第50話 闇の中にて……。③

 ――ズドンッッ!

 森の中に響く轟音。処刑刀の腹で殴りつけられた鎧機兵は、冗談のような勢いで吹き飛んでいくと、木々を薙ぎ倒し、森の奥に消えていった。

 吹き飛ばした当人である悪竜の騎士は、すでに見向きもしていない。


『こ、この化け物がッ!』


 そんな叫び声と共に、重装型の鎧機兵が突進した。そして手に持った斧槍を振りかぶり悪竜の騎士――《ディノ=バロウス》に襲い掛かる!

 が、炎を纏った鎧機兵は敵を一瞥すると、身構える様子もなく間合いを詰めた。

 続けて斧槍を振り下ろす前に、敵機の頭部を無造作に掴む。重量級の突進は、ただそれだけで止められてしまった。腕一本で抑えられるその姿は、竜を象った手甲を身につけているため、まるで魔竜のアギトに喰いつかれたかのようだった。


『は、離せ! 離せッ! 化け物オォォ!』


 斧槍を持つ敵機は《ディノ=バロウス》の手首を片手で掴んだ。しかし、振りほどくどころか、わずかに動かすことさえ出来ない。

 敵の操手の顔から血の気が引いた――その直後だった。

 突然、自機の頭部がベコンッと沈み込み、両膝が逆方向にひしゃげたのだ。


『ひ、ひいいいいいいィィ!』


 重心が一気に沈み、操手が悲鳴を上げた。

 怖ろしいことに、腕力だけで機体が押し潰されたのである。

 もはや立っていることもままならず、斧槍の鎧機兵は後ろへ倒れ込んだ。


『く、くそッ! てめえら! 怯むんじゃねえ! 数で押せ!』


 と、ワイズが愛機・《ダグン》の中から指示を飛ばす。

 その檄に、後ずさっていた二機の鎧機兵が《ディノ=バロウス》に突進する。

 しかし、そんなものは無駄な抵抗でしかなかった。

 悪竜の騎士の操手であるコウタは、すうっと黒い瞳を細めて、


『殺す気はないけど、痛い目ぐらいにはあってもらうよ』


 そう呟き、愛機に迎撃させた。

 悪竜の騎士はズンと強く地を踏みしめると、一瞬で襲い来る敵機に接近した。そしてギョッとする敵機の動揺を意にも介さず、処刑刀で薙ぎ払った!

 ――ズドンッッ!

 轟音が響き、敵機は腕をへし折られて機体を軋ませる。

 意図的に剣の腹で殴打するのは殺意のない証なのだが、威力が絶大すぎて粉砕したようにしか見えない一撃だった。

 殴打された鎧機兵は、まるで砲弾のように吹き飛び、巨木にぶつかった。腕や片足が衝撃で引き千切られ、破壊された機体は濛々と白煙を上げる。

 その無残な光景に、残されたもう一機の敵は、完全に凍りついていた。


『な、何なんだよ、お前は……』


 ただ、怯えた声だけを絞り出す。

 恐怖から、逃げることさえも出来ず、機体は剣を構えたまま身動きもしない。

 まるで時間が停止したような無防備な姿だった。

 コウタは《ディノ=バロウス》の中から、その姿を見やる。無防備な相手を攻撃するのは本意ではないが、だからと言って見逃す義理もない。


 ズシン、ズシンと足音を立てて《ディノ=バロウス》は間合いを詰める。

 と、その時だった。ふと、コウタは彼の腰に手を回して操縦シートの後ろ側に座るメルティアの事が気になり、声をかけた。


「……メル。大丈夫?」


 それに対し、額にティアラを着けたメルティアは口元を綻ばせて、


「ええ、大丈夫です。恒力値は完全に制御しています。コウタは何も心配せずに戦闘に集中して下さい」


 と、答えてきた。思わずコウタは苦笑を浮かべる。


(う~ん、単純に怖くないか、って意味で訊いたんだけどなぁ)


