第331話 交流会、来たる③

 森の国・エリーズ国。

 王都パブロの一角にあるアシュレイ邸。

 そのさらに奥にある森に覆われた不気味な館。

 通称、魔窟館の前に、コウタはいた。

 何人も通さないとアピールしているような扉に鍵を差し込み、両手で扉を開く。

 館内に入る。

 そこは、二つの階段がある大きなホールだ。


「さて」


 コウタは、ふうっと息を吐いた。


「今日は、メルはどこにいるのかな?」


 この館はメルティアの城だ。

 この広大な館のどこかに、彼女は引き籠っているはずだった。

 コウタは、知り尽くした足取りで廊下を歩き出す。


「一番いそうなのは寝室か、工房かな?」


 メルティアは、入浴時以外は寝室で図面を書いていたり、睡眠を取るか、または工房に籠って開発に明け暮れていたりすることが多い。

 ここ数日は、その二部屋を行ったり来たりしているようだ。


「まずは工房に行ってみようかな」


 時刻は、すでに午後四時を過ぎている。

 流石にこの時間に寝ているとは考えられないし、この時間帯は、工房で作業していることの方が多い。コウタは廊下を進みながら、地下へと続く階段の方へ向かった。

 と、その途中だった。


「……あ、コウタ」


 一人の少女と出会った。

 九歳ほどの幼い少女だ。

 綺麗な顔立ちと、薄い緑色の瞳。腰まで伸ばした同色の髪が印象的な彼女は、銀色の小さな王冠付きカチューシャを付けたメイド服を着ていた。

 アイリ=ラストン。

 この館にて唯一人、住み込みで働くメイド少女である。


「あ、アイリ」


 コウタは、ニコッと笑った。


「こんばんは」


「……うん。こんばんは」


 アイリは少し不愛想に答えた。

 彼女は、あまり感情を面に出さない少女だった。

 とは言え、コウタのことを嫌っている訳ではない。

 いや、それどころか、


「………」


 アイリは、キョロキョロと周囲を見渡した。

 魔窟館には、百機以上の自律型鎧機兵――ゴーレムが滞在している。

 しかし、この廊下には今、偶然だが一機もいない。


「……うん」


 アイリは小さく頷くと、タタタとコウタに向かって駆け寄ってきた。

 そして、ポフンっとコウタの腰に抱き着いた。


「……ん。いらっしゃい。コウタ」


 顔を上げてアイリが言う。

 彼女は無表情で、じっとコウタの顔を見つめている。

 これは、彼女からの催促だった。

 コウタは、微苦笑を浮かべつつ、アイリの頭をポンポンと叩いた。

 普段ならこれで離れてくれる。しかし、今日は表情を変えてくれない。


(……今日は、少し甘えん坊だ)


 コウタは、眼差しを優し気に細める。

 そして彼女の頬に片手をやった。

 それから、子猫にするように優しく撫でる。

 彼女の顔を少し上げて、頬や横髪に、優しく触れる。


「……ん」


 アイリは瞳を閉じてくすぐった後、微かに笑みを見せてくれた。

 そうして、コウタの元から離れた。

 アイリは大人びたしっかりした子なのだが、コウタと二人だけの時は、こうして甘えてくるのだ。コウタはそれを喜ばしく思っていた。

 アイリは、決して恵まれた人生を送っていない。

 幼くして人買いに遭遇するなど、とても不遇の人生を送ってきたのだ。


 だが、それはすでに過去のことだ。

 アイリは、もっと子供らしく甘えてもいい。


 コウタは常々そう思っていた。


(うん。周囲に対する緊張も大分解けているみたいだしね)


 優しい気持ちでそう思う。

 ただ、実際のアイリの方は子供どころか、むしろ大人だ。

 精神的には、コウタよりもずっと大人で狡猾なのだ。

 今の二人の時だけのスキンシップも、『今』のみで終わらせるつもりはない。

 これからも、ずっとしていくつもりだった。


 ――幼女から少女へ。

 少女から女へとなってもだ。

 いつか、コウタが、アシュレイ家に婿入りして公爵さまになって、自分をお手つきする時まで行うつもりなのである。


 ただ、注意事項としては、お手つきしてもらうのは、あくまで、メルティアがコウタの妻になった後にしなければならないが。


(……私はメイドさんだから。二号さんだから気をつけないと)


 正妻メルティアを立ててこその二号さんなのだ。

 ましてや、メルティアは自分を救ってくれた恩人である。裏切る訳にはいかない。

 自分が愛されるのは、メルティアの後でなければならないのである。

 そもそも、愛人は裏切りにならないのかといった考えは横に置いといて。

 幼い少女の、そんなとんでもない思惑など、コウタには気付きようもなかった。


「アイリ」


 いつものように、妹分に語りかけてくる。


「ところで、メルが今、どこにいるか知らない?」


「……メルティア?」


 アイリは、髪を揺らして小首を傾げた。


「……寝室にはいないよ」


「なら、工房かな?」


 コウタがそう呟くと、アイリはかぶりを振った。


「……工房にもいないよ」


「え?」


 コウタは目を丸くした。

 寝室にも、工房にもいない。かなり珍しいケースだ。


「え、じゃあ、メルはどこにいるの?」


 コウタのその問いかけに、


「……メルティアなら」


 アイリは、コウタの手を掴んで告げた。


「……多分、厨房にいるよ」

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