幕間一 『三番目』の物語

第102話 『三番目』の物語

 そこは、グレイシア皇国の皇都ディノスの三番地。

 背の高い煉瓦造りの民家が多く並ぶ地区だ。

 時刻は夜十一時過ぎ。多くの家庭が就寝を迎える時間である。

 しかし、大人用のダブルベッドの上で「キャッキャ」と転がるその幼い兄妹は、いささか興奮気味で未だ寝付く気配はなかった。


「おやおや」


 するとその時、一人の老婆が子供部屋に入ってきた。

 幼い兄妹達の祖母に当たる女性だ。


「オイ、ガキども。そろそろ寝る時間だよ。大人しくな」


 と、口調こそぶっきらぼうだが、眼差しには慈愛を宿した祖母が言う。


「バーバ」「お婆ちゃん」


 と、祖母に気付いた子供達が転がるのをやめて、祖母の元に駆け寄った。

 次いで祖母のスカートの裾を小さな手で掴み、


「ねえ、お話して」「オレ、《極星》の話がいい!」


 と、二人揃って祖母にお願いしてくる。

 祖母は実に面倒臭そうな顔をするが、やはり眼差しだけは優しかった。


「まったく。しょうがないガキどもだねぇ」と言って孫達を引き連れ、ベッドの縁に腰を掛ける。幼い兄妹達も祖母の左右にそれぞれ座った。


「さて。《極星》の話か。何番目がいい?」


 祖母がそう聞くと、


「私、七番がいい!」「それ、こないだも聞いただろ。オレは三番がいい!」


 と、子供達が瞳を輝かせてリクエストしてくる。

 祖母は少し困ったような笑みを見せた。


「七番目も三番目も、何度も聞いたことがあるだろ。他の《極星》はないのかい? 例えば四番とかさ」


 祖母がそう尋ねてみると、孫達は実に残念そうな顔をして。


「やだ。四番はやだ」「四番はカッコ悪い」


 素直すぎる応答に、祖母は思わず苦笑を浮かべた。

 孫達が今ねだっているのは、最近グレイシア皇国において流行になっている『七人の英雄の物語』だ。皇国において《極星》の名を背負うこの上なく有名な七人の戦士。とある有名な演劇作家が、七人それぞれの武勇伝を元に創作した物語だった。


「えらい不評なんだねえ。四番目は……」


 やれやれ、と肩を竦めせる祖母。

 七人の英雄の中で『四番目』だけは公私において色々と問題が多く、かの演劇作家曰く、「いやいや流石に彼をカッコ良く描くのは無理ですよ」とのことで、喜劇としては好評なのだが、英雄譚としてはかなり不評だった。


「しょうがないね。ならこないだ七番目を話したから、今日は三番目にするかね」


「やった!」「う~ん、まあ三番目ならいいや」


 と、満足げに笑う孫達。『七番目』と『三番目』は大好評だった。

 片や、生まれながらの英雄である『七番目』。

 片や、市井の出でありながら最強の座にまで至った『三番目』。

 どちらも英雄譚としては秀逸であり、子供達が夢中になるには充分な出来だった。


(まあ、その話すべてが、実話が元ってんだから今代の《極星》は凄まじいねえ)


 と、かつて騎士でもあった祖母が内心で感嘆する。

 ともあれ、今は孫達を満足させる方が重要だ。

 祖母は少し大人しくなった子供達の頭を撫でながら早速、物語を語り出した。


「そうさねえ……三番目の《極星》を語る前に、まずはある男について語ろうかい」


 そう切り出す。


「昔、この国には一人の芸術家がいた。絵画、彫刻に精通した男で誰もがその作品を絶賛したモノだよ。時には皇王陛下のおわす宮殿にも招かれた。上級貴族であったことも相まって将来は宮廷画家を約束されていたような男だった。しかしねえ……」


 祖母は少し遠い目をして語る。この場面は決して『創作』でないからだ。


「周囲からの過剰な期待のためか、男は酷いスランプに陥ったのさ。何ヶ月もアトリエに籠りっきりになった。周囲は心配した。特に当時の男の恋人だった少女は毎日のように男の元に通った。だがそれが事件を引き起こしたんだ」


 祖母は子供達に目をやった。孫達は真剣な顔で話に聞き入っている。


「ある日から少女さえもアトリエから出てこなくなったんだ。流石に周囲もこれはまずいのではないのかと思った。スランプの果てに無理心中でもしたんじゃないかってね。そして皇国騎士団に連絡し、アトリエに入って確認することになったんだよ」


 祖母はすっと目を細めた。

 思い出すのも身震いする。実はその時の騎士団のメンバーに自分もいたのだ。


「ど、どうなっていたの? その人達は……」


 と、兄の方が尋ねてくる。

 祖母は孫の頭を撫でながら当時の実体験を語る。


「男は生きていた。しかし、少女の方は助からなかった。彼女は……」


 一拍置いて告げる。


「銀の彫像になっていたんだ。一糸まとわぬ全裸のまま、この上なく幸せそうな顔で全身を銀で固められていたよ。恋人だったはずの男の手によってね」


 孫達が息を呑む。祖母は言葉を続けた。


「悪魔に魂でも売ったのか。それとも呪われた技術に手を染めたのか。男がどうやって力を手に入れたかは分からない。男は『私は真実を手に入れた』と叫ぶと、騎士団の制止を振り切って逃亡したよ。それからさ。数カ月から数年単位で、皇国にて銀の彫像にされた女性の遺体が見つかるようになったのは……」


 当時のことを思い出し、祖母は内心で憤慨する。

 あの日、あの男を捕えておけばと何度も思う。


「バーバ」「お婆ちゃん」


 見ると子供達は完全に怯えていた。

 祖母は孫達の頭をくしゃくしゃと撫でながら話を続ける。


「男は顔と名前を変え、皇国の領土内を点在しながら、ずっと『作品』と評して女性を殺し続けていた。それも一七、八歳ぐらいの少女ばかりをさ。皇国は広大だからね。神出鬼没にして異様な力を持つあの男を捕捉することは極めて困難だった。犠牲者は増えていくばかりだったよ。それが二十数年も続いたんだ。正直、口惜しかったよ」


 ふうと嘆息し、祖母は肩を落とした。

 子供達は無言のままだ。


「……あの男はいつしか《死面卿》と呼ばれるようになった。それこそお伽噺に語られるほどの化け物になったんだ。だがねえ、調子に乗っていた《死面卿》は、近年になってとんでもないミスを犯しちまったんだよ」


 そこで初めて祖母は、ニヤリと口角を崩した。


「何を考えたか、今までの標的だった年齢層とは違う女の子を狙ったのさ。当時、十二歳だった女の子だよ」


「……そ、その子はどうなったの?」 


 と、今度は妹の方が聞いてくる。

 祖母は「大丈夫さね」と言って孫の頭を再び撫でた。


「その女の子は特別でね。彼女の傍にはとびっきりの守護者がいたのさ。そう。あんたらもよく知っているあの騎士さね。《死面卿》は自分の異能を過信して彼女を襲撃したんだが、無様にも返り討ちにあったって訳さ。挙句、ずっと隠し通していた今の素性もばれ、一年も経たずにして皇国には居られないぐらい追い詰められちまったんだよ」


 と、祖母は実に嬉しそうに語る。子供達は瞳を瞬かせた。

 そして一拍置いて、祖母は孫達の頭を撫でつつどこか誇らしげに語るのであった。


「全くもって馬鹿な男さ。よりにもよって皇国最強と謳われる三番目に――《聖女》さまを守護する《真紅の鬼》に喧嘩を売るなんてね」

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