【修正か、再誕か】

「殿方に男性施設へ招待されるとは、テーマパークに来たみたいでテンションが上がるでござるなぁ~」


愛殿院への道すがら、ヒョウヒョウとした振る舞いの陽南子だったが。


「陽南子さん、ようこそいらっしゃいました」


愛殿院の食堂にて待ち構えていた拓馬君を目にして、


「ぬッ!?」


余裕の態度をかなぐり捨ててファイティングポーズを取った。

陽南子の中に流れる南無瀬の血が拓馬君の危険性を感知したのだろう、安易に『ござる』していたら命が危ういと。


素晴らしき生存本能。だけど、陽南子……遅いの。愛殿院に入ってしまった時点で、あなたの命脈は断たれてしまったのよ。


「そんな所で戦闘態勢になってないで座ってください。陽南子さんはゲストなんですから」


「ま、待つでござる。拙者は用があると聞いて馳せ参じた次第。まずは用件を! 拙者が怪しいとかスパイとか尋問する気で呼んだのでは?」


「尋問……でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。 重要なことじゃない」


「ござぇぇぇ! それ以上、拙者に近付かないでくだされ!」


凄い、あの陽南子が防戦一方だなんて。とんだヘタレ女郎っぷりだ。


「ここは食堂ですよ。腹に物を納めなければ用件もへったくれもありません! さあ早く席に着いて!」


「ご、ござるりゅゅぅぅ!?」


知能バトルや心理戦なんてクソ喰らえ、と言わんばかりに拓馬君はヘタレの腕を掴んだ。羨まっ!

陽南子は強引に引っ張られ、二人用の小さなテーブルに座らされる。


拓馬君ったら時間がないにしても順序を端折り過ぎじゃない? 見ているこっちがムカムカ……じゃなかった、ハラハラしちゃう。


「有無を言わずに食べてください。お残しは許しませんから」


反対側の椅子に座って、陽南子と相対する拓馬君。

二人のテーブルには一品の料理が置かれていた。


「こ、これはシリアルバー……でござるか?」


「いかにも。形は悪いですし、味も保証しません」


拓馬君の正直者っ!?


「ですが、俺が丹精を込めて作りました、たんたんとした精的な思いが含まれています」


「あいええっ!? タクマ様の手作りにして精作り!?」




「あっ、とうとうござるから『ござる言葉』が外れましたよ。じゅるっ……それに『様』付けまでして、タクマさんへの狂信面が浮かび上がってきたね」


「じゅぶぅぅ……変な造語まで喋り出した。稀によくあるタクマ中毒者の症状」


少し離れて控えるダンゴたちが解説を挟む。冷静に観察しているようで、涎が止まることを知らない。



時に南無瀬組を、時に仕事仲間を葬ってきた拓馬君の料理。

凶器にして狂喜の一品で、陽南子から抵抗力を奪い拘束する――そういう作戦になっている。生命力まで奪うかもしれないけど、その時はその時で。


今回、執行者シェフが選んだ料理はシリアルバー、穀物の菓子だ。

選定理由は単純明快、短時間で調理できるから。

レンジでチンしたマシュマロと穀物加工品を混ぜ、それなりの形に整えて、冷蔵庫で数分冷やすだけ。

たったそれだけの工程で、昇天料理を作るのだから拓馬君の腕はピカイキだ。



「陽南子さんのために作りました。後先考えずに口に入れてくれると助かります」


「ふのぉぉぉ……見た目は不格好なシリアルバーなのに、食欲を抑えられないっ!? どう見ても罠ッ! 食べちゃいけない、もとい食べたら逝く! そうなったらタクマ様を唯一神にする計画が!?」




「無理に与える必要なくない? ござるの化けの皮はもうポロポロだよ。代わりにあたしが食べて円満解決にしよっ」

「半分は同意で半分は高らかにNG。余った料理はこのあとスタッフが美味しく食べたていにするべし」


なに馬鹿言っているの、あのダンゴたちは! もしシリアルバーが残ったら私が頂く腹積もりなんだから!


「そう言えば陽南子さん。一つ、お耳に入れたい事があります」


「私は負けない! なにを言われようとタクマ様のためにタクマ様にハメられるわけには……物理的にハメられるのは大歓迎ですけど!」


「そう抗わないでください。俺の料理は定期的に南無瀬組へ提供しているものです。組員さんはもちろん、妙子さんや陽之介さんもちょくちょく口にしています」


「……組員さんや……お母さんと、お父さんも?」


「はい! 皆さん美味しいと言ってくれたり、物言わぬ屍になってくれます」


瞳孔を開いて驚愕の表情になる陽南子に、拓馬君はあっけらかんと言ってのけた。


え……え……えげつないにも程があるわ!!


