第151話 新徒祭始まる⑤

 そうして舞台は再び騎士学校へと戻る。

 時刻は昼の三時過ぎ。新徒祭も全盛を迎えようとしている頃合いだ。

 耳を澄ませば、訪問者達の喧騒が聞こえてくる。


「……ふう」


 そんな中、その少女は小さく息を吐いた。

 長い蜂蜜色の髪を後頭部にてリボンで結う、リーゼ=レイハートである。

 彼女は今、愛機に乗って大きな通路を進んでいた。

 ここはグラウンドへと続く道だった。普段の騎士学校にこんな設備はない。今歩く道の丁度、真上にあるすり鉢状の観客席と合わせて新徒祭のためだけに設置された施設だ。

 しかし、これだけの大掛かりな会場。幾らなんでも学生の手には余るので一週間ほどかけて専門業者がセッティングした設備だった。

 そして流石はプロの仕事。

 設備のすべては安全と耐久を考慮した鋼鉄製。その上から、本日のメインイベントの雰囲気作りまでも配慮し、全面を煉瓦模様の壁紙でコーティングしている。


「……いよいよですわね」


 操縦棍を強く握りしめ、リーゼが呟く。

 この日のために連日放課後、コウタと演武の訓練をしてきた。

 とは言え、台本のある演武ではない。訓練は常に実戦形式で行い、コウタにも本番でも本気で戦って欲しいと依頼している。

 今日の演武は紛れもない真剣勝負であった。

 だからこそ緊張もする。なにせ相手はあの悪竜の騎士。入学してから幾度となく挑むもたった一度も勝てたことのない恐るべき敵なのだから。


「ですが、今日こそは!」


 大きく呼気を吐き、リーゼは前を見据えて自分を鼓舞した。

 相手が愛する少年とはいえ元来リーゼは負けず嫌いなのだ。そろそろ一勝ぐらいしたい。それにもしそれが叶えば、もっと彼に近付けるような気がしていた。


(そうですわね。騎士として、せめてオルバン並みには信頼されたいですわね)


