第18話 その《星》の名は……。②

「………ん?」


 小さな声を上げてメルティアは、うっすらと目を開く。

 ずっと抱いていた『枕』が、いつの間にか無くなっている気がしたのだ。

 寝ぼけ眼で腕を動かし、『枕』を探すが見つからない。


「……?」


 メルティアはむくりと上半身を起こした。

 そして暗い室内を、キョロキョロと見渡す。が、


「……アイリ?」


 彼女の『枕』――もとい、一緒に寝ていたはずの少女がいない。 

 一瞬、トイレにでも行っているのかと思い、欠伸をしつつ室内を再び見渡して、


「……え? 私の鎧は?」


 メルティアは目を瞬かせた。

 部屋の片隅に置いてあったメルティアの鎧――着装型鎧機兵パワード・ゴーレムが無かったのだ。


「……え?」


 改めて状況に気付き、メルティアは顔色を青ざめさせた。

 あの鎧は『ゴーレム』の名を与えてはいるが、流石に自律で動いたりはしない。

 ここにないということは、誰かが持っていったとしか考えられない。


「だ、誰が一体……」


 唖然とそう呟くが、メルティアの脳は徐々に思考力を回復させつつあった。

 彼女の明晰な頭脳の中で、次々と情報が整理されていく。

 鍵のかけたはずの部屋。

 消えた鎧機兵。

 そしてこの場にいない少女。

 これだけ情報が揃えば、状況を知るには充分だった。


「リ、リーゼ!」


 メルティアは隣のベッドで寝息を立てるリーゼの元に駆け寄った。


「起きて下さい! 大変です!」


 言って、リーゼの肩を揺さぶるが、蜂蜜色の髪の少女はにへらと笑い、


「ダ、ダメですわ、コウタさま。まだわたくし達には早い……」


「寝ボケないで下さい! どんな夢を見ているのですか! それに、あなたは密かにコウタを『さま』付けで呼んでいたのですか!?」


 というメルティアのツッコみに、ようやくリーゼは目をしぱしぱと開けた。


「メ、メルティア?」


 リーゼは上半身を起こすと、目を擦り、


「どうしましたの? おトイレですか? それぐらい一人で……」


「そこまで私は子供ではありません! そんなことより大変なのです! アイリがいません! 私の鎧機兵ゴーレムに乗ってどこかに行ったようなのです!」


「……え?」


 リーゼは一瞬キョトンとするが、


「な、何ですって!?」


 そう叫んでベッドから降りた。

 続けて照明をつけるが、メルティアの言う通り、アイリの姿はどこにもない。

 壁際に鎮座していた鎧もだ。


「ど、どういうことですの……これは」


「……分かりません。ですが、アイリが私の鎧を着て、外に出ていったのは間違いないと思います」


 そう推測を告げるメルティアに、リーゼは歯噛みする。


「こんな時間に外ですって? 森の中には魔獣だっているのに!」


「……はい。私の鎧は狼程度ならともかく魔獣相手には無力です。もし森の中に入り込んでいたらとても危険な状況です」


「……くッ! メルティア! あなたはここでお待ちになって! わたくしは他の方々にも声をかけ、再び捜索に入ります!」


「待って下さい! リーゼ!」


 言って、早速行動に移そうとするリーゼを、メルティアは止めた。


「アイリが私の鎧機兵に乗っているのなら、見つけること自体は簡単です。捜索隊は必要ありません」


「え? そうですの?」


「はい。多分場所はすぐに分かります」


 キョトンとするリーゼにメルティアは、はっきりと答える。

 そして、緊張から猫耳をピコピコ動かしつつ、彼女は宣言した。


「アイリを迎えに行きましょう! リーゼ!」



       ◆



「……いきなり単刀直入だな、おっさんよ」


 眼前の黒服の男を睨みつけ、ジェイクは吐き捨てる。


「オレっち達が、それをすんなり受け入れるとでも思ってんのかよ」


 そして短剣を構える少年に、傷を持つ男はあごへと手をやり苦笑を浮かべる。


「別に了承が欲しい訳ではないさ。何事もまず目的を告げた方が、対応もスムーズにいくものだぞ。憶えておくといい少年達よ」


「ああ、そいつは親切にどうも」


 ジェイクは歯を剥きだして男を睨みつける。

 と、その時、アイリを庇うコウタが小声で話しかけて来た。


「(ジェイク)」


「(……何だ、相棒?)」


