第五章 黄金の死姫

第74話 黄金の死姫①

「な、何だありゃあ……」


「デ、デケェな。何かのイベントかよ?」


 と、主に飲食店が並ぶ大通りでざわめきが広がる。

 道交う彼らの視点は、ただ一点に集まっていた。

 誰もがその姿に注目している。だが、それも当然の事だろう。彼らの目の前には巨人と見間違えそうな大きな甲冑騎士が、ズシンズシンと闊歩しているのだ。

 その甲冑騎士の隣には補導されたのか、一人の少年が手を繋がれて歩いている。

 着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを操るメルティアと、並んで歩くコウタの姿である。

 甲冑姿のメルティアの方は分からないが、コウタの方は幼馴染との初めてのデートで明らかに緊張した面持ちをしていた。


(((あの子、一体何をやらかしたんだ……?)))


 そんな少年の表情もあり、大通りの通行人達は、全員がそう思った。

 流石に、この光景を前にして『デート』だと思う人間はいないだろう。

 ともあれ、二人は大通りを真直ぐ進んでいた。


『コ、コウタ。これからどこへ行くのですか?』


 その時、メルティアがそう尋ねてきた。

 今日のデートはコウタの主導で行われる。行き先はコウタしか知らなかった。

 周囲から見ると、まるでコウタが連行されているように見えるだが、実際は彼の方がメルティアを先導しているのだ。


「う、うん。そうだね」


 コウタは緊張が隠し切れていない笑みを浮かべて答える。


「実はね。メルが一番興味のありそうなことを考えて、鎧機兵の工房とか見に行こうと思っているんだ」


『こ、工房ですか!』


 メルティアが驚愕の声を上げた。

 それはデートに鎧機兵の工房をチョイスするコウタのセンスに驚いたのではなく、純粋に嬉しかったからだ。ゴーレム達やコウタの愛機・《ディノス》を筆頭に、鎧機兵を自作までするメルティアにとってこれ以上に楽しい場所はない。

 何よりも知識欲が刺激される。


「うん。そうだよ。メル、普段は行けないでしょう?」


『は、はい』


 コクコクと首肯する甲冑騎士。きっと機体内ではメルティアが同じように首を動かしているに違いにない。それが容易に思い浮かぶ。

 コウタは喜んでくれる幼馴染を見やり、ふふっと目を細める。

 そして興奮するメルティアの手――正確には甲冑の手――を握りしめ、


「それじゃあメル。まずは最大手の工房から行こうか!」


 そう言って、コウタ自身も楽しそうに笑った。



       ◆



「……では、最後にこの《四腕餓者》というのを四機いただけますか」


 廃屋敷の応接室にて。

 黒髪の少女は、カタログを指差してそう告げた。

 そこには性能の詳細が記された項目と、まるで骸骨のような頭部と四本腕が特徴的な鎧機兵の姿が記載されていた。

 対し、蒼いドレスの少女は「……ほほう」と満足げに首肯し、


「流石の慧眼じゃのう。盟主殿。《四腕餓者》は我が社が開発した新製品じゃ。恒力値は一万六千ジン。四本の腕から繰り出す攻撃に隙はない。実に優秀な機体じゃ」


 と、商品の後押しをする。

 黒髪の少女――サラは苦笑を浮かべた。慧眼も何も、ただ記された性能表から最適なモノを選んだだけだ。彼女自身が鎧機兵に詳しい訳でない。

 それどころか、彼女は鎧機兵を一度も操縦したことがなかった。


「……御社の製品はどれも優秀ですから」


 ともあれそんな社交辞令を述べると、蒼いドレスの少女――リノはふっと笑い、


「そう言ってくれると嬉しいのう……。しかし盟主殿」


 ソファーの上で少し面持ちを正して、《ディノ=バロウス教団》を導く盟主であるという目の前の少女に問う。


「今回は何故に機体の購入を? 《ディノ=バロウス教団》は鎧機兵戦よりも対人戦を得意とする組織だったはず。購入して頂くのは有難いが、少し気になっての。まあ、答えにくいのならば無視して頂いてもよいが……」


