【元不良少女の昇天】

テントの入口は、こじんまりした部屋に繋がっていた。あちきの部屋とドッコイドッコイの広さだ。


「会員カードをご提示ください」


どうやら受付ルームらしい。安物っぽいカウンターの奥から女が声を掛けてきた。歳は30くらいか、もしかしたらもっと若いかもしれない。ボサボサの髪と眼の下のクマが女の年齢を分かりにくくしている、逆に過労なのは一目で分かる。


姉小路あねこうじ旗希はたきです。よろしくお願いします」


言われた通り会員カードを差し出す。女はサッと受け取り、カウンターに置かれているカードリーダーに読み込ませた。すると、同じくカウンターに備えられた小型モニターに、あちきの会員情報と顔写真が表示される。


「本人確認のため、パスワードを入力してください。はい、こちらのキーボードで、あらかじめ登録しているものを。それが終わりましたら、両手の親指をこちらの認証リーダーの上に置いてください」


「しっかり調べるんすね」


「プレイ権のない外国人が、ファンクラブ会員に化ける可能性がありますので。まあ、最低限の処置です」


サラッと言っているけど、つまり会員を襲って会員カードを奪うってことだよな。んで登録パスワードを吐かせたり整形して成り済ます……やっべ、深く考えたら駄目だコレ。


「――認証クリアです。次の部屋へお進みください。会員カードはプレイ終了まで保管させていただきます」


話は終わりだ、と言わんばかりに女はあちきから視線を外した。そのまま微動だにせず、ボーと壁の方を見ている、もちろん死んだ目で。


この人、限界だ。疲れが心を占領して、人間味を追い出しちまったんだ。


あの、大丈夫っすか――と声を掛けようと思ったが、直前で引っ込める。


「……クマ……お慈悲……シチュ……」


女が独り言を吐いている、スゲェ小声で、何もない空間に向かって。

あちきは耳をすませてしまった。



「タクマ様また一人の人間をあなたの元へ送ります全ての人々はあなたの光に召され幸せに旅立つのですその水先案内人であるわたしに更なるお慈悲を具体的には追加シチュエーションのテストプレイヤーに当選させてくださいお願いしますえっ叶えてくれるんですかやりました大勝利ですげふげふ」



…………うしっ! 受付は済んだ、さっさと行くぞ。


マサオ教を原液に妄想と電波をブレンドして脳内ティータイムキメ込んだ女に構っていられるか。

忘れんな、ここは死線の上だ。あちきは他人のケツ拭けるほど上等じゃねぇ、自分が逝き残ることだけに専念するんだ。







次の部屋は、受付の簡素っぷりとは打って変わって物々しい雰囲気があった。

銭湯にありそうな衣類カゴとロッカーが壁際に並び、空港にありそうなゲート式の探知機がドンッと中央にそびえ立って圧迫感が半端ねぇ。


「ここでは身体検査をさせていただきます」


内装以上に物々しさを放ってんのが警備員のデカ女二人。本職か、それとも手の空いているダンゴを雇っているのか。防刃ベストを着込んでいるとしても、警備服越しに筋肉の威圧が伝わって来る。あちきはゴクリと唾を呑み込んだ。


「壁に掛かったフロー図をご覧ください。アレに従って検査します、いいですね?」


拒否権の微塵もねぇ「いいですね?」に「はい」と短く返す。

二人の警備員のうち一人が説明役、もう一人は無言であちきを観察しやがる。プレッシャーがパネェな。


「まずは『服を脱ぎます』、無論全裸です。服は衣類カゴにまとめてください。貴重品がある場合はロッカーに入れるように、ロッカーの鍵はこちらで預かります」


委員長から聞いていた流れだ。

うぅぅぅ、覚悟はしていたが、やっぱ脱ぐのか。


「………………」

「………………」


警備員二人の監視下でストリップか……恥ずかしいより気まずい。

タクマさんの裸じゃあるまいし、需要ゼロのあちきの身体をガン見すんじゃねぇ……くっそぉ。



『脱ぐのに抵抗は無かったか、って? あはは、姉小路さんは変なところが気になるんだね。むしろ脱いだ方がいいよ、どうせ『タクマといっしょう』をプレイすれば服はビチャビチャになるし、替えの服が要らなくて良心的だね! あと、裸でタクマさんと会えるなんて大興奮だよ!』


委員長の言葉を思い出す。

無理だよ、あちきには……んなサッパリした割り切り方は出来ねぇって。すげぇよ委員長は。





「髪留めやイヤリングの類は付けてないですね?」


「見ての通り、余分なモノ一つない身体っすよ」


「結構」


全裸のあちきにも、あちきの嫌味っぽい返答にも警備員は眉一つ動かさなかった。プロってんな、ちくしょう。


「そのままあちらの機械に入り、両手を上げてください」


警備員が門の形をしたデケェ機械を指さした。


「アレって金属探知機ですか? 普通、服を着たまま通るもんじゃ?」


「訂正しましょう。これからあなたが入るのは金属物質以外の物にも反応する探知機です。ミリ波を使用していますが……まあ、原理は重要ではありません。金属探知機より高性能と考えていただければ済む話です。全裸で検査を受けてもらうのは、それだけのモノがこの先にあるとご理解ください」


