第八章 暗き洞から生まれしは――。
第55話 暗き洞から生まれしは――。①
『……はッ!』
ワイズは皮肉気に顔を歪めた。
『わざわざ、一人でお待ちになるたぁ相変わらずの自信ですな』
ズシン、と
『ふふ、自信という訳でもないさ』
対するハワードも皮肉気に笑った。
『むしろ、私はお前の力をかなり高く評価しているぞ。お前が相手では、私の部下では足手まといになりかねんからな』
だからこその一人だ、とハワードは告げる。
その評価に、ワイズは思わず渋面を浮かべた。
『はン。そりゃあどうも』
と、鼻を鳴らして、ワイズは伯爵の機体を睨みつける。
『だがよ、なのに、あっさり切り捨てんのはあんまりじゃねえですかい?』
評価の割には、あまりにも非情な扱いだ。
それなりに友好な関係を築いていただけに納得いかない。
すると、ハワードは
『流石に領民を好き勝手に攫う連中など領主として放置は出来ん……という大義名分はあるのだが、まあ、それは私の本音ではないな』
『……へえ』
ワイズは興味深そうに眉根を寄せる。
『なら、旦那の本音って奴はどこにあるんで?』
『いやなに。簡単な話だ』
ハワードの《ラズエル》が大矛を横に薙ぐ。
ブオン、と巨大な刃に煽られ、突風が吹き荒んだ。
『正直、お前とは一度本気で殺し合ってみたかったのだ。出会った時もやり合ったが、あの時のお前はかなり疲弊していたようだしな』
そんなことを告げられ、ワイズも流石に目を丸くした。
伯爵の退屈を紛らわせる遊び相手として、自分もお眼鏡に適っていたらしい。
『けッ、そいつは光栄なことですな』
だからといって嬉しくもないが。
ワイズは《ダグン》に、少しずつ間合いを詰めさせた。
当然、その動きにはハワードも気付き、《ラズエル》に警戒させる。
『ここまで追い込んでやったんだ。死に物狂いで来てくれ』
と、ハワードは気安い口調で告げてくる。
ワイズは、静かに歯を軋ませた。
(……この苦労知らずの坊ちゃんが。舐めやがって)
苛立ちが強くなるにつれ、徐々に表情を消していくワイズ。
愛機・《ダグン》も膝を曲げ、重心を沈めていく。
すでに二人の間に言葉はない。ここから先は殺し合いだ。
そして――遂に《ダグン》が動き出す!
一足飛びで間合いを詰める《ダグン》に、《ラズエル》は大矛を身構えるが、
――ズガンッッ!
突如、響く雷音。《ダグン》が直前で《雷歩》を使い、真横に軌道を変えたのだ。
大きく横に間合いを外す《ダグン》。
続けて両斧に恒力を収束させ、《飛刃》を飛ばした。
しかし、それは《ラズエル》の大矛の一振りで迎撃される。
恒力の刃は霧散し、突風だけが白い機体を打った。
(けッ! やっぱ飛び道具は効かねえか……)
ワイズはすっと双眸を鋭くする。
これは予想通りだ。本命は別にある。
ワイズは愛機に再び《雷歩》を使わせた。
轟音が鳴り響き、一瞬で間合いを詰める《ダグン》。続けて浅黒い機体は、両手の斧で乱打を繰り出した。右から左。縦から横にと息つく暇もない連撃だ。
『……ほう』
その猛攻を前に、ハワードが感嘆の声をもらす。
《ラズエル》の武器は大矛。大剣に長い柄を持つこの武器は、分類としては長物になる。接近戦に持ち込むのは定石であり、ベストな選択だった。
(流石に戦闘勘はずば抜けているな)
完全に防戦になりながらも、ハワードは余裕の笑みを見せる。
(だが、甘いぞワイズ)
残念ながら、この程度の乱撃では《ラズエル》の防御は崩せない。
それに数こそ多いが、攻撃そのものはさほど重くもない。
機体の性能差が、無情なほどはっきりと出ていた。
(これはしまったな。もう少し弱い機体を用意すべきだったか)
少し後悔するが仕方がない。今もワイズの
(結局、刺激は得られなかったか。まあ、所詮は盗賊ではな)
ハワードは失望と共に苦笑を浮かべた。
そして、同時に《ラズエル》が、ズシンと地面を踏みつけた。
『な、なに!?』
直後、ワイズは目を剥いた。
いきなり地面から衝撃波が放たれ、《ダグン》が大きく弾き飛ばされたのだ。
『て、てめえ! 何をしやがった!』
『《地裂衝》と言う。恒力を地表に走らせて放ったのさ』
そう告げて、ハワードの
『接近戦に対し、何の対策も持っていないとでも思っていたのか?』
そして――ズドンッ、と。
轟音と共に火花が散り、《ダグン》の右腕が肩から粉砕された。《ラズエル》の刺突が容赦なく炸裂したのだ。
『――ぐう!』
顔を強張らせるワイズ。
彼の愛機は大きく吹き飛ばされるが、どうにか地面に着地した。
対し、ハワードは無表情で《ダグン》を見やり、
『さて。何かこの戦況を覆すような目新しい闘技は持っていないのか?』
と、問いかけるが、かつての執事は何も答えない。
――いや、答えられないのだ。
ワイズは所詮盗賊だ。傭兵などと違い、戦闘は本業ではない。
