セイソの地

隠し部屋にも棚が配置されていた。ラインナップは別物だ。

表側では難しい蔵書が並べられていたのに対し、こちらはタクマグッズのみの一点仕様。異常な量が病的なほど整理して保存されている。


数量限定品もご当地グッズも当たり前のように鎮座しているし、俺の記憶にないブロマイドもある。隠し撮りか?


棚の下段にある一升瓶は「タクマに酔っている輩をこれ以上ベロンベロンにするのはダメ絶対。そもそも商品名がアウト!」との理由で却下された『タクマの水』、発売中止になったはずじゃ?


中段のラックには映像ディスクが並べられていた。

こりゃ凄いな。

バラエティやニュースなど販売されない映像データが、空のディスクに焼かれ、お手製のラベルシールで装飾されている。ちゃんと観察しなければ公式版と勘違いしそうだ。


ディスクは番組ごとにしっかり分類されているが……なぜだろう?

『南無瀬モーニングニュース』の枚数が多過ぎる。


このニュースはアイドル活動初期から出させてもらっているレギュラー番組で、なおかつ毎日放送している。でも、俺の担当は占いコーナーだけだ。一日二分程度しか出番はない。

普通に考えれば2、3ヵ月分の収録時間でようやくディスク1枚になるくらい。それなのに、この枚数は……?


ご丁寧に表面のラベルには、放送日までしっかり記されている。

変だな。ディスクごとに収録日数が違う。4日分の占いが記録されたディスクがあると思いきや、7日分が記録されたものもある。占い一回あたりの放送時間は一定のはず、それなのになぜディスク内のデータを不自然に分けているんだ?


「……がぁ!……あっ……うそやん……そこまでやるの……」


時々有能になる自分の頭が憎い。

ラベルの日付を眺めているうちに察してしまった。


占いコーナーの収録は撮り溜め形式で行う。何日分撮り溜めるのかは、俺のスケジュールによって微妙に変わる。一週間分の時もあれば三日間の時もある。

占い時の俺は雰囲気作りに黒のローブを羽織っているため、放送回ごとに着替える必要がない。色々と省エネなコーナーなのである。


収録方式に気付けた視聴者が居たとして、んな事情を気にする人が居るのだろうか――居た、由良様だ。撮影日ごとにしっかり分けて『南無瀬モーニングニュース』を記録していらっしゃった。


仕事のスケジュールが細部まで漏れているのか。

それとも「あらあら? 今日の拓馬様……昨日から髪が1ミリもお伸びになっていないのですね。新鮮な拓馬様でないのが少々残念ですが……今日のデータは昨日と同じ場所に保存しましょう」

みたいな野生の観察眼で仕分けているのか。どちらにしてもヒエッる心を止められない。



「あれ?」


コレクター魂がほとばしる棚だからこそ不自然な点があった。

この棚はタクマグッズをコンプリートしていない。『ぎょたく君のぬいぐるみ』を始めとするのグッズが無いのだ。

良からぬ事への使用を禁じるため立体モノ、特に等身大グッズは希少ではある。けど、会員番号1を得るほどの人が取り逃すだろうか。

等身大と言えば、最近流行りの『マサオ様』が一切見当たらないのも不安だ。あれをタクマに改造して、大人の遊びに興じるのがタクマファンの常道なのに。




ぐっ、情報量が多過ぎて頭がパンクしそうだ。由良様が俺の大ファンである事実は脳髄にグッサリ刻まれた。

別の機会に別の場所でこの事実を伝えられただけなら、素直に喜べたかもしれない。

だが、俺は知ってしまった。清楚な御尊顔をした由良様の内面に触れてしまった。


どこかの神話で語られていたっけ……人の身に余る啓蒙けいもうは精神を崩壊させ、やがて発狂へ導くだろうと。


無知になりたい、性教育を受ける前の無邪気な自分に戻りたい。

そんな弱音が、部屋に入って最初に注目した壁の絵へ俺を導いた。



「…………ふぅ」


由良様が少女時代に描いたとおぼしき絵。子どもの絵は不思議だ。お世辞でも上手とは言えないのに、どうしてこんなに心をなごませてくれるのだろう。

たとえ壁一面を覆うほどの異常な数だとしても。たとえ描かれた片方の人物が『たくまさま』と入念に記されていたとしても。

良いじゃないか、由良様にもほのぼのとした少女の頃があった。それが知れるだけで、なんか救われた気分だよ。



「――――おや?」


なんか、おかしくね?


どうやら絵は描かれた順に貼られているようだ。

壁の端から横歩きに一枚一枚見比べると分かってしまう。画力がだんだん上がっていくのを、それ以上に対象年齢が上がっていくのを。


初期の絵では由良様らしき少女と『たくまさま』が距離を取って立つ。少女は手の届かない尊いモノのように『たくまさま』を眺めている。

だが中期へ向け、二人の距離は埋まっていく。やがて手を取り合う少女と『たくまさま』。

手の届かないモノに届いてしまった――あとは分かるよね?


少女は積極的だった。『たくまさま』に抱き着く少女、肩車に移行する少女、膝枕してもらう少女(枕に載せるのは後頭部と前頭部の2バージョン)。

なお、煌びやかだった『たくまさま』の服装はだんだん薄く淡白になっていく。余分なモノをぎ取って美味しい肉体へと至る、まるで獲物をさばく工程だ。


『たくまさま』の表情はずっと『たくまさま』であり、少女の表情はずっと『 ^_^ 』で変わらない。だからこそ絵が醸す異質は深まり、俺の正気を削ぎ取っていく。


変わらぬ表情と、変われる体位。


パンツ1枚の『たくまさま』に覆い被さってマウントを取る少女――壁絵の締めは、そんな構図をしていた。

壁に貼られた絵で『たくまさま』が全裸になっているものはなく、二人が抜き挿しの仲で描かれるものもない。


ぎりぎり全年齢は保たれた?

