第二章 これもまた愛の形
第202話 これもまた愛の形①
「……凄いわね。これが皇都ディノスかぁ」
感嘆の声が零れる。
そこは皇都ディノスの一角。宿の一室だった。
二階にあるその部屋の窓からは皇都の情景が一望できた。
目に映るのは皇都の特徴的な建築法である三角状の黒い屋根の建物。大通りには必ずある水路があり、その上を幾つもの小さな舟が進んでいる。
そして、美しい皇都の中でも最も印象的なのは、天を衝く無数の槍を彷彿させる荘厳なる巨城――ラスティアン宮殿だ。
「本当に凄いわね……」
本質的には田舎娘である彼女は圧倒された。
――が、美貌においては彼女も他者を圧倒する。大通りを歩いていた通行人が窓際に佇む彼女をたまたま見かけて、思わず足を止めてしまうぐらいだ。
「魅入ってしまいそうなぐらい見事な街並みだわ」
見た目は十代後半。
流れるような長い黒髪と同色の瞳。スタイル、美貌共に群を抜いている。炎の華の紋を刻まれた白いタイトワンピースを纏う少女。
――《ディノ=バロウス教団》の盟主、サクヤ=コノハナがそう呟く。
彼女達二人は今、この宿の一室を借りていた。
「姫さまは皇都に来るのは初めてで?」
そう尋ねる女性も、中々の美貌の持ち主だった。
年の頃は二十代前半。実は見た目が若すぎるサクヤよりも一つ年下。
毛先が少し乱れた黄色い短髪が印象的な女性だ。
動きやすそうな冒険服を着込み、腰に短剣を差した彼女の名はジェシカ。
サクヤの従者であり、護衛者である人物だ。
「うん。そうよ」
言って、サクヤはジェシカを見つめて微笑む。
「何だかんだ言って私は田舎者なのよ。皇国出身といってもそんなに村から出たこともないし、遠出といえば近くの街に行くぐらいしか経験はないわ」
「そうなのですか」と、ジェシカが相槌を打つ。
そんな彼女をサクヤはまじまじと見つめた。
いつも通り表情は無愛想なのだが、ここ数日で彼女の様子は大分変化している。
……何というか色っぽいのだ。
元々美人でプロポーションも良いのだが、今までのジェシカは刃のような鋭さが全面に出ていて色事には無縁のように見えた。けれど、今は男物の服を着ていても艶やかさを隠しきれなくなっている。些細な仕草一つ一つに色香があるのだ。
事実、皇都に到着するなり、彼女は数人の男性達に声を掛けられていた。
(まあ、迂闊に声を掛けちゃった彼らは災難だったけど)
サクヤはクスクスと笑う。
変化したと言っても、本来の鋭さを失った訳ではない。
刃のようなジェシカの眼光に射抜かれ、男性達はすごすごと去って行った。
「まさか私の方に声を掛けてくるとは。どうやら皇都の男は馴れ馴れしいようですね。姫さまもお気をつけください」
そして、そんなことを言ってくる始末だ。
サクヤは目を細める。
(自分では変化に気付かないものなのね)
いずれにせよ、友人としては喜ばしいことだ。
とは言え、その相手が自分の義弟となると少しだけ複雑でもあるのだが。
「あ、あの、姫さま」
すると、その時、ジェシカがおずおずと様子で話しかけてきた。
片手を肘に。彼女にしては珍しく視線をサクヤから離して横に逸らしている。
「その、コウタさんはすでにハウル邸に到着されているようです。そ、その、いつ頃彼と接触するご予定なのでしょうか?」
「……………」
「い、いえ! なにせ、それが今回の任務ですし! その、早く会いたいとか、また頭を撫でて欲しいとかを考えている訳ではなく!」
おろおろと動揺するジェシカ。視線は完全に泳いでいる。
一方、サクヤは目を瞬かせた。
「……え? 頭を撫でてもらったの? ジェシカが? コウちゃんに?」
これには素直に驚いた。
ジェシカのイメージとは、かけ離れている行為だったからだ。
するとジェシカは、カアァァと顔を真っ赤にした。
「ち、違います! そ、その! 成り行きで!」
「へえ~、ジェシカってば、意外と甘えん坊さんキャラだったのね」
「ち、ちがっ!? ~~~~~~っっ!?」
否定しようにも、頭を撫でられた時の心地よさが残っていて完全に否定できない。
ジェシカはしばし口をパクパクと開いていたが、ややあって俯いてしまった。
ジェシカのこんな仕草を見るのも初めて事だった。
(……恐ろしいわね。コウちゃん)
兄にも匹敵する義弟の業に、サクヤは内心で冷や汗をかいていた。
――凜々しい戦士をポンコツ乙女に変える。
もはや、あの二人の宿業と呼んでも、過言ではないような気がする。
まあ、それはともかく。
「ごめんね、ジェシカ」
サクヤは本題に入った。
一変した盟主の雰囲気にジェシカも面持ちを改める。
「どういうことでしょうか。姫さま」
「本当は、すぐにでもあの子と顔を合わせるつもりだったんだけど、この街に入ってから少し気が変わったの」
「…………」
ジェシカは真剣な顔つきで盟主の次の言葉を待った。
「何か嫌な予感がする。危険な予感がするのよ」
「危険な予感ですか……」
盟主は超常の巫女でもある。
そんな彼女が「予感がする」と呟くとは――。
「もしやジルベール=ハウルでしょうか? あの老人は姫さまの存在に気付き、お命を狙っているようですが……」
「う~ん、そこまでは分からないかな。あのお爺さんが危険なのは確かだけど」
サクヤは困った顔をする。
「それとは別口かも。ごめん、今は何も分からないわ」
「そうですか……」
ジェシカはサクヤの顔を見つめる。
「では、どうなされますか姫さま」
「そうね。しばらくは少し様子見かな」
窓の外に目をやりつつ、サクヤは自分のうなじに手を添えた。
この予感の正体は何なのか。
まずはそれを見極めることが重要だった。
――チチチチチチチ……。
その時、鳥達が青い空に羽ばたいた。
サクヤは彼らが羽ばたく先にあるラスティアン宮殿に目をやった。
そして呟く。
「さて。これからどうなるのかな」
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