「お嬢……支部長。お客さまに対してそれは……」


 後ろに控えていたゲイルが渋面を浮かべる。

 内部事情を聞くなど明らかにマナー違反だ。

 盟主であるサラは笑みを崩さなかったが、彼女の後方で佇むジェシカは、露骨なまでに不快な表情を浮かべている。ゲイルは内心で嘆息しつつ、幼すぎる上司をたしなめる言葉を続けようとするが、


「いえ、構いませんよ」


 言ってサラは苦笑を浮かべた。


「やはり今の時代、鎧機兵は戦力の要です。私達もあまり苦手とばかり言っては入らないと言う事です」


「……なるほどのう」


 当たり障りのない回答に、リノは口角を崩した。

 恐らくうそではないが、それだけでもない。恐らく近い内に《教団》で何かの作戦があるため、戦力を補充すると言うのが本心か。

 しかし、ニコニコ笑うサラにそんな思惑は見えない。

 今代の盟主殿は、中々どうして腹の底を見せない少女のようだ。


(面白い女じゃの。じゃが、それより気になるのは……)


 リノはわずかに面持ちを改めた。

 商談はすでに終わった。少しぐらいならば、深掘りしてみるのもいいだろう。


「質問ついでじゃ。少し真剣な問いかけをしてもよいか?」


 リノはそう単刀直入に話を切り出した。

 それに対し、サラは小首を傾げつつ「いいですよ」と返答する。

 リノは紫の瞳で黒髪の少女を見据えた。


「お主は……本当に《黄金死姫》なのか?」


「――なッ!」


 この質問に目を剥いたのはゲイルだった。しかし、今度はリノをたしなめるような素振りはない。その件については彼も非常に気になっていたからだ。


 ――《黄金おうごん死姫しき》――


 それは皇国では有名な二つ名だった。

 とは言え、鎧機兵乗りに贈られるような二つ名ではない。

 この二つ名は、とある《聖骸主》に与えられた、ただのだった。


(……《聖骸主》、か)


 ゲイルはわずかに喉を鳴らす。

 それは、鎧機兵の恒力にも変換される万物の素――星霊。それを自在に操り、他者の《願い》を聞き入れ叶える《星神》の――である。

 ゲイルとて人身売買を行う《黒陽社》の一員。彼の所属する第1支部は人身売買を主に行う部署とは違うが、《星神》について基礎的な知識はある。

 世間一般では《星神》は何でも《願い》を叶えるように思われている節もあるが、実際には限界がある。すべての《願い》を叶えることなど不可能だった。

 しかし、《星神》は一度だけその限界を超えられるのだ。それが《最後の祈り》。自分の命と引き換えにあらゆる《願い》を叶える《星神》の生涯最後の力だった。


 だが、それは諸刃の剣でもある禁じ手でもあった。

 使用した《星神》が死ぬという事もあるが、それ以上に《最後の祈り》を使用すると《星神》は変貌するのである。


 鎧機兵さえも凌ぐ自我なき超常の殺人鬼――《聖骸主》へと。


 その存在はまさに脅威だった。とある《聖骸主》は鎧機兵の一個師団でも軽々と殲滅したという逸話も持つ。老いる事もなく世界を彷徨い歩きながら、超常の力で人間を殺し続ける《聖骸主》は、まさに生きた――いや、死せる災害そのものだった。

 そして《黄金死姫》とは、そんな《聖骸主》の中でも最強の存在。

 黄金の髪を持つ彼女は、百年に二、三人しか生まれない金色の髪の稀少種、《金色の星神》が変貌した《聖骸主》だった。


(だが、本当にこの少女があの《黄金死姫》なのか?)