 敵に悟られないように、ジェイクも小声で応える。


「(こいつ、とんでもなくヤバい。見ただけで力量差が分かるレベルだ。多分、ボクら二人がかりでも勝ち目はない)」


「(ああ、オレっちもそう思う。正直、人間と対峙している気がしねえよ)」


 威嚇しつつも、内心では焦りを抱くジェイク。

 はっきり言って格が違う。まるで生身で魔獣と出くわしたような気分だ。


「(まず生身で相手するのは無理だ。ジェイク。今からボクが奴と会話をする。隙を見て鎧機兵を喚び出してくれ)」


「(おう。分かったぜ。気をつけろよ)」


 そう答えて、ジェイクは少しずつ間合いを広げる。

 コウタは怯えるアイリの頭をポンと優しく叩いてから、


「……よくこの子の場所が分かったね」


 淡々と眼前の男に話しかける。


「コテージで保護されていると推測したのならともかく、どうしてこんな森の奥にアイリがいるってことが分かったのさ?」


「……ふむ」


 傷持つ男はコウタに目をやった。


「黒髪の少年。ヌシは《星読み》という技を知っているか?」


「……星、読み?」


「その様子では知らんようだな。ならば少し講義してやろう」


 男はおもむろに腕を組んだ。


「《星読み》とは生物の気配を探る技法のことだ。極めて習得が難しく扱いづらいため、すでに廃れた技なのだが、こう言った時は役に立つ」


 そこで男はアイリを見やり、ふっと笑う。


「《星神》は気配が大きくて助かる。《星読み》を使える人間ならば、どこにいてもあっさり見つけられるからな」


「…………えっ」


 その台詞にコウタは唖然とした。後方で警戒していたジェイクも目を瞠る。

 ただ、アイリだけはギュッと強くコウタの腰を掴んでいた。

 コウタは、視線は男に向けたまま、片手だけで少女の肩に触れ、


「……アイリ。君は……」


「そう。その少女は《星神》だ。制約こそあるが、さえさせなければ定期的に利益を生む。しかも総じて器量も良い。裏社会で大人気の《商品》なのさ」


 アイリが答える前にそう告げたのは、傷持つ男だった。

 その顔にはふてぶてしい笑みを浮かべ、肩は大仰にすくめている。


「……てめえ」


 そんな男の態度に、ジェイクが怒りを込めて吠える。


「人間を《商品》なんて呼ぶんじゃねえよ!」


 しかし、そんな怒号も傷持つ男には届かない。

 男はくつくつと笑う。


「やれやれ、随分と青臭いな少年よ。吾輩の隙をつくのだろう? この程度で感情を露わにしてどうするのだ」


 呆れ果てたような口調で指摘され、ジェイクは言葉を失った。

 どうやら二人の作戦など筒抜けだったらしい。


「て、てめえ……」


「……ジェイク」


 その時、コウタがすっと片手を横に広げた。


「気持ちは分かるけど落ち着いて」


 黒髪の少年の声は冷静だった。

 ただ、その眼光は鋭く、傷持つ男を睨みつけている。

 敵意を剥き出しにするそんな少年達に、男は苦笑を浮かべた。

 中々活きがいい子供達だ。

 しかし、立ち話にもそろそろ飽きて来た。


「さて。ここでヌシらを素手でねじ伏せることは容易いが……」


 そこで、すうっと目を細める。


「正直、鎧機兵を喚べばどうにかなると思われるのも心外だな。吾輩の沽券に関わる。そうだな……ふむ。少年達よ。ヌシらに機会をやろう」


「……何だって?」


 コウタが眉根を寄せる。


「ああン? そいつはどういう意味だ。おっさん」


 ジェイクもまた眉をしかめて吐き捨てる。

 すると、傷持つ男は肩をすくめて。


「ヌシらは見た所、パドロの学生だな。鎧機兵戦には自信があるのだろう? 折角だ。少し付き合ってやろう。ヌシらが望む戦闘で相手をしてやる」


「……おいおい、随分と上から目線じゃねえか、おっさんよ」


 と、ジェイクが苛立ちを込めて呟く。

 コウタもまた不快そうに顔をしかめていた。

 相手は皇国騎士さえ倒すほどの操手。格上なのは重々承知しているが、流石にこうも余裕の態度を取られては苛立ちを隠せない。

 コウタ達とて学年では一位と三位。コンビで挑めば教官すら圧倒する。

 鎧機兵戦には自信があった。


「けッ! そこまで言うならやってやらあ! 《グランジャ》! 来い!」


 ジェイクがそう吠え、愛機を呼ぶ。

