風の黒一点アイドル(前編)
「祈里さんたちの証言では、椿さんが煽るように半裸説得の話をした――らしいんですけど。んなこと無い、ですよね?」
半月ぶりの再会。なのに、椿さんを容疑者扱いすることになり残念だ。
「わ、わ、私は……ダンゴ。護衛対象のプライバシーを……漏洩するはずが……」
あっ、これは漏らしてますわ。
自由気ままに中空を泳ぐ目、景気よく額を滴る汗。どんな鈍感野郎だって察してしまうバレバレ具合だ。
心の病から解放されたためか、以前より表情豊かになっていないか椿さん?
「――ねぇ、静流ちゃん」
「ひっ」
気配を殺していた音無さんが、後ろから椿さんの肩を掴んだ。
「まさか嘘は吐かないよね? ダンゴが護衛対象に嘘を吐くなんてありえないよね?」
内容に反して
相方の肩にギチギチと食い込む両の手。すんごい握力だ、絶対に逃がさんという意思が迸っておられる。
「ぐ……ぐむむ……ぬぬむ」
椿さんはしばらく苦痛と苦悶を味わって「申し訳なかった」と観念した。
「三池氏とのアバンチュールを広めるつもりはなかった。これには水平線のように平たい……間違えた、海のように深い事情がある」
「そんなに怯えなくていいよ。静流ちゃんが何の理由もなく三池さんの情報を漏らすわけがない。それくらい分かっているから」
「凛子ちゃん……私を信じてくれる?」
「当たり前だよ。親友を信じなくて何を信じるの?」
肩を破砕する勢いだった手を解き、音無さんが慈しむように言う。
「感謝、熱い友情に歓喜の涙を禁じ得ない」
「やだなぁ、静流ちゃんはオーバーなんだから……あははは」
音無さんはサッパリとした笑い声を上げ、そして。
「――じゃ、武道場に行こっか?」
無情にも告知した。
「ぶどうじょう?」
「そっ、南無瀬邸の離れにある武道場。組員のみんなが自主訓練に使っているところ」
「な、なぜ?」
椿さんが青白く変色していく。私は自我の無いロボット、と主張した時よりも人間として終わりつつある。
「事情聴取のためだよ。『海のように深い事情』をちゃんとゲロってね。静流ちゃんのことは信じるけど、許すとは言ってないから」
「ま、待って、聴取なら武道場は場違い。落ち着いた室内で、落ち着いてやるべき。うむうむ、べきべき」
「そうしたいんだけど、組員のみんなも静流ちゃんの話に興味津々で、ぜひ聞きたいんだって。南無瀬邸の中で大人数が入れる場所と言ったら武道場! あそこなら多少暴れても問題ない死」
「おうふ……(白目)」
「お、音無さん!」
椿さんの命が吸われていく。傍観者に徹していた俺だが、バイオレンスな結末を防ぐため立ち上がざるを得ない。
「情報漏洩をお咎め無しに出来ない、っていう南無瀬組の理屈に文句はありません。でも、椿さんは病み上がりですし、教育的指導は過激にならないよう注意してください」
「三池氏ぃぃぃ」
不安定な瞳でこちらを拝む椿さん。地獄に仏と思われてんのかな、俺。
「三池さんの優しさも海のように深いですね~。ご心配なく! 静流ちゃんはあたしの大切なパートナーです! せっかく復帰してくれたんだから明日に残る怪我はさせません。瞬間最大風速はあっても後腐れのない指導で済ませます」
「そ、それなら安心、なのかな?」
「はいっ、もうバッチリです!」
不穏さは拭えないが、とにかく凄い自信だ。
「じゃあ椿さんのこと、お願いします」
「お任せください!」
音無さんは元気に敬礼し、数人の組員さんを招集すると「国際条約に則った処遇を所望、切実に」と呟く椿さんを連行していった。
本当に大丈夫かなぁ。
俺は自室で椿さんの無事を祈りつつ、時々武道場から聞こえてくる悲鳴に不安を覚えるのであった――
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
パイロットフィルム対決が終わり、椿さんがダンゴとして無事(とは一概に言えないが)復帰して、慌ただしかった俺の周りはようやく落ち着きを取り戻す…………わけがない、誠に遺憾である。
