まだ平和だった頃の話

イルマ王女が女王に就任してからしばらく経った。


彼女は音無さんや由良様と肩を並べるゴゴゴゴの使い手、なんだかよく分からんがとにかくヤベェ力の持ち主だ。

ヤベェお方はヤベェ行動に打って出ると相場が決まっている――と、身構えていたが、今のところブレイクチェリー女王国からは明確なアクションは無い。


嵐の前の静けさじゃありませんように……とお手手を擦り合わせ願いつつ、俺は日常を送っている。が、イルマ女王を抜きにしても世界は日常を捨て去ってしまった。


原因は『タクマくんとのラブラブ家族プラン』。

キューピッドの国際会議で承認された事をキッカケに、あの頭イッてるプランが大々的に世界中へ発表されてしまった。


朗報! 子どもの数だけタクマくんとラブラブ結婚! 今すぐ仕込め!


こんなキャッチフレーズがネット上のみならず各国のお茶の間にも流れている。

精子バンクを使う独身女性は急増中。男性の場合は、妻が産んだ子どもの数だけ俺と結婚重ね掛けOK、となっているので新しく妻を娶る人が増えまくっているとか。


倫理はおいてきた、はっきりいってこれからの世の中にはついていけない。救いなのは、懸念されていた超少子化に解決の見込みが出来たくらいか。もう始まりだよこの世界。


『タクマくんとのラブラブ家族プラン』の肝であるVR結婚式は、『タクマといっしょう』をリリースした大島さんの会社が鋭意製作中だ。あそこは隙あらば高クオリティの3Dタクマでプレイヤーをコロコロしてくるからな。結婚式が葬式になるのを防ぐべく目を光らせて監修しよう。


そんなこんなでタクマこと俺の影響力は留まるところを知らず、不知火群島国に居ながらにしてすっかり世界的なスターとなった。

だが、自惚れてはいけない。男というアドバンテージが無ければ、俺はまだまだヒヨッコだ。謙虚に勤勉に、アイドルとしての力を伸ばそうじゃないか。




「――という事で、今日はよろしくお願いしますね。ジュンヌさん」


「ひぃぃ! もう十分イケてるって! これ以上実力を付けようなんて考えるのは如何なものか!」


「そう言われましてもアイドルたる者、常に高みを目指すべきかなって」


「いやいや、タクマ君が頑張っちゃうと僕が高みを目指すことになるからね! 君の演技に当てられると僕の魂が抜け出すんだよ。自分の身体を見下ろし、そのまま天高く昇っていく恐ろしさが君に分かるかい!? シャレにならないんだよ!」


必死だ、命を懸けるジュンヌさんの姿は戦場の兵士に通じるものがある。生還率を思うに、ジュンヌさんの方が並みの兵士より過酷な境遇かもしれない。誠に申し訳ない。


俺とジュンヌさんは『深愛なるあなたへ』の撮影で、中御門邸の一角に来ている。

元々、作品用にわざわざ屋敷を新築していたのだが、先日クライマックスを撮る折、なぜか全焼してしまった。


おかしいな、ホラーやスプラッターあるあるで舞台が焼け落ちるのは教科書通り。『深愛なるあなたへ』の脚本でも屋敷は灰と化す展開になっている。

けど、黒一点アイドルの俺を危険に晒してはいけない、と炎や朽ちる屋敷はCGで再現の予定だったはず……それがどうしてリアル炎上してしまったのだろう?


あの時は物語の山場ということで、役者もスタッフも変な電波を受信したかのように常軌を逸して頑張っていたっけ。俺も役にのめり込んで燃えに燃えた……気がする。熱中し過ぎた影響か、詳しくは覚えていない。思い出したいのに脳が必死に拒否するような不思議で馴染みのある感覚だ。こういう時は本能に従って大人しくするに限る、うむ。


クライマックスを撮り終えても、まだ撮影していないシーンは多い。一からまた屋敷を建てるのは時間的に厳しい、どこか都合の良いロケ地はないものかと困っていたら「うふふふ、それでしたらワタクシの住まいをご提供いたします。未撮影の場面に合った場所がございますので」と由良様が快く協力してくださった次第だ。