 一方、コウタは一瞬躊躇うが、確かにこれはチャンスだ。素手よりも鎧機兵戦の方がまだ勝ち目がある。コウタも覚悟を決めた。


「……よし! 来い《ディノス》!」


「ふむ。では吾輩も愛機を呼ぼう。ああ、その前に」


 傷持つ男は言う。


「その少女は機体に乗せるなよ。うっかり殺しては意味がないのでな」


 と、自分の勝利を前提に忠告し、懐から短剣を取り出した。

 華美な装飾がされた儀礼剣だ。

 その剣に囁くように男は愛機の名を告げる。

 そうして、その場には三つの転移陣が展開された。


「……アイリ」


 コウタは少女の髪を優しく撫でて告げる。


「森の方まで離れていて。ここは危ないから」


「コ、コウタ……」


 アイリは心配そうに顔を歪めた。

 コウタは膝をつき、少女をギュッと抱きしめた。


「大丈夫。ボクもジェイクも結構強いから」


 そう言って、コウタはアイリの背中を押しやった。

 アイリは困惑しつつも森の方へと走る。

 ここにいても、彼らの邪魔になるだけだと悟ったのだ。

 それを見届けてから、二人の少年はすぐさまそれぞれの愛機に搭乗した。

 主人を迎い入れ、《グランジャ》と《ディノス》の両眼が光る。

 そして静かに敵機を睨みつけた。


『……こいつはまた趣味が悪い機体だな』


『……確かにね。ボクが言うのも何だけど』


 と、苦笑を浮かべる少年達。

 眼前に立ち塞がる敵機。

 それは、全身が黄金色の機体だった。

 全高は四セージル程の重装甲型。獣のようにひしゃげた両脚に、蛇の頭部が先端に付いた通常のものより長い尾。太い角を持つ牛頭が特徴的な鎧機兵だ。

 その右手には、刃が断頭台を思わせる巨大な斧槍を握りしめている。


 ――黄金に輝く鎧を纏った牛頭の巨人。

 それが、この鎧機兵の印象だった。


(……見た目からしてヤベエ感じだな。けど、それより重要なのは恒力値だ)


 ジェイクは素早く《万天図》を起動させた。

 外部の画像が映される胸部装甲の内側、その右側面の円形図が表示される。これが《万天図》と呼ばれる半径三千セージル内の鎧機兵を索敵する機能だった。

 円形図には機体の位置を示す光点が映され、その下には恒力値も記されている。

 そしてジェイクは横目で敵機の恒力値を確認し――。


「……な、なん、だと」


 思わず我が目を疑い、もう一度見直す。

 しかし、何度見てもその恒力値は変わらない。

 ジェイクは静かに喉を鳴らした。


『……おい、コウタ』


 と、この情報を相棒の少年にも伝えようとするが、


『……うん。ボクも今確認したよ』


 竜装の鎧機兵から神妙な声が返って来る。

 敵機の恒力値を測るのは、鎧機兵乗りが真っ先にすることだった。


(……流石にデタラメすぎる。まさか、こんな鎧機兵が存在するなんて……)


 これなら皇国騎士の一部隊を全滅させたという話も納得できる。

 愛機の中で、コウタはつうっと冷たい汗を流していた。

 これはもしかすると素手の方が、まだ勝算があったのかもしれない。

 が、動揺を隠せない少年達に、現実は容赦なく迫る。


『ふむ。それでは始めようか』


 ズズン、と足音を鳴らして牛頭の鎧機兵が一歩迫る。

 対する《ディノス》と《グランジャ》は、反射的に武器を身構えた。

 牛頭の鎧機兵は斧槍をゆっくりと持ち上げ始めた。


『……と、その前に自己紹介がまだだったな』


 そこで、ふと斧槍の動きが止まる。

 そして牛頭の鎧機兵は《ディノス》と《グランジャ》に目をやった。


『吾輩の名は、ラゴウ=ホオヅキ。組織において《商品》の管理及び量産を担う《黒陽社》第6支部の支部長だ』


『………えっ?』


 コウタは大きく目を見開いた。


『――はあっ!? 《黒陽社》だと!?』


 と、その予想外の名前に絶叫したのはジェイクだ。

 しかし、そんな少年達の反応は気にもかけず、男――ラゴウは言葉を続ける。


『そして戦士としての名も告げておこうか』


 そう嘯いて、ラゴウはニヤリと口角を歪めた。


『吾輩が君主より賜りし称号は《金妖星》。我が《黒陽社》の偉大なる長をお守りする《九妖星》の一角だ。以後見知りおくがいい。少年達よ』

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