第276話 義姉と義妹③

 ――市街区にある、とあるカフェにて。

 三人の女性は、一つの丸テーブルを囲んで座っていた。


「それにしても、義姉上よ」


 一人は、リノだ。

 彼女は注文した紅茶に口をつける。


「いささか酷くはないかの?」


「え? 何が?」


 リノの向かい側に座るサクヤが、小首を傾げる。

 ちなみに、彼女の隣には黄色い短髪の女性――ジェシカの姿もある。


「コウタのことじゃ」


 リノは嘆息して、紅茶をソーサーに置いた。


「わらわと初めて出会った日。あの公園でのことじゃ。お主、当然、コウタのことを知っておったのだろう?」


「……まあね」


 サクヤは苦笑を零した。


「ただ、あの日、私も相当動揺していたのよ。まさかコウちゃんが生きているなんて、あの日まで夢にも思っていなかったから」


「………むう」


 サクヤの台詞に、リノは不満げに頬を膨らませた。


「結構混乱もしててね。その上、リノちゃん、あんなに楽しそうにコウちゃんのことを語るし。ちょっと切り出せなかったの」


「……むむむ」


 リノはまだ不満そうだったが、おもむろに大きな溜息をついた。


「……仕方がないの。義姉上にも事情があるしの」


「ありがとう。リノちゃん」


 サクヤは微笑む。

 と、その時、


「……サクヤさま」


 ジェシカが、ぼそりと主君の名を呼ぶ。

 ちらりと、リノを一瞥し、


「……あまり親交を深めるのは、お互いにとってよろしくないのでは?」


「……む?」


 リノは、そこで初めてジェシカに目をやった。


「何じゃ? 従者殿。やけに攻撃的じゃのう?」


 と、ジェシカに尋ねる。

 リノは彼女とも一度だけだが、面識がある。

 その時からあまり友好的な相手ではなかったが、今は少し刺々しさを感じる。


「あの時、お主から護衛の任を奪ったことを、今も不服に思っておるのかの?」


 眉根を寄せつつ、続けてそう尋ねたが、ジェシカは、ただ、ぶすっとしているだけで何も答えようとしない。


「ふふ、違うのよ、リノちゃん」


 すると、代わりにサクヤがクスクス笑いだした。


「ジェシカは不満なのよ。同じ裏の人間なのに、コウちゃんに大切に想われているリノちゃんのことが羨ましいのよ」


「サ、サクヤさま!」


 ジェシカは、顔を赤くして叫んだ。

 一方、リノは「……なに?」と少しキョトンした表情を浮かべていたが、


「いや待て。お主、まさかそういうことなのか?」


 かなり驚いた表情に変えて、ジェシカを見据えた。

 ジェシカは、気まずげな様子で視線を逸らした。

 リノは目を丸くする。

 と、それに対し、サクヤは頬に手を当てて語り始めた。


「ジェシカってば、すでにコウちゃんに心を鷲掴みにされちゃってね。今や、私の護衛者であり、可愛い義妹候補でもある訳なの」


「――何じゃと!?」


 リノはテーブルの上に両手をつき、立ち上がった。


「いつの間にそんなことに! いや、お主はコウタと歳が離れすぎているであろう!」


 リノに睨みつけられ、ジェシカはムッとした表情を見せた。


「私とコウタさんは、そこまで離れては……いえ。それは無関係なことです。私は別にコウタさんと結ばれたい訳ではありませんから」


「……なに?」


 リノは眉根を寄せた。


「それは、どういう意味なのじゃ?」


 率直に尋ねるリノに、ジェシカは自分の豊かな胸元に片手を当てて語り出す。


「私が望むのは刃であることです。コウタさんの敵を切り裂く刃となること。それが私の望みです。彼に愛されるためにお傍にいたいと願っている訳ではありません」


「……ほう」


 リノは目を細めた。


「なるほど。お主はコウタを敬愛し、懐刀になりたいということか」


「まさにその通りです」


 ジェシカは、誇らしげに首肯する。


「いえいえ。ジェシカ」


 すると、サクヤが、パタパタと手を振り、呆れるようにツッコんだ。


「確かにそれも本音かもしれないけど、コウちゃんに求められたら、すぐに応じるとかも言ってたじゃない」


「サ、サクヤさま!」


 誇らしげな表情から一転。顔を赤くするジェシカ。

 リノは、そんなジェシカをまじまじと観察した。


(ふむ。なるほどの)


 コウタの懐刀になりたい。

 その想いに偽りはないだろう。

 そして、同時に女としても彼を求めていることも。


(よくよく見れば、相当な美貌。合格ラインには充分達しておるの。ふむ……)


