第255話 戦いの地へ③

(……コウタさま)


 揺れる馬車の中で、リーゼは愛する少年のことを想った。

 無言のまま、彼女は馬車の窓を覗いている。

 リーゼ達は今、馬車で移動していた。

 王都の門を出て、草原が続く道を走っている。

 目的は、コウタ達が全力でぶつかり合える場所にいくことだ。


「……大丈夫かな? コウタ」


 と、アイリが心配そうに呟いた。

 現在、この馬車内にコウタの姿はない。

 並んで座るシャルロットとミランシャ、アイリ、リーゼ。

 向かい側にジェイクと、零号達三機。零号の冠にとまるオルタナ。

 クライン工房に向かった時のメンバーだった。

 コウタとメルティア。ルカの姿はない。

 彼らはもう一台の馬車に乗っている。

 なお、アッシュとオトハは、自分達の馬で同行している。アッシュの後ろには、不安がるユーリィを乗せてだ。


「やっぱ心配か? お嬢。アイリ嬢ちゃん」


 ジェイクがそう尋ねると、


「当然ですわ」「……当然だよ」


 二人は揃って声を返した。

 ジェイクは苦笑する。


「けど、まあ、ここまでは一応予定通りじゃねえか。別にコウタの兄貴と殺し合う訳じゃねえ。そんなに心配すんなよ」


 ジェイクが、あごに手をやってそう告げる。

 しかし、二人はかぶりを振った。


「それでも、コウタさまが怪我をされる可能性はありますわ」


「……うん。相手は格上だって聞くし」


「……ダガ、格上アイテニ、イドムノモ、キシノ本懐ダ」


 と、ぬいぐるみのように長椅子に座る零号が言う。


「……ウム! アニジャノ、イウトオリダ」


「……モシ、カッタラ、コウタハ、ニカイキュウトクシンダ」


 他の二機も同意した。


「……それは殉職した時の対応ですわ」


 リーゼは嘆息する。

 この戦いはコウタの望み。

 それが分かっていても、格上相手に戦いを挑む、愛する人の身を案じるのは、女としての当然の本能だった。


「……コウタ」


 幼くとも、それはアイリも同じ思いだろう。

 彼女は不安そうに、シャルロットを見つめた。


「……先生」


「何ですか? ラストンさん」


 シャルロットは、視線をアイリに向けた。

 アイリは不安そうに尋ねる。


「……実際のところ、お義兄さんはどれぐらい強いの?」


「それは……」


 シャルロットは言い淀む。


「私が知っている彼は五年も前のことです。その時は《七星》でもありませんでした。やはり今の彼を知るのは――」


 そこで、隣に座るミランシャに視線を向ける。


「ミランシャさま」


「うん。そうね」


 ミランシャは、あごに指先を当てた。


「アタシが見たところ、コウタ君の今の実力は、《悪竜ディノ=バロウス》モードを使って、アルフと同じぐらいね。ちなみにアシュ君はアルフ相手に一度も負けたことがないわ」


「……う」アイリが呻く。リーゼも眉根を寄せた。


「しかも、アルフを相手にする時のアシュ君は、全力じゃなかったわ。一度も真紅の《朱天》を出したこともなかったしね」


「……真紅の《朱天》?」


 ジェイクが、ミランシャを見つめた。


「何すか? それ?」


「アシュ君の切り札よ」ミランシャが言う。「アシュ君の愛機である《朱天》にはね。頭部に四本の角があるの。それは《星導石》を加工して造ったものでね。言わば《朱天》の外部動力炉なのよ」


「……私が出会った時には、そんな角はありませんでしたね」


 と、シャルロットが呟く。

 ミランシャは苦笑する。


「とにかく、アシュ君の全力はその四本の角を完全解放した時にある。その時の《朱天》の恒力値は七万四千ジン。あまりの膨大な出力に《朱天》の機体は赤熱発光をするの。全身を真紅に変えるのよ」


「――は?」


 ジェイクは目を丸くする。


「それって、コウタの……」


「うん。《三竜頭トライヘッド》モードよね」


 ミランシャは、ポリポリと頬をかいた。


「同じ切り札に至るなんて、やっぱり兄弟なのね。けど、アシュ君は、コウタ君とは決定的に違うの。彼はその力を完全に使いこなすわ」


「……おいおい」


 ジェイクは喉を鳴らした。

 リーゼ、アイリも驚き、シャルロットさえ目を剥いている。

 コウタでさえ、《三竜頭トライヘッド》モードは第一の竜頭までしか解放できない。それ以上は、まだ制御できないからだ。

 強いとは聞いていたが、想像以上の事実だった。


「勝負は恒力値だけでは決まらない。けど、そこまで莫大な出力を自在に使いこなせるのなら話は違ってくるわ。簡単に言うとね」


 ミランシャは、苦笑いを零した。


「完全解放時のアシュ君は《七星》や《九妖星》の二倍強いのよ」


 全員が沈黙する。

《七星》も《九妖星》も出会ったことはある。

 その圧倒的な力を忘れたこともない。

 しかし、コウタの兄は、その二倍も強いというのだ。


「……こいつは、想像以上に厳しい戦いになるみてえだな」


 ジェイクは、深々と嘆息した。

 リーゼとアイリは言葉もなく、ただ不安そうだ。

 シャルロットは、そんな少女達を気遣うように見つめている。

 ミランシャは、少し困ったように眉を寄せていた。


(……コウタよ)


 そんな中、ジェイクは友を想う。


(今回ばかりは本当に勝ち目はねえかもしんねえ。だが、最後までやってみせろよ)

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