国教レ〇プ


『不知火群島国・航悔記 48巻』(北大路邸にて保管中)より抜粋――その1




8月20日 快晴


昨日はセンパイの像が完成した嬉しさで、年甲斐もなく転げまわってしまった。

田町家の皆さんから「ああぁ、ついに心が壊れて……」と誤解を受けたが、些細なことだ。


私の会心作であり、今後芸術活動を続けようともこれに優るもの無しと断言できるセンパイの像。

この像には制作者の私にも理解できない超常の効果があった。

田町家の方々にお見せしたところ、

全員がしばらくの間、解脱を果たし、しかる後にそれぞれ別の恩恵を授かったのである。


私のお世話係を務める旦那さんは持病の腰痛が完治し、

奥様の方々は精神の安定や筋力の向上、視力の回復など患っていた部位を改善させた。

そして女性陣に共通して見られたのが性欲の高まりであり、昼間だろうが関係ねぇとばかりに旦那さんは拉致され寝室へ連れて行かれた。

治ったばかりの腰が耐えられるのかは神のみぞ知る。


神と言えば、像から迸る神気が人々に好影響を与えたのだろう。

私の技が像に神を宿らせた、などと自惚れはしない。

像はセンパイをモチーフにしているのだから、神気が宿るのはむしろ当然と言えるのではなかろうか。

仏像を購入した際は『魂入れ』の儀式を行い、手を合わせるにふさわしい対象とするらしい。

だが、センパイの像ともなれば儀式不要で人々が勝手に手を合わせるのだ! さすがですセンパイ!



しかし、一つ困った事になってしまった。


田町の旦那さんに像の名前を尋ねられた時だ。


「この御方こそ神のごときアイドル、拓ま……ではなくて! 今のは、ったくマ……サオ、と言おうとしたのです。そうです、この像の名前は『マサオ』です!」


なんだマサオって?


自分の迂闊さに頭を抱え込んでしまう。

センパイの名前を出すのはまずいのに、別の名前を考えていなかった。


センパイはこの世界の救世主にしてアイドルだ。

いずれは降臨なされて、アイドル活動で世界を大いに救済してくださるだろう。

そんな救済予定の世界に、センパイと同じ名前の像が存在するのは非常によろしくない。


センパイは偶像アイドルである前にアイドルなのだ。

手を合わせるのではなく、手を振って応援すべき御方なのだ。


咄嗟とっさに『マサオ』と名付けてしまった自分のセンスに絶望しつつ、

命名理由を適当に考えるとしよう。

ここはストレートに『正しき行いをする男』、略してマサオ……みたいな?











『不知火群島国・航悔記 48巻』(北大路邸にて保管中)より抜粋――その2




10月2日 雷



っべっべやっべ!

日記の文体が変わるほど、やべべ!


由乃にバレた。

マサオの存在がバレた! 田町さん経由でバレた! どないしよ!?


マサオの正体までバレたら、センパイの像を破壊されてしまう!

俺の「センパイ、センパイ」を聞く度に由乃は庭にクレーターを作る。ワンパンで耕す。

由乃の力は抱える闇の濃さで増していく。化け物染みた世界の中でも由乃は別格だ。間違っても嫉妬に狂わせてはいけない。


センパイへの感情はあくまで敬愛で、俺の愛は由乃の物だよ――って説得を繰り返しているんだけど、効果は薄い。

まさか見透かされているのかな……敬愛も愛の一種で、欲望が混入しているってことを。

まあ、センパイだからね。性別なんぞ超越する魅力を発しているからね、欲を持つのは仕方ないのだ!


とりあえず、マサオとは今度作る団体の宗教ネームと誤魔化したが、いずれ真相は見抜かれるだろう。

今のうちだ! 俺が引きこもりを止めたってことで由乃は甘判定モードにある。行動するなら今しかない!


