第104話 追跡者達②
――魔窟館の地下一階。
床には鎧機兵のパーツが多く転がり、壁横には二機の鎧機兵――《フォレス》と、コウタの愛機である《ディノス》が鎮座する、通称『メルティア工房』にて。
「……オレ! フッカツ!」
「……フウ、スゴク、オモカッタ」
二機のゴーレム達が両手を掲げて復活した。
全身をオーバーホールしたため、紫色の装甲がツヤツヤと輝いている。
すると、わらわらと他のゴーレム達が近付いて行き、
「……オオ、オニュー!」「……イイナ、オレモ、リニューアルシタイ」
ゴツンゴツン、と復活した二機の装甲を叩いている。
騒ぐ彼らの横には二時間ほど前まで二機のゴーレム達が装着していた鎧装が無造作に置かれている。そしてその傍には胡坐をかいて座るメルティアの姿があった。
鎧装を見つめる彼女の顔は、極めて真剣だった。
「……メル」
その時、一人の少年がメルティアに声を掛けてきた。幼馴染のコウタだ。彼の傍には、帰宅時からずっと手を繋いでいるアイリの姿もある。
「……どう? 何か分かった?」
「……正直、理解不能です」
メルティアが金色の眼差しでコウタを見やる。
「二十八号と三十三号の内部に損傷はありませんでした。彼らが動けなくなった理由はこの上なく不可解ですが、単純な話です」
そこでメルティアは、オーバーホールの作業に使っていたスパナを拾い上げると、放置されている鎧装をゴンと叩く。
「この鎧装。奇妙なことに素材が変わっていたのです」
「素材が変わった?」コウタは眉根を寄せる。「要するに見た目は同じだけど、材質が違うものになっていたってこと?」
「……はい」
メルティアはこくんと頷いた。
彼女は困惑した表情を浮かべて言葉を続ける。
「この鎧装ですが、二機揃ってダイグラシム鋼に変わっていました」
「……え?」
コウタは目を丸くした。
「それってあの《フォレス》の装甲に使用している金属だよね? 確か頑丈だけどもの凄く重い金属だって聞いてたけど……」
言って、コウタはメルティア工房の壁横に待機する《フォレス》に目をやる。
メルティアも自分の愛機に視線を向けて「その通りです」と告げる。
「《フォレス》と同じ材質ですね。この鎧装を装着した状態では、ゴーレム達の出力で自重を支え続けるのは流石に無理があります。動けなくなるのも当然です」
と、今度はゴーレム達に目をやって呟く。
コウタは眉根を寄せた。
要するにあの不審者は鎧装を丸ごと違う素材に入れ替えたということか。
しかし、原因は分かったが、その方法がまるで分からない。
「……一体どうやって……」
コウタの独白のような質問に、メルティアは「分かりません」と答えた。
「私の知識にはそんな方法はありません。恐らく別体系の……アロンか、エルサガの技術なのかもしれません」
ギュッと下唇を噛む。
自分の知識にない技術は彼女にとってかなりショックだった。
だが、すぐにメルティアは表情を改める。今大事なのは自分の事ではない。
「……アイリ」
メルティアは優しい声で、コウタの手を握る少女に語りかける。
「怖かったでしょう。もう大丈夫です」
そう言って立ち上がり、両手を広げる。
アイリは無言でメルティアの大きな胸に飛び込んだ。
メルティアは妹分を抱きしめ、彼女の髪を優しく撫でる。
「まさかゴーレムをこうも容易く無力化する変質者がいるとは思いませんでした。すみません。私の失態です」
「……メルティアは悪くないよ」
メルティアの豊かな双丘に顔を埋めてアイリが言う。
すると、二十八号と三十三号が二人の元に近付いて来た。
「……メルサマ、ワルクナイ」「……オレタチノ、シッタイ」
と、心なしか気落ちした声でそう告げてくる。
ますますもって人間っぽいなあ、と思いながらコウタはメルティアに声をかけた。
「……あのさメル」
「何ですか、コウタ?」
アイリを抱きしめたまま、メルティアが視線をコウタに向けた。
「どう考えてもあの男はただの変質者なんかじゃないよ。この鎧を入れ替えた謎の方法もそうだけど、身のこなしも並みじゃなかった。いや、身体能力が異常なのか……」
コウタは獅子の様相を持つ男を思い出しながら、言葉を続ける。
「アイリの件もあるけど、絶対放置しちゃいけない相手だ。ボクはこの件をご当主さまがご帰宅され次第、お伝えするつもりだよ」
「……そうですか」
メルティアは嘆息した。確かに話を聞く限り異常な男だ。