 ゲイルは緊張した面持ちでサラに視線を向けた。黒髪の美しい少女は未だ微笑みを崩していなかった。後方に待機する女剣士も表情を変えず無言のままだ。


 今代の《ディノ=バロウス教団》の盟主は《黄金死姫》と思われる。

 それは《黒陽社》の諜報機関が入手した極秘情報だった。


 しかし、それは同時に信憑性が、かなり低い情報でもあった。

 何故ならば――。


「……《聖骸主》から人間に戻れた《星神》など聞いたこともない。そもそも《黄金死姫》は今代の《七星》の一人にすでに討たれたと聞く。しかし、お主の容姿は情報にある《黄金死姫》そのものじゃ。お主は一体何者なのじゃ?」


 と、リノが続けて問い質した。

 すると、これまで沈黙を保っていたサラが、初めて唇を開いた。


「……それは、口で説明するよりも見てもらった方が早いわよね」


 と、嘆息するように呟く。


「……なに? 見るじゃと?」


 リノは訝しげに眉根を寄せた。が、すぐに目を大きく見開く。

 傍らに立つゲイルも、同様の表情を浮かべていた。

 そしてリノと、ゲイルは思わず息を呑む。

 何故なら、サラの艶やかな黒髪が突如、黄金の輝きを放ち始めたからだ。


「お主は、本当に……」


 リノが呆然とした声で呟く。

 星の輝きを持つその金色の髪は、まさに《金色の星神》の証。

 やはり情報は正しかったのだ。だが、それはそれで問題がある。なにせ、リノ達の所属する《黒陽社》と《黄金死姫》の間には深い因縁があるのだ。


 ――いや、そもそも《黄金死姫》が生まれる原因となった組織こそが……。


「……やはりお主は」


 神妙な顔つきで、リノがぼそりと問う。


「わらわ達を恨んでおるのか?」


 対し、サラははっきりと答えた。


「当然でしょう」


 盟主の返答に、ゲイルは渋面を浮かべ、リノは無言だった。

 そして蒼いドレスの少女はソファーの上で指を組み、「そうか」と小さく呟いた。その傍らではゲイルが全身を硬直させ、ジェシカはわずかに視線を伏せた。

 幼いとは言え、因縁深い組織の支部長である人物。そんな彼女の不躾な問いに流石に苛立ちを覚え、サラは心の内に抑え込んでいた想いを語り始める。


「あなた達は私からすべてを奪ったわ。優しかった義父も。親しかった友人達も。穏やかだった故郷の村も」


 そこで彼女は小さく嘆息し、リノを睨み据える。


「まだ幼かった私の弟の命さえもね。当時あの子はたった七歳だったのよ。あなたと同じぐらいの年齢ね。そして何よりも、あなた達のせいで私の一番大切な人は果てしない苦しみを味わい続けることになった」


 それは静かな声ではあるが、紛れもない怨嗟の言葉だった。

 シンとした空気が応接室に訪れる。

 が、そんな中、サラは不意に小さく嘆息すると、かぶりを振った。


「……とは言え、私は今や《教団》の盟主。個人的な恨みで動く気はないわ。少なくとも今の顧客関係は続けて行きたいと思っているの」


 と、公人としての意見も述べる。

 それに対し、リノは思わず苦笑を浮かべた。


「……お主も色々と事情を抱えておるようじゃのう」


 肩書とは時に人を強烈に縛りつける。リノもよく経験したことだ。

 とりあえず知り得た情報を整理すると、彼女が《黄金死姫》であることは間違いないようだ。そして《黒陽社》にも恨みを持っている。だが、同時に公人としては今の友好関係を維持したいので個人的な心情では動くつもりはないということか。

