第208話 動く者達③

「おいおい。いつになく大所帯だな」


 団長室に入るなり、ブライは目を丸くした。

 主人の性格が出ている質素な造りの団長室。

 そこには今、多くの人間がいた。

 見たところ、異国の騎士が学生らしき少年少女達。さらにメイドさんや、一体何の仮装なのか、甲冑姿の巨漢や幼児達までいる。

 そして見知った人物達――赤い髪のハウル姉弟の姿もあった。

 ブライはまずミランシャ達に声をかけた。


「ミランシャとアルフも来てたのかよ。それと、他はお客さんか?」


 言って、改めてコウタ達に目をやる。

 まず少年達は一瞥だけ。表情すら動かさない。

 続けて、アイリに視線を向けると「うん。将来に期待大だな」と一言。ゴーレム達とメルティア(鎧付き)に対しては完全にスルーだ。

 しかし、リーゼに対してだけは興味深そうに目を細めて――。


「……おお、顔つきはS級、くびれ、太もも、お尻はA級か。ミランシャ並みの逸材じゃねえか……だが」


 そこで残念そうに嘆息する。


「おっぱいがなぁ、ここもミランシャ並みのD級か。残念。総合B+だな」


「………ブライ。あなたねェ」


 ミランシャが額に青筋を浮かべる。

 が、ブライは彼女の怒りなどどこ吹く風で最後の客人に目を向けた。


「――うおッ!」


 そして驚愕の表情を見せる。

 最後の客人――シャルロットは少しビクッと驚いた。


「……何でしょうか?」


 が、すぐに落ち着きを取り戻し、そう尋ねるがブライは聞いていない。

 ただただ、シャルロットの容姿を凝視して――。


「顔つきはA級上位……くびれ、太ももはA級、お尻はS級……おっぱいもS級か!」


 そこでクワッと目を見開く!


