阻めない流れ

「ゆ、ゆ、由良さま、遠い所をようこそいらっしゃいました! ま、まずは旅の疲れを癒しましょう! 北大路邸のお風呂は小生的に激推しなのでご入浴くださいませ、割と長風呂で!」


「うふふふ、ありがとうございます。ですが、明日の式典に向けて皆様お忙しい中、湯を頂戴するのは小心者のワタクシに堪え難きもの。開祖・マサオの血を引く者としても休んではいられません。と、いうことでまくる様。情報を共有するためにもお訊きしたいことがあります、割とたくさん」


突如として現れた由良様に対し、クルッポーは逃げの一手に出た。が、これはダメみたいですね。

そもそも由良様は次元を割ったり、清楚オーラで場を支配したり、逆に『お忍び』能力で神出鬼没になったりで、挑むも逃げるも無理難題だ。

ってか、由良様のスペックおかしくない? 領主だし清楚だからと頑張って目を背けていたけど、やる事なす事が超常現象ばかりで限界っすわ。もう人外に御御おみ足を突っこんでいるっすわ。


「あかん、まくるはんの顔色が限りなく透明に近いブルーやん」

「ヘビに睨まれ、パクリと身体半分を呑まれたカエルみたいですね」

「凛子ちゃん、ヘビの舌先がこちらに向くような不敬はNG」


真矢さん、音無さん、椿さんが実況するように、クルッポーの命は風前の灯火だ。この状況で俺が出来ることは――


「由良様にまくるさん。込み入った話になりそうですし、俺たちは先にリハーサルへ向かいますね」


クルッポーの犠牲を無駄にしないためにも離脱、それしかない!


「拓馬様」


あぁ~! 凄素セイソの音ォ~!!


「もうお行きになられるのですか? お会いしたばかりですのに……いえ、申し訳ありません。拓馬様の道を阻むなど、出過ぎた真似をしてしまいました」


ほんと最近の由良様は異能力が出過ぎてますよ、などと言えるはずもなく。


「いえいえいえいえ由良様! そんなご自分を卑下しないでください! 今は都合が合いませんが、夜にでもご歓談いたしましょう!」


「お気遣いありがとうございます。ええ、今晩に。ワタクシも拓馬様に伺いたい事がありまして……昨日のご泥酔・・・の件や、他にも少々」


「は、はい……」


ですよね、俺のやらかしがあったから政務を後回しにして御来訪したんですよね。そら逃がしませんよねェ……


「それでは、いってらっしゃいませ」


古き映画の中で、割烹着姿の貞淑な妻が出社する夫へ送る「いってらっしゃいませ」。

由良様のイントネーションはまさにソレだったのに、俺は言葉少なく会釈するのがやっとだった。






「由良様とまくるの打ち合わせは長引きそうでしたか?」


式典会場である守漢しゅかんに着くと、先に現場入りして指揮を執っていた北大路しずかさんが尋ねてきた。


「とても長くなるかもしれません」


打ち合わせ時間だけでなく、クルッポーの蘇生時間ヒールタイムも考慮して返答する。


「あららら、仕方がありませんね。私たちだけでリハーサルを始めましょう」


実の娘が死の狭間に居るのを知ってか知らずか、しずかさんは今日ものほほんとしていらっしゃる。

この悠然な態度は天然物か、はたまた数々の修羅場を踏破して会得したものか……しずかさんのお団子にまとめられた髪が、軟らかそうに揺れる――それを眺めながら、俺は物思いに耽るのであった。





守漢寺の最奥、『降誕の間』。

ここがマサオ教の生まれた場所であり、『マサオ教降誕記念式典』の会場だ。


リハーサルが開始されるまでの間、教徒さんたちのお邪魔にならないよう壁際で待つ。


「あっ! 昨日見たエロ絵が隠されていますよ」

「宗教のド真ん中で由緒ある絵画をエロ絵呼ばわりする凛子ちゃんの無鉄砲さに乾杯。暗い夜道では背後に気を付けて、どうぞ」

「まくるはんが言うとった通り、緞帳どんちょうを降ろしたんやなぁ。ええやん、変な気分にならへんし」


マサオ様が描いたとされる性欲促進絵画。

『降誕の間』に備え付けられた舞台、その中央の壁に描かれた絵だ。男とも女とも分からない人間がぼんやりとデッサンされたもので、門外漢な俺にはまったく上手い絵には見えない。

けれど、肉食女性の方々は絵を見るとムラムラしてくるらしい。他のマサオ様作品では起こらない現象だ。

いったい、あの絵はどんなカラクリを施されたのだろう?



