かける覚悟

北大路しずかさんは、すっかり改心していた。


「あらららら、なんてこと。マサオ様への信仰心がマグマのように高まって噴火しそう」


マサオ様に人生を捧げる意味はないとか、マサオ教は地獄だとか愚痴っておいて、舌の根の乾かぬ内に意見を翻す。清々しいほどの鞍替えっぷりだ。


「『マサオ様は私の夫』、昔からの宣言に従って私はマサオ様に寄り添わせていただきます……ね、タクマ様」


「ヒッ」


マサオ像に向けていた顔をこちらに回し、しずかさんが微笑んだ。

白き衣と淡い紅色の袴に身を包み、お団子でまとめた髪は煌びやかなかんざしで装飾されている。

二十歳ほどのクルッポーを持つ親にしては若過ぎる衣裳に思えるが。小ジワ一つなく艶やかなしずかさんには似合いの格好だ。

熟していながら瑞々しい。欲張りセットな彼女は、一定の層から絶大な支持を得るに違いない。

俺だって初対面時はときめいた……が、本性を知った今、「あなたは私の夫」と言われてもヒエッ一択だ。


「そこまででございます、しずか様。どうか御心を鎮め、現状を正しく認識してくださいませ。マサオはマサオ、拓馬様は拓馬様なのです」


おおっと、押しかけ女房りょうしゅを止めるべく由良様が立ちはだかった。清楚な背中の頼もしさと来たらどうだ、一万の味方を得た気分である。もっとも由良様なら普通に一万人分の戦闘力を秘めてそう。


「あら? あららら、由良様。申し訳ありません、私とした事が周りを見ておりませんでした。ご無礼をお許しください」


「落ち着いていただけましたか。でしたらワタクシと共に式典の収束を」


おや? しずかさんったら意外と素直だな? 領主ともなれば、肉食脳に犯されていても冷静な判断が……


「由良様はマサオ様の血を引く御方。同じ一族である由良様の許可を取らずに嫁入りするのは不躾でした。急いで支度金や書類の準備をしますのでお待ちを」


はぁ~~~~、知ってた。肉食脳は不治の病って知ってたよ。でも、ダメだと分かっていても希望にすがりたくなる時ってあるやん。夢見たってええやん。


「しずか様!」

走り去ろうとするしずかさんを由良様が呼び止めた。おしとやかな声質とは裏腹に、隠し(きれない)味の覇気で『降誕の間』の全員が停止する。俺は呼吸すら止まった。


「支度は不要です。ワタクシとしずか様の間には見解の相違がございます。互いの考えを照らし合わさなければなりません」


「これが男性家族からの洗礼。乗り越えるべき試練ですか……越えがいがあります」


「うふふふ、ワタクシが拓馬様の家族……しずか様ったらご冗談がお好きなのですね。今際いまわきわでもおっしゃりそう」


「あららら、気に入っていただけました? 家族交流としましては、まずまずの出だしでしょうか」


あららうふふ、領主同士が仲睦まじくって自分、涙いいっすか?


「――拓馬様」


「いぎぃ、な、なんでしょうか?」


急に振り返るのはやめてください由良様! それに見つめないで、ドキドキで心臓が止まりそうです。すでに心拍が不安定なんです、おたすけ。


「お約束してください。拓馬様はマサオではない、よってワタクシと拓馬様に血の繋がりはない。ワタクシと拓馬様はまだ家族ではないのです。誰に問われようと、誰に押し付けられようと必ず反論してくださいませ。よろしいでしょうか?」


「よろしいでござます」


俺は即答した。ただ生きたい一心で声を振り絞った。



「ありがとうございます」清楚なお礼を述べ、由良様は再び敵へと向き直る。

「しずか様、まずは現実を受け止めてください。隠されていた像を『マサオ』と断定するのは早計ではありませんか?」


「どういう意味です?」


「どういう意味も、像が拓馬様を参考にして作られたのは明らかです。常識的に考えますと、拓馬様がアイドル活動を始めてから作られたと見るべきです。普段の『降誕の間』は施錠され立ち入りが禁止されております。人目に付かないとなれば像を壁の中に隠すのも、年代物の布を用意して覆うことも出来ましょう……さらに、この像。数百年前の物にしては鮮明過ぎます。風雨に無縁だったとは言え、サビによる浸食が一切なく、拓馬様の端正な顔立ちがそのまま残るのは不自然でございます」