「やっぱデータの取り扱いは厳重なんすね」


「当然です。『タクマといっしょう』のデータは国家機密レベルに相当します、流出すれば国の一つや二つは壊滅しますからね。コピー行為やクラッキング行為は例外なく厳罰です。しかし、如何なる罰があろうと『タクマといっしょう』を自宅で思う存分プレイしたいと誰しも思うもの。中には居るのです、データ抽出端末や録画機器を体内に隠す者がね。隠蔽方法は省きますが、親からもらった身体を冒涜するものです。そのような上級者は、当然金属探知機に引っかからないよう対策を講じております。だからこそ、念には念を――です。ご協力ください」



初めて警備員が感情を出した。それは単純な不快感じゃなくて、人間の欲深さやどうしようもなさへの嘆きのようだった。








『タクマといっしょう』をプレイする前から人の闇ばっかり見たが、切り替えるぞ。

あちきみたいな一般人は今日を生き残ることでギリギリなんだよ!



身体検査ルームを出ると、更衣&休憩スポットがあった。

岩盤浴で着る館内着っぽいのが、サイズごとに畳まれて棚に置かれている。


『裸でプレイしたかったんだけど、スタッフさんから服を着ろって言われちゃった。装置周りが濡れるのが嫌なんだって。姉小路さんも我慢して服を着ようね』


委員長のトチ狂ったアドバイスを思い出す。

我慢なんてとんでもねぇ。裸族系委員長とは違って、あちきは大歓迎だぜ!

柄のないコットンのシャツと短パン。ゴワゴワした着心地だけど、裸のままより万倍マシだ。



身体が衣類と安心感で包まれたところで、もう一つの設備に目が行く。ウォーターサーバーだ。


『タクマといっしょう』に途中休憩はない、最期までノンストップだ。ゲーム終了かリアル終了まで睡眠や栄養補給は出来なくなる、と言うかプレイヤーは睡眠欲や食欲と無縁の境地へと達するらしい。


ってなわけで、ここのウォーターサーバーはしっかり活用しよう。


『お水は大事、たくさん飲んでおこうね! トイレ? 気にしない気にしない! 水分なんて身体の穴と言う穴から出て行くんだから……それに排泄なんてどうでもいいよ。人間としての尊厳を保ったままタクマさんとイチャイチャの限りを楽しむだなんて烏滸おこがましいよ』


人間噴水こと委員長の悟ったようなアドバイス。あちきは素直に従って、たらふく水を体内に入れ込んだ。





『プレイルーム No.4』


妖しげなネームプレートとは裏腹に、その部屋にはエロ要素が無かった。まるで病室だ、真っ白な空間に診察台が一つに、医療器具を載せた台車が一つ。

診察台は学校の健康診断で横になる物より広々としていて、多少ゴロゴロしても台から落ちる事は無さそうだ。さらにリクライニングシートみたいに台の一部が斜めに動く作りになっている。


「姉小路旗希さんですね。ゲームクリアまでナビゲートさせていただきます」


診察台の隣に一人の女が居た。ナビゲーターにしては変な格好だ、食品工場で使われる顔以外の全身を覆うタイプのツナギ姿。顔もマスクを付けているため半分は隠れている。


「ご準備はよろしいでしょうか?」


「うっす、心の準備は出来てます」


「遺書の準備はお済みでしょうか?」


「へっ! タクマさんとのデートに、んな物騒なモンは要りません! あちきは昇天しねぇ!」


「その意気や良し、ですね。しかし、タクマさん関連品の前でイキるのは即堕ち漫画の1コマ目、というのが逃れられぬ真理。ゆめゆめお忘れなく」


不吉な助言を口にしてナビゲーターさん、略してナビさんは『タクマといっしょう』の遊び方を説明し始めた。





「『タクマといっしょう』は普通のVRゲームと比べて没入感がズブズブです。極上のリアリティは人々を悶え悦ばせますが、身体までプレイに混ざろうとビクンビクンするのが難点となります。本人が怪我をする分には捨て置きますが、機材を壊されては一大事。そのためプレイヤーは診察台の上で拘束させていただきます……と言っても緩めの拘束です。劣情を溜められても困りますので、両手は空けておきます」


「好奇心で訊くんですけど、多いんすか? その……プレイ中に盛っておっ始める人って」


「差し出された絶品料理に手を付けない人間が、いえ生物が居るでしょうか? それも、常時飢餓状態の生物が」


「あっ、ハイ。バカな質問してすんません」


「先日プレイした女学生なんぞシリアスな場面だろうが感動的なクライマックスだろうがお構いなくと四六時中両手を動かし悶えていました。いやはや大人しそうな子ほど性欲が凄い、とはよく言ったものです」


「ふ~ん」


知り合いの顔が浮かんだが、あちきはスルーした。




ビシィィッ!