 リーゼは少しだけ嘆息しつつ、そんなことを思った。

 正直、コウタに守られる感じは悪くない。以前サザンで暴漢に襲われ、守ってもらったことは今でも大切な思い出だ。

 だがしかし、自分は戦う力を持たないメルティアやアイリとは違う。

 少女である前に、己が力に誇りを持つ一人の騎士なのだ。

 か弱いお姫さまのように、ただ守られることにはどうしても不満があった。

 だから常々思っていた。いつかコウタに自分の力を認めさせたいと。

 そして、その機会の一つであろう今日を迎えたのである。


「ええ。コウタさま」


 レイハート公爵家の令嬢は不敵に笑う。


「あなたのリーゼは、あなたが思うほど弱くはありません。それを今日、あなたに勝つことで証明してさせあげますわ」


 決意の言葉を口にした。

 リーゼはさらに強く操縦棍を握りしめた。それに呼応して愛機・《ステラ》が両眼を輝かせる。武舞台グラウンドへと進む足取りもより強いものへと変わった。

 そうして、いよいよ気高き少女と白銀の鎧機兵は通路を抜け、彼女達の戦場へと歩み出すのだった――。



       ◆



『ご来場の皆さま! 大変長らくお待たせしました!』


 会場に少女の声が響く。

 今日の新徒祭において、誰もが一度は聞いたことのある放送部の女生徒の声だ。

 放送席にて初めて姿を現わした彼女の容姿は、栗色の長い髪を右側頭部で結んだかなりレベルの高い美少女であった。彼女はマイクを掴んで言葉を続ける。


『いよいよ本日のメインイベント! 在校生二名による鎧機兵の演武を行いと思います! 司会は私、二回生ジーナ=ブロックが。そして実況は』


『私、三回生アモン=テイラーが務めさせて頂きます』


 と、初めて聞く野太い声がマイク越しに響く。

 ジーナの隣に座るアモンは、古戦士を彷彿させる筋骨隆々な大男であった。

 会場は「わあああああ!」と沸いた。


『さて。テイラー先輩。まずはご来場の皆さまに本日の演武を担う生徒達を軽くご紹介いたしましょうか』


『ええ。そうですね』


 放送席のアモンはおもむろに頷いた。


『まず左門内にて待機するのはコウタ=ヒラサカ一回生です。平民です。以上』


『――え? 先輩? 以上って、それだけ?』


 あまりにも簡潔すぎる紹介に唖然とするジーナに構わずアモンは続けた。


『そして東門よりご降臨される女神の名はリーゼ=レイハート一回生! なんとあのレイハート公爵家のご令嬢にして学年別において次席につく天才少女です! 高貴な血筋に加え、余りある才を持ちながらもその人柄は公平明大であり誰に対してもお優しい! そして我が校の歴史における最高の美少女! 嗚呼、君はなんて美しいんだ……ビューティホーッ! ビューティホーッ! リィィーーーゼッッ!!』


『せ、先輩!?』


 と、愕然するジーナをよそに、突如、観客席の数十カ所で人が立ち上がった。

 学年こそバラバラだが全員が男子生徒である。


「「「ビューティホーッ! ビューティホーッ! リィィーーーゼエエェ!!」」」


 彼らは拳を振り上げて一斉に唱和し始めた。

 大合唱は数分間に渡って続いた。


『ぬうゥッ! 鎧機兵越しなのが実に残念だ! 出来ることならば我らが女神の可憐なるお姿をこの大舞台でお披露目したかったというのに!』


 と、アモンがマイクを通じて無念そうに呻く。

 ジーナも観客達も――ちなみに観客席にいる甲冑騎士や、大小のメイドさん達も絶句するばかりだ。


『テ、テイラー先輩……そ、そんな、硬派で知られるから実況に呼んだのに……まさか先輩まで《煌めく心の団ナイツ・オブ・ミューズ》の人間だったの!』


 ジーナがギリと歯を鳴らした。

 ――《煌めく心の団ナイツ・オブ・ミューズ》。それは、最近校内でどんどん勢力を拡大させているリーゼ=レイハートの未公認ファンクラブの名称だった。


『……ご来客の皆さま。申し訳ありません。とんだポンコツ実況を呼んでしまいました。ここからは私が一人で実況を務めさせて頂きます。では、まず左門にて待機する生徒ですが――』


