第49話 闇の中にて……。②

 その頃、森の中にて潜む一団がいた。

 場所は別荘近くの湖畔を挟んだ向かい側。木々の間がやや開けた広場だ。

 人数はおよそ五十名。全員が黒装束に覆面といった、夜の闇に溶け込むような姿をしており、さらには十数機の鎧機兵が、胸部装甲ハッチを開けて待機していた。

 そしてその一団を率いるのは、グリッド=ワイズだった。

 彼だけは、覆面をまだ被っていない。

 刀傷を持つ男は静かに腕を組み、瞑目していた。


「――お頭」 


 その時、不意に森の中から一人の覆面男が現れた。

 レイハート家の別荘の偵察に向かっていた、ワイズの部下だ。


「どうだった?」


 ワイズが単刀直入に問うと、男は覆面の下でふっと口角を崩す。


「あの屋敷にいんのは、ガキと女ばかりですぜ。小僧が二人に、小娘が三人。メイドの女が一人でさあ。しかも女は全員すっげえ上玉だ。まあ、小娘の一人はメイド服を着た八歳ぐらいのガキなんですが、それでも好事家には高値で売れるレベルですぜ」


「……ほほう」


 ワイズは、小さく感嘆をもらした。それは中々の朗報だ。


「確かあの館には今、アシュレイ家の令嬢もいるらしいしな。ターゲットの小娘とメイド以外はアシュレイ家の人間だろうな」


 ワイズは少し考える。

 今回の一件。彼らは野盗の仕業に偽装するつもりだった。

 ならば、男は殺し、女は攫い、金品は強奪する。それが自然な行為だ。


(アシュレイ家に恨みを買うのは得策じゃねえが、バレなきゃあいいだけだしな。むしろ下手に無傷の人間を残す方がよくねえ)


 ワイズは卑しく口元を歪める。

 元々ターゲット以外は全員始末する予定だったのだが、上玉であるのならば話は別だ。最終的に報酬として頂けるかは交渉次第だが、確実にお楽しみには使える。

 そもそも、足がつくようなミスさえしなければ、たとえ相手がアシュレイ家の令嬢であっても、あの伯爵は大して気にしないだろう。

 彼の主人は興味のない人間には、とことん無関心だった。


「……よし」


 ワイズは、遂に決断した。

 そしておもむろに広場に集う部下達に、指示を下す。


「小僧どもは殺せ。女は全員攫うぞ。金品は……てめえらの好きなように奪え。ただし時間厳守だ。襲撃から十五分後には撤退するぞ」


 頭目の指示に、覆面男達は無言で頷く。

 それから、ワイズはニヤリと笑い、


「女どもを捕えたら、サザンにあるいつもの場所に向かうぞ。そこで任務終了だ。あとはお楽しみの時間だぜ。美女に美少女。まあ、ガキも混じっているが、そういうのが好きなのもてめえらの中にはいるしな」


 そう告げると、覆面男達が思い思いの仕種を見せた。

 大仰に肩をすくめる者。笑みを殺すためか、口元を押さえる者などだ。

 反応こそ様々だが、誰もが高揚しているのは明白である。

 もし作戦中でなければ、歓声でも上げていたのかもしれない。

 ワイズは、ふんと鼻を鳴らした。

 しかし数秒後、彼は狂気と快楽を孕んだ、不気味な笑みを見せる。


「さあ、行くぜ野郎ども」


 そして淡々と告げられる言葉。

 それは演技などではなく、まさに野盗そのものの、外道の笑みだった。



       ◆



 そうして時刻は、深夜二時。

 虫の声すら聞こえなくなる頃。彼らはいよいよ動き出した。

 ワイズの一団は、五つに分けられていた。

 誘拐班。暗殺班。強奪班。そして周辺の監視も兼ねた指揮班と、万が一に備えて十数機の鎧機兵に搭乗して準備する戦闘班だ。

 そんな中、指揮班として、ワイズは十人の部下と共にレイハート家の別荘の外――近くの繁みに待機し、屋敷の様子を窺っていた。

 戦闘班は、ワイズ達が隠れる繁みよりも少し離れた後方に待機し、他の三班はすでにあの屋敷の中へと侵入していた。


(しかしよう……)


 覆面の下で目を細めて、ワイズは眉をしかめた。

 本音を言えば、あの忌まわしい小僧を殺せる暗殺班に加わりたかったのだが、頭目たる者が尖兵になる訳にもいかない。仕方がない配置だ。


(あのガキの死に顔を見れねえのは残念だな)