かつて東山院で大事件を引き起こした陽南子。

その動機の一つは南無瀬組への嫌がらせだった。

自分がお見合いで苦労している間に、南無瀬組は拓馬君を迎え入れ、一つ屋根の下でハッピーに暮らしている。自分だけをけ者にして……


身勝手な八つ当たりだ、と斬って伏せることは出来ない。私もお見合い指定校で過ごした身だ。もし、陽南子と同じ境遇になったら南無瀬組を恨まずにはいられないだろう。


そんな陽南子の心の急所を、拓馬君はピンポイントで攻めたのである。これをえげつないと言わずには何と言う。


天からの恵みを授けるように、拓馬君は優しく染み渡る声色を出す。


「陽南子さんにはこのお菓子を食べる立派な権利が……むしろ義務があるのです。なにを躊躇することがあります? 当然の顔をして平らげてしまえばいいのです。それがあなたのタメなのです」


「お、おおお……おうぉうぉ……」




「陽南子氏、陥落確認。これは性根まで堕ちてる」

「タクマさんってタクマ教に台頭してほしくないんだよね? 今のどう見ても新興宗教勧誘ムーブじゃない?」


ほんとそれ。




こうして、陽南子は感涙に咽びながらシリアルバーを口に入れ、


「うふにゅぐっっ!」


えも言えぬ幸せな表情で気絶した。




「陽南子さん? 陽南子さん!? 弱りましたね、満足して眠ったみたいです」


「しゃーない。拓馬はんの手作り食べて、シラフでいられるわけない」


「あぁ~! 全部食べちゃってますよぉ。気を失いながらも完食とはアッパレ」


「このままテーブルに突っ伏させるのは不憫。別室に寝かせるべき」



陽南子の亡骸を前にして私たちは気の抜けた会話を交わす――――が、それはあくまで声だけ。身体は機敏かつ迅速に動き始めた。


ダンゴや組員さんらが不自然な音を立てないようにして、陽南子をボディチェック。マントのような一般信徒用の宗教服をまさぐり、あるいは金属探知機を用いて次々と盗聴器を回収していく。盗聴器は南無瀬組員の商売道具、扱いは慣れたものだ。


拓馬君を「タクマ様」と崇めていた時点で明らかだったが、やはり陽南子はマサオ教の反対勢力に属していた。

そんな彼女が着の身着のまま南無瀬組のテリトリーに入るわけがない。十中八九、盗聴器のたぐいを隠し持っているだろう、と予測していたらビンゴだ。


「えーと、どこかに寝かしましょうか?」


「ふむ、館内見取図を確認。一階の奥に休憩室がある模様」


「うぐぐぐっ! 母親より小さいとは言え、ござるったら大柄ですからね。運ぶのが大変ですよ」


聞く分には陽南子を介抱しているように思えるだろう。

実際は違う。盗聴機は一か所に集められ、環境音が鳴るスピーカーと共に保管する。

これで反対勢力のヤツらは、陽南子が寝かしつけられただけだと誤解するだろう。


陽南子本体の方は、一昨日に男性らが合唱練習に使った音楽室へ移送した。ここは愛殿院の中でも特に『防音』を意識して作られている。室内でどんな悲鳴や物音が上がろうとも外には漏れない。



「うぅぅ……ぅぅ……」


早くも目覚めの兆候を示す陽南子。

苦痛そうに呻いているのは床に転がされているからと、身動きが取れないようロープで手足を縛ったからだ。


「拘束は一にも二もロープが大事。監禁対象に引きちぎられる軟なモノはダメ、絶対」


「経験者の静流ちゃんが言うと説得力があるよね。三池さんの半裸説得がそんなに良かったんだ? ちなみにあたし、まだ根に持っているから」


「わ、忘れてどうぞ(震え声)」


そんなわけで、使うのはただのロープじゃない。林業や山岳救助に用いられる特殊ナイロン製だ、さすがの陽南子もミノムシ状態から逃れることは出来ないだろう。



尋問準備が終わったところで、拓馬君が言った。


「皆さん、ここからは俺の仕事です。危険ですから部屋から出てください」


「せ、せやけど、ほんまにええんか?」


尋問は拓馬君のみで行う。あらかじめ打ち合わせで決まっていることだけど心配だ。


「そうです! せめてダンゴは付けるべきです!」

「密室、男女二人、縛りありのアブノーマル、何事も起きないはずがなく」


「すぐ情報を得るため無茶をします。見物すると精神汚染を受けるかもしれませんので、ご自重ください」


「い、いったい何するん!? 転覆系女子な陽南子やけど、まだ南無瀬の次期当主って肩書があんねん。命だけは勘弁したってや」


「大丈夫。俺はアイドルです、誓って殺しはやりません」


ダメそう。


「陽南子さんには種類の違う刺激を秒間隔で与えて、脳の麻痺 & 活性化を図ります。起床と就寝を無理矢理かつハイテンポで繰り返すようなものですね。多少健康を害するでしょうが、陽南子さんの逝き値は把握していますので最後の一線は守りますよ。適当なところまで疲弊させて思考力を奪い、尋問に移ります」


エグッ!? ある意味、命を奪うよりエグイわ、拓馬君! 