田町家に口止めして、それと非常に残念だがセンパイの像を隠そう。

本当に無念だ。もっとセンパイの像をでたり、寝食を共にしたかったのに。


あわよくば、いずれ降臨するセンパイに「俺の気持ちです」って像を見てほしかったのになぁ。

あっ、ダメだ。名前問題と同じだ、センパイそっくりの像があったらアイドル活動の邪魔になってしまう。

どのみち隠すしかない。


それが分かっても残念さは消えない。

せめて、こう、なんか偶然が重なりまくって、たまたまセンパイが像を発見してくれないかな。

そしたらセンパイはビックリして、でも俺の想いを察して感動してくれるんじゃ……おっ、この妄想は追求の必要性があるな。

もっと深掘りすれば一週間分のオカズになりそうだ、いいぞこれぇ。





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★





マサオ様の像を見たまま、俺は硬直した。

表情は「神の如きマサオ様のご降臨です!」のドヤ顔のまま微動だに出来ない。



だが、内心は――




何やってんだぁぁヒロシィィィィィ!!!

おまっ! おまえっ! 段取りが違うじゃねぇかぁぁぁ!!


なんで俺がモチーフになってんだよぉぉ!!

しかもクオリティ高い! めっちゃそっくりで他人のフリが出来ねぇぞ!


ちょ待てよ! ヒロシは肉食世界に来て10年経ってから像を作ったんだよな!?

なんで10年も会ってなかった俺の顔を完コピしてんだよ! 怖ぇぇって!

衣服も最後に会った時のを完全再現しているし、俺はお前が分かんないよ……




俺の精神は限界に来ていた。風が吹けばチリのようにかき消えるほどボロボロだ。

現状をハッキリ理解したわけではないが、致命的にやっちまったのは分かる。全身の震えやジョニーの縮小っぷりが教えてくれる。


マサオ教の総本山の中心にて、信徒や中継越しに観る国民の前で、自分の像を降臨させた。

どう考えても詰んでいる。

頼みの南無瀬組はいつものように壊滅しており、周りに味方はいない。この窮地に取るべき行動は――




「……ふっ」

これしかないよな。


ようやく再起動した俺は軽やかな手つきで布を拾い上げると、ファサッと像に覆い被せた。

衆目からマサオ像を見えなくしてっと。


んで、取材陣に向かって指示を出す。


「マサオ様は見世物じゃありません! なにイヤらしく撮影してんですか! 不敬です、はいはいカメラ止めて!」


続いて会場全体に響くよう声を張った。


「マサオ様はお疲れなので記念式典はここまで! 終わり!! 閉会!! 以上!! みんな解散!!」


ええぇぇ、と周囲から不満の声が上がる。が、だから何だ! 俺は限界なんだ! 後先考えずおうちに帰らせてくれ!


「あの……拓馬様、それはあまりに強引では?」


「うっ」


振り返ると、由良様が立ち上がって俺をじっと見つめていた。

やんわりとした御言葉だが、少し怒気も含まれている。そらせっかくの忠告をガン無視してやらかした自爆野郎には、ふさわしい態度かもしれない。


「俺も無理筋だとは思います。でも、今日はもう帰って寝たいなって」


「帰巣本能全開のお顔をなされても、何も解決致しません。ここで像と拓馬様の御関係をご説明しなくては問題は更に拗れてしまいます」


舞台上の俺にしか聞こえない声量で、けれど嫌でも耳に入る声で由良様は言う。


「説明って言われても……マサオ像は覆いましたし、無かった事に出来ませんか?」


「拓馬様と瓜二つの像は生中継で全島放送されてしまいました。誰しも無知だった頃には戻れないのです」


ちくしょう、情報化社会め!


「うう、一体どう説明すれば……」


ヒロシの真意は分からないし、なんか分かりたくないし。実は俺とマサオ教の開祖は先輩後輩の関係だったんだよ! ってファンタジーな解説をしろと言うのか。国民の皆様はそれで納得してくれるのか。いやぁ、キツイっす。


