第47話 暗躍③

「ででーん、ですわ」


 時刻は夜の八時過ぎ。

 場所はレイハート家の別荘。リーゼの個室。

 実に豪華絢爛なその部屋には今、三人の少女がいた。

 この部屋の主人たるリーゼと、ベッドに腰掛けるメルティアとアイリだ。


「ふふふ、うふふふ」


 と、微笑みながら、リーゼは部屋の中央でくるくると回っている。彼女は長い髪を頭頂部辺りで金の刺繍の入った赤いリボンで結び、馬の尻尾のように揺らしていた。

 軽やかに舞う彼女の顔は、とてつもなくご機嫌だった。


「……リーゼ。何なのですか。いきなり」


 自分の効果音を盗まれ、ジト目でリーゼを睨みつけるメルティア。


「もしかして、そのリボンを自慢するために呼んだのですか?」


「ふふっ、まさにその通りですわ!」


 くるりと一回転して、リーゼは言う。

 メルティアは、ますますジト目になったが、アイリの方は「……よく似合うよ」と言ってパチパチと手を叩いていた。


「ふふ、ありがとう。アイリ。嬉しいですわ。何せこのリボンは――」


 と、そこでリーゼはいたずらっぽい笑みを浮かべて。


「コウタさまから頂いた、初めてのプレゼントなのですから」


「………え」


 メルティアが、唖然とした声をこぼす。

 ――今、なんと言った?


「ちょ、ちょっと待って下さい! プレゼント!? コウタの!?」


 思わずそう叫んで、メルティアはベッドから立ち上がった。

 そしてリーゼの元へ駆け寄り、自分より少し背の高い少女の両肩を掴んだ。


「ど、どういうことです!? どうしてリーゼが、いきなりコウタからプレゼントをもらっているのですか!? どんな因果が!?」


 と、かつてないほどの動揺を見せるメルティア。

 対するリーゼの方は、断然余裕だ。

 リボンに手を触れると、ふっと笑みまで浮かべて――。


「この館を用意したことなどに対する感謝の証だそうです。コウタさまの性格ならばそれほど不自然なことでもないでしょう」


「……ぐ、そ、それは……」


 メルティアはふらふらと後ずさり、呻き声を上げる。

 感謝の証。確かにリーゼは、感謝されて当然の便宜を図ってくれている。メルティア自身もリーゼには感謝しているし、信頼もしている。コウタの気持ちも理解できた。

 きっと、たまたま二人で行動したこの機会に、普段から世話になっている恩人に、何かプレゼントしようと考えたのだろう。

 それは、理性的には理解できるのだが、感情が納得いかない。


(う、うゥ……)


 メルティアは、グッと拳を握りしめる。

 メラメラと嫉妬やら対抗心やらが、湧きあがってきた。


「わ、私だって!」


 そして威嚇代わりなのか、ネコ耳をピコピコと動かしながら、彼女は叫んだ。


「私だって、コウタからプレゼントぐらいされたことはあります!」


 その台詞に、リーゼはムッと表情を改めた。

 流石に聞き捨てならない台詞だ。


「……一体どんなのをプレゼントされたの?」


 と、これはアイリの声。

 メイドの少女は、未だベッドに腰掛けて二人の様子を窺っていた。


「そ、それは……」


 メルティアはアイリに目をやり、言葉を詰まらせた。

 七年以上にも及ぶコウタとの日々を記憶から探る。

 が、そもそも彼女は引きこもり。魔窟館内で生きるお姫さまだ。

 コウタとショッピングに出たことなど一度もない。

 メルティアは「うゥ…」と唸り、


「ケ、ケーキとか、シュークリームとかを貰ったことがあります……」


 結局、そんな物しか思い浮かばなかった。

 その台詞に、アイリは「……おいしそう」と答えるが、


「あらあら。そうですか」


 リーゼの方は、クスクスと笑う。


「しかし、それはプレゼントではなく、お土産と言うのではありませんの?」


「は、はう……」


 的確すぎる指摘に、メルティアは後ずさった。

 そしてしばらくすると、彼女の金色の瞳が、涙で滲み始める。


「えっ、メルティア……?」


 友人の様子に、リーゼは顔色を変えた。

 この反応は想定外だ。

 少し自慢するだけのつもりだったのが、どうやら追い詰めすぎたようだ。


「……ふぐ、ふぐぅ……」


 いよいよ嗚咽まで上げ始めるメルティア。

 深く深く俯き、細い肩を震わせること十数秒。


「……ふぐっ、コ、コウタぁ!」


 唐突にそう叫んで背中を向けると、彼女は部屋から飛び出して行った。


「メ、メルティア!?」


 慌ててリーゼが後を追って廊下に出ると、そこには一目散に遠ざかっていくメルティアの後ろ姿があった。

 紫銀の髪の少女は「コウタぁ! ぷれ、ぷれぜんと、私にも! 私にもォ!」と涙声で叫んでいる。彼女がどこに――誰の元に向かって走っているのかは考えるまでもない。


「メ、メルティア……」


 リーゼは、少し頬を引きつらせた。

 まさか、普段は結構クールなメルティアが、いきなり泣き出すとは。


「……メルティア、もの凄く打たれ弱い」


 ドアから首を覗かせたアイリが、ポツリと呟く。

 その意見には、リーゼも同じ気持ちだった。



       ◆



 一方、その頃――。


「……おいおい、マジかよそれ」


 と、自分のベッドの上で胡坐をかいたジェイクが、腕を組んで思わず呻く。

 彼の顔は苦々しく歪んでいた。


「……うん。ジェイクはどう思う?」


 と、真剣な声で尋ねるのはコウタだ。

 彼もまた、ジェイク同様に、自分のベッドの上で胡坐をかいていた。

 そこは、レイハート家の一室。コウタ達の客室だ。

 二人は今、賑やかな少女達とは打って変わり、神妙な面持ちで話し合っていた。


「……襲撃か」


 と、ジェイクが会話の内容を反芻する。

 サザンで起きた襲撃事件。その詳細をコウタは今ジェイクに伝えたのだ。


「話を聞く限り、そいつらが人攫いのプロってのは間違いなさそうだが、たまたまお嬢を攫おうとしたってのは、ちょいと考えにくくねえか?」


「……うん。冷静に考えるとそうだよね」


 コウタはこくんと頷いた。

 襲撃時は、運悪くリーゼが狙われたと考えていたコウタだったが、その割には覆面連中の引き際があまりにも迅速すぎた。

 突発的な犯行ならば、もっと引き際が――諦めが悪いはずだ。


「今思うと、あれは突発的な犯行じゃない。最初から計画されていたんだ」


 あごに手をやり、神妙な声でそう呟くコウタ。

 狙うのならば、パドロで……とあの時は思ったが、あえて知り合いのいないサザンで実行したという考え方も出来る。

 ジェイクも真剣な顔つきで「ああ、そうだな」と相槌を打つ。


「そう考える方が自然かもな。その連中は最初からお嬢の誘拐が目的。サザンでの襲撃は偶然じゃねえ。だが、そうだとすると――」


「うん。これってヤバいよね」


 コウタは眉をしかめて、ジェイクの言葉に頷く。

 その推測だと、未だリーゼは連中に狙われていることになる。

 それも、行動を監視されている可能性があった。


「……やっぱ、営利目的の誘拐なのか?」


 目を細めて、ジェイクは考え込む。


「なにせ、レイハート家は公爵家だしな。その跡取り娘の身代金ともなると、たんまり取れるだろうし、お嬢を狙う連中をいてもおかしくねえか」


「うん。その可能性はかなり高いよ」


 コウタは再び頷いた。


「いずれにせよ一度シャルロットさんに相談しよう。対策を考えた方がいいと思う。それと疑問なのがもう一つ。そもそも、あの人はどうやって――」


「……? あの人?」


 ふとこぼれたコウタの独白に、ジェイクが眉をひそめた、その時だった。

 ――ドンドン、と。

 かなり強くドアがノックされた。

 コウタ達の顔に緊張が走った。が、それはすぐに崩れる。

 ドアの向こうから、聞き慣れた少女の声が発せられたからだ。

 かなりか細かったが、メルティアの声だった。

 コウタとジェイクは顔を見合わせて、ははっと笑う。


「なんだ、メルか。うん。今開けるよ」


 そう言ってベッドから立ち上がり、コウタはドアを開け――ギョッとした。


「メ、メル!? どうしたの!?」


 ドアの外には、メルティアが大粒の涙を零して立っていたのだ。

 コウタの幼馴染は両手を盛んに動かして、止まらない涙を拭っていた。


「メル!? ど、どこか痛いの!? まさか襲撃とか!?」


 少女の肩をガッと掴み、かつてないほど動揺するコウタ。

 なにしろ、つい先程までかなり物騒な話をしていたのだ。そこへ大切な少女が涙を流して登場したら、嫌な想像を思い浮かべてしまうのも仕方がない。

 しかし、コウタのそんな心配をよそに、メルティアは鼻を啜りながら告げる。


「ぷれ……」


「プレ?」


「ぷれぜんと。私にもくだひゃい」


「………はい?」


 コウタの目が点になったのは言うまでもない。

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