狂信者と背信者

「調査の結果、お茶会で出されたチョコレートからアルコールが検出されたでござる。アルコール度数や量は少なめで、普通なら気にならない程度でござるが……」


「普通……拓馬はんに一番縁のない言葉やん。んな発想は即排除せな」


「いやはや真矢おば上の言う通り。チョコレートはブレイクチェリー女王国のお土産で、参加した一人の男性が持って来たでござる。奥方が海外出張した際に買ってきたらしいでござるよ」



マサオ教の式典を翌日に控えた日――の午前中。俺たちは『ござる』の訪問を受けた。

北大路邸の談話室に彼女を通す。

最初は南無瀬組が借りている部屋に招こうと思ったが……念のため、南無瀬組のテリトリー外である談話室を選んだ。


昨日、愛殿院でボランティアに勤しんでいた『ござる』は、俺が起こしたトラブルの処理と原因究明を受け持っていた。


彼女の報告に不審な点はない。チョコにアルコールが入っていたのは事実だろう、すぐ裏が取れることに嘘を吐くとは考えにくい。

俺が酔った件に『ござる』、いや陽南子さんは関与していない……なら、もう彼女を怪しむのは止めた方がいいか?


「チョコの持ち主である男性と、そのご家族からの謝罪文を受け取ってきたでござる。皆、タクマ殿をベロンベロンにした事を悔いていたでござるよ」


陽南子さんが綺麗に封された手紙を、俺へ差し出してきた。


「おおきに。あとで読ませてもらうわ」


しかし、手紙は横から真矢さんが奪い取った。俺がやらかした所為せいで南無瀬組は警戒度を上げている。

身内であろうと前科者の陽南子さんは要注意人物扱いだ。


塩対応される陽南子さんだが、


「これにて任務完了でござる!」


気を悪くした様子はない。

マサオ教のために、ひいては世のために働く勤勉な若者が目の前にいる。


この好青年ならぬ好淑女は本物か、それとも偽りの仮面を付けているだけか。いい加減、白黒ハッキリさせたい。

いっそ陽南子さんを縛り上げ、眼前に俺のパンツをぶら下げてみるのはどうだろう? 

パンツに喰いつくなら一般的な肉食反応なのでセーフ、パンツをあがたてまつったら狂信者確定でアウト、と明確な判断基準があるわけだし。


危険な思考に陥っている自覚はあるが、昨日の失敗が尾を引いて余裕がない俺である。

明日の式典の不安要素を撲滅したくて仕方がないのだ。


やるか……やってみるか……そう迷っていると。



「陽南子殿ォォ!」



俺以上に余裕のないクルッポーが動いた。彼女も陽南子さんの報告を聞くために同席していたのだ。式典の準備を後回しにして、この場に居るという事は疑っているんだな、陽南子さんのことを。


「そつのない仕事ぶり、マサオ様に仕える同士として小生は誇らしいぞ!」


「いやはや面映おもはゆい。拙者は命じられた役目を果たしただけでござるよ」


「謙遜されるな。マサオ教に入信して日が浅いとは言え、その実直な働きを評して……」


クルッポーは傍らに置いていた風呂敷風バッグから、お手製のマサオ様人形を取り出した。

以前、南無瀬邸の領主執務室で見た物とは別だが、こちらも制作者の執念がふんだんに含まれているようで、目に見えない『圧』が放たれている。

マサオ様の御姿おすがたを示す物は(伝説でうたわれる『マサオ像』を除けば)現存していないらしいから、スラリとした体躯も、やたらキラキラした風貌も純100%のクルッポー産なのだろう。


「陽南子殿に『マサオ様・憐憫と憂いの午後』を贈呈する。小生の渾身作の一つだ。目に入れるだけでマサオ様への思いが掘削されて、信心深さが底なしになること請け合いだ。なに、遠慮はらない。小生も陽南子殿も共に次期領主にしてマサオ様を信奉する仲だ。親愛の印と思っても構わないぞ」


心臓を突く勢いで像を差し出すクルッポー。その瞳は俗に言う『グルグル目』になっている。タクマニウムを短期間で大量吸引した場合になる目だ。俺の周囲の人もたまに発症するから馴染み深くてガクブルである。

あの状態の人はナニを仕出かすか分からない。


陽南子さん! 像を受け取らないのは失礼どころか失命に繋がるぞ。気を付けるんだ!