誰か代わりにそれっぽい説明をしてくれないかな……と他人に頼ったのが悪かったのだろうか。





「ふっははははぁぁ!!」


タガ外れの高笑いと共に『降誕の間』の扉が激しく開く。

奴だ、水を得た魚よろしく神を得た狂信者クルッポーが現れた。

くそっ、忘れてた。反マサオ教のしずかさんや陽南子さんは行動不能にしたけど、クルッポーはフリーだったのだ。


「なにを謙遜しているのですか! 伝説の像を降臨させた段階で、タクマ殿……いや、タクマ様の威光はあまねく民に降り注ぎましたぁ!! 最早、あなた様の神秘を疑う愚か者はおりません。ささ、御心のままに振舞ってくださいませ!」


クルッポーはホップ・ステップ・ジャンプで舞台上まで跳躍した。地球人感覚では人間離れした動きだが、マサオ像に掛かった布を回収し「あはぁぁぁ!! 石像になっていてもマサオ(タクマ)様の温かみが小生には伝わりますぞぉぉ! やっべ、たまらんですぅ」と、顔面から像を抱きしめにいくクルッポーを見ていると、人外行動の一つや二つどうでもよく思える。


「……拓馬様。そこのシャバ嬢、片付けますのでしばし目を閉じていただけませんか?」


「ヒエッ!? ま、待ってください。由良様のお手を煩わせるほどじゃありません、ここは俺が何とかしますから!」


ちょっと目を離した隙に由良様がまた闇属性になっとる。ゴゴゴゴッと大気をお震わせあそばされているし、このままでは全島生放送の場で、領主が別の領主の娘をボコボコにして大問題になってしまう!

由良様が動かなくてもクルッポーの暴挙に、観客はブチ切れ寸前だ。早く狂信者を処理しないと舞台が荒れて収拾不可能になる。


「あ、あのクルッポーさん。他の信徒さんや、由良様(小声)が殺気立っていますし、像と戯れるのは止めましょ」


「あひぃあひぃこの大胸筋が神……あう……あっ……感じる、脈動が小生をたきゃめる……あふぅっ……」


ダメだ、こいつ……いっそ舞台から突き落として、怒れる人々の手に掛かってもらおうか。

割と真剣にクルッポーの排除を検討していると――




「ふん!」


突如として舞台に上がった人物が、クルッポーの首根っこを思いっきり掴み。


「はぁっ!?」

そのままフルスウィングで舞台下にぶん投げた。地球人感覚では人間離れした腕力だが(以下略


「ひぃわぁぁ……ぐべっ!?」

トリップに励んでいた狂信者が抵抗できるはずもなく、クルッポーは頭から舞台下に堕ち、待ち構えていた信徒たちから熱いを受けることとなった。


「神を前にして盛るなど信徒として、いえ人間としてなってないわね、まくる」


「どうして……ここに……しずかさんが!?」


乱入者はクルッポーの母にして、マサオ教の背信者・北大路しずかさんだった。娘を死地に送ったのに、とてもスッキリした表情である。

いやそれより何故にしずかさんが? 愛殿院で拘束して、逃げ出さないよう南無瀬組が監視を……あっ。


「不思議なことに南無瀬組の方々が全員気絶していたので、その隙に仲間が助けてくれたのです」


三十分前の俺をぶん殴りたい、覚悟完了していれば何をしても許されると思い込んでいた馬鹿野郎をタコ殴りにしたい。


「愚を極めた私ですが、タクマ様の慈愛によって『目覚め』ました」


「いぃ、め、目覚め?」


「おっしゃったではありませんか。無知で浅はかな者でも『目覚める』ようお見せになると。絶対正義、空前絶後、温厚篤実な偉大なる『神』を……」


誰でもいい、タイムマシンを至急寄越してくれ。しずかさんをテレビのある部屋へ移送させ、神を見せてやるとキメ顔で言い放ったクズ野郎を消去してくるから!


「ああ、マサオ様がこれほど神々しい御方だったとは……まさしく神……うふふふ」


マサオ像を見るしずかさんからは、背信の気配は一切ない。どうやら心を入れ換えてくれたようだ……余計なことを。

マサオ教と反マサオ一派がぶつかり合って対消滅する――なんて都合の良い結末は迎えられそうにない。


考えなくては! 上手いこと言い逃れしなくては!

そうしないと、国教にレ〇プされてしまう! 人間としての尊厳を奪われて、神に昇格してしまうぞ!

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