 と、言いかけたところでジーナの台詞は止まった。

 同時にザワザワと会場が騒ぎ始めた。何故なら、無人のグラウンドに突如、一機の鎧機兵が現れたからだ。それも処刑刀を携える魔竜を象った禍々しい機体だ。

 コウタの愛機・《ディノス》だった。

 本来ならとっくに入場のタイミングであるはずなのに、どれだけ待っても呼ばれない状況を不審に思い、入場してきたのである。

 あまりにも凶悪なその姿に、多くの観客達は眉をひそめた。

 コウタは《ディノス》の中で困惑した表情をして放送席に問う。


『あの、まだ入場するには早かったですか?』


『い、いえ。ごめんなさい。ヒラサカ君。少しトラブってまして……』


 と、ジーナが後輩に謝罪する。

 それから、コウタの入場を改めて告げようとしたその時だった。


『いえ。ボクの方こそ早まったみたいですみません。ジーナ先輩』


『……………え?』


 ジーナは愕然と目を見開いた。

 そしてガッとマイクを掴み、こう叫ぶ。


『えええッ!? コウタさま!? コウタさまが、あのコウタさまが私の名前を呼んでくれたああああああ――ッ!!』


『……え?』


『なんで!? 私、コウタさまと話したことはないよね!? なんで私の名を!?』


『え? それは、ジーナ先輩は放送部員で結構有名ですから。みんな名前で呼んでいますし……って、いや、それよりなんで先輩まで「さま」付けなんですか!?』


《ディノス》の中から驚愕の声を上げるコウタ。自分のことを「さま」付けするような人間はリーゼだけだと思っていたのが……。

 しかし、コウタの叫びはジーナには聞こえていないようで。


『う~ん。そっか。残念。けど……嗚呼、コウタさまが私の名前を……』


 頬に手を当てて、彼女はうっとりとしていた。

 呆然とする観客達もコウタの問いかけもほったらかしにして、恋する乙女モードで完全に自分の世界に入りこんでいた。

 すると、アモンが呆れた様子で告げる。


『その反応……ふん。ブロック二回生。君の方こそかの悪名高い《悪竜王子近衛隊ディア・ディノスガード》の一員だったとはな』


『うっさい。黙れ。何が悪名高いか。この腐れ先輩め』


 乙女から一転、ジーナがギロリとアモンを睨み付ける。

 ちなみに《悪竜王子近衛隊ディア・ディノスガード》とは、全学年問わずに百名以上の女生徒で構成されるコウタのファンクラブだ。勿論こちらも非公認である。

 アモン達と違って露骨に存在をアピールするような団員はいないが、それでも何の声掛けもなくこの会場に全員が集うほどの行動力はある団体だった。

 ちなみに二つの組織ファンクラブは犬猿の仲であった。

 理由は至ってシンプルだ。それぞれの憧憬の対象同士が仲の良いことに起因する。

 要は憧れの人に近付く悪い虫という認識である。


『あの猫かぶり女め! ちょっと同じ学年で同じクラスだからって調子に乗りすぎなのよ! コウタさまが優しいからって近付きすぎよ!』


『何だと! 我らの女神を侮辱する気か! そもそもヒラサカなどリーゼちゃんの眼中にもないわ! あんな奴は幼馴染とかいう鉄筋ゴリラ娘とでも結婚すればいいのだ!』


 と、ジーナとアモンがマイク越しに言い合っている。

 なお、完全なるとばっちりで『鉄筋ゴリラ娘』と称された甲冑少女はず~んと深く落ち込んでいた。どこぞの幼馴染が過保護すぎて、悪口耐性がほとんどないのだ。そんな少女を愛弟子や幼いメイド、小さな騎士達が必死にフォローしていたりする。


 ――と、そんな時だった。


『……あの』


 会場に、可憐な少女の声が響く。


『そろそろ演武を始めても宜しいのでしょうか?』


 それは《ステラ》に乗るリーゼの声だった。彼女もまた、一向に呼びだされない状況を不審に思い、自主的にグラウンドに現れたのだ。

 そして醜く言い争う司会者達に唖然としつつも、このままでは埒があかないと判断して声をかけたのである。


『おおッ! 我が女神よ!』


 アモンが鼻息荒くマイクを握りしめた。


『お待たせして済まない! さあ、その邪悪な魔竜を打ち滅ぼすのだ!』


『誰が邪悪よ!』


 対し、ジーナも自分のマイクを握りしめて叫ぶ。


『コウタさまは凄く優しいのよ! あの機体は無益な争いを避けたいと願うコウタさまが相手の戦意を挫くために、あえてああいう造形デザインにしているの! あなたみたいな脳筋には分からないでしょうがね!』


『ふん! 要は虚仮威しだろう! まさに虎の威を借る何とやらだな!』


『なんですって! この筋肉だるま野郎!』


 …………………………………………………………。

 …………………………………………。

 ……………………………。

 あまりにも激しく。

 そして、途轍もなく虚しい気分になってくる言い争いに、当事者であるコウタとリーゼは勿論、会場全体が冷え切っていた。

 だが、このままではまずいと感じたリーゼが《ディノス》を見やり、


『コウタさま。そろそろ始めましょうか』


 と進言する。コウタはふうっと嘆息しつつ、


『……うん。そうだね』


 と承諾した。流石にこのまま醜態を晒して来客を待たせるのは問題だ。

 ……まあ、すでに致命的なぐらい手遅れかも知れないが。

 そうして互いの武器を身構える二機。

 戦闘開始の予感を覚え、観客達は鎧機兵達に注目した。

 すると――。


『『――行け! ぶっ倒せ!』』


 いきなり声を揃えて叫ぶジーナとアモン。

 皮肉にも戦闘開始の合図だけは息を合わせて行うことになった。


 ――こうして。

 呆れるほどにグダグダではあったが、新徒祭のメインイベント。在校生二名による鎧機兵の演武の舞台の幕は開けられたのである。

 ただ、この舞台の裏で、楽しげに笑う男がいたことには誰も気付かなかったが。

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