 ワイズは片膝をつきながら、無念そうに拳を握りしめる。

 しかし、こればかりはどうしようもない。

 何にせよ、あの小僧の死は確実だ。

 今回は、それだけで我慢するしかなかった。


(まあ、これも仕事だ。しゃあねえか)


 ワイズは、グッと堪えて静かに屋敷を監視した――。



「(急ぐぞ。まずはターゲットからだ)」


 レイハート家の別荘の一階。

 覆面で顔を隠した八人の男達は、音もなく廊下を疾走していた。

 その戦闘を走るのは、ガデスだった。


(まったく。お頭は人使いが粗いよな)


 元々猫背の目立つガデスだったが、今は本物の猫のような身のこなしだった。

 この屋敷の構造は、すでに粗方把握している。

 どの部屋に、誰がいるかも偵察が調査済みだった。現在向かっているのは、三階にあるリーゼ=レイハートの私室。まずはあの小娘を確保する。

 その後は分担だ。ガデスがターゲットを運び、騎士学校出身というメイドの女には余裕をもって四名を送る。そして残り小娘二人には三名だ。


(まあ、女を攫うなんぞ今更だが……)


 ガデスはふっと笑う。

 ワイズ同様、彼もこの稼業は長い。寝込みを襲えばこの程度の仕事は簡単だった。

 むしろ、大変なのは強奪班かもしれない。

 ガデスは廊下を走りながら、ちらりと壁に目をやった。

 そこには、豪華な騎士の甲冑が置かれている。


(流石はレイハート家。金目の物がたんまりとありそうだ。しかし……)


 ガデスは眉をしかめた。

 何故だろうか。この廊下には、やたらと甲冑が多い。

 確かに、こういった上級貴族の屋敷は、甲冑を装飾品として置く事が多いが、それでもこの鎧の数は、あまりにも多すぎるような気がした。


(しかも何なんだ? この奇妙な並びは……)


 足は一切止めないまま、ガデスは訝しげに目を細める。

 現在、通過している長い渡り廊下。

 そこにある甲冑は、大きいモノが一体。その横に子供用なのか、小さな甲冑が三体ほど並び、再び大きいのが一体。そんな並びが、ずっと続いているのだ。

 ある意味バランスは取れていそうだが、変わった配置であることに違いない。


(ふん。まあ、いいか。貴族さまの趣味なんぞ俺らには関係ねえしな)


 ガデスはそう気持ちを切り替え、足をさらに速めた。

 そしていよいよ目的の部屋に辿り着く。

 まだ作戦決行から五分も経っていない。順調なペースだ。


「(よし。お前ら。入るぞ)」


 と、部下達に告げるガデス。部下達は無言で頷いた。

 そして静かにドアを開けた。油断しているのか、鍵は掛かっていなかった。

 ガデス達は、部屋の中に誰もいないことを確認してから、天蓋付きのベッドに忍び足で近付いて行く。覗き込むと、ベッドの上には膨らんだシーツが掛けられていた。

 ここまで近付いても、ガデス達に気付く様子はない。


(やれやれ、よくお休みのようで)


 ガデスは皮肉気に笑った。

 そして、シーツごとターゲットを持ち上げようとし――。


(……はあ?)


 想像を超えた重さに、一瞬唖然とする。が、すぐにハッとした。そもそも感触が変だ。手から合わるこの感触は、どう考えても少女の柔肌ではない。


「ガ、ガデスさん!?」


 その時、部下の一人がいきなり声を上げた。

 ガデスは舌打ちした。任務中に声を上げるとは何事か!

 そんな苛立ちと共に、ガデスは部下を睨みつけて――目を見開いた。


「な、何だこりゃあ……」


 思わずガデスも愕然とした声を上げる。部下達も揃って動揺していた。

 何故なら、振り向いたその場所には――。

 ガシャン、ガシャン、と。

 先程まで廊下で並んでいたはずの、何十体もの小さな甲冑騎士。それが丸い双眸を赤々と輝かせて、部屋の中で蠢いていたのだ。


「ま、まさか、《彷徨う鎧リビングアーマー》……?」

 

