第四章 『刃』、頑張る

第308話 『刃』、頑張る①

「……ふむ。ジェシカの奴は上手くやれるかのう」


 王城・ラスセーヌの大庭園で。

 リノは蒼い空を見上げて、独り言ちた。

 リノがこの庭園にいるのは、別に散策をしていた訳ではない。

 偶然、コウタが庭園に入る姿を見かけたから追いかけて来たのだ。

 しかし、そこで一旦、コウタを見失い、庭園内を歩いていたところ、これまた偶然でジェシカの姿も見かけたのである。


(……ふむ)


 リノは瞬時に状況を整理した。

 コウタは何というか、持っている男だ。

 愛する者の危機に絶妙なタイミングで現れる。

 それが、素で出来る男だった。

 だからこそ思った。

 滞在の理由は分からないが、ここにジェシカがいる以上、きっとコウタは、彼女と遭遇するに違いないと。


(ならば、わらわも一手打ってくか)


 リノはそう考えて、ジェシカに声をかけた。

 そして現状を伝えるとともに、軽く発破をかけてやったのだ。

 メルティア達に対しては厳しい態度をとるリノにしては、寛大な対応だった。

 だが、それも当然だった。

 庭園内を歩きながら、リノは腰に手を当てて、ふっと笑った。


(ジェシカには頑張ってもらわんといかんからな)


 ジェシカを擁護する。

 以前、そう約束したこともあるが、他にも狙いはあった。

 現状、リノはコウタの傍にいる女性陣の中では孤立している。


 ――新参者であり、その上、元犯罪者。

 警戒されるのは当然である。


 しかし、そう割り切っていても、孤立無援はやはり厳しいものだ。

 しかも、あの三人は中々の強敵揃いであった。


 容姿、スタイルにおいてはリノにも匹敵し、幼馴染として、最もコウタに大切に扱われるメルティア=アシュレイ。


 淑女の静謐さと穏やかさを持ち、常にコウタを全面において支え、まさに良妻のように振る舞うリーゼ=レイハート。


 無邪気さを装う老獪な幼女。ただ、老獪であるのは、それ以外に身を守る術もないほどに無力だからという証でもある。だからこそ、誰よりもコウタにすべてを委ねているアイリ=ラストン。


 近くで対峙すると、よく分かる。

 リノの美貌を以てしても侮れない、恐るべき三人であった。

 さらに徒党を組まれると、正妻の座が危ういとも言えるほどの強敵である。


 だからこそのジェシカなのだ。


(やはり、腹心は欲しいからのう)


 リノは腕を組んで「うんうん」と頷いた。

 ジェシカは、リノと同じ裏の人間だ。

 互いの事情はよく理解している上に、それなりの良好関係も築いている。

 ジェシカが、正式にコウタの側室の一人となれば、孤軍奮闘するリノにとって頼もしい味方となることだろう。

 だが、そのためには、クリアしなければならない問題もある。


(……う~む)


 リノは眉根を寄せて呻いた。

 問題は、中々コウタに会えないジェシカの状況にある。

 その上、話してみて分かったが、あの年上の女性はかなりの奥手な性格をしていた。まだ生娘ではなのかと疑わしいぐらいの初心さ加減だ。

 まあ、流石にそれはないと思うが。

 リノは、苦笑を零した。

 ジェシカは、本来は暗殺者だと聞く。

 あのレベルの容姿と美貌を持つ暗殺者が『女』を利用しないとは考えにくい。


(義母上も言っておったしのう)


 そこで、リノはふと義母の一人を思い出した。

 彼女も元暗殺者だったそうだ。それも相当な腕前だったらしい。

 そんな義母も、男が最も油断するのは、情事の最中だと語っていた。いかなる屈強な男も必ず油断する。その一瞬の隙に頸動脈を掻っ切るのが定石とのことだ。ただ、彼女はその手法で父を狙ったことが仇となって、結果、父の七人目の妻になったそうだが。

 義母曰く、父は確信犯だったということだ。


『……あの野郎』


 半眼でそう呟く義母の顔が思い浮かぶ。

 実は、暗殺は最初から見抜かれていたらしく、それを分かった上で誘い込まれたということらしい。そして散々弄ばれた挙句に、『気に入った! 今日からお前も俺の女だ!』と通告されたとのことだ。


 リノは、深々と嘆息した。

 まったくもって、父には脱帽する。


(父上には困ったものじゃ。まあ、揃って、わらわに父上との出会いを惚気る義母上達にも霹靂ものじゃが。それにしても……)


 ――元義賊、元令嬢、元王女、元暗殺者。

 本当に、リノの義母達のバリエーションは多彩で凄い。

 まあ、父がただの好色家であると言えば、それまでだが。

 閑話休題。

 ともあれ、恐らくはジェシカは、『女』を利用するのに何も感じない人生を歩んできたため、真っ当な少年相手にかえって純情化しているだけなのだろう。

 しかし、


(だとしても、あやつの積極性はロリ神以下ではないか?)


 リノはあごに手をやって、ジェシカを酷評する。

 事実、それは当たっていた。

 なにせ、ジェシカはコウタに対して何もしようとしないのだ。

 あれでは正直、ダメだった。

 何もしない者に勝利の女神は微笑みかけたりはしない。


(あやつにも、そろそろ覚悟を決めてもらわんとな)


 リノは、再び庭園に目をやった。

 リノの直感だと、そろそろ二人が出会ってもおかしくはない。


「折角、わらわが用意した舞台じゃ」


 リノは、ニヤリと笑った。


「覚悟を見せてみせよ。ジェシカよ」


 女王さまは腹心をお求めだった。

 派閥を築くためにも、ジェシカの奮闘に期待するリノだった。

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