 ともあれ、メルティアの方は大丈夫そうでひと安心だ。

 続けて、コウタは別の戦場を一瞥する。

 少し離れた場所で行われている鎧機兵達の戦闘。

 そこには、長剣を振るい奮闘する白銀色の鎧機兵の勇姿があった。

 リーゼの乗る軽装型の機体――《ステラ》である。

 他にも、シャルロットとアイリの乗る薄藍色の軽装型の機体――《アトス》。ジェイクの乗る外套を片腕に纏う褐色の重装型の機体――《グランジャ》の姿もあった。

 その全機が未だ戦闘中だった。敵に総数で押されているため、各機ともかなり苦戦しているが、機体に大きな損傷はない。全機が健在だった。

 コウタは、安堵の混じった息を吐きつつ、未だ硬直する敵機を睨みつけた。


(……こいつらは)


 グッと、操縦棍を強く握りしめる。

 この連中はメルティアを始め、彼の大切な友人達を傷つけようとした。正直、腹に据えかねているし、手心を加えてやる相手ではないのだが、


『……歯を喰いしばれ』


 せめてもの情けで、優しい少年はそう告げる。

 そして《ディノ=バロウス》は、処刑刀を振るった――。



       ◆



(あれがコウタさまの《悪竜ディノ=バロウス》モードですか)


 長剣と盾を構える白銀色の鎧機兵――《ステラ》に乗るリーゼは、煌々と燃え上がる僚機に、軽く息を呑んだ。

 事前に話は聞いていたが、何とも凄まじい姿だった。

 元々、コウタの《ディノス》は強かったが、あの姿になると完全に別格だ。

 お世辞にも『正義の味方』と呼ぶには程遠い禍々しい姿ではあるが、あの圧倒的なまでの戦闘力は、言葉さえ出ないほど圧巻であった。

 ここが戦場でなければ、きっと見惚れていたことだろう。


(まあ、不満があるとすれば、メルティアが相乗りしていることですか)


 リーゼは操縦棍を握りしめたまま、眉をしかめる。

 本来、鎧機兵は一人乗り用だ。だから同性と言う事で、リーゼはメルティアに自分の愛機に同乗するように勧めたのだが……。


『いえ。私はコウタの《ディノス》に乗ります』


 彼女の恋敵は、ちゃっかりそんなことを言い放つではないか。

 リーゼの額に少し青筋が浮かんだが、詳しく話を聞くと、あの《悪竜ディノ=バロウス》モードはメルティアが出力調整をしてくれなければ使用できないそうだ。

 そのため、メルティアは、コウタとの相乗りを主張したのである。

 ……そう。表向きには。


(メルティア……。わたくしが気付かないと思いですか? どうせ、コウタさまと相乗りしたくてそんな設定にしたのでしょう?)


 メルティアの思惑など全部お見通しのリーゼは、その整った綺麗な顔に、かなり壮絶な笑みを浮かべた。

 と、同時に《ステラ》が、目の前の敵機の両足を薙ぎ払った。


『う、うわッ!?』


 敵の操手が悲鳴を上げる。

 両膝を砕かれた敵機は、そのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。

 乱戦の場合、敵の頭部か膝を狙えば、確実に戦力を減らせる。

 生真面目なリーゼらしい定石通りの戦法だった。

 白銀の鎧機兵が、倒した感触を確かめるように長剣を横に振った。


(まあ、考えるのは後にしましょうか。まずはこの戦いに勝利しなければ)


 と、リーゼが思考を切り替えた時、


『お嬢さま。ご無事ですか』


 大剣の上段切りを以て敵の一機をねじ伏せた薄藍色の機体――シャルロットの操る《アトス》が、《ステラ》の元に駆け寄ってきた。


『……リーゼ。大丈夫』


 と、《ステラ》と背中を合わせた《アトス》からシャルロットではない人間の声も聞こえてくる。《アトス》に同乗しているアイリの声だ。


『ええ、大丈夫ですわ。アイリ。シャルロット』


 操縦席の中で笑みをこぼして、リーゼはそう返した。

 それから、自分達の戦場を見渡した。

 敵の数はコウタが担当している連中を除くと、残り五機。現在、四機が《アトス》と《ステラ》を囲み、一機がジェイクの《グランジャ》と戦闘中だった。


『――おらよ!』


 その時、ジェイクが雄たけびを上げた。

 直後、《グランジャ》が手斧を力強く横に薙ぐ。剣を持った敵機は防御も間に合わず、頭部をガゴンッと吹き飛ばされた。

 さらに《グランジャ》その場で反転し、太い尾で敵機の両足を払った。敵の操手は悲鳴を上げ、機体は勢いよく回転して地面に叩きつけられる。

 これで、この敵も戦闘不能だった。


『……中々どうして』


 その様子を《アトス》の中から見据え、シャルロットはポツリと呟いた。


『オルバンさまもお強いですね。今の騎士学校のレベルの高さが窺えますが……』


 そこでシャルロットは、もう一つの戦場の方に目をやった。

 ――いや、あそこは戦場と呼べるのだろうか。


(まるで魔獣の狩り場ですね)