そうだよ(便乗)。

ファンタジー色を排せば、由良様のご推察は理にかなっている。マサオことヒロシが過去に行って、俺の像を彫った。と言われるよりずっと納得のいく主張だ。

さすが由良様! 清楚な見た目に聡明な頭脳。天は二物を与えるんだなって……三物目なんて無かったんや(由良様の拳から目そらし)。


それにしても像が鮮明過ぎるのは何でだろう? 製作者・ヒロシの執念が起こした奇跡か……うっ、やめよう。深く考えたら呑まれる。


「あらららら、中御門の領主ともなれば現実主義になってしまうのですね。夢のないこと」


「夢想にふけるのは自由です。しかし、他人を巻き込んではいけません」


「手厳しい……ですが、私とて領主。根拠のない妄想でタクマ様を神には致しません。こちらへ、台座をご覧ください」


しずかさんが台座の一点へと案内する。由良様は眉を顰めながら、俺はみぞおちを押さえながら従う。嫌な予感しかしない。


果たして台座にはこう彫られていた。


『最高のアイドル マサオ』


「マサオ様はご自分の作品のどこかにタイトルを付ける事がしばしばありました。この像は間違いなく『マサオ』様自身をモチーフにしているのです! しかもタクマ様と同じく『アイドル』を自称しておられます。やはり『マサオ様=タクマ様』は確定的に明らか!」


ヒロシィィィィ!! お前って奴はぁぁぁ!!

遠い昔から正確無比なスナイプショット、逃げ道を塞ぐんじゃねぇぇぇぇ!!


「……って、ちょっと待ってください!」

俺は声を上げた。まだだ、まだ脱出ルートは残っている!


「この文字をマサオ様本人が彫った証拠はありません。愉快犯が俺を引き下げようと……ん、この場合は引き上げようと? まま、とにかく別人の仕業ってことは――」


「それは無いですね」


「あっ、ない(消沈)」


「台座の側面をご覧ください。マサオ様のサインが彫られております」


しずかさんの示す所を注目すると、筆記体のような一筆書きで何か書かれている。読みにくいが……これは不知火群島国語で『ヒロシ』か!


「マサオ教が成立する前の作品では、マサオ様の本名がサインされていました。同年代の作品と筆跡を比較すれば本人の物だと判明するでしょう」


ヒロシィィィィ!! 馬鹿野郎ぉぉぉ!!

時を超えるナイスセーブ、数百年前から俺の思考を先読みするんじゃねぇぇぇぇ!!


「で、でもですね! 愉快犯がマサオ様の筆跡を真似たってことは――」


「それは無いですね」


「あっ、ない(絶望)」


「見る人が見れば、筆跡や彫圧から真偽は分かります――それに、マサオ様像を測定すればハッキリします」


「そ、そくてい?」


「石像ですので放射性炭素よりは……X線で鉱物粒子を分析して……こほん、測定法は専門家に任せましょう。マサオ教ではマサオ様作品の保護・鑑定をしていますので、研究所や大学に伝手つてがあります。そこに年代測定を依頼すれば、マサオ様像が一年そこらで作られた物か、悠久の時の中でマサオ教を見守っていた物か明確となります」


そんなのアリかよ!? いきなり正攻法で潰しに掛かるのは反則だるぅぅぉ!


あたふたする俺とは打って変わり、由良様は涼し気な面持ちを保ち反論した。


「仮に像の制作がマサオの生きた時代としましょう。マサオが拓馬様と見分けが付かないほど似ていたともしましょう。ですが、所詮は他人の空似。『マサオ=拓馬様』を唱えるのは荒唐無稽と言わざるを得ません」


「荒唐無稽……あららら、やっぱりご冗談がお好きなのね、由良様」


しずかさんは意味深に笑う――と。


「はっはははは!? 異な事をおっしゃる! 分かりきっているではないか、像がタクマ様に似ているのは、タクマ様がマサオ様の生まれ変わWryyyyyy!!」


クルッポーだ、舞台へ這い上がろうとしている。おのれ健在だったか! 