さすが由良様、なんとお優しいのだろう。

俺たちはこの申し出を有難く受けた。なお、ロケ地探索が難航している事や、撮っていないシーンをなぜ第三者の由良様が把握しているのか考えてはいけない。こういう時は本能に従って(以下略


中御門邸の敷地はバカ広く、移動に車は必須だ。

その広大な空間には、海外のゲストが気持ちよく滞在できるよう色々な建築様式の宿泊施設が建てられている。今回の撮影場所に宛がわれた館は、大きいながらも派手さは控えめな西洋式?な建物だ。故・新築屋敷と雰囲気が似ていてポイントが高い。


館の周りは青々とした芝生が広がり、これまた青々とした葉を揺らせる木々が木漏れ日を演出し、中御門邸名物のクレーターもこの辺りには無く、初夏の行楽にピッタリな素敵スポットに見える。しかし残念、ここで行われるのは爽やかな風景をドロドロに塗り潰すヤンデレ劇だ。




「婚約者役を承諾してくださりありがとうございます。寸田川先生やスタッフさんが、男役の方々に声を掛けたらしいんですけど、お断りの嵐だったみたいで」


「それはそう。誰だってタクマ君の凶演の餌食にはなりたくないよ……致死率100%、生き残ることを諦めて、生き返ることを願う案件さ。は、はは、ははは」


ジュンヌさんの笑い声には、生命の必需品たる潤いは皆無で、ただただ乾いていた。


『深愛なるあなたへ』は、血の繋がった美人姉妹に恋するヤンデレ男が、周囲の人に危害を加えたり監禁したりするセンセーショナルで情緒ブレイクな新感覚恋愛モノだ。

その栄えある第一の犠牲者が、美人姉妹の婚約者。ヤンデレ男の嫉妬と憤怒の対象となった彼は、最終的に事故に見せかけ大怪我を負わされ、劇中からフェードアウトしてしまう。

パイロット版の撮影では、俺から負の感情をぶつけられてジュンヌさんもフェードアウトしたっけ。あの時は役に憑かれ本気でジュンヌさんを恨んでいたんだよな、いやはや申し訳なかった。


俺にとってちょっとした悪感情でも、世の独身女性にとっては超強力な呪詛。そいつがメンタルにダイレクトアタックするんで悪い意味で逝けるらしい。

致死率100%の婚約者役は誰もなり手がおらず、『深愛なるあなたへ』の進捗は芳しくなかった。このままではお披露目予定の世界文化大祭に間に合わない、と危惧していた矢先に「よ、よろしければ僕を使っていいただけないでしょうか……ううぅ」と青い顔をしたジュンヌさんが声を挙げたのだ。




撮影はまだ始まらない。

ジュンヌさんの耐久力を考えるに撮り直しは難しい。一発で成功するよう監督さんと脚本兼演出の寸田川先生がスタッフを集めて綿密な打ち合わせを行っている。


「ギャップなんだよ! 想像してみなよ、この澄み切った青空! 文字通り晴れ晴れとした絵を病んだタクマ君で曇らせる……美しい、これ以上の芸術作品は存在し得ないでしょ!」


スタッフと激論を交わす寸田川先生を見るに、俺とジュンヌさんの出番はもう少し先になりそうだ。日陰に折り畳み椅子を持ち込み、ジュンヌさんと並んで座る。


「そういえば、どうして考え直してくれたんですか? 一度はオファーをお断りしたと聞いたんですけど」


パイロット版で壮絶な最期を遂げたジュンヌさん。なんでもトラウマになってしまい一時は入院していたらしい。


「スキルアップのためさ。見返したい人が居てね、その人に男役としての魅力を叩きつけたかった。だからタクマ君から教えを請おうと思い立ったわけだよ。ふ、ふふふ、『タクマといっしょう』の色気を少しでも再現できれば、僕だって――ってね」


