温情なるSM

巷でタクチン接種と呼ばれる忌みゲー『タクマといっしょう』が世に解き放たれて一ヵ月。

関係者の方々のご尽力により、すでに国民の半数近くが一回目の接種を終えた。テレビやネットのニュースではプレイした人の悦びの声が紹介されている。


「天にも昇る経験でした。生まれ変わった気分です(真顔)」


「(天国への距離的な意味で)ワンランク上がりました。アイキャンフライ!」


「リアルと妄想の境目が曖昧あいまいになって、毎日が幸せです」


「ここだけの話、会社員の私は仮の姿。本当はタクマさんのダンゴなんですよ!」



このように絶賛され、大変好評だ。


素直に受け取るなら「初の男性アイドルのVRゲームは大成功! みんな幸せで大団円! 良かった、タクチンの副反応で苦しむ人は居なかったんだね!」で終わるのだが、ピュアな心で渡っていけるほど肉食世界は低年齢向きではない。


「ねえ、真矢さん。実際はどうなんですか? 無修正の生の声を聞かせてください」


「世の中には知らん方がええ事も多いで。タクマ関連やと9割は知らん方が幸せや」


酷い言われようだ、とショックを受けていたのは初心うぶだった頃の俺。

どんな惨劇だって受け止めて次に活かします! と大見得切っていたのは青かった時代の俺。


今の俺は――


「自分が蒔いた種がどんな厄災を招いているのか、それを知って苦悩するのが生産者の義務なんです。パパっと絶望して、少しでもマシな明日を目指しましょう」


自分を過信せず、ありのまま傷付き、のたうち回った挙句にヒィヒィ立ち上がって前へ進む。それが今の俺の在り方だ。


「殊勝な心掛けに涙を禁じ得ません! 虚勢を張った数分後に現実からヒエッされるのが三池さんのお約束だったのに……グスッ、成長を喜びつつ一抹の寂しさを味わう。ダンゴ心は複雑です」


「お約束はマンネリとも言う。さすがは三池氏、スパイスの効いた変化球を怠らない」


感心ついでに茶化す音無さんと椿さん。この二人くらいの安定感がほしい。


「……ま、まあ拓馬はんが現実に折り合いを付けてきたのは、頼もしい事やな……ほな、用意するわ。巷で叫ばれとる悲喜狂気こもごもの生の声を」


はぁ~っと真矢さんが深いため息を吐いた、その翌日。



『第125回、男性アイドル事業部ミーティング』が開かれた。


参加者は俺、ダンゴの音無さんと椿さん、プロデューサーの真矢さんの4人。場所はいつもの俺の部屋だ。

議題は『タクマといっしょう』のプレイ状況の報告。オブラートを剥いて言えば、『タクマといっしょう』による被害状況の報告である。




「口で言うのもアレやさかい、ファンが『タクマといっしょう』をプレイするジェスト映像を持ってきたで」


「わざわざ編集していただきありがとうございます」


ダイジェストのダイの言い方に違和感を覚えながらも、真矢さんのノートパソコンの画面を覗く。



そこに映し出されたのは修羅場だった。


怒号と悲鳴、痛めつける者と苦しむ者、狂気と正気。

相対する要素がぶつかり合い、第三者が目を逸らさずにはいられない地獄を作り出していた。

だが、変だ。俺の想像と違って、地獄の方向性がアブノーマルに偏っている。


「なんすか、これ?」


「見ての通り『タクマといっしょう』のプレイ映像や。まっ、オプション付きやけど」


「オプション……このSMが?」


俺は画面を指さした。

ちょうど全身ツナギ姿のスタッフさんが、プレイヤーの女性にムチを振り下ろす。


バチンッ!


『ぅきゃぁ!? いいぃタクマくぅぅんぅ!?』


痛みに悶えながらも、何故か愉しそうな女性。顔の上半分はヘッドギアで隠れている分、三日月の形になってわらう口の厄いこと厄いこと。

VRゲームだけでは飽き足らず、SMまでプレイするなんてたまげたなぁ。 脳内ドラッグをキメ過ぎやしませんかねぇ?


