第231話 《悪竜顕人》⑤
棘の鞭が大気を裂き、大地を抉る。
渦巻く突撃槍は触れるモノすべてを粉砕する!
『――クッ!』
コウタが呻き、《ディノ=バロウス》は後方に跳躍した。
しかし、棘は逃してくれない。荒れ狂う渦の中から、数本の棘の鞭が飛び出して《ディノ=バロウス》に襲い掛かる!
『させるかッ!』
《ディノ=バロウス》は、処刑刀を薙いで棘の鞭を凌いだ。
だが、続く光景に、コウタは険しい表情を見せた。
眼前に棘の渦が、立ち塞がっていたからだ。
この棘の渦は攻防一体の戦術だ。
その鞭は強靱かつ柔軟。生半可な攻撃では破壊できない。
(――だったら!)
コウタは、処刑刀に恒力を纏わせた。
――《黄道法》の構築系闘技。《断罪刀》。
剣の刃に沿って恒力で作った極小の刃。それを超高速で移動させる闘技。
コウタの持つ闘技の中で、最高の切断力を誇る技だ。
これをもって、棘の渦を両断する!
だがしかし。
『甘いぞ、小僧』
レオスの戦闘経験は、コウタよりも圧倒的に上だった。
棘の渦に込められる莫大な恒力。
(ッ!? マズイッ!?)
決して目には見えない力。だが、コウタは直感だけで危険を察した。
そして咄嗟にある防御方法を取ったが、
――ゴウッ!
炎を纏う悪竜の騎士は、棘の渦に触れることなく吹き飛ばされた。
同時に《ディノ=バロウス》の装甲のあちこちに亀裂が走る。
その様子を見やり、
『……ほう』
レオスは、感嘆の声を零した。
『俺の《天恵雨》を初見で凌ぐか』
――《黄道法》の構築系、放出系の複合闘技。《天恵雨》。
渦巻く棘の一つ一つから、鋭利な形で構築した恒力を噴出する闘技だ。
初見で受ければ、敵を穴だらけにする凶悪な技である。
しかし、《ディノ=バロウス》は損傷こそしているが、数カ所のみだった。
『なるほど。その炎。恒力を変質させたものだったのか』
レオスは、あっさりとカラクリを見破った。
あの瞬間、《ディノ=バロウス》は全身の炎に、弾力ある粘性を付与したのだ。
それが不可視の棘弾を絡め取り、致命傷を防いだのである。
『咄嗟のアイディアだったけど、上手くいったよ』
コウタは、苦笑する。
もし失敗していたら、今頃戦闘不能に陥っていただろう。
『けど、案外使えるかもね』
――ゴオオオオオオオオオオッ!
悪竜の騎士は、さらに炎を吹き上げた。
まさに炎の魔人となった姿で、悪竜の騎士は処刑刀を身構えた。
(ふん。淺知恵だな)
どうやら炎を防御膜にして《天恵雨》を凌ぐつもりのようだ。
だが、それは随分と見通しが甘い。
先程の一撃は不意打ち用だ。本来の《天恵雨》は激流にも等しい豪雨だ。
あの程度の炎の防壁など、気休めにもならない。
(だが、それを教えてやるほど俺は優しくないぞ)
レオスは、ニヤリと笑った。
恐らく狙いはカウンター。
こちらの攻撃を受けきり、必殺の一撃を繰り出す気だろう。
悪竜の騎士は、一歩も動こうとしない。
(光明に目が眩んだな。小僧)
相手がその気なら、それを利用しない手はない。
レオスは、愛機に突撃槍を身構えさせた。
そして――。
『行くぞ! 小僧!』
《木妖星》が跳躍した!
重量級の巨体が砲弾のような勢いで《ディノ=バロウス》に迫る。
異形の突撃槍は回転し、周囲へと華開く。
一方、《ディノ=バロウス》は――。
――ドゥンッッ!
『な、なにッ!?』
レオスは、大きく目を瞠った。
何故なら悪竜の騎士の炎が突如、爆発したからだ。
巨大な火柱が天を衝き、周囲へと炎の波が襲い掛かる。
『――チイィ!』
咄嗟に防御の構えを取る《木妖星》。
炎は容赦なく《木妖星》の巨体を呑み込んだ。強い粘性を持つ偽りの業火は、《木妖星》の機体全体に纏わり付き、わずかながらも動きを阻害する。
(――くッ! 小癪な手を!)
舌打ちしつつ、剛力で炎を振り払おうとする。
――が、その時であった。
『……これで終わりだ』
耳に届く少年の声。
レオスは、表情を険しくした。
『――貴様ッ!』
すぐさま横に目をやると、そこには悪竜の騎士の姿があった。
先程までの炎は何故か纏っていない。
代わりに、その右腕が、赤く赤く染まっていた。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
真紅に染まった腕に力を込め、《ディノ=バロウス》は吠えた。
そして、魔竜のアギトが顕現する。
――ガォンッッ!