「きゅゅあぁぁ! あの護送車よ! あそこからタクマきゅんの波動を感じるわ、ビンビンに!」
「分の悪い賭けだろうと張り付いてみせる! ヒキガエルだった過去の私にさようなら!」
「考え無しの猪突猛進、素人はこれだから困ります。特殊合金マキビシで機動力を削ぐのがプロってものです」
「だぁぁ、かまへん! 正当防衛や! ゴム弾の使用は許可されとる! 拓馬はんの良心が傷つかん程度に撃って撃って撃ちまくるで!」
真矢さんの指示で、黒服さんたちが一斉に射撃を始める。走行中の車からでも正確な射撃だ。
交通弱者という概念を覆して車道へ踊り出すファン、電信柱や歩道橋から飛び降りてくるファン、マンホールの下から現れて這い寄るファン。その
こんな感じでファン撃退の日常クエストをこなし、俺の仕事は始まる。
「やや、タクマ君。相変わらず賑やかそうじゃないか」
「うむッ! 周囲を色めき立たせてこそアイドル! 精進しているなッ!」
炎タメテレビの一室で恥才・寸田川先生と炎情社長と会う。『深愛なるあなたへ』の打ち合わせのためだ。
「社長、私の治療に協力して頂いたそうで感謝」
「元気になったようだなッ! しかしこの炎情、頭を下げられるほどのことはやっていない! せいぜい天道歌流羅の過去を語った程度だ。キミの心の傷が癒えたのは、周囲の者がキミのために動いた故の結果! その友情を大切にすることだなッ!」
「肝に銘じる。ありがとう……律叔母さん」
元天道家の炎情社長と椿さんが旧交を温める一方で。
「なんや、寸田川センセ。まぁた、寝てへんの? 目の下にでっかいクマがあるやん」
「心配してくれるのかい? 今日のマーヤは随分優しいじゃないか」
「マーヤ言うな。別に、センセに倒れられると拓馬はんが迷惑を被る。それが嫌なだけや」
あちらでは真矢さんがツンデレみたいになっている。事あるごとに突っかかる真矢さんと受け流す寸田川先生。性格不一致で相性が悪そうな二人だが、意外と馬が合っている。
「さっき世界文化大祭実行委員から『深愛なるあなたへ』が返却されたんだけど、添削箇所が一杯で原稿が真っ赤さ。想像以上に審査が厳しくて参ったね」
『深愛なるあなたへ』は世界文化大祭の出展作になったのだが「パイロットフィルムの内容をそのまま流せるわけないだろ! 視聴者の脳がパァンしないよう上手いこと改変するんだよ!」と実行委員からきつく言われているらしい。
実行委員長である由良様は、パイロットフィルムを観てブラックホールを召喚なされていた。あの怒りっぷりからして審査をクリアするのは非常に難しいだろう。
「加えて、美里さんが問題だね。あの人も脚本に難癖を付けてくるんだ」
寸田川先生が溜息混じりで言う。
俺が演じる『早乙女たんま』は実の姉妹に懸想して次第にヤンデレ化していく。それを止めようとするのが美里さん演じる母親だ。
「母親の説得は失敗、激昂するたんまに母親が襲われるシーンで指摘を喰らってね……ああ、母子のやり取りに性的表現は含めないから組員さんたちは殺気を抑えて。その場面に美里さんは執着し、やたら力を入れるよう言ってくるのさ。とりあえずムチ装備はデフォだとか」
「あ、明らかに力の入れ所が間違っていますよね。そこまでやらなくても」
「まったくです。お優しいタクマさんにナニさせるつもりですかね、あの被虐変態は! 任せてください、変態が無理難題を突きつけてくるならあたしがまた撃退してやりますよ!」
音無さんが首絞めのポーズをする。以前もMスコンを撃退してくれた音無さん、その手並に期待しよう。
「ちなみにムチだけでなく、たんまの衣装にも口を出してきてね。半ズボンをはくのはデフォだとか」
「ほうほう、変態の癖になかなかの趣味。どう思います、タクマさん? 半ズボンに関しては一考の余地ありですね」
音無さんがギラギラした目で俺の下半身を見る。本当に期待していいのだろうか、このダンゴ……
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