「大丈夫なんですかアレ、いろんな意味で」


「問題ない。使用されているのは淑女用のムチ。材質はウレタンゴムで音と叩き心地は申し分なく、それでいて革製ほどハードではない。強く打ったところで皮膚が赤くなる程度」


ツヴァキペディアが相変わらずの博識を披露する。変態は変態ジャンルに造詣が深いと言う事か。そう言えば、椿さんの伯母である天道美里さんは新進気鋭のドMだったな。もしや素質を受け継いでいるの?


「怪訝そうな視線はNG。私は一人十色の女、どんなシチュも完備してお買い得。遠慮なく三池氏が望む色に染めてほしい、女王様でもメス犬でも満足のいくプレイを約束する」


ドMを否定せずに売り出してきた、だとっ?


「騙されちゃダメです! 静流ちゃんは演技の達人! どんなプレイもノリノリで感じ入っているようで、実は全部演じているだけかもしれません。そんな疑いを持ったままじゃ、どんなエロいことも愉しめませんよね? ここは素人物のあたしで手を打つべきです! 初々しいガチなリアクションをご提供します!」


音無さんが対抗馬として名乗り出る。

もし不知火群島国に素人物AVがあれば、日本とは別の意味で素人女性が素人離れした積極性を出してきそうだよな――ダンゴたちの戯言を聞き流しながら、ふと思う。


「ほーん、女王様やメス犬や素人娘に転職したいんか、二人とも。ええよええよ、その代わりダンゴを辞めた瞬間、南無瀬邸から放り出すんでよろしゅう」


「ふっ、計算通りSMで悪くなった空気を払拭した。茶番終了」


「あえて汚れ役に甘んじる。一流のダンゴは場の流れを読むもんです!」


真矢さんの一言で脱線しかけていた話と一部参加者の理性が軌道に戻った。


「で、真矢さん。このSMはいったい……うわっ、今度はロウソクを持ち出しましたよ」


スタッフさんが火のついた真っ赤なロウソクを、横になっているプレイヤーの上で傾ける。ロウソクの先端がだんだん溶け始め、やがて……


『ひぎぎぃいっぃいい!!?? らめェェタクマくぅぅうぅう』


熱々のロウが滴り落ちた。プレイヤーの方々にはコットンの部屋着が支給されているのだが、これまでのプレイで悶えに悶えていたため、すっかりお肌け状態だ。ロウは地肌丸出しの太ももを焼いた。


「う、うわぁ」


目を逸らす、SMとグロ耐性の無い俺にはキツイ光景だ。


「心配ない。見たところ使用されているロウソクはSM用の融点が低い特別仕様。また、ロウは冷えるのが早いのでワザと高所から落として熱さを和らげている。思いやりが随所に見て取れる人に優しいロウソクプレイ」


ツヴァキペディアなんなの? やっぱSMに興味あるんじゃないの?


「我慢したってや、拓馬はん。アレは人命を守るための処置。命の炎が消えんようロウソクの炎で注ぎ足していると言っても過言やない」


「真矢さんまでどうしちゃったんですか!? 命への配慮が全然見えないんですけど」


「拓馬はんには伝えておらんかったけど、『タクマといっしょう』には二つの大きな問題があってん」


「二つ? たしか一つはSAO(セルフ・アンチ・お目覚め現象)ですよね? プレイヤーがゲームの世界から帰って来られなくなるっていう……」


「せや。ある意味SAOは名誉病気なんや」


「はぁ?」


「SAOにかかるという事はゲーム攻略できる精神力の証左。それ以前の人もおんねん。始まりの町から外に出られんようなチキンは、3Dタクマの魅力に心臓が耐え切れず、ゲームの前にリアルクリアや」


なん……だとっ。言われてみれば十分に起こりえる問題だ。誰もがデスゲームの攻略組になれるもんじゃない。


「SAO未満のプレイヤーは頻繁に心臓がキュってなんねん。その度に電気ショックで蘇生するんは手間やろ。AEDをセッティングして、壊れんようヘッドギアや金属類は取り外さなアカンし。せやからSMや!」


