第八章 《悪竜顕人》

第227話 《悪竜顕人》①

「……《ディノ=バロウス教団》の盟主、だと?」


 その時、ずっと沈黙し、状況を見極めようとしてたジルベールが呟いた。


「それはまた、物騒な肩書きが出てきたな。《黄金死姫》」


 言って、サクヤを睨み付ける。

 対するサクヤは、笑みさえ見せて。


「ですが事実です。私は今、教団の盟主を務めていますから」


「……ふん。そうか」


 ジルベールは鼻を鳴らすと、ソファに深く腰をかけ直した。

 そんな一切動じない老人に比べて、ミランシャやリーゼ達は唖然としてた。


「ど、どうして?」


 リーゼが声を絞り出して尋ねる。


「どうして、サラ――いえ、サクヤさんが盟主などに……」


 リーゼの知る彼女は朗らかで優しい女性だ。

 彼女の凄惨な過去を聞いても、その印象は変わらない。

 そんな彼女がどうして終末思想集団の盟主などに納まっているのか……。


「私は別に終末思想主義じゃないわ」


 その時、サクヤは答えた。


「私が盟主になったのは、言わば、ただの成り行き。が気を利かせてくれた結果よ。なにせ、私には何の後ろ盾も庇護もなかったから。それを心配して、わざわざ手回ししてくれたのでしょうね」


「……彼?」


 そう反芻したのはシャルロットだった。


「それは君のことではありませんよね?」


「ええ、違うわ」


 サクヤは、ミランシャとも並ぶであろう恋敵に目をやった。


「彼は私の恩人なの。だから私は盟主を引き受けた。彼は『忙しく生きている』なんて言ってたけど、あんな場所に、いつまでも一人にさせたくないから」


 そこでサクヤは周囲に目をやった。

 困惑した顔を浮かべるリーゼ、アイリ、ジェイク。そしてアルフレッド。

 険しい顔つきの、シャルロットとミランシャ。

 ジルベールは無表情だ。

 ついでにゴーレム達にも目をやる。

 空気を読んでいるのか、彼らは無言だった。サクヤは黄金の冠を戴く一機に一瞬だけ笑みを見せた。しかし、その一機――零号は沈黙するだけだ。


「けどね」


 サクヤは、すぐに視線を元に戻した。


「私の恩義を果たすためにも、色々と組織変更とか意識改革とかしたんだけど、うちの組織って根本的に弱いのね。私を除くと、《七星》や《九妖星》クラスなんて一人もいない。多分最強なのが、ここにいるジェシカだし」


 そう言って、背後に控える従者に目をやった。

 盟主の眼差しに、ジェシカは困ったような表情を見せた。


「姫さま。我々の本業は暗殺と諜報です。多少の戦闘の心得はありますが、流石に《七星》や《九妖星》のような怪物達と比べられましても」


「まあ、そうだよね」


 サクヤは苦笑を浮かべた。


「……そういうことか」


 すると、アルフレッドが重い口を開いた。


「要するに、あなたはコウタの戦闘力に目をつけて、スカウトに来た訳ですか」


「うん、そういうことよ。アルフレッド君」


 サクヤは微笑んだ。警戒すべき相手だと分かっていても、その柔らかな笑顔の前にアルフレッドはドキッとした。


「いやいや。サクヤさんよ」


 その時、呆れ混じりの声をかけてきたのは、ジェイクだった。


「コウタをスカウトだって? そりゃあ無理ってモンだぞ。あいつはあんな機体に乗ってるが別に《悪竜》の信奉者なんかじゃねえし」


「ええ、そうですわね」


 リーゼも続く。


「コウタさまはお優しい方です。教団に与することなどありえませんわ」


「……うん。私もそう思うよ」


 と、アイリも頷く。

 しかし、コウタをよく知る三人に否定されても、サクヤは動じない。

 ただ、わずかに微笑むと、応接室の壁時計に目をやった。

 カチコチ、と時を刻む針の音が聞こえてくる。


「……時間が気になるか?」


 そこで、ジルベールが尋ねてくる。


「時が経つほどに貴様は不利になるからな。それとも何か狙いでもあるのか?」


 単刀直入な問いかけだ。サクヤは笑った。


「いえ。特に狙いはないけど、時間は気になりますね。なにせ、もしも、私の予感通りに事が進んでいるとするのなら、そろそろ――」


 一拍おいて彼女は告げる。


「あの子は――《悪竜の御子》は、《木妖星》レオス=ボーダーと、八年ぶりの邂逅を果たしているはずですから」


「な、に……?」


 その台詞には、ジルベールも目を剥いた。

 アルフレッドやミランシャ、リーゼ達も同様だ。

 ジルベールは、面持ちを険しくして、サクヤを問い質す。


「どういうことだ? 何故、そこであの男の名が出てくる? いや、そもそも八年ぶりの邂逅だと? ヒラサカ君はあの男と面識があるのか?」


「……ええ。あります」


 サクヤは、わずかに視線を落として語る。


「八年前。レオス=ボーダーは一つの村を滅ぼした。そこにあの子もいたんです」


「………え」


 その言葉に目を丸くしたのは、ミランシャだった。


「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」


 困惑した様子で言葉を続ける。


「い、いえ。あの男が村を襲撃すること自体は、あっても全然不思議じゃないけど、それってコウタ君にとっても、レオス=ボーダーが仇ってことなの?」


「ええ。そうよ」


 サクヤは答える。


と同様にね」


 サクヤの返答に、ミランシャは眉をひそめた。

 かつて、レオス=ボーダーは、の故郷である村を滅ぼした。

 そのことは《七星》であれば、誰もが知っている事実だった。

 奇しくも、それも八年前のことである。


「あの子は優しい子よ。昔から誰かを傷つけることをよしとはしていなかった。けど、あの子の中には、紛れもなく憎悪の炎があるの。八年前のあの日。レオス=ボーダーが植え付けた憎悪の炎。あなた達が、と呼ぶ『彼』の胸の裡にある炎と同じものが確かにあるのよ」


「お、お待ちくださいまし!」


 その時、リーゼが立ち上がって声を張り上げた。


「サ、サクヤさん? 何を仰っているのですか? あなたは一体――」


「だけど、『彼』――には、あの男との縁がなかった」


 サクヤは、リーゼに視線を向けて語り続ける。


「決して出会うことがない。だから私は思ったの。あの男と対峙するのは、きっとあの子の方じゃないかって」


 サクヤは指を組んで、視線を落とした。

 その顔には憂いがある。







 誰もが沈黙する中、サクヤは告げる。


「この戦いは試練よ。あの子が自分自身の憎悪と向き合うための」


 ふうっ、と息をつき、


「憎悪に呑み込まれてしまうのか。それとも飼い慣らすのか。あの子にとって辛い邂逅になるでしょうね。だけど……」


 彼女は、ギュッと拳を固めた。


「私はあの子を信じている。きっと乗り越えられる。だって、あの子は……」


 そこで、サクヤは愛しそうに双眸を細めた。


の――トウヤ=ヒラサカの、実の弟なのだから」


 彼女の言葉に、全員が目を剥いた。

 特に、ミランシャとシャルロットは呆然としている。

 それは、この場にいる誰にとっても唐突で、予想外の言葉だった。

 そうして訪れる静寂の中、


「うん。大丈夫よ」


 サクヤは微笑んで、もう一度告げた。


「私の義弟おとうと――コウちゃんは乗り越えられる。私はそう信じているから」

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