「ひぃぃぎぃぃぃぃいい!!??」


突如、弾けるような音と悲鳴がプレイルームの壁を突き抜け聴こえた。

なっなんだ、臨戦態勢を取るあちきにナビさんは淡々と言う。


「隣室でAED……分かりやすく言えば、電気ショック装置が使われたようですね。軽い失神なら頬を叩きますが、心肺停止は大掛かりな対応になって手間になります」


ナビさんの目が電気ショック装置や色々な器具を載せた台車に向く。よくよく見ると、器具の多くは人を治すより人を痛めつける形をしていた。ムチとかトゲとか熱そうな鉄とか。


「姉小路さんも使いますか、電気ショック?」


「う、うすっ! あちきが天アゲしそうになったら遠慮なくやってください!」


「賢明ですね。若い方の中にはご自分の耐久力を過信して、ノーガードで3Dタクマさんに挑む輩も居まして。無許可の放電は趣味じゃありませんのに」


あちきは昇天しない。正確に言えば、あちきは最終的に昇天しない。


『タクマといっしょう』は真の意味で『死にゲー』だ。

はなっからノーデスクリア出来る代物じゃねぇ。プレイヤーは何度も何度も臨死体験を繰り返し、ゆっくりだが着実にタクマさんを攻略していく。電気ショック装置でリトライして、愚直に攻略対象との距離を詰めていくんだ。


当然、電気ショックの回数が増えれば身体への負担も増える。いつまでもこの世とあの世のシャトルランに耐えられる保障はねぇ。

やるぞ、残機があるうちにエンディングに辿り着いてみせる!





診察台の上で仰向けになって、ヘッドギアを装着する。

視界が白で覆われ、真ん中に『タクマといっしょう』とタイトルが映る。両耳からは波の音が流れ、ドッカンドッカンと爆心地化しているあちきの心臓をなだめようとしてくれる……へ、へへ、まったく効果はねぇけど。


「プレイ開始と同時に3Dタクマさんが現れます。出会い頭がもっとも危険です。しっかり身構えて死神が来ないようにしてください」


「う、うす!」


頼もしいナビさんの声に勇気付けられ、スタートボタンを注視す。



そして、あちきは。




『あなたが俺のプロデューサー? はじめまして、タクマです!』





うっ!?



心臓の鼓動を止めた。









「開始3秒で蘇生措置を取らせたのは、姉小路さんが初めてです」


「う、ううぅ」


やめてくれ、ナビさん。その珍獣を見るような目はあちきに効く。


「言うまでもありませんが、プレイ時間は無限ではありません。心肺停止ちえんこういを繰り返されますと、途中でプレイを止めてもらいます」


「ち、違うんすよ……違うんす。これは作戦なんすよ」


一旦ヘッドギアを台車に置き、診察台から離れて態勢とメンタルを整える。


「ほう、作戦? 聞くだけは聞きましょう。それは如何なる作戦でしょうか」


「ダチから言われていたんです。腕っぷしに比べてメンタルが貧弱過ぎるあちきじゃ3Dタクマさんに(ワイセツする意味で)手も足も出せず即イキが関の山――って」


「観察眼にけたご友人をお持ちのようで」


「だから発想逆転のアドバイスをもらいました。3Dタクマさんは身構えてもやって来るイキ神、まずは軽くひと逝きつき、タクマさんの催淫効果に身体を馴染ませようって――つまり、一回目の心肺停止は予定通りの準備運動だったんすよ! こっからが本番です!」


「ほーん、言うだけは誰でも出来ますよね」


やめてくれ、ナビさん。その心底信じていない態度はあちきに効く。





リトライだ。

ヘッドギアを付けて横たわる。


「通常でしたら中断時からの再プレイとなりますが、華麗なスタートドロップを決めた姉小路さんはタイトル画面から再開します。作戦が上手くハマる事を願っております」


ナビさんがすっげぇ棒読みの台詞を吐く。ちくしょう、見てやがれ! 生まれ変わったあちきの勇姿を!




『あなたが俺のプロデューサー? はじめまして、タクマです!』


うっ――――うおおおおおおっ!?


震え続けろハート! 燃え尽きない程度にヒート! 刻んでください生命のビート!


生のタクマさんと話した事もあんだろ。いくらプロデューサーとしてヨロシクOKだからって、造りモン相手に絶頂すんじゃねぇ!


ピキィっと張り詰める心臓を叩く。止まんねぇように全力で殴りつける。胸の骨が軋むけど知ったことか!?

劣情解消に使うはずの手を生命維持に使う、情けねぇことこの上ないがタクマさんのプロデューサーで在り続けるためなら!



『これからお世話になります。よろしくお願いします!』



3Dタクマさんが手を伸ばし、握手を求めてきた。


あ、こりゃどうもご丁寧に――――うっ!?



敗因は握手に応えようと、セルフ心臓マッサージを中断したこと。


あちきは昇天した。

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