「痛みを定期的に与えて心臓に喝を入れてるんですね。時代錯誤かもしれませんけど、そういうスポコンな感じ、あたしは好きだなぁ」


「スポコンにムチやロウソクは出てこないと思いますけど……実際効果はあるんですか?」


「上々やで。始めはスタッフの技量が低くて結果が付いて来なかったんやけど。諦めず何度も獲物を振るったり垂らしたりで嗜虐を極めた末、今はスタッフのみんな本職並のスキルを獲得したんや」


笑顔で報告する真矢さんを直視できない。こういう時、どんな顔をすればいいか分からないよ。


心肺停止ちえんこういでタイムオーバーする人もすっかり減ってな、今は誰もがゲームをクリアしてん。拓馬はんは姉小路はんを覚えとる?」


「姉小路さん? 元・孤高少女愚連隊で、今はタクマグッズのモニターを手伝ってくれる、あの姉小路さんですか?」


「せやせや。姉小路はんほどの一角ひとかどのチキンですら、ムチやロウソクやアイアンメイデンを駆使して無事ゲームクリアしたんやで。身体をズタボロにしながらも規定プレイ時間ギリギリの滑り込みでクリア。苦労を重ねた末の劇的な幕引きに担当スタッフが涙を流したそうや」


はえぇ~すっごい。聞いただけでも壮絶。


「どれほど身体を痛めようとも、クリア失敗で受ける心の傷とは比ぶべくも無い。そう思えば、振るわれるムチから温情が垣間見える見える」


「さっきから妙にSMを擁護してませんか、椿さん?」


尋ねると、椿さんは静かに首肯した。


「SMが本格始動する前に『タクマといっしょう』を一人のチキンがプレイした。彼女はクリアに失敗し、ショックから自室に引き籠ってパンツをスハスハするだけの生き物になってしまった」


「あっ(察し」


最近、パンツァーこと天道祈里きさとさんからメールや電話が来ない。

妹の紅華ファザコン咲奈さんブラコンからは。



『敵情視察を目的にプレイしてみたけど、なかなか刺激的なゲームだったわ。そりゃあ敏腕プロデューサーのあたしがフォローしたんだから、トップアイドルになるのはトーゼンと言えばトーゼンだけど。でも残念、現実はあたしが天下を獲るわ。でもどーしてもって言うんなら実際あたしが手を貸しても(中略)。ところで、次回作の予定はあんの? まさかプロデューサーとダンゴの2ルートだけで終わりってワケじゃないわよね! ヒットしたら二の矢三の矢を放つのが業界の鉄則でしょ! あと飽きられないように次はガラッとテイストを変えてみましょう! こう、育成ゲーと言うか育成されゲーにして『パパといっしょう』みたいにしてさ。お邪魔キャラのママたちは海外赴任とか事故って適当にフレームアウトして(後略)』



『ダンゴで遊んでみたよ。おもしろかったー! タクマお兄ちゃんを護らなきゃ、と思うと血がフットーしちゃった。怖い女の人たちが襲ってくるパートは、並みいるテキを「あたたたったーっ」てガンバって排除したよ。身のほどを教えるって大事だね! (中略)タクマお兄ちゃんに頼られるのはすごくうれしいけど、どこまでいっても赤の他人なのが悲しいよね。もっと深いキズナを結びたいなぁ。いっそ『義姉弟のちぎり』を交わすストーリーがあってもいいんじゃないかな? もしくはタッくんが小さい頃から始まる純姉弟物も捨てがたいよね。ねえねえ、いくら出せば次回作でタッくんを(後略)』



このようにゲームの感想と、続編に対する強い要望が送られてきた。対して、祈里さんは不気味なほど沈黙していたが……そうか、そういう事だったのか。


「ゲームをクリア出来なかった人への弔い……もとい対応も考えていきましょう」


俺は目を閉じて、心に傷を負った人々をいたんだ。

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