 仲間の一人が後ずさり、そんなことを呟く。

 余談だが、《彷徨う鎧リビングアーマー》とは、英雄譚によく出てくる実在しない魔物のことである。

 物語の中では、その正体は古い鎧に宿った亡霊であり、人を恨んでは夜な夜な歩きだして人間を殺し、同じ亡霊に変えるというのが定番の話だった。

 無論、これはただの創作なのだが、目の前の光景はそれを嫌でも強く彷彿させた。


「お、落ち着け、てめえら! 《彷徨う鎧リビングアーマー》なんぞガキの創作じゃねえか!」


 と、部下を怒鳴りつけるガデスだったが、すぐに彼は、ギョッと息を呑んだ。

 突然、右腕を誰かに掴まれたのだ。

 見ると、ガデスの手首は紫色の小さな腕に握りしめられていたのだ。


「――ひいィ!?」


 慌てて振り払おうとするが、腕の力は尋常ではなく、全く外れる様子がない。


「て、てめえ!」


 ガデスは恐怖の混じった怒声を上げて腕を掴む鎧――少女と入れ替わりシーツに隠れていたらしい化け物の顔を殴りつけたが、


「ひぎゃあ!?」


 思わず悲鳴を上げるガデス。

 小さくても鎧は鎧。鉄の塊を殴りつけ、拳の方が傷ついたのだ。


「ガ、ガデスさん!?」「ひ、ひいィ、な、何なんだよこいつらは!」「く、くんな! それ以上、俺に近付くんじゃねえよ!」


 部下達も、次々と悲鳴じみた声を上げた。

 と、その時だった。


「……ウヌラハ」


 唐突に。

 ガデスの腕を掴む甲冑騎士が、口を開いたのである。

 ガデス達は、息を呑むしかなかった。


「……マタシテモ、乙女ヲ攫ウカ。ロリコン、ドモメ」


 そう告げるなり、ギシギシとガデスの腕が軋み始める。

 人間に出せる腕力ではない。ガデス本人は勿論、男達全員が青ざめた。


「しゃ、しゃべった!? ほ、本物の化け物かよ!?」「うそだろ!? 《彷徨う鎧リビングアーマー》は実在してたのか!?」「い、嫌だ! 俺は亡霊になんかなりたくねえ!」


 もはや恐慌状態に陥る覆面の男達。

 しかし甲冑騎士――零号は、侵入者相手に容赦する気はなかった。

 突如、ガデスの腕を、体ごと振り回すと床に放り投げる!


「ひ、ひいいィ――」


 絶叫を上げるガデスは「ぐぎゃッ!」と顔から倒れこんだ。

 しかも倒れたガデスの上に、ゴーレム達がどんどん乗りかかっていく。


「ぎゃ、ぎゃああああああああああああ――ッ!」


 部屋に響くガデスの断末魔。

 十数秒後、そこには墓標のように、紫色の小山が出来上がっていた。


「ガ、ガデスさん……」


 愕然とする部下達。が、彼らに班長を心配している余裕などなかった。

 零号が、すっと手を上にあげたからだ。


「……弟タチヨ。乙女ノテキヲ、蹂躙セヨ」


「「「……ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」


 部屋中の甲冑騎士――ゴーレム達が、雄たけびを上げた。


「「「ひ、ひいいいいィィィ――」」」


 それに対し、一斉に逃げ出そうとする覆面男達。

 しかし、圧倒的に数が違う。ゴーレムの軍勢から逃れる事など出来なかった。

 瞬く間に全員が引きずり倒されると、ゴーレム達が次々と乗りかかり、蛙のように踏み潰された。男達は絶叫を上げて気絶し、中には泡を吹く者もいた。


「……ヘンタイ、ドモメガ」


 そして零号が吐き捨てる。

 と、同時に別の部屋からも悲鳴が上がった。

 それは、他の侵入者達がゴーレム達に取り押さえられている絶叫だった。

 襲撃を予測したコウタが、メルティアに頼んで、ゴーレム全機を召喚していたのだ。

 小型といえど、ゴーレム達は鎧機兵の一種である。

 生身の人間である覆面男達に、勝ち目などなかった。

 こうして、草木も眠る深夜二時。

 レイハート家の別館では、野太い男どもの絶叫が響き渡るのだった。



「――な、何事だ!?」


 繁みに身を潜めていたワイズは目を剥いた。

 突然、屋敷の中から、部下らしき声が響いて来たのだ。

 それも悲鳴の類。恐怖と絶望を孕んだ声だった。

 何かの異常が起きたのは疑うまでもない。


「お、お頭! こいつは一体……」


 部下の一人が緊張した声色で問う。

 ワイズは、覆面の下で渋面を浮かべた。


「くそ、何かあったな。おい、てめえら。何人かで偵察を――」


 と、指示を出そうとした時だった。

 ――ズドンッッ!