ゴーレム達を無力化したこともあり、コウタが報告するは当然だろう。
「確かにその方がよさそうですね」
「うん。その、それでね」
コウタは少し躊躇うように口を開いた。
次いでアイリの両耳を、そっと掌で抑えて――。
「あの男は去り際にまだアイリを狙うと予告していた。流石にこの魔窟館の場所はばれていないと思うけど、それでもアイリには護衛が必要だ。相手がゴーレムを無力化する方法を持っている以上、だから、その……」
コウタの台詞は最後の方では、かなり力を失っていた。
メルティアが泣き出しそうな表情を浮かべているからだ。
胸が強く痛む。最後まで言わずともメルティアは状況を理解したのだろう。
要はアイリを護衛するには彼女を安全な場所で保護するか、この魔窟館に護衛の騎士を滞在させるしかないことに。
そしてアイリを妹のように慈しみ、大切にしているメルティアには、怯えているアイリを別の場所に移し、誰かに託すような選択肢はない。
必然と選ぶ道は一つしかなかった。
「わ、私は……」
深く俯き、声を振り絞る。
――いや。振り絞っているのは勇気か。
メルティアはギュッと下唇を噛んだ。
嫌だ嫌だ嫌だ。この館に見知らぬ他人を招き入れるなど絶対に嫌だった。
けれど、怯えるアイリを外に出すことはもっと受け入れ難かった。
メルティアの華奢な身体がわずかに震え出す。
アイリはそんなメルティアを困惑した様子で見上げた。
メルティアと、アイリの視線が重なる。
その眼差しを見た時、メルティアは覚悟を決めた。
喉を鳴らし、コウタを見据える。
「わ、わか、分かり……」
と、掠れ、震える声で幼馴染の少年に意志を告げようとする。
喉が酷く痛い。だがそれでも言葉を伝えようとした。
――と、その時、
「………メル」
とても優しい声が部屋の中に響いた。
見ると、コウタが真直ぐな瞳でメルティアを見つめていた。
「そこまでで充分だよ。無理をしないで」
そう言ってアイリの耳から手を離し、代わりにメルティアの両頬にそっと触れる。
「………あ」と小さな声を零す金色の瞳の少女に、「大丈夫だから」と告げてコウタは親指でメルティアの目尻の涙を拭った。
「泣かないでメル。警護の方はアシュレイ家の敷地内に限定して欲しいとボクからご当主さまにお願いするよ。護衛としてはこの件が片付くまでボクが魔窟館に滞在する。ボクが君達を守る。それでいい?」
そう告げるコウタに、
「あ、う……コ、コウタぁ……」
ボロボロ、と大粒の涙を零し始めるメルティア。
そんな彼女の涙を拭いながら、コウタは心の中で自嘲の笑みを浮かべた。
――ああ、何とも情けない話だった。
本当は、ここで彼女が勇気ある一歩を踏み出すのを見届けるべきだった。
荒療治ではあるが、この一件で彼女は大きく前進したかもしれない。
そう思ったからこそ、この話を持ち出したというのに――。
(やれやれ、ボクって本当にダメだな……)
コウタは内心で深々と嘆息した。
思わず妥協案を告げてしまった。本当に情けないことだった。
こんなにも懸命に勇気を振り絞ったメルティアに対し、あまりに辛そうな彼女を見続けることに自分の方が耐えられなくなったのだ。
「ぶ、ぶれいぶちが、しんこくです……」
と、メルティアが告げる。
コウタは苦笑した。今回ばかりは深刻と言われても仕方がない。
「アイリ、ちょっとごめんね」
そう言って、メルティアに抱きしめられた少女を、そっと横に移動させる。
すると、ゴーレム達が左右からアイリの手を握りしめた。
それを見届けてから、コウタはメルティアの肩を掴んで引き寄せる。
そして、うなじまで真っ赤に染める少女を力一杯抱きしめた。
「……オオ、メズラシク、コウタカラ、イッタ」「……キョウノコウタ、チョット、ダイタン」「……メルサマ、イツモヨリ、カオマッカ」
と言うゴーレム達の声も、今は聞こえないフリをする。
この腕の中の愛しい少女も。
傍にいる可愛い妹分も。
絶対に守り抜いてみせる。誰にも手出しなんかさせない。
ましてや、幼い少女を怯えさせるような男などには――。
(ボクの大切な人達に手を出そうとするんだ)
コウタは、すうと黒い双眸を細めた。
どんな理由があろうと、自分の身内を傷付ける輩を絶対に許すつもりはない。
(覚悟して挑んできなよ。今度は逃がすつもりはないから)
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