 あごに手をやり、数秒ほど考え込む。

 そして、


「お主は……」


 リノは、確かめてみることにした。


「コウタの妻になる気はないのかの?」


「いえ。ありません」


 ジェシカは即答した。


「……ほう」


 リノは、双眸を細めて呟く。

 ジェシカは、さらに語り続けた。


「私は刃です。彼が望まれるなら、すべてを捧げる所存ですが、お傍に置いて頂けるだけでも充分なのです。妻になりたいなど望む気はありません」


「……そうか」


 リノは、おもむろに頷いた。

 そして両腕を組み、


「うむ! よし! 決めたぞ!」


 パンと柏手を打って、リノは宣言する。


「コウタの正妻として、お主をコウタの『刃』として認めよう! また、コウタの寵愛を受けることも許す!」


「………え」


 ジェシカは目を丸くした。

 ちなみに、サクヤも「……え?」と同様の顔をしている。


「コウタに対する忠義と敬意。見事である!」


 リノは大きな胸を反らして、さらに言葉を続けた。


「わらわはお主が気に入ったぞ。陰に徹しようという気概もよい。なに。他の連中が何と言おうと、わらわがお主を擁護しよう。わらわがお主を認めさせてみせよう!」


「リ、リノ、さま?」


 ジェシカは、リノの迫力に押されて、つい『さま』付けで呼んだ。


「わらわ達は裏の人間じゃからのう」


 リノは、優しく微笑む。


「やはり、立場的には色々と抱え込むものじゃ。ギンネコ娘達よりも不利なのも事実。ゆえに協力はせねばならぬ。よいか、ジェシカよ」


「は、はい……」


 ジェシカは、リノを見つめた。


「今日より、わらわが味方じゃ。共にコウタの愛を受けようぞ」


「リ、リノさま……」


 あまりにも力強い女王の姿に、ジェシカは強い信頼感を抱いていた。

 一方、サクヤは「えええェ?」と、何とも言えない表情を浮かべていた。


「ま、まあ、いいけど」


 何やら、主従関係にも似た雰囲気の二人をよそに、サクヤが問う。


「ところでリノちゃんは、どうして一人でこんな場所にいたの?」


「……ん? ああ、停留所を探しておったのじゃ?」


 リノが、サクヤに視線を向けて答える。


「停留所?」


 サクヤが小首を傾げた。

 リノは続けて言う。


「義兄上にお会いしに行くためにの。もしや義姉上達もか?」


 そう告げた途端、サクヤの顔色が変わった。

 リノが「ん?」と眉根を寄せた。


「どうしたのじゃ? 義姉上」


 と、尋ねるリノに、


「……停留所までは何度も行ったんだけどね」


 サクヤは、眉を落として呟いた。


「どうしても馬車に乗れないの。その先に進むには中々ね……」


「サクヤさま……」


 ジェシカが、主君の心中を察して眉根を落とした。

 この国に来る決意はしたが、いざ会うにはまだ覚悟が足りない。

 そんなサクヤの心中には、リノも気付く。


「……そうか」


 リノは、優しげに微笑む。


「なに。時間はある。ゆっくりと決断するがよい」


 言って、リノはサクヤ達に背中を向けた。


「ただ、わらわはこれから義兄上にご挨拶にいくつもりじゃ。なに。義姉上のことは、わらわからは話さぬから安心せよ」


「……うん。ありがとう。リノちゃん」


 サクヤは笑った。


「停留所は、この店を出て大通り沿いに南に進むとあるよ。私はまだ行けないけど……」


 サクヤは、未来の義妹になるかもしれない少女に告げた。


「彼によろしくね」


「うむ! 心得た!」


 リノは振り向いて、ニカっと笑った。

 そして、リノはカフェから出て大通りに立つ。


「ふむ。南じゃな」


 言って、南側に振り向いた時だった。


「……ヒメ」


「ん?」


 リノは足元を見た。

 そこには、蒼い鎧を着た幼児がいた。

 リノは目を丸くする。


「何じゃ? サザンXか?」


 宿にて待機を命じていたサザンXだ。


「どうしてこのような場所におる?」


 そう尋ねると、サザンXは「……ヒメヲ、ムカエニキタ」と答えた。

 リノは首を傾げた。


「??? 何故じゃ? しばらく留守にすると言ったはずじゃが?」


「……ゲイルガ、シニカカッテイル」


 と、サザンXは、状況を説明し始めた。

 一通り説明を受け、リノは呆れるように嘆息した。


「何とも貧弱な。ゲイルも大人じゃ。放っておけ。死にはせん」


「……ソウナノカ?」


 サザンXが首を傾げる。

 リノの興味は、すでにゲイルにはなかった。


「大丈夫じゃ。それよりお主も付いてまいれ。これより義兄上の所に行くぞ」


「……ム? コウタノ、アニカ?」


 サザンXの中からも、ゲイルは消えた。

『ぎゃあああッ!』と悲鳴を上げて闇の中に消えていくゲイル。


「それでは行くかの」


「……ウム。ショウチシタ」


 そう言って、少女とゴーレムは、停留所に向かって歩き出す。

 このままクライン工房にまで順調に向かうと思いきや。


「……む」


 リノは、おもむろに足を止めた。

 視界の先に、とある人物達を見つけたからだ。

 それは銀色の髪の少女と、絹糸のような栗色の髪を持つ少女だった。

 ただ、歩いているだけで目を引く美しい少女達。

 二人とも、この騎士学校の制服らしき服を着ていた。


「まさかあれは……ふふ。今日は本当に運が良いのう」


 リノは、微笑む。

 彼女達の容姿は、すでに情報で知っていた。


「銀髪がサーシャ=フラム殿。長い髪がアリシア=エイシス殿か」


 彼女達もまた、リノにとって特別な人間だった。

 リノは「さてさて」と一歩踏み出した。


「では、あの義姉上達にもご挨拶しておこうかの」

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