刹那、悪竜の騎士の右腕がかき消える。
次の瞬間には、《木妖星》の半身が食い千切られていた。
――《残影虚心・
二十四回の斬撃を、刹那に繰り出す必殺の闘技である。
流石は《九妖星》。不意打ちであっても咄嗟に回避したが、それでも機体の上半身の内、半分は食い千切ってやった。完全に命に届いたはずだ。
(――やった!)
コウタは、勝利を確信した。
だがしかし。
「……これは、してやられたな」
その声にギョッとする。
反射的に《ディノ=バロウス》を跳躍させ、間合いを取る。
そして半壊した《木妖星》の胸部――操縦席を見やり、瞠目した。
『お前……その姿は……』
「まだお前を侮っていたようだ。今回ばかりは死ぬかと思ったぞ」
そう告げるレオスの姿は、実に無残なものだった。
まず右腕がない。肩辺りから消失している。恐らく傷の深さからすると、片肺も欠けているはずだ。顔も半分がない。
「……コ、コウタ」
メルティアが、怯えた声を零す。
この傷は、絶命しなければおかしいはずの重傷だ。
だというのに、レオスは血塗れながらも、平然としてた。
「ん? ああ、そう言えば、そこには少女もいたんだな。我ながら、この姿はショッキングだったか。すまんな。少し待て」
言って、レオスはコキンと首を鳴らした。
途端、傷口がボコボコと膨れあがる。肉塊は徐々に腕の形になり、数秒も経つ頃には完全に腕が復元していた。
しかも、変化はそれだけではない。
「……ふむ」
レオスはペチンと自分の頬を叩き、あごをさすった。
「これは、予想以上に若返ってしまったな」
そこには、深く刻まれていたしわも、顎髭もなくなっていた。
『お前……何なんだ、一体……』
流石にコウタも呆然とした。
『……人間、じゃないのか?』
「そう言われると辛いな」と自嘲気味に答えるレオス。
「俺の身体には特殊な薬物を投与していてな。少しばかり人間を辞めている。やろうと思えば自分の意志で細胞を活性化させることも出来るのさ。しかし、あれだけの傷を再生させるとなると、肉体が全盛期まで戻ってしまうのか……」
その姿は、もはや壮年の男ではなかった。
コウタと、ほぼ同年代の少年のものだった。
「だが、俺なんぞはどこまでいっても紛い物に過ぎんぞ。《九妖星》には本物の人外も二人ほどいるからな。そいつらに比べれば、俺はまだまだ人間さ」
『……そんな恐ろしい身内事情、聞きたくないよ』
そう言って、コウタは《ディノ=バロウス》を身構えさせた。が、
「まあ、待て」
少年となったレオスは、再生したばかりの右手を突き出した。
「流石に《木妖星》も限界だ。それに再生にカロリーを使いすぎた。正直、今は腹が減って堪らんのだ。悪いが今日はここでお暇させてもらうぞ」
あまりにも自分の都合ばかりを言う。
『お腹が減ったから帰るってどこの子供だよ』
コウタは嫌みを込めて吐き捨てたが、その程度ではレオスは揺らがない。
「仕方があるまい。今の俺の姿は紛う事なき
そこで皮肉気に笑い、
「とは言え、今回の勝者は間違いなくお前だ。ここのまま立ち去るのも気が引ける。なので一つ報償代わりに情報をやろう」
『……なに?』
コウタが眉根を寄せると、レオスは肩を竦めた。
「お前も早くここから立ち去ってハウル邸に向かった方が良い。今ならまだ、あの邸にサクヤ=コノハナがいるはずだ」
『…………え』
コウタは唖然とした。
「どうやら、あの女も色々と事情を抱えているようだからな。早く行った方がいいぞ。義姉に会いたいのならばな」
『ま、待て! それはどういう――』
「言葉通りの意味だ。俺に構っている時間はないと思うぞ」
言って、レオスは半壊した《木妖星》を動かした。
ゆっくりと左腕を上げ、地面へと恒力を叩きつける。
地面は揺れ、膨大な土煙が周囲に舞い上がった。
『――クッ!』
コウタは襲撃を警戒して身構えるが、特に動きはない。
そうして土煙が晴れる頃、そこには《木妖星》の姿はなかった。
(……逃げられたか)
仇敵を討ちもらし、ギリと歯を軋ませる。
「……コウタ」
その時、メルティアはギュッと抱きついてきた。
「あの男が最後に言った台詞。あれは真実なのでしょうか?」
「分からないよ。けど……」
確認してみる価値はある。
コウタは操縦棍を強く握り直した。
「行こうメル。ハウル邸へ」
コウタは、そう告げる。
メルティアは頷いた。
「はい。行きましょう。コウタ」
「うん。しっかり掴まって」
そして、再び全身を炎で覆う《ディノ=バロウス》。
次の瞬間、悪竜の騎士は天高く飛翔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます