第46話 暗躍②
――ギィンッ!
路地裏に剣戟音が鳴り響く。
少年と少女。そして覆面の男達の戦いはかなり入り乱れていた。
「……ふん。やっぱあのガキ強えェじゃねえか」
その戦況を、隣接する建物の三階の窓から、ワイズは監視していた。
彼の傍らには、部下のガデスの姿もある。
「あの数で押しきれねえとはな」
ワイズは舌打ちする。
街中であれ以上の人数は目立ち過ぎて投入できない。だからこそ精鋭を選んだのだが、あの黒髪の少年は勿論、ターゲットの少女まで相当な実力者だ。
「しかし、お頭。あいつらはまだガキですぜ。いずれは体力が尽きましょう」
と、ガデスは言うが、ワイズは渋面を浮かべて首を横に振った。
「あのな。ガキでも騎士だ。侮んじゃねえよ。特にあの黒髪のガキ。多分、こういう状況を想定した動きをしてんぞ。そろそろ仕掛けるはずだ」
言って、ワイズは黒髪の少年をクイと親指で差した。
対するガデスは、眉をしかめつつ窓の下を見据えて――目を瞠った。
突然眼下の少年が低い姿勢で加速し、部下の一人の大腿部を斬り裂いたのだ。
傷口から大量に血が噴きだし、その部下はガクンッと膝をついた。
「あのガキ……。いきなり速くなりやがった。様子見してったって事ですかい?」
と、忌々しげに呟くガデスに、
「アホ。見る点が違う。着目する点は、あのガキが相手を殺さず足を潰した事だ」
ワイズが淡々と指摘する。
「俺らの仕事で一番厄介なことは足がつくことだ。常に撤退も考えなきゃいけねえ。あのガキはわざと足手まといを作りやがったんだよ」
仲間を切り捨てるのは簡単だが、そこから足がつく可能性は高い。
撤退するには、仲間も回収しなければならなかった。
「あと、二人ぐらい戦闘不能にされたら撤退が困難になるな。ふん。小賢しい小僧だ。どうやらアシュレイ家のご令嬢の護衛役も兼ねている使用人ってとこか」
出会った時に聞いた少年の立場を思い出し、ワイズは歯を軋ませた。
と、そうこうしている内に、二人目の足を切り裂かれた。
ワイズは「チィ」と舌打ちする。
このままでは面白くない結果になりそうだった。
(……これで二人目)
コウタは、短剣を片手に小さく呼気を整えた。
そして内心では不快感を抱く。
急所を外しているとはいえ、人を斬る感触は何とも嫌なものだ。
だが、躊躇っている余裕もない。
ここで、この男達を撤退させなければ、最悪リーゼを攫われてしまうのだ。
それだけは、絶対に許せなかった。
たとえ誰であろうとも、自分の大切な人は二度と奪わせない。
それは、コウタの強迫観念にも似た誓いだった。
――ギンッ!
と、襲い掛かってくる男のナイフを横薙ぎで払い、コウタはリーゼの様子を窺う。
彼女はよく戦っている。敵に殺す気までないとしても、対人の実戦は鎧機兵戦より怖ろしいものだ。その恐怖を呑み込み、リーゼは奮闘していた。
だが、コウタと違い、彼女は敵を斬る事までは出来ず防御主体になっていた。
(……リーゼさん。よし!)
コウタはその場で反転すると、対峙していた覆面男の腹部を蹴りつけた。
男は呻きつつも、自分で後方に跳んで威力を殺す。戦闘不能にするほどではないが、そのおかげでコウタは間合いを広く取れた。
即座にコウタは、奮闘するリーゼの元へ駆け出した。
そして少女に向かって叫ぶ!
「リーゼ! 全力で後ろに跳べ!」
「――え、は、はいっ!」
リーゼは一瞬驚くが、すぐさまコウタの指示に従った。
それに対し、困惑したのはリーゼと対峙していた帽子の男だった。
慌てて離れていく少女の後を追おうとする――が、
「な、なに!」
丁度、彼女と入れ替わるように接近してきた少年の影に息を呑んだ。
すぐさま身構えようとするが、その前に、
――ザンッ!
コウタの斬撃が、帽子の男の大腿部を斬り裂いた。
「ぐう!?」
ガクンと片膝をつく帽子の男。
これで三人目の負傷者だ。
覆面男達の人数は見張りも含めて七人。
負傷者が三人もいれば撤退はかなり困難。
もし四人目ともなれば不可能になる。ここらが引き際のはずだった。
(何より、残り四人ぐらいならリーゼさんを連れて強引に逃げることも出来る)
戦況はコウタ達の方に、かなり有利に傾いている。
コウタは帽子の男から間合いを外し、リーゼの傍に寄った。
そして敵を警戒しつつ、少女に語りかける。
「……大丈夫? リーゼさ……じゃなくて、リーゼ」
「は、はい。大丈夫ですわ。コウタさま」
息は大分切れていたが、リーゼは、はっきりした声でそう告げる。
コウタは、少しホッとした。
と、その時、路地裏を見張っていた男がすっと片手を上げた。
他の男達は、それを見てこくんと頷くと、負傷している三人に肩を貸した。そして閉鎖していた路地裏の道を解き、素早い動きで逃げ出して行った。
それに対し、目を瞠ったのはリーゼだった。
「コウタさま! 奴らが!」
「うん。これ以上粘っても無駄だと判断したみたいだね。良かったよ」
コウタは、短剣を振るって血糊を落とし、微かに安堵した。
どうやら上手く立ち回れたようだ。
「一応、奴らのことは衛兵に伝えておくとして。とりあえず危機は去ったかな」
「ええ、そうですわね……ふう」
と、大きく息を吐いて、リーゼはペタンとその場に腰を降ろしてしまった。
今更だが、両手が微かに震えてくる。鎧機兵戦とはまた違う恐怖だ。剣を使った生々しい戦闘が、改めて怖ろしいモノだと骨身に沁みてきた。
握りしめた短剣を離すことが出来ない。
「……大丈夫? リーゼ」
すると、コウタが片膝をつき、そんな彼女の手をそっと掴んだ。
そしてゆっくりと、彼女の短剣を取り上げる。
「初めての生身の実戦だもんね。怖いのは当たり前か」
と、語るコウタだが、彼の手はまるで震えていなかった。
リーゼはふふっと笑う。
「コウタさまは本当にお強いのですね。まるで震えていません」
と、賞賛を贈るのだが、少年は何故か渋面を浮かべた。
「……強くなんてないよ」
そして、ポツリと本音を告げる。
「ボクは弱いから、怖かったから、剣を抜いて相手を斬ったんだ」
何よりもリーゼを失うのが怖かった。だからこそ相手を斬ったのだ。
コウタは小さく嘆息し、言葉を続ける。
「もしボクの兄さんなら七人ぐらい素手でも撃退できただろうし」
「す、素手で撃退ですか?」
リーゼは軽く目を剥いた。
訓練された七人を一蹴するなど尋常ではないのだが、コウタの顔に嘘や冗談をついている様子はない。本気でそう信じている顔だ。
「うん。兄さんは昔から強かったしね。村では八つ当たりで喧嘩を売られることも多かったみたいだし、四、五人ぐらいは毎回軽く返り討ちにしていた」
「そ、そうなのですか」
と、唖然とするリーゼだが、この話にはかなり興味を引かれた。
特に、コウタの家族の話を聞くのは初めての事だ。
しかし、つい先程、迂闊に失った故郷のことを訊いてしまったばかりである。
リーゼはかなり躊躇うが、結局、好奇心……と言うよりも、好きな人の事が知りたい気持ちには勝つことが出来ず――。
「あの、コウタさまには、お兄さまがいらっしゃるのですか?」
と、恐る恐る尋ねてみた。
すると、コウタは親しげな笑みを浮かべて。
「うん。そうだよ。今は行方不明だけどね。そうだね。いい機会だし、帰りながら少しボクの家族の話でもしようか」
そう答える。リーゼは嬉しそうに「はい」と告げた。
そして、彼らは荷を持ち直すと、緊迫していた路地裏を後にするのだった。
その様子を見据える視線には気付かずに。
◆
「……お頭。撤退してもよろしかったんで?」
路地裏の建物の三階。
窓辺から去りゆく少年少女の後ろ姿を見やり、ガデスは団長に問う。
「……仕方がねえだろ」
ワイズは、渋面を浮かべて答える。
それから両腕を組んで、言葉を続けた。
「あのガキどもの戦力を読み違えた。あのままじゃあ失敗は目に見えてただろ。もう成功はあり得ねえ。ここが引き際だ」
あと一人でも戦闘不能にされると、作戦成功どころか撤退さえも危うくなる。
そうなると、挽回できない失態だ。ここは撤退こそが正解だった。
しかし、ワイズは諦めた訳ではなかった。
だがよ、と一言入れて、
「今回はここまでだが、まだ終わりじゃねえ。あの忌まわしいガキは殺すし、旦那はあの小娘をご所望だ。
そう言って、コツコツ、とドアに向かってワイズは歩き出す。
ガデスもその後に続いた。
そして、ドアノブにワイズが手をかけたところで、
「ああ、そうだ。ガデスよ」
不意に、顔だけ振り向かせて、ガデスに語りかけてきた。
ガデスが、訝しげに眉根を寄せる。
「なんですかい。お頭?」
そう尋ねると、ワイズは、ふっと口角を崩してこう宣言した。
「次は、久しぶりに俺も出るぜ」
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