 突如、後方で轟音が響く。

 ワイズ達がギョッとして後ろを振り向くと、そこでは仲間の鎧機兵の一機が、片足を吹き飛ばされ、倒れ込むところだった。


「ほ、砲撃だと!」


 ワイズは呆然と呟く。が、動揺している暇などなかった。

 続けて木々の間から長剣と盾を構えた白銀色の鎧機兵と、大剣を持つ薄い藍色の鎧機兵が跳び出してきた。そして二機は待機していた部下の機体に襲い掛かかる!

 襲撃してきた鎧機兵達は、未だ困惑している部下の機体の頭部を躊躇いなく潰し、さらに二機、戦闘不能にする。


『腕を上げられましたね。お嬢さま』


 と、大剣を軽く横に薙ぎ、薄い藍色の鎧機兵が呟くと、


『ふふ、まあ、日々の訓練の成果ですわ』


 白銀の機体が、そう返した。

 どちらも女の声。共に聞き覚えのあるモノだった。


「く、くそ!」


 そこで、ワイズはようやく状況を理解する。

 恐らく先程の声からして敵機の操手は、白銀色の方が、ターゲットであるリーゼ=レイハート。薄い藍色の方が、スコラという名前のメイドに違いない。

 明らかな奇襲。今回の襲撃は、完全に読まれていたのだ。


「てめえら反撃だ! 俺達も鎧機兵を召喚する! まずは敵を無力化しろ!」


 どうやって襲撃を察したのかは分からないが、とりあえずは目の前の危機だ。

 ワイズは、敵の機体を睨みつけると、


「だが殺すなよ! そいつらはターゲットだ!」


 大きく声を張り上げて、部下達に補足の指示を出した。

 それに対し、ワイズの部下も、それなりの修羅場は経験している者達である。

 頭目の指示には、すぐさま応じた。

 残った十機ほどが敵機を前に身構える。無論、最初の砲撃のあった方向にも警戒を怠っていない。その間にワイズ達十一名も広場に移動して短剣しょうかんきを抜き放った。


「よし! 来やがれ、《ダグン》!」


 ワイズは、自分の愛機の名を呼んだ。

 途端、地面に光の線が疾走し転移陣を描く。

 そして浅黒い機体が浮き出て来た。

 両手に手斧を持ち、頭部から髪のように鎖の束を生やした戦士型の機体だ。

 恒力値・八千九百ジンの高出力を誇るワイズの愛機・《ダグン》である。

 ワイズは胸部装甲ハッチを開けて、早速愛機に乗り込んだ。

 彼の直属の部下である十名も、それぞれが愛機に乗り込む。

 これでワイズ達の総戦力は二倍だ。


『よし! 連中を潰すぞ! この数なら無力化できる――』


 と、拡声器を通じてワイズが指示を出そうとした、その時だった。


『悪いけど、お前達の相手はボクがするよ』


 突如、少年の声が広場に響いた。

 ワイズ達は、ギョッとして声のした方――上空に目をやった。

 そして、

 ――ズズゥン……。

 と、一機のが、眼前に着地する。

 何故、鎧機兵らしきモノなのか。

 それは、その機体が、とても鎧機兵に見えなかったからだ。


 その姿は一言で言えば、炎の魔人。

 燃え盛る人型の赤い炎が、竜を象った手甲と、漆黒の鎧を着た姿だった。

 あまりにも異形すぎる。盗賊団の頭目として相当な戦闘を経験したワイズでさえ、こんな機体は見たことがなかった。


 しかも――。


(は、はあ!? 恒力値が七万二千ジンだあ!?)


 すぐさま《万天図》を使用して確認した魔人の恒力値に、ワイズは絶句する。

 完全に桁そのものが違う。まるで悪夢だ。冗談ではない。


『ひ、ひいィ……な、何なんだよ、この化け物は!?』


 部下の一人が、怯えた声を上げた。

 ワイズが抱いた戦慄は、当然部下達も感じたようだ。

 異様な姿と莫大な恒力値を持つ敵を前にして、彼らもまた激しく動揺していた。

 しかし、そんなワイズ達の恐慌をよそに、手に処刑刀を握りしめた炎の魔人は、ゆっくりと歩み始めた。一歩進むごとに、赤い炎が周囲に撒き散らされる様は、まるで煉獄から現れ出た《悪竜》のようだった。

 ワイズ達は喉を鳴らし、思わず硬直する。

 そして、悪竜の騎士は処刑刀を勢いよく横に薙ぎ、宣告した。 


『さて。それじゃあ、戦いを始めようか』

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