第207話 動く者達②

 ラスティアン宮殿七階。団長室。

 多くの来客を迎えて、ソフィアは微笑んでいた。


「そうですか。コウタ君は皇国出身なのですか」


「はい。エリーズとの国境近くにあった村が出身です」


 と、コウタが答える。

 皇国騎士団の団長との面会は和やかに進んでいた。

 終始、笑顔が絶えずに会話をしている。


(だけど、勇猛果敢で知られる皇国騎士団の団長が、まさかこんなに若くて綺麗な人だとは思わなかったなあ……)


 コウタがそんな率直な感想を抱ていると、


「あの、ところでソフィアさま」


 リーゼが不意に会話を切り出してきた。


「一つお聞きしたのですが、オトハ=タチバナさまはやはり皇都にはいらっしゃれないのですか?」


「オトハちゃんですか?」


 ソフィアは小首を傾げた。


「残念ながら今は皇都にはいませんね。そもそも彼女は傭兵ですし、皇都にはいないことの方が多いんです」


「……そうなのですか」


 と、リーゼがしゅんとした表情を見せた。

 こんなにもがっかりした様子を見せる彼女は珍しい。


「お嬢。そのタチバナって人は知り合いなのか?」


 ジェイクがそう尋ねると、リーゼは「いえ」とかぶりを振った。


「オトハ=タチバナさまはわたくしの憧れの方ですの。ミランシャさま、ソフィアさまと同じく《七星》のお一人ですわ。二つ名は《天架麗人》。操手としても剣士としても超一流であり、騎士以上に凜々しいお方だと聞いております。そのお姿はわたくしも写真でしか拝見したことはありませんが、とてもお美しい方でもありますのよ」


「「へえ~」」


 と、ジェイクだけでなく、コウタも相槌を打った。


「お嬢さまは、昔からタチバナさまに憧れておられましたから。今回の来訪でお会いできたらと考えられておられたのです」


「あ、そうだったんだ。ごめん」


 と、頭に手を当て謝罪したのはアルフレッドだった。


「オトハさんは今、皇都どころかセラ大陸にもいないんだ。ここよりずっと南の方にある小さな島国に行っているんだ」


『……小さな島国? 傭兵が大陸から離れてどうしてそんな場所に?』


 と、全身を鎧で固めたメルティアが尋ねる。

 するとアルフレッドは少し姉を気にしながら答えた。


「元々は副団長の依頼だったらしいんだけど、完全にミイラ取りがミイラになったって言うか、そのまましばらく居座るようになっちゃって」


「ふふ、それは仕方がありませんよ。オトハちゃんも何だかんだで乙女ですから」


 と、どこか余裕さえ持って語るのはソフィアだ。

 とても一時間前まで子供のように泣き出していた人物とは思えない貫禄だ。


「まあ、そうですよね」アルフレッドは苦笑した。「オトハさんって、とても凜々しいイメージがあるし、事実、勇ましくてカッコいいんだけど、何気に女子力も群を抜いているからなぁ……。家事全般も人並み以上に出来るらしいし」


「え? そうなのですか?」


 憧れの人物の意外な側面にリーゼが瞳を瞬かせた。

 アルフレッドは「うん」と頷く。


「そんな家庭的な面もあって騎士団内で絶大な人気を持っているんだけど、だからこそ彼女が兄の最有力嫁候補だろうとも言われてて――」


 そこでアルフレッドは自分の発言にハッとして顔色を変えた。

 そして慌てて同行者達に目をやった。

 コウタとジェイクはあまり表情を変わらない。

 ただ、「次から次へと本当によく出てくるな」と若干呆れている程度だ。

 リーゼとアイリは少し驚いている。

 リーゼの方は憧れの人の恋愛模様に困惑した色が強いが、アイリの方は「……先生のライバル。二人目」と興味の方が強いようだ。

 メルティアとゴーレム達はそもそも表情が読めない。ただ、ゴーレム達は両腕を上にかざして「「「……コイバナ! コイバナ!」」」と唱和しているし、メルティアの巨体は少しそわそわしているようなので興味はあるのだろう。


 ――が、ここで問題なのは残りの二人。姉とシャルロットだ。

 姉の方は……まぁいい。これは周知の事実だ。今さら動揺もしないだろう。


 だが、シャルロットの方は違う。

 彼女にとって、この話は完全に初耳のはずだった。


「す、すみません。シャルロットさん」


 アルフレッドはとりあえず謝罪した。


「事前に言っておくべきでした」


 が、それに対し、シャルロットは、


「いえ、お気遣いなく」平然と言う。「それぐらいは想定内ですので」


 どうやら自分に恋敵が多いことなど百も承知のようだった。

 女性は強い。特に自分の兄貴分の周辺にいる女性達は。

 改めてそう思うアルフレッドであった。

 ――と、


「あらあら」


 その時、ソフィアが驚いたような顔を見せた。


「ミランシャちゃんは知っていますが、シャルロットさんまでそうなのですか?」


「まあ、シャルロットさんは、兄やベッグさんの知り合いらしくて……」


 と、アルフレッドが補足する。

 ソフィアは「あらら」と笑みを深めた。


「またしてもライバル登場ですか。しかも、彼女もまた群を抜いた容姿ですね。これはミランシャちゃんも頑張らないといけませんよ」


「――は、はい! そうですねっ! アタシも頑張ります!」


 ソフィアの声に直立不動の構えで答えるミランシャ。

 普段にはない反応に、ソフィアが目を丸くする。


「……どうかしたんですか? ミランシャちゃん?」


「え、えっと、アタシ、いま団長のことをもの凄く尊敬してるかも。そっか、あんな手段もあったんだ。君も結構堅物だし、あれって効きそうよね。うん。今度、アタシも勇気を出してやってみよう……」


 と、ソフィアをちらちらと横目で見ながら呟いている。

 コウタ達は首を傾げるだけだった。


「まあ、いずれにしても」


 ソフィアが言葉を締める。


「残念ながらオトハちゃんは不在ですが、皇都にいる間は何かあれば気軽に言ってくださいね。可能な限り対応させて頂きますから。今回の両国の公爵家同士の交友は皇家、騎士団ともに素晴らしいことだと歓迎しております。ですから――」


 と、話している途中だった。

 不意に団長室のドアがノックされたのである。

 ソフィアを始め、全員がドアに視線を向けた。


「あら。どうやら来客のようですね」ソフィアはコウタ達に目をやった。「対応しても宜しいでしょうか?」


「あ、はい。構いません」コウタが代表して答えた。「ボクらはすぐに退室しますから。お忙しい中、お時間を頂き、ありがとうございました」


「いえ。私も楽しかったですから。では」


 ソフィアはドアに向かって告げた。


「入っても良いですよ。開いてますから」


「おう! 入るぜ団長!」


 と、やけに元気そうな声と共に、ガチャリとドアが開けられる。

 全員の視線がその人物に注目した。

 そこにいたのは、茶色い髪を持つ一人の男性。

 色々と軽そうな騎士――ブライ=サントスだった。

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