第113話 少年達は語り合う③
それから十分後。
アシュレイ家の庭園の一角にて。
「ほらよ。館からボトル貰って来たぜ」
ジェイクはそう告げて、水の入った二本のボトルを二人に手渡した。
「ありがとう。ジェイク」
「うん。助かるよ」
コウタとアルフレッドがボトルを受け取り、礼を述べた。
彼ら二人と一機のゴーレムは、庭園の丸い石テーブルにて休憩を取っていた。
「さてと」と一息つき、本邸まで水の入ったボトルを調達に行っていたジェイクが、切り株のようなデザインの石の椅子に座った。
それからボトルの水を喉に流し込む二人の少年をまじまじと目やり、
「しっかし凄えよな」
素直に感心する。
「コウタが強えのは今更だが、皇国の騎士ってのは皆こんなレベルなのか?」
と、アルフレッドに尋ねた。
空になったボトルを石テーブルに置き、アルフレッドが苦笑する。
「う~ん。自分で言うのもなんだけど僕は結構強い方だよ。皇国の上級騎士でも僕が勝てないのは数人だけだし」
その返答にジェイクは「おおう」と呻いた。
「おいおい、マジかよ。それはそれで凄げえな。コウタとタイマン張れるお前さんよりも強い奴がいんのか」
と尋ねるジェイクに、
「……うん。確実に僕よりも上の人がいるよ」
アルフレッドは少し微妙な表情で答えた。
彼らのやり取りに、コウタは「へえ~」と感嘆する。
「その人って、どんな人なの?」
純粋な好奇心からそう尋ねると、
「そうだね。僕にとっては頼りになる兄さんみたいな人かな。ただ、将来的には『義父上』と呼びたい人でもあるんだけど」
「「……………は?」」
アルフレッドの唐突な台詞にコウタとジェイクは目を丸くした。
次いで二人は互いの顔を見合せてから、
「いやいや、どういうことだよ? 『義父上』って?」
と、ジェイクが代表して質問する。
対し、アルフレッドは頬をポリポリと掻いて、
「その人には養女がいるんだ。う~ん、これは見てもらった方が早いかな」
そう言ってアルフレッドは自分のサーコートの中から一枚の写真を取り出した。
コウタとジェイクは石テーブルの上に手をついて身を乗り出すと、アルフレッドが手に持つ写真を覗き込む。
「「おお~」」
そして二人は思わず感嘆の声を上げた。
写真に映る人物は、途轍もなく綺麗な少女だったのだ。
年齢は十二歳ほどか。純白の法衣を纏う空色の髪を持つ少女だった。写真に映る彼女は横顔であり、宝石のような輝きを放つ翡翠色の瞳は遠くを見つめていた。
「こいつは凄えな」「……うん。その、少し怖いぐらい綺麗な子だ」
と、ジェイクとコウタが小さな声で呟く。
メルティア、リーゼ、そしてアイリも含めた美少女達。
他にも年齢は少し離れているが、シャルロットやイザベラなどの身近に美人ばかりが揃っているコウタやジェイクでさえ息を呑むレベルの美少女だ。
巫女のような法衣を着ているためかも知れないが、《夜の女神》の化身だと言われても納得してしまいそうなぐらい神秘的な趣の少女である。
「この子がその人の養女なんだよ」
「「へえ~」」
再び声を揃えるコウタとジェイク。
が、すぐにコウタの方がまじまじとアルフレッドを見つめた。
「もしかして、この子ってアルフの婚約者なのかい?」
会話からしてそう感じた。
しかし、アルフレッドは無念そうにかぶりを振り、
「だといいんだけど、実際は僕の片想いだよ。姉さんには『まるで脈が無い』とか散々言われるし、その上『彼女』と付き合うには……」
そこでおもむろに押し黙るアルフレッド。
彼は写真を羨望の眼差しにいた表情で見つめた後、懐にしまった。
そして一拍置いて、深々と嘆息する。
「……『彼女』の保護者に勝てるぐらい強くならないといけないんだ」
その声には深い苦悩……と言うよりも疲労が滲み出ていた。
ここまで聞けば、コウタとジェイクは大体アルフレッドの事情が分かった。
「ああ、なるほど」
コウタが苦笑する。
ジェイクも同じく苦笑いしつつ、大仰に肩を竦め、
「要するに、よくある『娘と付き合いたくば俺を倒してみろ』ってやつか」
「まあ、そういうこと。とにかく強いんだよあの人は」
アルフレッドは再び溜息をついた。
「しかも『彼女』を溺愛していて本気で容赦しないし……」
と、覇気のない声で呟く。が、すぐに表情を改めて。
「けど、今回は『彼女』も無関係じゃないんだ」
「………え?」コウタは目を剥いた。「それってどういうこと?」
「……実は『彼女』は」
神妙な声でアルフレッドは言葉を続けた。
「以前、《死面卿》に襲撃されたことがあるんだ」
「……え」「おいおい、マジかよ」
コウタ、ジェイクが驚いた顔をする。
アルフレッドは真剣な顔で二人を見やり、
「幸いにも『彼女』は無事だったけど、僕はあの男を許すつもりはない。だからこの手で《死面卿》を捕えたいんだ。二度と『彼女』に近付けないためにも」
「そういうことか……」
と、コウタが呟く。確かにその気持ちはよく分かった。
今回のアイリの件は勿論だが、仮にメルティアやリーゼ。そして模擬戦中に少しだけ話題に挙がった、今は遠くにいる菫色の髪の少女――リノが危険な目に遭わされたと聞けばコウタも心中穏やかではいられないだろう。
その元凶を排除すべく追跡するのも当然だ。
「それは許せないよね」
と同意の言葉をかける。アルフレッドの気持ちは本当に共感できる。
自分から大切な者を奪おうとする者は誰であろうと許さない。
それが、コウタの強迫観念にも似た信念だからだ。
ゆえに本来ならば、アルフレッドに協力したいところなのだが――。
「けど、ごめん」
コウタは頭を下げて謝罪する。
「…………」
アルフレッドは真剣な眼差しでコウタを見つめるだけで何も答えない。
魔窟館内に滞在させて欲しい。
アルフレッドが暗にそう望んでいるのは一目瞭然だった。
しかし、その要望は、コウタとしては受け入れがたいものだった。
「アルフを魔窟館に招くのは無理だよ。メルは本当に対人恐怖症なんだ。もっと時間をかけて親しくならないと彼女の心が傷ついてしまう」
アルフレッドが写真の少女を大切に想うように、コウタもまたメルティアを大切に想っている。その想いの強さは決して劣らない。
個人的には共感しても、ここで妥協するつもりは一切なかった。
すると、そんなコウタの覚悟が伝わったのだろう。
アルフレッドが要望を口にすることはなかった。
が、その代わりに……。
「……コウタ。君は……」
アルフレッドは少し躊躇いがちに尋ねる。
「本当に、メルティアさまが大切……と言うより『好き』なのか?」
「………………へ?」
唐突すぎる問いかけに、一瞬コウタの目が点になる――が、
「―――なななッ!?」
一気に顔が真っ赤になった。
「な、何を言っているんだよアルフ!? メルはただの幼馴染だよ! そ、そりゃあ無茶苦茶可愛いとは思っているけど……」
「え? か、可愛い、のか?」
今度はアルフレッドの目が点になる。まあ、好みや美的センスは人それぞれだが、流石にあの鋼の巨人を可愛いと称するのは……。
(そ、その、素顔が美人ってことかな)
とりあえず、アルフレッドはそう結論付けた。
するとジェイクが「ははははっ!」と腹を抱えて笑い出し、
「いい加減認めろよ、コウタ。結局メル嬢はコウタのどストライクだもんな」
「………うぐっ」
コウタは呻めた。こればかりは反論できない。
しかし、このまま言われっぱなしでいるつもりはなかった。
「……かくいうジェイクは『年上のお姉さん』がタイプだもんね」
と、反撃としてジェイクもこの話題に巻き込もうとするが、
「おうよ! そうさ!」
流石と言うべきか、ジェイクは全く動じなかった。
それどころか、さらに猛攻をかけてくる。
「けどな、コウタ! お前だって初めて憧れたのは、おっぱいの大きいお姉さんだったって言ってたじゃねえか!」
「い、いや、確かにそうだけど、その、姉さんは兄さんの婚約者だったし」
「ふん! 男はみな、年上のお姉さんに憧れるのさ!」
と、ニヒルな顔で持論を展開するジェイク。
それに対し、アルフレッドは両腕を組んで異論を唱える。
「う~ん。実の姉がいる僕としてはあまり年上には興味がないかな」
「な、何だとッ!? てめえ、その写真の子といい、さてはロリコンだな!」
「……ロリコンハ、センメツスベシ」と、今まで石像のように沈黙し、小鳥まで兜の上に止まっていた三十六号が会話に混じる。
「だ、誰がロリコンだよ!」
アルフレッドが勢いよく立ちあがって反論する。
「『彼女』は幼く見えるだけで僕と一つしか違わないよ!」
「はんっ!」
ジェイクもまた立ち上がって鼻で笑う。
「十代だろうが三十代だろうが何百歳だろうが歳なんて関係ねえよ! 見た目がロリならやっぱロリだろ! てめえは立派なロリコンだ!」
「なんだと――ッ!!」
コウタは「まあまあ、少し落ち着いてよアルフ」と苦笑を浮かべていた。
内心では矛先が変わりホッとしていたが。
だがしかし、そんな油断をジェイクは見逃さない。
「おい、今話題が変わって少しホッとしやがったなコウタ! そろそろツッコもうと思ってたが、最近のお前ってちょっとしたハーレムになってるだろ!」
「ハ、ハーレムって何さ!? リーゼやリノのこと!?」
「あ、何気にメル嬢だけ外したな。つうことは、メル嬢は正妻ってか!」
「なんでそうなるのさ!?」
「えっ!? コウタって本気で彼女が好みなのか!?」
とアルフレッドも参加し、アシュレイ家の庭園に少年達の騒がしい声が響いた。
……こうして。
互いの腹の探り合いから始まった対話ではあったが、少年達は実に年頃の少年達らしい話題で白熱し、親睦を深めるのであった。
ただ、遥か上空にて、銀色に輝く不気味な鳥がずっと旋回していたことに、彼らが気付くことはなかったが――。
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