 シャルロットは、流石に冷たい汗を流した。

 その戦場は実に一方的だった。残党の数としてはこちらとほぼ同じなのだが、士気がまるで違う。あちらの敵は、完全に怯えきっていた。


 だが、それも仕方がない。

 あんな怪物を敵にして、恐怖を覚えるなというのは無理な話だ。


(少々同情さえ感じる光景ですね。まるであの時の『彼』のようです)


 ふと、昔を思い出し、シャルロットは苦笑を浮かべた。

 しかし、それにしても――。


(今時の鎧機兵は火を噴き出すのですね。また一つ驚きです)


 と、そんな風に、シャルロットがどうも的の外れた感想を抱いていたら、


『シャルロット。来ますわよ』


『……ええ、分かっています。お嬢さま』


 主人の声に、騎士の顔に戻る。

 見れば敵機は、じりじりと間合いを詰めていた。

 ジェイクの《グランジャ》もこちらに向かっているが、それでもまだ四対三。数では負けている。まだ気を抜ける状況ではなかった。


『お嬢さま。お気をつけて』


『分かっていますわ。シャルロットも――』


 と、リーゼが言いかけた時だった。

 ――カッ、と。

 いきなり森の中が明るく照らされたのだ。

 あまりの大光量に、一瞬全員の目が眩んだ。そして数秒後、目が若干慣れてきたリーゼが周囲を見渡すと、


『――なッ!? これは!?』


 周囲の様子に、リーゼは驚愕の声を上げた。

 声には出さなかったが、シャルロットやジェイクも同様だった。

 コウタの《ディノ=バロウス》も困惑しているのが、見てとれる。


(――くッ! まずいですね)


 いち早く困惑から立ち直ったシャルロットは、表情を険しくした。

 いつしか周囲には、巨大なライトが設置されていたのだ。強い逆光で良く見えないが、ライトの後ろには、数十機の鎧機兵の影が確認できる。

 こんな状況は想定にはない。敵の伏兵か……と警戒したのだが、


『諸君らに告げる! 今すぐ戦闘を中止せよ!』


 拡声器を使った朗々とした声が森に響いた。

 注目すると、逆光を背に一気の鎧機兵が前に進み出る姿が確認できた。

 騎士型である事以外、特筆することのない機体。例えるのなら、バランスのいい最高級の既製品といった感じの鎧機兵だ。

 その鎧機兵の操手は、さらに言葉を続ける。


『私の名はベン=ルッソ。越境都市サザンの領主であらせられる、ハワード=サザンさまにお仕えする執事長である』


 予想外の名前に、敵味方含めて全員が唖然とした。

 リーゼ達も含めてざわつくこともなく、ただただ硬直する。

 張り詰めた静寂の中、ルッソは構わず先を続けた。


『サザン家の元執事。グリッド=ワイズ。及びその配下の兵に告げる。お前達がグレイシア皇国にて人身売買を行う犯罪者であることは、すでに調べがついてある。よくもまあ、我がサザン家に忍び込んでくれたものだな。忌々しい罪人め』


『な、なん、だと……』


 愕然とした呟きをもらしたのは、ワイズだった。

 その呟きが届いたのか、それとも周囲を探してようやく見つけたのか。

 どちらにせよ、ワイズの機体の位置を確認したルッソは、微かに笑った。

 もし彼の傍にいたのならば、それは、ほくそ笑んでいるように見えただろう。


 だが、その顔も一瞬だけのこと。

 サザン家の執事長は、冷淡な表情で口を開き――。


『グリッド=ワイズ及び、その配下の兵に告げる。大人しく投降せよ』


 かつての同僚に、そう宣告するのだった。

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