第153話 囚われた乙女と、騎士の矜恃②

「――お嬢さまッ!」


 唐突な事態に、観客席にいたシャルロットが叫んで立ち上がった。

 そして観客席の縁まで駆け寄るが、高さが五セージル近くもあって、とてもではないが飛び降りれない。

 シャルロットは舌打ちして元の席へと急ぎ戻った。次いでその場にいる者達――困惑するメルティア、アイリ、ルカを順に見てから、ジェイクへと目をやり、


「申し訳ありません。オルバンさま」


 焦りを隠しきれないまま、言葉を続ける。


「メルティアお嬢さま、ルカさま、ラストンさんのことをお願い出来ますか?」


「ああ、任せてくれ」


 ジェイクは即答した。


「シャルロットさんはお嬢の元に行きてえんだろ?」


 察しのいい少年はそう告げた。

 シャルロットは「申し訳ありません。そしてありがとうございます」とジェイクに告げて駆け出そうとした――が、


「……待テ。乙女ヨ」


 不意に零号が止めた。


「……キケンダ。ワレラモ、行コウ」


 続けてそう告げる。


「え? ですがそれは……」


 シャルロットは躊躇った。ゴーレム達は本来メルティアとアイリの護衛だ。

 あんな乱入者が現れた以上、護衛対象から離れるべきではない。

 しかし、零号は、


「……リーゼノキキハ、ミスゴセナイ。ココニハ十七号ト、七十八号ヲノコス。メルサマ、ソレデイイカ?」


『ええ。構いません』


 着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを着たメルティアが頷く。


『私にはこの鎧もあります。いざとなれば他のゴーレム達を召喚すればいいだけです。あなた達はリーゼと……コウタを助けに行ってください』


 そう言って、メルティアは《ディノス》と対峙する純白の騎士に目をやった。

 メルティアの纏う着装型鎧機兵パワード・ゴーレムには《万天図》の機能も搭載されている。それで調べたあの機体の恒力値はとんでもないものだった。


(……最悪です。どうしてこんな所にあんな機体が……)


 事態の深刻さに思わず喉を鳴らしてしまう。

 本来ならば自分も行きたかった。あの騎士が何者かは分からないが、まともに戦うのならば《悪竜ディノ=バロウス》モードが必要な敵だからだ。

 しかし、この大観衆の前では《ディノス》に近付くことも困難だ。ここでメルティアが無理に近付いたりしたら、かえってコウタに重大な隙を作らせるだけだろう。


『リーゼとコウタのことをお願いします』


 だからこそ、せめて我が子達を送り出す。

 零号と三十三号は何も答えず。ただ親指を立てた。


「……分かりました。では、早速参りましょう」


 シャルロットが告げる。


「あ、あの、シャルロットさん」その時、ルカが困惑した声で言った。「事態はよく分からないけど、その、リーゼ先輩とコウ先輩のことを頼みます」


 次いでアイリも「……気をつけて先生」と告げた。

 シャルロットはふっと微笑み、


「お任せ下さい。すぐに戻りますので」


 そう告げるなり、スカートを勢いよくなびかせて走り出した。

 その後をゴーレム達が続く。

 そうして瞬く間に人が多い観客席を抜け、グラウンドに続く廊下を走り出す。

 この特設会場は無駄に凝った造りであり、ただグラウンドに向かうだけでも通路はまるで迷路のようになっていた。観客を煩雑させず、スムーズに客席にまで案内する意図があるらしいが、今は目的地まで果てしなく遠く感じるだけで苛立ちを隠せない。

 ――いや、シャルロットを苛立たせるのはこの通路だけではなかった。

 最も苛立つのはあの純白の鎧機兵。それを操る男に対してだ。


(まったくあなたは!)


 シャルロットはギリと歯を軋ませた。

 声色や口調を変えているようだが、自分が見間違えるはずもない。

 ――リーゼの機体を一瞬で戦闘不能にしたあの一撃。

 あれは幾度となく自分を打ちのめしてきた男の太刀筋だった。


(一体何を考えているのです! あなたはッ!)


