第211話 とある一家へのお宅訪問③

「……まったく」


 ソファにどっしりと腰を下ろしてジェーンは呟く。


「あんたはお客さんを迎えに行って何をテンパってんのさ」


「……面目ないッス」


 人数分のコーヒーと紅茶を運んでキャシーがしゅんとした表情を見せた。

 そこはベッグ邸の応接室。

 柔らかなソファと大理石の机。壁には絵画などを飾った一般的な応接室だ。特徴としては二階にあってバルコニーがあることぐらいか。


 なお、ソファに座るにも限りがあるので女性を優先に、リーゼ、シャルロット、アイリは座り、女性であっても鎧付きのメルティアだけは座れず立っている。

 コウタやアルフレッド達は隣の部屋から椅子を持ってきて座っていた。ゴーレム達は床に直接腰を下ろしている。


 そして、飲み物を配り終えたキャシーはトレイを片手にジェーンの隣に座った。


「悪いね。アルフ坊や。そんな椅子に座らせて。そっちの嬢ちゃんなんて立たせちまうなんて情けない限りだ」


 と、ジェーンが謝罪する。

 メルティアは『い、いえ』と少し緊張した様子でかぶりを振った。


「いえ。ジェーンさん」


 アルフレッドは頭を下げて告げる。


「僕こそ無理言ってすみませんでした。大切な時期と知ってはいるんですが」


「あはは、いいさ。なにせ、産まれるのはまだまだ先だしね。むしろ来客は気が和んで丁度いいぐらいだよ。それに何よりもさ」


 ジェーンはシャルロットに目をやって朗らかに笑った。


「こうして五年ぶりに知り合いが訪ねてきてくれたんだ。嬉しい限りだよ」


「ふふ。そう言って頂けると私も嬉しいです」


 と、シャルロットが柔らかに微笑んだ。

 それから、真っ直ぐにジェーンとキャシーを見つめて。


「二人ともご結婚おめでとうございます。そしてジェーンさん。ご懐妊、本当におめでとうございます」


「ああ、ありがとう」「ありがとうッス!」


 と、ジェーンとキャシーが応える。

 二人ともしばらくは喜びの表情を浮かべていたが、


「けど、あたしは結構意外だったよ」「うん。それはウチもッス」


 二人はまじまじとシャルロットを見据えた。


「……? 何がです?」


 首を傾げるシャルロット。

 するとジェーンとキャシーは顔を見合わせた。


「正直、あたしは子供を産むのなら、あんたの方が先だと思ってたよ」


「そうッスね。ウチもジェーン姉と同じ意見スよ」


「…………は?」


 シャルロットは目を丸くした。


「え。どうして私が?」


「いや、だってウチらが皇国騎士団に入団した時、隊長の傍にシャル姐さんがいなかったこと自体がかなり意外だったんスよ」


「まあね。あたしも、あんたはずっと隊長の傍にいるとばかり思ってたし」


「え? そ、それは」


 シャルロットは困惑した表情を見せる。


「まあ、人にはそれぞれ事情はあるんだろうけど、あん時のあんたの様子だともう隊長にベタ惚れだったろ?」


「あれは、あの時初めて会ったウチでも分かったッスよ」


 と、ジェーン達は言う。

 シャルロットの顔は真っ赤だった。

 三人はそこからも色々と昔のことを語り始めていた。

 そんな中――。


(……なるほど)


 シャルロットの隣でリーゼは密かに考えていた。

 やはり三人は知り合いだけあって話が弾む。

 反面、リーゼ達は会話に加わりにくい。

 コウタやジェイク。アルフレッドは完全に蚊帳の外で苦笑を零している。

 リーゼと同じ目的を持つメルティア、アイリも隙を窺っているようだが、会話が途切れる様子もなく、入り込むことができないようだ。

 ゴーレム達に至っては陣形を組んでしりとりをし始めている。

 これではここに来た最大の目的――一夫多妻の生活について聞くことが出来ない。


(ならば、ここはわたくしが仕掛けますか)


 まずは一旦会話を断ち切らねばならない。


「ところでジェーンさま」


 リーゼは呼吸を呼んでジェーンに話しかけた。


「ん? 何だい? お嬢ちゃん」


「そういえばご主人はどちらに? お留守なのでしょうか?」


「ああ、バルカスかい」


 ジェーンはキャシーに目をやった。


「あの馬鹿はまだ自室なのかい?」


「多分そうッスよ。朝からずっと籠りっきりッス」


 と、キャシーが答える。


「お客さんが来てるのに失礼だったッスね。いま呼んで来るッスよ」


「あ、お待ちになってください」


 立ち上がろうとするキャシーをリーゼが止めた。


「折角の旧友同士の再会です。バルカスさまをお呼びに行かれるのでしたら、ここはわたくしが――」


「あ、それならボクが行くよ」


 と、名乗り出たのは、手持ち無沙汰であったコウタだった。


「部屋の場所を教えてくれれば、呼びに行くぐらい問題ないし」


「おう。そうだな」


 と、ジェイクも乗ってくる。


「シャルロットさん達は話を続けておいてくれよ。おっさんは、オレっち達が呼びに行ってくるからさ」


「ああ、それなら僕も付き合うよ。僕はベッグさんの部屋も知ってるし」


 そう言って、アルフレッドも立ち上がった。

 ずっと蚊帳の外だった三人が、ここぞとばかりに動き出す。


(……予想通りですわ)


 リーゼは申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、コウタに声を掛ける。


「そうですか。あまり大人数で呼びに行くのもバルカスさまにご迷惑ですわね。コウタさま達にお任せしても宜しいですか?」


「うん。構わないよ。リーゼ達はここで待ってて」


 と、にこやかに笑ってコウタは言う。

 リーゼもまたにこやかに微笑んだ。

 ただ、内心では、


(――計画通り)


 コウタを騙すようで気が引けるが、本音トークをするためにはまず彼ら男性陣を排除する必要がある。これは絶好の機会だった。


「では、よろしくお願いします」


 リーゼは軽く頭を垂れてコウタ達を送り出した。

 そうして、応接室にはゴーレム達を除くと女性だけになった。

 数瞬ほど会話が途切れる。

 リーゼはこの瞬間を逃さなかった。


「実は、ジェーンさまと、キャシーさまにお聞きしたいことがあるのです」


 そして結構な策略家である少女が素朴な様子を装って尋ねる。


「一夫多妻の生活とは、一体どのような感じのものなのでしょか?」

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