「――うおおおおおおおおおおおおおおおッ! 何てこったッ! こいつは久々の総合A級だああああ! しかもS級寄りの総合A級だああああああッ!」


 いきなりの絶叫にシャルロットはもちろん、コウタ達もドン引きした。

 そんな中でなお、ブライは吠える。


「フホホッ! 団長を見に来てこんな逸材に出会うとは! お嬢さんっ!」


 ブライは一気に間合いを詰めた。

 そしてシャルロットの両手をグッと掴んだ。

 唖然としつつもシャルロットは顔を強張らせた。


「オレの名はブライ! お嬢さん! 君の名は!」


「シャ、シャルロット=スコラです……」


 明らかに勢いに呑まれて素直に答えるシャルロット。

 ブライは瞳を輝かせた。


「おお! 高貴な響きのある名前だな! けど、ちょいと長えか。うん、そうだ! 『シャル』って呼んでもいいか!」


 と、言った途端、シャルロットは冷たい眼差しを向けた。


「お断りします」


「そんな冷たいこと言うなよシャル! けど、そのクールさも良い! それでいてきっとシャルはベッドの上ではさぞかし甘えてくんだろうなあ……」


 と、当人の手を握りながら、鼻息荒くそんなことを言ってくる。

 流石にシャルロットも怒りを抱き始めた。ちなみにジェイクも青筋を立てている。まだ動かないのは相手が騎士のようなので自重しているからだ。

 しかし、そんな空気を読む十五の少年とは対照的にブライはムフフと笑い、


「なあ、シャル。これからオレとデートしないか? 良い店知ってんだ」


 周囲のことは一切気にせずに、シャルロットを口説き始める。

 ますますもってシャルロットは不機嫌になってきた。


「行きません。それより手を離してください。それに、私を『シャル』の愛称で呼び捨てにしてもいいのは、私のあるじさまだけです」


「え?」


 その時、リーゼが目をパチパチと瞬かせた。


「わたくしは一度もシャルロットをそう呼んだことはないのですが?」


「――え?」そう告げられてシャルロットは少し動揺した。「い、いえ。その、あるじさまとはお嬢さまのことではなくて……」


 と、顔だけをリーゼに向けて何やら言い訳を始める。

 リーゼもコウタ達も首を傾げた。

 すると、


「もう! やめなさいよ、ブライ!」


 流石に見かねてミランシャが止めに入る。

 しかし、ブライには取り付く島もない。


「あン? 何だよ。オレが誰を口説いても良いだろ?」


「少しは場所を考えなさいよ。ここは団長室なのよ」


 言って、ソフィアに目をやった。

 麗しき団長は、部下の暴走っぷりに溜息をついていた。


「いい加減にしときなさい。それにいくら口説いても無駄よ」


「はあ? 何でそんなこと言えんだよ。オレの感覚だとあと一押しなんだぜ」


「どこがあと一押しなの? はあ……あのね。もう一度言うわよ。彼女を口説いても無駄なの。だって彼女――」


 ミランシャは嘆息しつつも告げた。


君のことが好きなんだから」


 ――その一言で。

 完全にブライの表情は固まった。


「なん、だと……?」


「要はサーシャちゃんと同じなの。アタシのライバル。だから諦め――」


「――あの野郎ッ! こないだオトハちゃん以来の総合S級のサーシャちゃんを落としたばかりなのに今度は総合A級だと!?」


 ブライはシャルロットの手を離すと、両の拳を固めて力みだした。


「ちくしょう……ちくしょう! 何だよ! 何なんだよ! A級以上の美女や美少女は全部あいつのモンなのか!」


 ブライの力みはさらに増す。

 すると、ゴーレム達が騒ぎ出した。


「……ムウ!」「……セントウリョクガ、ドンドンアガッテイル!」「……10000、15000……バカナ!?」


 ピピピピピ、と電子音が鳴り響いて少しうるさい。

 そんな中、遂にブライは天を見上げた。


「ちくしょうッ! もう許さねえ! オレはおこったぞ! アッ――」


「はいはい。騒がしいのもそこまでですよ。ブライ君」


「――がふっ!?」


 ブライが力んでいる内に移動したソフィアが無造作に顎を打ち抜く。

 茶髪の青年はガクンと膝を突いて崩れ落ちた。


「おお~」


 ジェイクがパチパチと手を叩いた。


「凄えな。チビ達曰く、バルカスのおっさんの三倍強い奴が一撃だ」


 ジェイクの賞賛にソフィアは苦笑した。


「まあ、いつものことですから。もう慣れました。それにブライ君は女性のことになると結構隙だらけになるんですよ。本当ならここまで簡単にはいきません。一応これでも《七星》の第四座ですから」


『「「「……………は?」」」』


 コウタ達は唖然とした。

 まさか、この白目を剥いて倒れている人物が《七星》の一人……?


「い、いや。ブライさんは本当に強いんだよ。ベッグさんより三倍強いってのもあながち間違いじゃないと思えるぐらいには」


 と、アルフレッドもフォローするが、コウタ達は半信半疑だった。


「いや、強いのは分かるよ。シャルロットさんの手を掴むとこなんて凄く自然だったし。けど、《七星》なんだよね? 皇国が誇る騎士なんだよね?」


 思わず尋ねてしまうコウタ。

 アルフレッド、ミランシャ、ソフィア。

 同じ《七星》である三人は遠い目をした。


「強い騎士が必ずしもデリカシーを持っているとは限らないのです」


 と、ソフィアが告げる。

 そしてコホンと喉を鳴らし、


「ともあれ、ブライ君も何か私に報告があったのでしょう。私は彼を起こします。後は私に任せておいてください。あ、ミランシャちゃんだけは残ってくれませんか。ブライ君の報告はあなたにも関係するかも知れませんから」


「あ、はい。了解」


 と、ミランシャが了承した。

 続けて彼女は弟に目をやり、


「じゃあ、街の案内の方はアルフに任せるわね」


「うん。分かったよ。姉さん」


 言って、アルフレッドはコウタ達に「じゃあ行こうか」と声をかける。

 コウタ達としても断る理由もない。

 一行はソフィアとミランシャに礼を言って退室していった。

 そして部屋に残ったのはソフィアとミランシャ。気絶したブライの三人だ。

 二人の美女は、無様にのびるブライを見下ろした。


「あのね。団長。アタシ思うの。いい加減、ブライから《七星》の称号を剥奪したらどうだろうって」


「いえ。一応ブライ君は仕事面では優秀なんですよ? それに《七星》はやはり人外クラスの強さこそが重要ですし、簡単に剥奪はできません。ただ、流石にここまでデリカシーが壊滅的なのも問題なんですよね。どうにか矯正しないと……今夜、ライアンさんに相談しましょうか……」


 ポツリと呟くソフィア。

 ミランシャの赤い眼差しがキラリと光った。


「ふ~ん。副団長じゃなくて『ライアンさん』か。しかも今夜ねぇ……」


「……え」


 ソフィアは自分の失言にハッとした。

 が、すぐにくるくると自分の毛先を指で絡めながら、


「ミランシャちゃん。やっぱり気付いちゃいましたか?」


「まあ、ここに来る前にちょっとだけ二人の会話も聞こえてきたしね。気を利かせて時間を空けて来たら、団長、凄くご機嫌だったし」


 と、少しだけバツの悪そうな笑顔でミランシャは語る。


「けど、副団長って確かもうじき五十歳なんでしょう? 団長とは二十歳近くも違うんだよね。少し年上すぎないの?」


「ふふ、それは些細なことですよ。それに、ミランシャちゃんはいぶし銀という言葉を知らないようですね。ライアンさんを五十近くと侮ってはいけませんよ。さっきも本気にさせてからは完全に翻弄されちゃいましたし。おじさま恐るべしなのです!」


 ソフィアが幸せそうな笑顔を見せてそう告げた。


「あら。恐るべしなら君だって負けてないわよ」


 と、ミランシャが何故か張り合う。

 そして二人は互いの好きな異性について語り始めた。

 まあ、かくして。

 気絶した全然モテない男は置き去りに。

 少しだけ華やかなトークで満たされる団長室であった。

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