 そして、シャルロットは憎しみさえ込めてその男の名を叫んだ。


「――どういうつもりなのです! ハワード=サザン!」



       ◆



『ちょ、ちょっとッ! 何なんですか! あなたは!』


 この状況に、真っ先に叫び声を上げたのはジーナだった。


『突然乱入するなんて何なんですか! 常識がないの! あなたは!』


『その通りだ!』


 気炎を吐くジーナにアモンも続く。


『よッくもリーゼちゃんを! そこに直れ! 俺が成敗してくれる!』


 言って、自分の召喚器を取り出す。

 それは他の《煌めく心の団ナイツ・オブ・ミューズ》も同様だった。観客席にいる彼らは全員が血走った目で身を乗り出し、召喚器に手をかけていた。しかし、残念ながら観客席には鎧機兵を喚び出せるだけのスペースがなく全員が動けずにいたのだ。

 そんな緊迫した状況の中で、純白の騎士は『フハハハ』と笑った。

 そして、おもむろに胸部装甲ハッチが上に開かれる。

 機体の中から現れたのは、白いフルフェイスのヘルムと同色の全身甲冑。その上に真紅の外套を纏う一人の騎士だった。


「――フハハッ! 許せ。少年少女達よ。あまりに面白そうなことをしていたからな。ついオレも参加したくなったのだ」


 白騎士は操縦席の縁に片足をかけ、両腕を組んで告げた。


「我が名は白金仮面マスク・ド・プラチナ。放浪の騎士だ」


 その名乗りに会場にいる全員がポカンとした。


『……へ?』ジーナが代表して尋ねる。『いや騎士って主君あってのお勤めだからね? 放浪なんかしちゃダメじゃない。それってもう騎士じゃないし』


「フハハッ! 些細なことだ!」


 と、白金仮面マスク・ド・プラチナが大らかに言う。ジーナは呆れて言葉もなかった。

 すると、

 ――ズシン、と。

 悪竜の騎士が一歩前に踏み出した。


『放浪か、放牧だろうが知りませんが……』


《ディノス》――コウタが、淡々とした様子で口を開く。


『どうして、いきなりリーゼに攻撃を仕掛けたんですか?』


 そう問いながらも、戦闘不能となった《ステラ》を守れる位置に愛機を移動させることも忘れない。その様子を一瞥しつつ、


「ふむ。申し訳ないことをしたとは思っているのだが」


 自称・放浪の騎士は大仰に肩を竦めて返答する。


「その乙女が無茶な賭けに出るのは分かったからな。君が負けることはないだろうが、乙女の方は下手をすれば自分で動けなくなる可能性があると考えた。それは困るのだ。オレが興味を抱いたのは君の方だ。介抱などに時間が取られれば無粋な輩も出てこよう。そうなれば君と立合いも出来ん。彼女には自分の足で早々と退場願いたかった訳だ」


