第56話 暗き洞から生まれしは――。②
「……コウタ」
その時、メルティアが幼馴染に問う。
「あの機体は、もしかしてサザン伯爵なのでしょうか」
彼女の瞳に映るのは、白く美しい鎧装に金色の紋様を刻んだ軽装の機体。右手に大きな矛を握りしめた騎士型の鎧機兵だ。
「うん。そうだね。恒力値からして多分、伯爵の機体だと思う」
対するコウタは《万天図》を一瞥してそう答える。
自機の《万天図》に記された眼前の機体の恒力値は一万八千ジン。
これほどの高性能な鎧機兵ともなると、相応の財力が必要になる。とてもではないが一般兵や盗賊などに用意できるような機体ではないだろう。
従ってこの鎧機兵に乗るのは、サザン伯爵だと考えるのが妥当だった。
(だけど……)
コウタは、続けて地面に倒れ伏す鎧機兵に目をやった。
片腕が無く、胸部を貫かれた機体だ。完全に沈黙している。損傷部位を見る限り、中の操手がすでに死亡していることは確認するまでもない。
周辺には眼前の白い鎧機兵以外の姿は見当たらないので、恐らくサザン伯爵自らの手によって、この浅黒い鎧機兵は倒されたのだろう。
(……グリッド=ワイズ、さんか)
コウタは大破した機体に対し、わずかに目を伏せた。
名前からして、昨日、伯爵に同行していた執事だと推測できる。
たった一度だけすれ違うように邂逅した男。互いに自己紹介をした訳でもなく、会話らしきものもほとんどしなかった。
しかし、それでも顔見知りの男であることに違いない。
その死には、わずかばかり心が痛むが、
(……結局、間に合わなかったか)
それ以上に、苛立ちの気持ちの方が強い。
コウタは、静かに歯を軋ませた。
出来ればワイズは捕縛して、今回の一件について情報を聞き出したかったのだが、殺されてしまっては、それももう叶わない。
「……コウタ」
メルティアが再度、幼馴染の名を呼んだ。
「どうしますか。目的はもう達成できないようですが……」
そう言って、メルティアは、ちらりと倒れた鎧機兵に目をやった。
そして、ぎゅうっとコウタの背中にしがみつく。
今、この広場には――あの無残に横たわる機体の中には、死亡者がいるのだ。
彼女も流石に動揺していた。
(……メル)
当然、コウタも彼女の怯えには気付くが、
「ごめん、メル。もう少し付き合って」
そう言って、広場にて一機佇む鎧機兵に視線を向けた。
対峙してすでに十数秒。
サザン伯爵が乗っているであろう機体は、未だ一言も発する様子はない。
きっと、サザン伯爵はこちらの様子を窺っているのだろう。
いきなり現れた異様な鎧機兵。コウタの愛機――《ディノ=バロウス》。
巨大な処刑刀を片手に携え、燃え盛る炎に覆われたその姿は、まさしく神話にある伝説の三つ首の魔竜そのものだ。
誰であろうと、警戒するのは当然のことだった。
結果、二機は沈黙したまま、睨み合うような状態で膠着していた。
「コウタ。こちらから話しかければ警戒は解けるのでは?」
と、メルティアが提案してくる。
こんな風に、ただ睨み合いを続けるよりも事態は進展されるはずだ。
それは最も確実かつ、簡単な改善方法だった。
しかし、コウタはかぶりを振り――。
「いや、メル。この状況は好都合だと思う」
ポツリ、とそう返した。メルティアは小首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
と、彼女が率直に尋ねると、コウタはふっと笑った。
「今、伯爵はボクらを敵ではないかと思っているはずだ。まあ、《ディノス》の見た目からして、味方だと思う人は少ないだろうしね」
二機の鎧機兵を比較すると、まるで『正義の騎士』と『悪の魔獣』だ。
実は味方同士……などと言っても、誰にも信じてもらえない対図である。
「《ディノス》は初見だと敵にしか見えない」
コウタは淡々と呟く。
二機はどう見ても、敵同士にしか見えなかった。
だから誤解しても決しておかしくはない。
「ボクはこの状況を利用しようと思うんだ」
「……利用する?」
メルティアが眉をひそめた。
コウタは「うん」と小さく頷き、言葉を続ける。
「今のボク達は、言葉を発さない限り、敵同士にしか見えない。なら誤解からうっかり戦闘になってもおかしくないでしょう?」
「………え」
メルティアは大きく目を瞠った。
「コウタ、まさか――」
流石は付き合いの長い幼馴染。メルティアはコウタの狙いをすぐに看破した。
それに対し、コウタは少し皮肉気に笑った。
「うん。そうだよ。結局、前回はあまり探れなかったからね。だから今回は……」
そこで、黒髪の少年は鋭く双眸を細める。
グリッド=ワイズから、情報は引き出せなかった。
だったら、対象と手段を変更するだけだ。
魔竜を操る少年は面持ちを鋭くする。
そして――。
「今ここで伯爵を見極める。剣で語ることでね」
はっきりと、そう宣言した。
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