸にも精通していると思うのですが……」
「まあ、そうだろうな」
リーゼの指摘に、ジェイクは苦笑を浮かべた。
それから、盛り上がるクラスメートたちを一瞥し、
「けど、あいつらは、深窓のご令嬢ってやつに夢見てんだよ。なにせ、このクラスのご令嬢たちと言えば……」
大仰に肩を竦める。
「普通に強いもんな。性格もノリはいいけど、どちらかといえば勝気な奴が多いし。守って上げたくなるタイプなんて一人もいねえ。あえて挙げるならお嬢だが……」
ジェイクは再び苦笑を浮かべて、リーゼを見据えた。
清楚な仕草に、華奢な肢体。気品に溢れるオーラ。
今も、ただ立っているだけで、とても画になっている。
ご令嬢と言えば、まさに彼女こそがそうだった。
しかし、
「お嬢に至っては、女子たちの中で最強だしな。つうか、全学年の男子も含めて、コウタ以外じゃあ誰も勝てねえし」
「当然ですわ」
リーゼは自分の胸に手を添えて、誇らしげに告げる。
「わたくしはレイハート家の者。淑女としての教養はもちろん、武芸においても幼少時より鍛え上げております」
「あはは、リーゼは本当に強いからね」
コウタが朗らかに笑った。
「ボクが知る女の子の中だと、『彼女』の次に強いよ」
「……ム」
リーゼは少し頬を膨らませた。
「お待ちくださいませ。それは、たとえコウタさまのお言葉であっても聞き捨てなりませんわ。『彼女』が強いことは承知していますが、そもそも、わたくしは一度も『彼女』と仕合っていません。勝負は分からないはずですわ」
「いやいや、お嬢」
リーゼの言葉に、ジェイクはパタパタと手を振った。
「コウタの言う『彼女』って、あの《妖星》の嬢ちゃんのことだろ? あの牛野郎と同格なんだぜ。流石に勝つのは無理だろ」
「……ムムム」
リーゼは、ますます頬を膨らませた。
「まあ、『彼女』はちょっと特殊だからね。けど、あくまで力量だけの話だし、状況次第なら、まるっきりリーゼが勝てないってことじゃないとは思うけど……」
と、コウタがフォローを入れつつ、室内を見渡した。
「行くぜ! 今度こそ!」
「おう! お近づきなるぜ!」
「ご令嬢! ご令嬢! ご令嬢!」
クラスメート――特に男子たちは、相当に白熱しているようだ。
コウタは首を傾げた。
「なんか、みんな興奮しすぎな気がしない?」
「そりゃあそうだろう」
ジェイクが、ポリポリと頬をかいて告げる。
「あいつらには、トラウマがあるからな。病弱な深窓のご令嬢と期待していたところに、あの『剛令嬢』の登場っていうトラウマがな」
それは、初めてコウタの幼馴染――アシュレイ公爵家のご令嬢、メルティア=アシュレイが登校してきた日のことだ。
登場した全身鎧の巨人のようなご令嬢に、男子たちは愕然としたものだ。
それは、豪胆で知られるジェイクも例外ではなかった。
「いやいや。何さ、それ」
しかし、それに対し、コウタは納得いかない。
ムッとした表情を見せた。
「メルは病弱じゃないけど、間違いなく深窓のご令嬢だよ。運動神経はいいけど、喧嘩なんかは苦手だし、臆病で凄く守って上げたくなる子なんだよ」
と、少し惚気ているような台詞を返す。
隣で、リーゼが「むむ」と、唸っていることには気付いていない。
そんな二人に、ジェイクは苦笑いを浮かべつつ、
「そりゃあ、コウタは、メル嬢の本当の姿を知っているから言える台詞だろ。校内でのメル嬢は、オレっちよりもガタイのいいご令嬢なんだぜ。流石に『深窓』なんて言葉は出てこねえよ。まあ、本来のメル嬢を言い表すなら――」
ジェイクは、あごに手をやって呟く。
「深い層って書いて……『深層』のご令嬢ってとこか」
「あら。お上手なことを仰いますわね」
リーゼが少し感心するように、ポンと手を叩いた。
対し、コウタは何とも言えない渋面を浮かべた。
「……確かに上手いや」
と、認めつつ、コウタは席から立ち上がった。
次いで、机の中から必要な物を取り出して、腰の白布に収納する。
「あら。コウタさま。もう帰り支度ですの?」
リーゼが残念そうにそう告げると、
「うん。ごめん。ちょっと彼女のことが心配になってきて」
コウタは、すまなさそうにそう告げた。
「おう。そっか」
ジェイクが教室の後ろにある巨大な机と椅子に目をやった。
「確かに今日も来なかったしな」
「うん。また少しぶり返しちゃってさ」
コウタは小さく嘆息した。
彼の愛しいお姫さまは、今日もあの館で引き籠り中だった。
一度、引き籠りがぶり返すと、彼女は中々出てきてくれないのだ。
それが、すでに三日も続いている。
「ご当主さまも心配されているし、交流会も近いし、そろそろ復帰させないと。交流会にはアルフも来るだろうし」
そうして、コウタは自嘲気味な笑みで答えるのだった。
「ちょっと、『深層』にまで行ってくるよ」
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