第212話 とある一家へのお宅訪問④
「ははっ、シャルロットさん達、随分と楽しそうだったね」
廊下を歩きながらコウタが言う。
「五年ぶりの再会らしいしね。積もる話があっても当然だよね」
と、アルフレッドが語る。
「まあ、オレっちとしてはシャルロットさんの過去のことが色々と気になるんだが、流石に割り込めねえよな」
ボリボリと頭をかいてジェイクが嘆息する。
「ははは、仕方がないよ。今日はシャルロットさん達の再会を優先しようよ」
コウタが、ポンとジェイクの肩を叩き、そう告げた。
と、忖度する少年達をよそに、
『う~ん、まずコツは変に忖度せずに腹をわって話し合うことかね』
『そうッスね。ウチも昔はジェーン姉と、しょっちゅう衝突してたッスから』
『そうだったね。けど、そういう本気の関係が、徐々に信頼を生んだんだろうね』
『なるほど。あの、不躾ですが夜の営みの方は何か取り決めが?』
『あたしらは、基本的に順番制だね』
『まあ、今はウチが専任してるッスけどね。ただ、二人同時ってのもあった……って子供らの前でウチら何を語ってるんスか?』
『安心してください。あそこにいる三機は私が造った――いえ、とにかく子供ではありません。アイリも見た目は幼女ですが中身は別物ですから』
『……うん。大丈夫。本音トークは望むところだよ』
『そうなんスか? なら遠慮なく。基本は順番制なんスけど、バルカス次第で二人同時ってのもあったッスね』
『ああ。バルカスの馬鹿が泥酔した時とかだね。「今夜は二人同時に可愛がってやる」なんて言って……まったくあのエロ親父は』
『まあ、二人同時でも先にグロッキーになるのはウチらなんスから、あのエロ親父は本当に体力の化け物ッス』
『……なるほど。参考になりますわ。一夫多妻制を成立させるためには、まずコウ――ゴホン。相手の殿方に圧倒的な体力が必要なのですね』
『それなら大丈夫です。リーゼ。コウ――ゴホン。彼は鎧機兵の連続稼働実験十時間を余裕でクリアしたこともあります。見た目と違って体力は無尽蔵です』
『あら。でしたらその点も問題ないですわね。ところでシャルロット。何故あなたはさっきからメモを取っているのですか?』
『いえ。その、私も他人事ではありませんので……』
『アハハっ、隊長のことッスか? 確かに隊長ならあり得そうッスね』
『いや、こう言っちゃなんだけど、あんたは本気であたしらに倣った方がいいかもね。多分一人じゃあ相当キツいよ。隊長は体力も別格だしね。訓練中、汗はかいても息切れする隊長なんて見たこともないぐらいさ。シャルロット。さっきの話だとあんたまだ隊長に抱かれてないんだろ? きっと初めての時に今の話を実感することになると思うよ。あの人は間違いなくバルカス以上の底なしだ』
『……そ、底なしですか。それはそれで不安です……』
『大丈夫ッスよ。シャル姐さん。隊長は優しい人ッスから、底なしなだけで可愛がってくれることは確実ッスよ。まあ、それが一時間なのか二時間なのか、はたまた十時間なのかは何とも言えないッスけど』
『じゅ、十時間……』
『ただ、経験上の話ッスけど、仮に短時間でも相手の体力が底なしだとウチらの消耗って半端ないんスよ。最近のウチ、本当にしんどいッスから。例えるのなら、遠泳で疲れて溺れるのも、大波に攫われて溺れるのも同じことッス』
『へえ。あんたにしては上手い例えだね。まあ、あたしとしてもあんた一人に任せっきりなのは本当に悪いと思っているよ。キャシー』
『アハハ、まあ、しばらくは独り占めにできるから嬉しくもあるんスけどね。ただ、結局ウチらが一夫多妻制を認めた最大の理由ってこれなんスよね。一人だとこっちの体力が全然持たないんスよ』
『……仮に。仮にですが「彼」の場合だと、どうなるでしょうか?』
『そうさね。順番制を前提にしても、最低でも七――いや、八人は必要だね』
『同感スね。少なくとも八人ぐらいで迎え撃つのは必須ッス。まず、シャル姐さんは残る七人の
『………うぐっ!』
そんな感じで、昔話とは全く関係ない本音トークが繰り広げられてることを少年達は知る由もなかった。
そうこうしている内にコウタ達はバルカスの私室の前に到着した。
アルフレッドが代表してコンコンとノックをする。
しかし返事がない。
「寝てるのかな?」
首を傾げながら、アルフレッドはドアノブに手をかけた。
ドアノブは抵抗もなく動く。特に鍵は掛かっていないようだ。
「入りますよ。ベッグさん」
言って、アルフレッドはドアを開けた。
そして息を呑む。
バルカスの私室は若干乱れた大きめのベッド。大量のボトルを陳列させた棚など、男臭い趣もあるが、それなりに整頓された部屋だった。
そんな部屋でバルカスは机の前に座り、一心不乱に何かを書いていた。
何かを書き殴ると「違う! こうじゃねえ!」と言い放ってくしゃくしゃと紙を丸めて後ろに捨てている。ずっとそれを繰り返しているのか、床は紙屑だらけだ。
「……バルカスさん?」
と、アルフレッドと共に部屋に入ったコウタが声をかけるが、バルカスには聞こえていないようだ。仕方がないのでコウタは紙屑を一つ拾い上げてみた。