多少の技は持っているが、そんな都合のいい切り札までは擁してなかった。
『少々期待しすぎたか。ならばこれで終わらせるぞ』
すうっと大矛を水平に動かす。
必殺の刺突の構えだ。ワイズは舌打ちした。
『――くそがッ!』
そして急ぎ間合いを外そうとするが、すでに遅い。
一気に加速した《ラズエル》は躊躇もなく《ダグン》の胸を貫いた。
《ダグン》は胸に大矛を突き立てられたまま、ガリガリガリと直線状に地面を削り、ようやく失速する。
『――ガハッ!』
ワイズは大きく吐血した。
愛機を貫いた大矛は、彼の右肩にも深く喰い込んでいた。
滝のように流れ出る血が、《ダグン》の操縦席を赤く染め上げていった。
恐らく数十秒の内に息絶えるほどの出血量だ。
『ああ、すまない。殺し損ねたか』
と、ハワードが告げる。
本来ならば、ワイズを即死させるはずの一撃だったのだが、直前で《ダグン》が動いたため、狙いが逸れてしまったのだ。
『望むのならトドメを刺すが、どうする?』
と、ハワードが淡々とした口調で尋ねる。
別に哀れむような声色ではない。ただの気まぐれの情けだった。
『けッ、いら、ねえよ。ボケが』
対するワイズは、忌々しげに吐き捨てた。
『くそったれが……やっぱ、俺の、悪運は、尽きて、たか』
この結末は、ある意味予測できていた。
それでもわずかな希望に縋って、ワイズはここに来たのだ。
しかし――やはり結末は覆せなかったようだ。
(だがよ)
それでも、ワイズは笑う。
このまま何も残さずに死ぬつもりはない。
『最初、から、俺に勝ち目が、薄い、のは分かって、いたよ。だからよォ、俺は、俺の命を、餌にして、《悪竜》を、おびき、寄せた、のさ』
いきなりそんなことを語り出すワイズに、ハワードは眉根を寄せた。
『……何を言っているのだ、お前は?』
もしや、死を目前にして狂ってしまったのか。
しかし、ワイズはいちいち説明などしない。
『くははは、ははははッ、あんたは、きっと、俺に感謝、するぜ。てめえの、心に、俺の名を、刻みつけて、やらあ……』
そこで「ガハッ」と、大きく吐血するワイズ。
だが、迫る死期にも構わず、彼は凄惨な笑みを見せた。
今こそが、ワイズの人生最後の見せ場だからだ。
『くはははは、ははははッ、俺の名は、グリッド=ワイズ!』
そして、ワイズは断末魔の代わりに絶叫を上げた。
愛機である《ダグン》も左手の斧を雄々しく天にかざす。
『忘れるな! ハワード=サザン! 忘れるんじゃねえぞおおおおおォォ!!』
その直後、半壊した《ダズン》は、ズズゥンと仰向けに倒れ伏す。土煙を上げて横たわる機体。それ以降は、ワイズはもう何も語らなかった。
恐らくすでに絶命したのだろう。
ハワードは訝しげに眉をしかめて、倒れ伏す鎧機兵を凝視した。
『……世迷い言だったのか?』
死に際に《悪竜》などとは、妄執にでも囚われたのか。
ハワードはしばしかつての部下の機体に目をやるが、
(……ふん。考えても仕方がないな)
そう判断し、戦場を後にしようとした――まさにその時だった。
――ズズウゥゥン!!
『ッ! なにッ!』
凄まじい轟音と衝撃波が、森を揺らした。
いきなり遥か上空から、何かが飛来してきたのだ。
(な、何事だ!)
ハワードは鋭い面持ちで、濛々と立ち込める砂煙に目をやった。
そして数秒後、ようやく晴れたその場所には――。
「な、なん、だと……」
ハワードは唖然とした声を上げた。
そこにいたのは、一言で言えば『怪物』だった。
竜頭を象った手甲。天を突く黒い角。その手には処刑刀を握りしめ、全身が紅い炎に覆われた獣のような騎士。一応、鎧機兵のように見えなくもないが、その姿は、まるで伝説にある三つ首の魔竜――《悪竜》のようだった。
(な、何だ、こいつは……)
ハワードは静かに喉を鳴らした。
続けて《万天図》を起動させる。もしこの炎を纏う怪物が鎧機兵だというのならば、恒力値が表示されるはずだった。
(な、なに……)
そして、ハワードは大きく目を瞠った。
(恒力値――七万超えだと!)
あまりにも馬鹿げた数値に、ハワードはただただ呆然とした。
一体、こいつは何者なのか。その正体が分からない。
(……いや、待てよ)
ハワードは、ふと眉根を寄せた。
その時、ワイズの最後の言葉が脳裏をよぎったのだ。
あの男は、自分を餌にして《悪竜》をおびき寄せたと言っていた。
あれは、死の間際の世迷い言などではなかったと言うのか。
(……《悪竜》、か)
ハワードは、静かに眼前の怪物を見据えた。
一方、魔竜のような鎧機兵もハワードの《ラズエル》を見据える。
そうして沈黙の中。
二機の鎧機兵は、互いの姿を凝視するのだった。
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