「すごい……すでに海外に出てご活躍しているのに飽くなき向上心、尊敬します!」


俺みたいに『男』という下駄を履かずに、己の力だけで人々を魅了し続ける。これが不知火群島国で一番と評される男役。俺の方こそジュンヌさんから学ぶべきだ。


「俺に出来ることなら何でもとは言えませんが可能な限り協力します。誰かは知りませんが、見返したい人をアッと言わせましょう」


「は、ははは、とても嬉しい言葉だけどね……その人にはもう会えないんだ。聞くところによると情緒不安定でアッアッアッとベッドの上で呻き続けているらしい」


「いぃ、そりゃまた何故に?」


「その人というのが――ブレイクチェリー女王国の前女王様だからさ」


あっ…………そ、そう。






「大変な目にあったんですね。はぁ……」


オイシュットダンシュイン城でのお仕事の話を聞き終え、俺はため息をついた。

前女王の強烈な奇行、天道美里さんの時折見え隠れする奇行、メイドさんの腹に一物を抱えたような奇行。聞いただけでも疲れる。


「あれだけの覇気をお持ちの人が病床に伏せるなんて、分からないものだ。代わりに台頭したイルマ王女の変貌は、今にして思えば片鱗はあったかもね」


「イルマ王女……いや、イルマ女王か……」


奇行だらけの話の中で、異彩を放っていたのはイルマ女王の奇行だった。

元婚約者が実の母親を誘惑しようと訓練に励む。そんな様子を聞いて「い、いたい……イイ……この痛みが……救い……あぐぅぅ」と頭を押さえて歓声を上げる方のお気持ちを汲み取るのはだいぶ無理。由良様レベルの拗らせの波動を感じる。


「人間の強さは『どれだけ拗らせているか』に依る」と、天道美里さんは語っていたそうだ。なるほど、言われてみれば肉食ランキングのトップ層はロクでもない性癖や屈折した感情をお持ちで大体拗れている。


もしもの話、イルマ女王が前女王を蹴落としたとすれば、意外と簡単だったかも……な、なんて無い無い。前女王は報道通りご病気で退位したに違いないって。


そうだ、イルマ女王と言えば――チラッと後ろを確認。

先日まで蒸発していた音無さんが、俺たちの邪魔にならないよう少し距離を取って警護してくれている。イルマ女王の事は聞こえているだろうに。


「ナニカ御用デ?」


「い、いえ何でもありません」


このように関心は無いようだ……と言うか、感情が無いようだ。

ピシッとした顔つきで、ピシッとダンゴ用の制服を着こなし、ピシッと直立不動で佇む姿は一流のダンゴみがある。


「ぐぬぬぬ、感情を押し殺して卒なく職務をこなす無口キャラ。私とキャラ被りしていて大変遺憾」


と同僚の椿さんが愚痴っていたが、何も言うまい。


以前もあったが、ダンゴは蒸発先で人間性を失いがちだ。たぶん矯正・・されているんだろうけど、そのうち元に戻るからあまり心配していない。


「おおい! タクマ君にジュンヌ君! リハーサルを始めるから準備よろしく!」


おっと、ようやく寸田川先生からお声が掛かった。よっし、いっちょ気合を――


「いいかいタクマ君! 気合はそこそこに! 君の役は激情を溜めるタイプだから、気合全開で演じるのは違うと思うんだ。そういう感じで即〇攻撃は止めてよね、フリじゃないよ!」


「わ、分かりました。了解です、任せてくださいよ」


ジュンヌさんのアドバイスはタメになる。よっし、気合をほとばしるんじゃなくて秘めるように頑張るぞ!






イルマ女王の脅威を認識する一方、俺は楽観していた。

これまで通りの王女という立場であれば、お忍びという形で不知火群島国に出没し暗躍出来たかもしれない。

でも、女王ともなれば責任のある行動が求められるし、私利私欲を制限されて身動きが取れないのでは――と、イメージだけで決めつけていた。


本当にやべぇお方の行動力と欲望力を甘く見ていたのである。

俺がその事を痛感するのは、撮影後すぐの事であった。


なお、ジュンヌさんは一足先にお帰りになった……救急車で。

お疲れさまでした、ジュンヌさん。お互い学びのある一時ひとときでしたね。今晩はゆっくり病院で休んで、願わくば明日の撮影も一緒に切磋琢磨しましょう。

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