「おうおう、タクマさんじゃねぇか! 昨日の今日でまた一段と男前になったんじゃねぇか!」


女声ばかりのリハーサル場でガラガラ声が響いた。


「あなたは……厳さん」


「覚えていてくれるたぁ、嬉しいねぇ!」


大工の厳さん。愛殿院でのお茶会中に絡んできた男性と、こんな所で再会するとは……

男性には珍しくたくましい体躯をしており、ハチマキまでして実に江戸っ子(偏見)である。

なお、いき風体ふうていだが、奥さんたちにはまったく頭が上がらないらしく家では逝きな風体らしい、合掌。


「もう酒は抜けたんかい?」


「おかげさまで。昨日は歌をぶつけてしまい、すみませんでした!」


「謝ることがどこにあるってんだ!? タクマさんの歌、久々に熱くなっちまったよ」


厳さんったら昨日とは打って変わってフレンドリー全開だ。よほど歌がキマッたらしい、人格に影響がないと良いけど。


「ここに居るってこたぁ、明日の式典に出るんだな! また歌ってくれるんかい?」


「式典には出席します。でも、歌はちょっと……」


「なんでぇ、歌わないのか……タクマさんならマサオ様に華を添えられるのによぉ」

厳さんの肩がガックリと下がった。よほど残念なのか、もう少しで肩が外れそうだ。


「そ、それより、厳さんも式典に?」


「あ、いや。オレも出てぇんだが、妻たちがうるせぇんだ」


厳さんが一瞬振り返った。彼の背後には三十代から四十代くらいの女性が数人控えている。厳さんの奥さんたちか。生き生き喋る厳さんに、温かい目と舌なめずりを送っていたので察しはしていたけど。


厳さんも含め、彼女たちは紺の作業着を着ている。厳さんの家は代々、宮大工をやっているんだったな。ここに居たのは仕事のためか。


「そう言えば厳さん、腰を痛めていましたよね? 今のお加減は……」


「おおよぉ! タクマさんの音楽療法でキッチリ完治したぜ! タクマさんの歌は五臓六腑どころか骨や筋肉にまで効いて最高よぉ!」


歌は人を救う。そんな言葉を聞いたことがあるけど。救うレベルが高過ぎて、感動を通り越しホラーである。


「だからよぉ。式典には出られねぇ分、会場のセッティングは任せてくれ! 守漢寺とマサオ様の作品はうちが管理してんだ。特に『降誕の間』には、あの絵もあるしな。女性じゃ近寄れねぇから、オレが診てるんでぇ」


見るだけで発情する絵だから、普通の大工では手元と頭が狂ってメンテが出来ないのか。

話題が絵に移ったので、ちょっと質問してみよう。


「気になっていたんですけど。あの絵のタイトルは何と言うんですか?」


守漢寺に鎮座する他の作品は、観光客用に作品名と解説文が添えらている。だが、あの絵には何もない。雑な絵が雑に置かれている感じだ。


「あぁ~、そいつは誰も知らねぇんだ。記録にも残っていねぇ。もしかしたら始めから無名なのかもしれねぇ……」


「名前が無いなんて、ますます変わってますね。マサオ様はなんであの絵を描いたんでしょう?」


俺の問いに明確な答えを返せる人はいなかった。





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




「導師! 北大路邸の訪問、お疲れさまでした!」

「敵の本拠地ですからね。無事お戻りになられるか気が気でありませんでした」



「はははは、オーバーでござるな。マサオ教の火薬庫・まくる殿であっても話せば通じ合えるでござるよ」



「それは導師の対話力(物理)があればこそです」

「話し合いでは腕っぷしが物を言う。ハッキリ分かります」



「話し合いでは腕っぷしが……至言でござるな。実を言えば、危機一髪だったでござる」



「ど、導師……?」

「如何いたしました? お身体が震えて」



「『性弱』殿には頭が上がらんでござる。彼女からの事前情報がなければ……北大路邸を脱するのが数分遅かったら……終わっていたかもしれない。拙者が遠目からの視線だけですくんでしまうとは……」



「先ほどから何のお話をなさっているのですか?」

「我らにも理解出来るようにご説明を!」



「……止めておくでござるよ。どの道、あの御方が来ようとマサオ教の復興など不可能。手筈は整っているでござろう?」



「すでに北大路の全ての市町村に仲間が潜み、明日の『アレ』を合図にして決起します!」

「他の領にも反旗の種は植えていますし、不知火群島国の旧神が堕ちるのも時間の問題です!」



「決起……反旗……暴力的な言葉はつつしむでござる。タクマ様に迷惑をかけないよう『信仰による侵攻』が拙者らの大原則でござろう。叩くのは相手の身体ではなく思想でござるよ」



「申し訳ありません! つい、先走ってしまい……」

「我らが悲願を前にして本音が……どうかご容赦を」



「気持ちはよく分かるでござる。しかし、りきむ必要はござらん。拙者らの勝ちは目前にして、最後の一押しは至ってシンプル。いともたやすく世界は変わるでござる。タクマ様の威光の下で万人が幸せになる。山河の水が海へ至るように、この流れを阻むことなど誰にも出来ないでござるよ」

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