『……言ってくれますわね』


 と、白金仮面マスク・ド・プラチナの言い分に声を荒らげたのはリーゼだった。

 片足を失った《ステラ》の上半身を起こし、純白の騎士を睨み付ける。


『どう見ても無粋な輩なのはあなたの方でしょう。わたくしとコウタさまの真剣勝負に割って入るなんて』


「フハハハッ、そう言うな気高き乙女よ!」


 白金仮面マスク・ド・プラチナは《ステラ》を一瞥して言う。


「すでに貴公には勝機はなかった。それは事実であろう? それが分からないほど未熟ではあるまいて」


『それでも決着を決めるのはわたくしとコウタさまです』


 リーゼは《ステラ》の中で操縦棍を無念そうに握りしめて言い放つ。


『あなたの都合で邪魔をされるいわれはありませんわ』


「……ふむ。確かに貴公の言い分ももっともだが、この舞台はそもそも貴公達だけのものではないはずだぞ」


 そこで白い騎士はもう一方の主役である観客席に目を向けた。


「どうだ! ご来客の方々よ!」


 そして両手を広げ、観客達に問う。


「我が愛機・《アズシエル》と、悪竜の騎士の一騎討ち! 見たくはないか!」


 おおおおおッ、と観客席から声が湧き上がる。

 急な展開に驚きこそしたが、結局のところ今日はお祭りなのだ。

 盛り上がっていた所で終わったこともあり、この延長戦は実に興味が注がれた。

 まるで物語の主人公のような純白の騎士と、伝説級の悪役である《悪竜》を模した騎士の対峙の構図も、興奮を呼ぶのに一役を買っていた。


「――いいぞ! やれえぇ!」


 誰かがそう叫ぶ。それに続いて他の観客達も「そうだそうだ!」「いいぜ、もう一勝負行こうぜ!」と興奮の声を上げる。


『ちょ、ちょっとお客さま!? そんな勝手に!?』


 と、ジーナが声を上げるが、大歓声の前には意味がなかった。

 もはや純白の騎士・《アズシエル》と悪竜の騎士・《ディノス》の戦いは避けられない雰囲気となっていた。それに合わせて白金仮面マスク・ド・プラチナが大仰に会釈する。


『――あなたは!』


 リーゼが怒りの声を上げようとするが、それを制したのはコウタだった。


『いいよ。リーゼ。もう拒否できるような状況じゃない。この勝負、受けるよ』


「おお! それは有り難い! 感謝するぞ少年!」


 と、白金仮面マスク・ド・プラチナが喜びの声を上げる。対し、コウタは対戦相手を一瞥し、


『だけど、その前に――』そう呟いて《ディノス》を操り、処刑刀を地面に突き立てさせた。『まずは何よりも優先すべきことがある』


 と、言い放った途端、《ディノス》を中心にいきなり地面が破裂する。

 湧き上がる大量の土砂の山。《黄道法》の闘技の一つ。武器を通じて地面に恒力を伝える《地爆迅》と呼ばれる技だった。

 だがしかし、これは攻撃用の闘技ではない。大量の土砂や粉塵を巻き上げて相手の視界を奪う牽制用、もしくは逃走用の目眩ましに用いられる技だった。

 突然の目眩ましに観客は勿論、白金仮面マスク・ド・プラチナも困惑する。が、その疑問が解決することはなかった。ただ十数秒の時間だけが経過し、ようやく粉塵が晴れてくる。

 会場の視線が晴れた粉塵の先に集まる。だが、そこにいたのは粉塵が上がる前と変わらない《ディノス》の姿だけだった。


 ――いや、一つだけ違うところがあった。


「……ふむ。察するに乙女を自分の操縦席に移動させたのか?」


 胸部装甲を開いたまま停止している《ステラ》を見やり、白金仮面マスク・ド・プラチナがいち早く状況を見抜いた。どうやら、わざわざ粉塵で視界を奪ったのは、少女の安全を確保する隙を作るためだったらしい。


「おやおや少年よ。随分と身内に甘いことだな。しかし、わざわざ目眩ましなどせずともその少女が退避するぐらいの時間は待つつもりだったぞ」


『よく言うよ』


 コウタは鼻を鳴らして吐き捨てた。


『騎士を自称する癖に、やったことと言えばいきなりの不意打ち。そんな男の前に鎧機兵を失って無防備になっている彼女を晒せるはずがないだろう』


「フハハッ! 手厳しい意見だな!」


 白金仮面マスク・ド・プラチナが朗らかな声で笑う。

 ――が、何にせよ、これですべての準備は整った。


「では、オレも用意させて貰おうか」


 そう言って愛機・《アズシエル》の操縦席へと再び乗り込んだ。胸部装甲がゆっくりと下りて純白の騎士の赤い両眼が鋭く光った。

 これで白金仮面マスク・ド・プラチナの方も戦闘準備完了だった。

 おおおおおおおおおおおッッ、と会場が大いに沸いた。

 司会者であるジーナは「やれやれ」と嘆息したが、ここまで観客のテンションが上がってしまっては止めようもない。やむを得ず自分の仕事に入ることにした。


『仕方ありませんね。では特別試合。《アズシエル》対、《ディノ=バロウス》の対戦を行いたいと思います。まずは両機の恒力値ですが――』


 そう言って、ジーナは放送席に備え付けてある簡易版の《万天図》を一瞥し――。


『――ハアッ!? ちょ、ちょっと待って!? 何、この恒力値!?』


 ジーナがすぐさま素に戻って驚愕の声を上げた。

 その様子に『どうした?』と言ってアモンも《万天図》を覗き込み――絶句した。

 そうして二人して言葉を失う司会者達であったが、現実に先に戻ったのはジーナの方だった。彼女は蒼然とした顔色でコウタに慌てて忠告する。


『待ってコウタさま! そいつは――』


『構わない』


 コウタはわずかに怒りを宿す声でそう返した。


『分かっているよ。それを承知で受けたんだ。白金仮面マスク・ド・プラチナとやら。一つ言っておくけど、ボクは今もの凄く怒っているんだ』


 そして《悪竜》の少年は鋭い眼光で宣戦布告する。


『許す気もない。あなたには少々痛い目に遭って貰う。これは決定事項だ』

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