 サラの苦悩の表情を見ると、かなり苦しんだ結論のようだ。

 リノはわずかばかり彼女に同情した――その時だった。


「――支部長!」


 突如、ドアがノックもなしに押し開けられた。

 そして応接室に入ってきたのは一人の黒服の男。ゲイルの同僚であり、リノの部下である《黒陽社》の社員だ。


「……何事じゃ」


 リノが不機嫌そうに問う。と、


「――はっ! ご報告致します! この屋敷からおよそ千セージル程離れた大通りにて我が社の社員とエリーズ国の騎士団が接敵致しました!」


「な、何だとッ!」


 と、声を荒らげたのはゲイルだ。彼はすぐさまリノの顔に目をやった。


「支部長! ここは危険です! すぐに撤退を!」


「まあ待て。少し落ちつくのじゃ。お客さまの前じゃぞ」


 そう言ってリノは両腕と片足を組み、ソファーに寄りかかる。


「ここを嗅ぎつかれたか。仕方がないのう」


 そこで向かい側のソファーに座るサラの方を見やる。


「さて盟主殿。どうやら無粋な輩が現れたようじゃ。幸いにも商談はすでに終了済み。商品の受け渡しは後日ということで、ここは早々と撤退といこうかの」


「ええ、そうね」


 リノの提案に、サラは頷く。


「では早速参るとするか」


 そう告げて、リノはおもむろに立ち上がった。


「しかし、大人数で動いては足がつきやすいじゃろう。盟主殿はわらわと共に。従者殿はそこにいるゲイルと共に撤退してくれ」


「何を言う」


 その指示に、ジェシカは不愉快そうに眉根を寄せた。


「私は姫さまの護衛だ。当然姫さまと共に行くに決まっているだろう」


 しかし、それに対してリノはやれやれと笑みを零した。

 ジェシカの使命感は共感できる。それに加え、隙のない立ち姿から対人戦の力量も認めなくはない。しかし、状況はそこまで甘くないのだ。


「一つ教えよう。この国には《悪竜顕人》と呼ばれる《九妖星》クラスの騎士がおる。万が一出くわせば、お主でも護衛は務まらんぞ」


「――なッ!」


 リノの発言に、ジェシカは息を呑んだ。

 サラも流石に驚いたのか、目を瞠っている。


「お互いに皇国よりも容易いと、この国の騎士団を侮っておったようじゃのう」


 そして、リノは片手を腰に手を当て自虐的な笑みを見せた後、


「無礼な問いかけをしたせめての詫びじゃ。安全圏に逃げるまで《水妖星》の名にかけてわらわが盟主殿の護衛をしよう」


 と、年下とは思えない大きな胸を反らして進言した。

 こう言われては、ジェシカは納得するしかない。

 相手はかの大組織・《黒陽社》が誇る最強の戦士。幼くとも《九妖星》の一角だ。

 戦力として、どちらが優れているなど比較するまでもなかった。


「……これは仕方がないわね」


 サラは小さく嘆息した。


「ジェシカ。護衛の任は一旦解くわ。あなたはあなたで安全圏まで逃げて。いざという時に決めていた街の外でまた会いましょう」


「………姫さま」


 ジェシカは不服そうに拳を固めるが、主命には背けない。

 小さな声で「分かりました」と了承した。

 その様子の傍らで、リノはふふっと楽しげに笑った後、ゲイルを一瞥し、


「ゲイル。最初の指示通りお主は従者殿と共に脱出せよ。それと、外の者にはしばし陽動を任せる。十五分後には撤退せよ。よいか。必ず盟主殿も従者殿も守り抜くのじゃ。我らが《黒き太陽の御旗》に誓ってお客さまを丁重にご案内せよ」


 と、適切な指令を下す。

 普段は反発もするゲイルだが、今は頭を垂れ、「了解致しました」と上司に告げた。報告に来た部下も「はっ」と鋭く応え、廊下に立ち去っていく。

 そんな中、ジェシカは未だかなり不服そうだ。

 ともあれ、これで方針は決まった。


「では、改めて参ろうか。盟主殿」


 リノはそう言って笑みさえ浮かべて手を差し伸べた。


「ええ、そうね」


 その小さな手を取り、サラは皮肉気に笑う。


「呉越同舟というのもたまにはいいかもね」

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