――と、俺がアドバイスするより早く。


「せっかくのご厚意でござるが、お断りするでござるよ」


陽南子さんは言い切った。クルッポーのプレッシャーもなんのその。涼し気な様子でキッパリと『No!』を突きつけたのだ。


「なっ! ……かはっ!?」


クルッポーが鳩尾みぞおちにキツイ一発をもらったかのように『くの字』に折れた。

リアクション過剰な気はするが、それだけマサオ様を拒絶された事がショックだったのだろう。


クルッポーは両腕をマサオ様人形を差し出した状態で、身体は『くの字』のまま動かなくなってしまった。結構つらい体勢だろうによくやるわ。


「めんど……げふんげふん、大変なことになってしまいましたね。どうしましょうか?」


硬直中のクルッポーに聞かれないよう、小声で背後に控えるダンゴたちに問う。


「こういう時は、そっとしておくに限る」

「黙って見守るのも優しさ。という都合の良い行動に出ましょ」


ダンゴたちの意見に賛成だ。クルッポーを放置、もとい一人にしてあげよう。


「じゃあ、話し合いはこれくらいにして、皆さん退出を」


言いながら、そそくさと出口に向かう俺だったが。


「や……やや、はり……こ、っこおこののの」


残念、遅かった。クルッポーが再起動しちまった。


「このぉぉ背信者ぁぁぁ!!」


ブチ切れたクルッポーが陽南子さんに飛びかかる――の前に抱えていたマサオ様人形を丁重にテーブルの上に置いて。


「やはり二心を持っていたか! この背信者めぇぇぇ!!」


テイク2、今度こそ飛びかかった――


「室内で暴れるのは危ないでござるよ」


悲しいかな、怒りで強くなれるのはフィクションの世界だけみたいだ。

鎧袖一触、クルッポーはあっさり無力化されてしまった。

思いの強さだけで公式ヤ〇ザの次期かしらに勝てるわけないんだなって。


「くぅぅぐぅ……小生の、愛と怒りと悲しみのマサオ様アタックが……」


返り討ちにあったもののクルッポーは存命だ。声も出せるし、手足だってちゃんと付いている。

コロコロされなかったのは、陽南子さんの慈悲という他ない。

クルッポーの攻撃をさばき、取り押さえ、ソファーに座らせるまでの流れには、相手を傷付けない配慮が垣間見えた。


「血やなぁ……妙子姉さんの娘だけあって、ますます出来るようになったやん、陽南子」


真矢さんが腕組みをして、格闘マンガの解説キャラみたいなことを言う。南無瀬組がクルッポーの暴走を静観したのはこの展開が見えていたからか。


「拙者などまだまだでござる。母上なら手を使わずとも、気合で相手を心神喪失する故」


申しわけないが、肉食世界にジャンプ概念を導入するのは火に油なのでNG。



「おのれ、陽南子殿! 何故、背信を!? マサオ教の活動を熱心に取り組んでいたのは、小生たちを油断させるためだったのか!」


ソファーから腰を上げ、クルッポーが叫ぶ。

だが、再び飛びかかっては来ない。狂える頭でも自分と相手の力量差は認識出来たようだ。


「像を受け取らなかっただけで、大げさでござるなぁ」


陽南子さんは困ったように言った。「拙者、マサオ教の意義や在り方に賛同するが、マサオ様には何の感情も湧かないでござるよ。そんな拙者が像を受け取るのは、マサオ様に失礼というもの」


「マサオ様に感情が湧かない? 面妖な、人としてありえない。陽南子殿……もしや、ただならぬ病気を患っているのか?」


狂った人から狂人と扱われるのは、とんでもない侮辱ではなかろうか。

一瞬、陽南子さんの微笑みが固まったように見えた。


「……たははは、これは手厳しい。拙者は無病息災でござるよ。マサオ様に関しては、顔も知れぬ大昔の人物に傾倒するほど己の想像力は逞しくないだけのこと。故に、像を受け取ることは出来ないでござる。許してくだされ」


「なにを馬鹿な! マサオ様のお力ならば、時間の隔たりなど無に等しい! 心のアンテナを敏感にすれば、時空を超えてマサオを受信できるはずだ!」


「……さすがは、まくる殿。言葉の意味は分からぬが、とにかく凄い自信でござる」


「この程度の道理に気付かないとは、まだまだ修行不足のようだな」


陽南子さんの感心した態度を受け、得意気になるクルッポー。

たぶん、陽南子さんは『狂信者との会話に益はない』と話を切り上げようとしているんじゃないか? クルッポーへの対応が雑になってきているし。


「よし、小生直々に説法を」


「それはまたの機会に。まくる殿はお忙しい身。拙者のことより明日の式典に注力してくだされ」


見送りは結構――そう言って、陽南子さんは玄関へ向かい出した。


はやるな、陽南子殿。今からでも小生が教育しよう。まずはマサオ様が介入できるよう頭を空にするのだ」


「これにて御免!」


教育ならぬ狂育を企むクルッポー、それを華麗にかわす陽南子さん。

北大路邸の廊下を舞台にした攻防の最中、陽南子さんは一度だけ俺の方へ振り返って。


「明日がたのしみでござるな、タクマ殿


神聖なる者を尊ぶように微笑した。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「あれは崇拝ヤッてますね」