由良様は最後の一線を守ってくれた?


ああ、そうだ――に限定すれば。



入室した時から視界に入っていた。無意識に除外していた。悪い幻と思いたかった。


隠し部屋は一つじゃない。次の部屋に続く扉。

ライトで照らしても暗いままのドス黒い扉がある。


俺はその前に立った。


本能的に察する、この扉は境界線だ。レンタルビデオ店の暖簾のれんよろしく、大人と子どもの世界をかつ門だ。


今いる部屋には由良様の狂気を示すものはあっても、『肉食』である決定的な証拠はない。乳首さえ描かなければセーフな少年漫画の如きガバガバ判定だとしても、性的な意味では全年齢対象の空間なのだ。極めて刺激は強いので俺的にはR指定したいところだが。


『ぎょたく君のぬいぐるみ』など何故か置かれていない等身大グッズ。

マウントポジションで途切れた『少女とたくまさま』の絵。


ここが子ども部屋だとすれば、グッズの行き先も絵の続きも大人の世界にあるのだろう。




もう十分だ! とっくに先っちょは通過している!

決定的証拠は無くても、状況証拠が由良様の本性をズバズバ言い当てているじゃないか!

戻ろう! 由良様の帰還を待たずに南無瀬組の所へ帰ろう!

『不知火の像』へどう近付くかは明日考えればいい! とにかく毛布を被って寝てしまおう! 

じゃないと発狂してしまう、この場に一秒留まるだけで叫びたい衝動に駆られる! 俺はもうボロボロだ!



理性が訴える。本能もそうすべきだと追従する。



でも、俺はドアノブを回した。

本棚裏の隠し扉を開ける時は10分近く使ったのに、このドス黒い扉は自分でも驚くほどスムーズに開けた。



決定的証拠を欲しての蛮勇や知的好奇心で…………いや、軽はずみの動機ではない。


こいつはアレだ。

『毒を食らわば皿まで』というやつだ。


20年以上熟成された深く重い狂気に当てられ、俺は戦意喪失してしまった。

もうダメだ、おしまいだ、ここで逃亡に成功したとしても永遠に逃げられるわけがない……いずれは呑まれるのがオチだ。


どうせヤラれるなら……冥土の土産に、由良様の本気を拝んでおくのも一興よ。


この自暴自棄な行動に対し、理性から大きな反対はなかった。



きっと理性も分かっている――



だって、そうだろ――



ほら、さっきから――






外が、静かだ。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






三池拓馬、またはタクマ、あるいはたくまさま。


呼び方は数あれど元は一緒の俺が、たくさん。


引き伸ばされた写真が天井を覆い、その中で俺が微笑んでいる。仰向けに寝ればいつでも目が合うだろう。


壁に貼られた絵、すっかり向上した画力で描かれた俺がいる。

絵画は『たくまさま』が多いものの、最近の作品ではちゃんと俺の顔がそのままモチーフになっていた。

頬を朱くして、とろけた瞳で、涎を滴らせて、〇〇〇な俺が、成人になった少女と激しく××していた。



等身大ぎょたく君がいた。魚部分が摩耗していた。

等身大のタクマがいた。何体もいた。

『早乙女たんま』の衣装を着ている個体、南無瀬邸における部屋着の個体、そもそも上半身裸の個体、下半身が××になってぇてぇうる個体。


椅子に縛られた俺がいた。

ムチを持って佇む俺がいた、蝶マスクと〇〇〇〇〇の格好をしていた。

四つんヴァインになった俺がいた、なぜか口に××××××をハメていた。


棚には本が並べられていた。

何冊もあった。手作り感満載の同人誌ばかりだった。

小説と漫画のどちらもあった。

チラリと見えた表紙では、俺が〇〇されていた。


本以外にも道具があった。

マッサージ器もあった。先端の形が千差万別、どこをほぐすのか知りたくなかった。

用途不明の未来(逝っちゃってる)道具の数々からは早々に目を外した。


豪奢なベッドの中で、抱き枕と化した俺が添い寝の相手を待っていた。


畳の区域があって、高級布団と妖しい花柄の行灯あんどんが用意されていた。


見れば見るほどこの部屋は広く、この部屋でなければ収まり切れない煩悩が詰まっていた。


奥にはバスルームがあった。透明ガラスで外からも見えた。

バスルームには×××が敷かれていた。変な形の〇〇があった。

防水性の俺も完備されていた。




あらゆる欲望があった。

あらゆる愛があった。

あらゆるシチュがあった。


あらゆる俺がいて、あらゆる方法で〇〇されていた。


情欲の炎が染みついて、むせる。

性欲の根源が眠る場所、ここは『性祖セイソの地』と呼べた。





俺は発狂した。事実、喉元まで悲鳴は昇りつめていた。



しかし、叫びが発せられることはなかった。



俺の荒れ模様とは打って変わって――



背後から掛けられた声は静かで、落ち着いて、悲しい響きを帯びていた。





「……ずっと隠していましたのに……ずっと封じていましたのに……どうして開けてしまったのですか? ワタクシはもう……」

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