巫女服が破れに破れ、肌が露わなクルッポー。が、全身が傷や血で酷いことになっておりまったく興奮出来ない。ただただ狂気だけがグレードアップしている。


「それに! タクマ様はマサオ様の日記が読める! それこそお二人の魂が同一だと――あっ」


言葉途中でクルッポーは信者たちに引っ張られ、舞台下へ再び消えて行った、南無。



「あらららら、誰にも解読不可能だった日記をタクマ様がお読みに」


しずかさんが嬉しそうに詰め寄って来る。

クルッポーめ、余計な断末魔を!


「ワタクシの目の黒いうちは、拓馬様へ指一本触れさせません。人間が書いた文章であれば、人間に解けないはずはない。しずか様、道理に合う議論を致しましょう」


「道理? それに先ほどの荒唐無稽と言い、由良様には付き合いきれませんね。本当はご存知なのでしょう――」

不敵な微笑を浮かべながら、しずかさんは強く断言した。


「タクマ様なのですよ。立てば発情、笑えば心不全、動く姿は絶頂モノ。存在自体が荒唐無稽なタクマ様を、道理や常識で論じようとは愚の骨頂! お話になりません!」


「えぇ……」


なんだよそれェ……由良様、あんな滅茶苦茶な主張はスッパリ論破しちゃってくださいよ。


「――くっ、そう来ますか」


「えぇ……」


由良様ったら痛い所を突かれたお顔をなさってる。マジかよ、それほど鋭い一撃だったの?





危険な流れである。

しずかさんの頭では『マサオ様=俺』の関係式が固着しており、崩すのは困難だ。

論戦したところで禁じ手『タクマ様なら超常現象を起こしても不思議じゃない』を用いるのだからタチが悪い。

最も恐るべきは、タチの悪い思考はしずかさんだけの特別製ではなく、マサオ教信徒の多くが持ってそうなことだ。


しずかさんの精神操作に成功したところで万事解決にはならないだろう。


どうする、どうすれば神と化さずに逃げられる?

思いつくのは歌だ。

しずかさん曰く『荒唐無稽』な俺による歌で、この場に居る全員の頭の中をかき乱してやろうか。ついでに生放送を利用して不知火群島国の人々も……ってヤバいだろ! 国家規模のテロじゃないか、一つ間違えれば国が終わるぞ。


歌は強力だが短時間しか効果がなく、その効果も俺の狙いから外れやすい。

残念だが別の方法を………………ん、歌と言えば。


「――っ!」


思い出した。北大路領を訪れる前のことだ。

いい加減歌手デビューしたかった俺は、なるべく被害の少ない歌を模索すべくモニター試験を開いた。

そこでモニターの方々に聞かせた歌のテーマは――



イケるかもしれない。

あの歌ならば『マサオ様=俺』の関係式をぶち壊してくれるかもしれない。


だが、無傷では済まないだろう。

大勢の前で自分の像を降臨させた罪は重く、絶望的な窮地から脱するには『死ななきゃ安い』の精神で立ち向かう他ない。


今後のアイドル活動において大きな障害になるだろう。

しかし、これしか方法が思いつかないのだ。すぐ暴走してしまうポンコツな頭ではコレが限界なのだ。

だったら、覚悟を決めようぜ。もうガンギマリにはなれないけど、今できる精一杯の覚悟で進もうぜ。



「皆さん! 俺の話を聞いてください!」


内心を恐怖で染めながらも観客席に向かって語り出す。


「タクマ様?」

「……あぁ、拓馬様」


疑問と嘆きの反応を示す領主二人を背にして。


「告白したい事があります。どうかご清聴をお願いします」




このやり方にしかない……少し違うか、このやり方に×かけるしかないんだ。



『マサオ様=俺』を『マサオ様≠俺』にするのが至難ならば。

『マサオ様×俺』で勝負だ……ううぅ。

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