「なかなかの毒性。医者もさじをフルスウィング」


ダンゴたちの見立てに異論はない。その上で、問題となるのが……


「陽南子さんの信仰対象がマサオ様ではないとして」

信仰対象は俺だ、と認めたくないのでボカしつつ。「結局、陽南子さんは暗躍しているのでしょうかね?」


「うむ、私の観察眼をもってしても読めない。そもそも今の陽南子氏は不純度100%、怪異に手足が付いたようなもの。何をしても怪しい」


「だよねぇ。さっきの『明日が愉しみでござるな』って捨て台詞。あんなの自分を怪しんでくださいってアピールするもんだよねぇ」


「たしかに……なんか嫌な感じがします。なんか、見落としているような……」



俺が首を捻っていると、最後まで陽南子さんに追いすがっていたクルッポーが戻ってきた。



「陽南子殿を取り逃がしてしまった。マサオ様の教えを注入する機会であったのに」


タクマ狂信者な陽南子さんを再狂育できるのか? もし、可能ならばクルッポーを応援するのもやぶさかじゃない。


「まくるはん、陽南子の扱いはどないする? 明日の式典には参加させるんか?」


「陽南子殿には会場警備の一翼を担ってもらう予定でした。しかし、彼女がマサオ様に傾倒していないと判明した今、不安要素をそのまま用いるか考え所です」


「せやけど、警備担当から外して陽南子をフリーにするのは、それはそれで不安ちゃう? うちらの見えない所でなに仕出かすか分からんで」


「ご推察の通り、表に出すのも裏に回しても懸念が拭えません。やはり、今からでも追って説法を」


「ここにいる組員さんたちから人員を出して監視するのはどうですか? 陽南子さんがマサオ教に泥を塗るのは、南無瀬組の立場を悪くしますし。協力した方が良いですよね」


クルッポーと真矢さんの会話に入り、意見してみる。


「そらあかんて。うちらは南無瀬組・男性アイドル事業部や。どないな事が起きても拓馬はんが最優先、警護を疎かには出来へん」


「あっ、ですね……」

担当アイドル第一のマネージャーの言葉だ。有難く受け入れよう。


「ダンゴとしても真矢さんに大賛成です! ここは組長・妙子さんに連絡を入れて、監視を目的とした追加人員を手配するのはどうでしょう!」


「うむ、凛子ちゃんにしては現実的なアイディア。更生すると信じて送り出した娘が国教クラッシャー(仮)になっていた、と知った妙子氏と陽之介氏が心的外傷を受けそうだが、そこはスルー案件」



ボーン、ボーン。



明日の式典について話し合っていると、北大路邸の廊下に置かれたレトロな柱時計が11時の鐘を鳴らした。

もう昼か、午後からは式典のリハーサルに参加しなくちゃ。


「迂闊! 小生とした事が時を忘れるとは!?」


急にクルッポーが慌て出した。


「どうしたんですか?」


「た、大した事ではない、です。そ、そう! 式典会場に向かう時間だった。打ち合わせに遅れてしまう!」


明らかに嘘くさい言葉を吐きながら、クルッポーは北大路邸をとうとする。

いや、発つと言うよりは脱出するような慌てぶりだ。

彼女がなぜ焦っているのか……その理由はすぐに判明した。



「あらあら、お出かけですか?」


ヒエッ!? 狂信者同士の接触で濁っていた空気が一瞬にして清楚に!

この不純を滅するオーラは……


「ゆ、由良様……っ!」


いつの間にか、廊下の向こうに由良様が立っていた。

触れれば折れそうな儚い出で立ち。素人では虫も殺せないか弱い印象を持ってしまうだろう。


クルッポーとは色違いの巫女服を纏いながらも、由良様こそ本家本元。

身体に宿す巫女度は、クルッポーより遥かに優れている。


スッ、スッ、と床の木材すらいたわる足取り。その優しさが浮き出たご尊顔。

俺は由良様の美しさ(と恐ろしさ)に圧され声に詰まった。


「まくる様、南無瀬組の皆様……それに拓馬様も、お元気そうで何よりでございます」


由良様が朗らかにお声をかけてきた。下々の者にも丁寧に接する由良様は為政者の鑑だな(震え)。


「ゆ、由良様ぁぁぁ!? なぜにぃぃ、まだ到着の予定時間ではないはずぅぅ!?」


鳩が散弾銃を喰らったように、クルッポーが絶叫する。


「お約束の時間より早く参るのは無礼。承知しているのですが……矮小なワタクシは逸る気持ちを抑えられませんでした」


ほんとぉ?

由良様から『相手の逃亡を見越して奇襲を仕掛けた』感が漂ってくるんですがそれは……


「由良様がいらっしゃったのでしたら北大路邸の者が歓迎するはず! そのような気配はまったくありませんでしたよぉぉ!」


「ワタクシの来島は元々予定にございません。屋敷の方々に余計な手間を掛けないようお忍びで参りました」


由良様ったらお忍びガチ勢なんですね、こわいなー、戸締りしとこ。

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