そして丸まった紙屑を広げてみると――。
「『ボッシュ=ベッグ』? 誰かの名前?」
「ああ、そりゃあもしかして」
コウタの隣で紙を覗き込んだジェイクが別の紙屑を拾って広げた。
「こっちは『ティナ=ベッグ』。なるほど。おっさんが何してるか分かったぜ」
「ははっ。これは時間を忘れるのも仕方がないかもね」
と、アルフレッドも別の紙屑を拾って笑う。
どうやらバルカスは産まれてくる子供の名前を考えていたようだ。
「意外と子煩悩なおっさんだな」
「うん。見た目は山賊なんだけどね」
「それを言うなら、奥さんとのなれ初めも山賊だと思うよ」
と、ジェイク、コウタ、アルフレッドがそれぞれ感想を呟いたその時だった。
「――うおおおおおおおッ! 閃いた! 閃いたぜエエエェ!」
突如、バルカスが椅子を倒して立ち上がった。
次いで二枚の紙を掴むと、
「ジェ――ンッ! キャシ―――ッ! 決めたぞ! 決まったぞおおお!」
コウタ達の姿も目に入らず、怒濤の勢いで妻達の元へと駆け出した。
わざわざ迎えに来たのに、置いてけぼりを喰らうコウタ達。
「うおおおおおおッ! ジェ――ンッ! キャシ―――ッ!」
バルカスの雄叫びはどこまでも響く。
なお、この後バルカスは女性陣の本音トークの真っ只中に突入して、ジェーンとキャシーに「空気を読め」と平手打ちを受けるのだが、それは余談である。
かくして、何とも騒がしいベッグ邸の一日であった。
◆
二時間後。
ベッグ邸のダイニングにて。
「……まったく。お客さんの前で恥ずかしいじゃない」
ソファに座るジェーンが嘆息した。
「だってよォ、凄っげえ良い名前を思いついたんだよォ」
と、ブツブツと言うのはバルカス。
顎髭の大男はソファの上で横になっていた。頭はジェーンの膝の上だ。
身重の大切な体では相手は出来ないと理解していてもがっかりするエロ親父のための、この時期限定のサービスだ。何だかんだでこの程度の甘えは許してやるぐらいには彼女もバルカスを愛しているのである。
「だから気が早いのよ。あんたは。それよりも今日のお客さん達。シャルロットと久しぶりに話ができて楽しかったけど、あのコウタって子」
ジェーンは目を細めた。
「……とんでもなく強いね。アルフ坊やが二人いるのかと錯覚したよ」
「まあな。お前もそう思うか」
バルカスはジェーンの柔らかな太ももに顔を半分埋めた。
「ありゃあ、ガチでアルフ坊やクラスの化けモンだな。あと五年もすれば、もしかすっと旦那にさえ届くかもしんねえ」
「隊長に? それは流石に言い過ぎじゃないの?」
「いや、分かんねえぞ。なんつうかコウタ坊やはアルフ坊や以上に旦那に似てんだよな。時々旦那がそこにいるような気分になる」
「ふ~ん。それは、あんたお得意のケダモノの直感かい?」
「おいおい、自分の亭主をケダモノ扱いはねえだろ」
「さっきから、あたしの尻を揉み続けているエロ親父が何を言ってんだい」
自分の臀部を撫で回す夫の頭をベシンッと叩く。
「いやいや! こんぐらい別にいいだろ!」
すると、バルカスは勢いよく立ち上がった。
「キャシーは反応とかは凄げえ愛らしいんだが、どうしても肉付きが悪いんだよ! お尻なら子供に悪影響はねえだろ!」
「うるさい! あんたの場合はそれだけで終わらないだろ!」
「そんじゃあキスっ! そんぐらいはさせてくれよォ!」
ジェーンの手首を掴んでグググッと顔を近付けさせるバルカス。
ジェーンも負けじとバルカスの顔を両手で押さえて――。
「うるさいっ! 不細工な顔を近付けるな! キャシーやっちまいな!」
「ウイッス!」
呼ばれて飛び出てきたのは、エプロン姿のキャシーだ。
そして手に持った武器を一閃!
「誰の肉付きが悪いッスか!」
――ゴンッ!
バルカスの目に火花が散った。
そして床に転がり、「ぐおおおおお!?」と悶絶する。
「フ、フライパンで殴打はやめろよ」
「天誅ッス!」「油断もならないエロ親父め」
と、冷たい眼差しを見せる嫁二人。
バルカスは完全に萎縮してその場に正座した。
と、その時だった。
「……ん?」
不意にベルが部屋に鳴り響いたのだ。来客を知らせる呼び鈴の音だ。
「誰か客か?」
バルカスは膝に手をついて立ち上がると、玄関へと向かった。
そして数分後。
真剣な顔つきのバルカスがダイニングに戻ってきた。
「俺とキャシーに仕事だ。副団長からのな」
バルカスがそう告げると、ジェーンは「そう」と答えた。
「わざわざ副団長がお呼びかい。そりゃあよっぽどだね。バルカス。キャシー。二人とも気をつけるんだよ」
「おう。分かってるよ」「バルカスのことはウチに任せとくッス!」
バルカスがニヒルに笑い、キャシーが親指を立てる。
「そんじゃあ、ちょいと宮殿まで行ってくんぜ」
「行ってくるッスゥ!」
言って二人は別々の方向に歩き出した。
一旦自分の部屋に行って装備を調えるためだ。
ダイニングにはソファに座るジェーンだけが残された。
そして彼女はポツリと呟く。
「まあ、何もなきゃあいいんだけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます