第112話 少年達は語り合う②

 数分後。二人の少年は対峙していた。

 槍を構えるアルフレッドと、片手に短剣を携えるコウタの二人だ。

 彼らの中間ぐらいの位置には、真剣な面持ちをしたジェイクの姿もあった。


「……ウム! コウタ、マケルナ!」


 と、少し離れた地面にて腰を降ろす三十六号が声援を送った。

 コウタとアルフレッドは共に苦笑いを浮かべてから、互いを見据えた。


「それじゃあ、コウタ」


「うん。お手柔らかに。アルフ」


 それぞれの武器の柄を強く握り直して二人は言葉を交わす。

 そしてアルフレッドは槍の切っ先を微かに上げた。

 一方。対峙するコウタは自然体のまま、短剣をすっと揺らした。


「そんじゃあ! 模擬戦の開始だ!」


 と、審判役を買って出たジェイクが声を張り上げる。

 同時に自分の両手を勢いよく頭上で交差させた。開始の合図だ。


「――――」


 無言の中、最初に動いたのはコウタの方だった。

 短剣を片手に、豹のような身軽さでアルフレッドへと接近する。

 コウタの武器は短剣。まずは接近しなければ戦闘にもならないからだ。

 しかし敵が間合いに入ってくるのをみすみす許すアルフレッドではなかった。


「――ふ」


 小さな呼気と共に槍の穂先が霞んで消えた。


「――ッ!」


 コウタが息を呑んで横に跳ぶ。

 ――ボッ!

 その直後のことだった。

 空気が弾かれる音が響き、コウタが直前までいた場所を槍の穂先が射抜く!

 それはまさに、神速とも呼ぶべき刺突だった。

 さらにアルフレッドは引く手さえ見せない速さで連突きを繰り出す。

 コウタは横に加速し、その弾幕のような連撃を回避した。

 そして槍の連撃が止むのを見極めて反転。アルフレッドの槍の柄に短剣を乗せるとそのまま間合いを詰め、刃を滑らせる。狙いは槍を支えるアルフレッドの指だ。


「おっかないね」


 だが、アルフレッドは動じない。

 槍を大きく回転させ、コウタの短剣を撥ね退けた。

 武器を弾かれ、わずかに重心を崩すコウタ。そこへすかさずアルフレッドの刺突が繰り出される――が、


 ――ギンッ!


「――なっ!」


 アルフレッドは大きく目を瞠った。

 寸止めするつもりで多少速度は落としたが、それでも必殺のはずの刺突を、コウタは真正面から短剣で叩き落としたのだ。


「舐めないで欲しい。アルフ」


 戦闘が始まって初めてコウタが口を開く。


「そんな気迫も乗っていない攻撃なんて通じないよ」


 言って、コウタは一気に間合いを詰めた。

 そして繰り出される鋭い袈裟切り。

 アルフレッドは「クッ!」と呻き、斬撃を槍の柄で防いだ。


(――重い!)


 想像以上に重い一撃に表情を強張らせた。

 さらに斬撃は続く。

 アルフレッドは不利な間合いであっても、コウタの猛攻を凌ぎ続けた。


(――くそッ!)


 歯を軋ませるアルフレッド。

 が、いつまでも劣勢に甘んじるほど彼の矜持は安くない。

 どれほど鋭い連撃でも限りなく続けられるものではない。呼吸のため、微かに緩んだ隙を突き、アルフレッドは槍を大きく横に薙いだ。

 コウタは表情を歪めつつ、後方に跳んだ。

 そこへアルフレッドは刺突の追撃を繰り出すが、コウタは横に跳んで回避する。

 互いに間合いを計りながら、再び対峙する二人。


「……強いね。コウタ」


 隙もなく槍を構えてアルフレッドが言う。


「正直、僕と同年代でここまで強い人は初めて出会ったよ」


「……そうなんだ」


 対し、コウタは少し苦笑気味に口角を崩した。


「ボクの場合はちょっと違うかな。ジェイクとリーゼも強いしね。とは言え、君クラスの同年代と会うのは二人目だけど」


 そんなことを言う。

 アルフレッドは少し目を丸くした。

 こう言っては何だが、自分は皇国において『天才』と呼ばれていた人間だった。事実として同年代に苦戦した記憶が無い。あまりに同年代の中で突出していたため、勝負にさえならず、ある意味アルフレッドは孤独な人間だった。

 しかし、恐らく自分にも匹敵しそうなこの眼前の少年は違うようだ。


「……ははっ、それは凄い世代に囲まれているんだね」


 コウタが嘘を言っているようには見えない。

 本当に彼は、アルフレッドクラスの同年代を知っているのだろう。

 少しだけ羨ましかった。

 するとコウタは「はは、そうかもね」と笑った。

 短剣を構える姿勢は一切崩さず、彼は語る。


「ただ、囲まれているというのは違うかな。なにせ『彼女』と会ったのは数えるほどしかないし、今はどこにいるのかも分からないから」


「……え?」


 アルフレッドは大きく目を見開いた。


「その人って女の子なのか?」


 コウタは「うん」と頷く。


「対人戦をした訳じゃないけど、凄く強い子だった。後で彼女の素性を知って驚くのと同時に、内心では納得したぐらいだったよ」


「……そうなのか」


 アルフレッドはポツリと呟く。

 まさか、自分達と同じぐらい強い少女がいるとは。

 これには流石に驚いたが、それも束の間――。


(けど、強い女性自体は珍しくもないか)


 と、納得する。同年代でこそアルフレッドに匹敵しそうな女の子はいないが、自分の身近な女性達の中では、姉を含めてとんでもない猛者が三人もいる。

 女性の中にも怪物級に強い人間は間違いなくいるのだ。


「まあ、『彼女』については、ボクも色々思うところはあるけど……」


 コウタはふっと笑う。


「今は全然関係ないよね」


「……ははっ。確かにそうだ」


 アルフレッドも槍の柄を握りしめて笑う。


「それじゃあ雑談もここまでにして再開と行こうか」


 言って、戦闘再開の口火はアルフレッドが切った。

 おもむろに穂先が揺らぎ、無数の刺突がコウタに襲い掛かる!

 それに対しコウタは腰に差していた短剣の鞘を抜き放ち、二刀の構えで迎え撃つ。短剣と鞘を駆使し、正面から刺突を撃つ落としていく――。


「――ふっ!」


 そして今度はコウタが連撃の止む瞬間を狙い、加速する。

 先程と同じく槍の柄に刃を滑らせる。しかも今回は容易く弾かれないように鞘も交差させた状態だ。アルフレッドは「くッ!」と舌打ちする。

 ――このままではヤバい。

 アルフレッドは柄から左手を離し、槍のギミックを使って柄を瞬時に短くする。コウタは目を見開き、重心を崩した。アルフレッドは槍を剣のように扱ってコウタの鞘を叩き落とした。次いで石突きで殴打しようとするが、


 ――ギンッ!


 コウタは素早く刀身を受け止めた。

 二つの武器が軋み合う。

 すると、コウタとアルフレッドは全く同時に鍔迫り合いの力を抜いた。

 続けて互いに後方へ跳び、直後に加速。

 短剣の切っ先と槍の穂先を、相手の喉元めがけて繰り出した。

 風を切る二つの刃は真直ぐ急所へと突き進む!


 そうして二人は――……。


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