「よいしょっと」


ドン引きして固まる周囲を後目しりめに、拓馬君は陽南子の傍にリュックを置いた。

北大路邸からの借り物で、陽南子から情報強奪するための『刺激』がいろいろ用意されているらしい。

リュックの口はしっかり閉められているのに、タクマニウムが溢れ出ているように見える。香ばしくも恐ろしい残影。リュックの中にはどれだけの濃縮タクマニウムが……ゴクリッ。


「それじゃあ皆さん、処置しますので部屋の外でお待ちください」


かくして尋問部屋と化した音楽室には拓馬君と陽南子が残り、私たちは待機を余儀なくされた。






★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★





拓馬君の言う「手早く」は五分間を指しており、それは陽南子が壊れてゲロるまでの時間でもあった。


音楽室の扉が重々しく開いて、やるせない顔の拓馬君が出てくる。


「終わりました」


「拓馬はん! ひ、陽南子は……陽南子の様態は?」


「……全力を尽くしましたから、残念ですが……」


手術後の医者と患者家族の交流をなぞりつつ、私は音楽室の中へ視線を向ける。


「うっ!?」


床に白いモノが横たわっていた。

よく見れば、音楽室の白いカーテンが外されて『ナニか』を隠すように覆っているのだ。まるで、亡くなった人の尊厳を守るかのように。


「度重なる刺激のせいで、陽南子さんの表情筋や汗腺が凄いことになってしまって……彼女には悪いことをしました」


珍しく覚悟ガンギマリ拓馬君が悔やんでいる。あっ、そういう感情は残っていたんだ。



「陽南子氏への処置については、後々実践で教えてもらうとして。タクマ氏、首尾は上々?」


「聞くべき事はあらかた聞けました」


「優秀なダンゴには尋問耐性が必要だと思います! 今回の件が完結したら、教育の一環としてあたしも尋問してください!」


「考えておきます」


くっ、ダンゴたちに先を越された。私も後学のためとか言って尋問を予約しなきゃ!



「ともあれ陽南子さんを犠牲にした甲斐はありました。ここで強硬策に出ていなければ、反対勢力の台頭を許した事でしょう」


「ってことは、ヤバい状況なん? 奴らは式典中に仕掛けてくるんか!」


「まず間違いなく。陽南子さんは陽動だったんですよ、あからさまに怪しい素振りを見せて俺たちの注意を向けさせるための。その隙に『性弱せいじゃく』を中心にした仲間が計画を遂行する手はずになっていたようです」


「せいじゃく?」


「コードネームです。性弱はマサオ教や北大路家の深い部分に関わっていて、俺たちの考えや動きは筒抜けになっていました。ちくしょう、思い返してみれば彼女はマサオ教には厳しく、俺には甘かった。やられましたよ」


拓馬君が眉間に皺を寄せて、怒りを吐き出した直後――





「あらららら、こちらにいらっしゃったのですね」


穏やかな声と共に彼女は現れた。


北大路家の現当主にして、マサオ教の現代表――北大路しずかさん。

娘のクルッポーとは異なり、常に余裕と気品に溢れた為政者である。


シンプルな白衣と袴に、豪奢な飾りをふんだんに付けている。現マサオ教代表の式典用礼服なのだろう。


「しずかはん? なんでここに? ええんですか、式典中やのにこない場所へ?」


「はい。式典が第二部に入りまして、しばらく私の出番はございませんので。それより今、由良様が頑張って『由乃様』を演じられておられます。一番見てほしいはずのタクマさんが不在では由良様がお可哀想でしょ。老婆心ながら不憫に思い、私がタクマさんを呼びに参ったのです。ああ、場所はまくるから聞きました」


「はぁ、そうなんでっか」


ゆったりとした口調ながらも勢いのある説明セリフに思わず肯く。

だけど、忙しい式典の真っ最中にマサオ教の代表が持ち場を離れる理由がそれ? 部下を派遣するか、私たちに電話一本すれば済む問題では?


「さあ、タクマさん。ご一緒に会場へ向かいましょう」


親切と強制力の含まれる誘いに対し、拓馬君は。


「俺は迷っていました。今のマサオ教とどう接すればいいか」


「タクマさん?」


「今のマサオ教は、創始者であるマサオ様の想いを完全に受け継いでいるとは言い難い。ですが、人間は一人一人違うものだから完全コピーは不可能というもの、多少は仕方ない。そんな両極の考えを抱いていました」


「あの……タクマさん? 由良様がお待ちですよ」


「マサオ教を緩やかに修正するべきか、一旦ぶっ壊して再誕させるべきか迷っていたんですよ……数分前まではね」


しずかさんの呼びかけを無視して独白する拓馬君。

私は腰を入れて臨戦態勢に移った。ダンゴたちは言うまでもなく、他の組員さんらも同様に。

この場で困惑しているのは『北大路しずか』だけとなっていた。


「な、何をおっしゃりたいのですか?」


「今のマサオ教をどうするべきかハッキリしました。コレは完膚無きまでに壊さなければいけないって」


ようやく会話が成立したところで、拓馬君は言い放った。


「なにしろ。そんな歪な組織は完全浄化しないとマサオ様に顔向け出来ません!」

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