【キョウイの格差社会】

「紅華!」


私は一番近くにいた勝気な妹に、人差し指を突きつけた。


「同年代のタクマ氏に父親像を重ねるファザコン! あなたが暴走する度にタクマ氏は迷惑している! いい加減、父離れするか父性の供給先を変えるべき!」


「なっ! あっ! あ、あたしはファ、ファザコンじゃ……ないし。タ、タクマが父性管理や父性供与にけているのが……悪いんだし……」


もごもご呟く紅華は放っておいて次。


「咲奈!」

突き刺す勢いで末妹に指を向ける。


「タクマ氏を自分の弟扱いで愛でることしか頭にないブラコン! 姉として振舞っていても端から見れば子どもが背伸びしているだけ! 『年相応』という言葉を辞書で調べ、少なくともタクマ氏の負担にならない程度の大人になるべき!」


「……そっか、私と戦争したいんだね、お姉さま」


咲奈の目が子どもらしからぬ濁り具合になる。うむ、闇度は高めだがその調子で大人の振舞いを覚えて、どうぞ。



妹たちを傷つけるのは心苦しいが……苦しいのだが…………


むっふぅ、とてもスッキリ。


言いたい事を包み隠さず言えるのが、こんなに清々しいとは。

人間、溜め過ぎは良くない。三池氏も溜め過ぎなら抜いてあげねば、と思いつつ。


「祈里姉さん」

年上だろうと躊躇なく指さし。


「わ、私にも言いたい事がありますの!? この天道祈里、人道から外れる事はしませんわ!」


人道から外れ過ぎて変態道に迷い込んだ姉が虚勢を張る。そんな姿を目の当たりにすると、ただただ物悲しく。


「祈里姉さんは……姉さんは……逮捕される前に自首して。どうしようもない人だけど、せめて最後は潔く」


「その諦め顔はなんですの!? こいつは今更どう説得しても無駄――感がビンビンですわ! えっ? えっ? 私ってそんなに後戻りできない系? う、嘘ですわよね? 可哀そうなモノを見る目はやめて! 叱責でも糾弾でもいいから諦めずに、この姉に言葉をぶつけてみましょう! ほら、ののしってもいいから!」


「そうそう罵ると言えば、美里伯母さん」


「へぁ!? 急流となって話題が移っていきますわ!? まだ私のターンは」


「随分攻めるのね、歌流羅。元の形には戻れないわよ」


「戻るつもりはない。壊す、徹底的に」


「ちょ、だから待っ」荒ぶる祈里姉さんとは対照的にMスコンは冷ややかな態度。


「こう毒づきたいのでしょ? あたくしがタクマ君を息子扱いしているって、それも強引に。別に不自然ではないわ。タクマ君を婿入りさせれば、彼はあたくしの義理の息子。気は早いけれど、ついつい息子のように見てしまうのよ。これの何が問題?」


悪びれない美里伯母さんをムスコン方面から崩すのは難しい。なので。


「祈里姉さんチームのパイロットフィルム。さぞ、美里伯母さんの心にヒットしたと思う」


「急に何を? 意図は分からないけれど……あれは、見事な出来栄えだったわ。特にタクマ君の鬼気迫る演技は垂涎、もとい万雷の拍手を送るに値するわね」


「そのタクマ氏の演技だが……上映されたモノは一部に過ぎない。メイキング時のタクマ氏はそれはもう凄かった。納得のいく演技のためなら周りを昇天させることもいとわない修羅になっていた。言い方を変えればとんでもないドS」


ピクッ! 美里伯母さんの耳が収音性を上げるべくこちらへ傾く。ちなみに手は使われていない、耳だけが動いた。なにあれ怖い。


「タクマ氏の攻撃は癖になるえげつなさ。その破壊力は現場の人間でないと完全には分からない。美里伯母さんが体験できなくて可哀そう」


私の演技力の粋を集めた憐みの視線。その効果は抜群だった。


「っ!」


M里伯母さんが目を見開き、唇を強く噛みしめた。


「お、お、お母さま? どうして憤然としていらっしゃるの? あの時のタクマさんは確かに恐ろしい存在になっていましたけど、今更お母さまが怒るのは」


「……祈里も受けたのよね? タクマ君の攻めをあたくしの断りもなく!」


「ひぃ! 断りって言われましても」


ビッグウェーブに乗り損ねたドMほど見苦しいものはない。

理不尽にも激昂する美里伯母さんを治めたのは意外な人物だった。


「お止めください、美里様。皆が見ております。どうかお心を静めて日頃の優雅さを思い出してくださいませ」


「メ、メイド……あなた、主人の親であるあたくしに向かって」


「出過ぎた真似は重々承知でございます。しかし、それでも進言しなければならない心情を汲んで頂ければ幸いです」


クビになる可能性もあるのに、メイドが芯のある恭しさで怒れる先代長女をなだめようとしている。

(堕ちていく)人間観察が三度の飯より好きなメイドが、仲裁役を買って出たっ……!?

天道家崩壊秒読みの土壇場で、これはマズいと忠義心に芽生えたというのか!


「くっ、あたくしとした事が! 柄にもなく熱くなってしまったわね」


下の立場からの忠言を受け入れる余裕はまだあったらしい。美里伯母さんのMッ気が薄れていき――そうになったところで。


「そう言えば、撮影係が昇天した関係で私もカメラを担ぎました。レンズ越しで直視するタクマさんは凶器そのもの。私の手足や臓器から悲鳴が上がり、生きた心地がしませんでした。あんな苦しみを美里様が味わうことがなくホッとしています。本当に危険ですから、本当にSですから。近付かないに越したことはありません。まあしかし! 被虐趣味の方でしたら! 大歓喜でしょうが!」


「……あ、あなたって生き物は……ギリギリ……ギリギリ」


やはりメイドはメイド。火消しすると見せかけ、美里伯母さんの嫉妬心を煽りに煽って炎を大きくしている。

その小賢しさが癪に障るものの今だけは感謝。これは良いアシスト。


「その木の実を潰せるくらい強く握った手と、大理石を砕けそうなほど強く噛んだ歯が、美里伯母さんの変態性を証明している。タクマ氏をアブノーマルな世界に連れ去るのは看過出来ない。お引き取りを」


「勘違いしないでほしいわっ。たしかに最近ムチやロウソクのカタログを漁っているけど、あたくしの趣向は通常範囲にギリギリ入っている……入っているわよね?」


祈里姉さんと同じような言い訳。変態性は違えど、このMスコンあってあのパンツァーありか。


「改めて言うが、天道家にタクマ氏を婿入れする資格なし!」


変態共を相手にするのが疲れてきたので、一気に行く。


「私が最も許せないのは、みんな自分の変態性ばかり優先してタクマ氏の気持ちをまるで考えていないこと!」


重要ポイントなので声を張り上げる。


「変態な自分を受け入れてもらおうと殊勝な態度でタクマ氏に臨むのならいざ知らず、変態性をスローガンの如く押し出して突撃してくるのは意味が分からない。みんな、タクマ氏を真に思っていないから自分勝手な行動が取れる」


「タクマさんを思っていない? 冗談じゃありませんわ」

「あ、あたしは、タクマの事はちゃんと考えているって」

「タッくんが幸せになるのが一番だよ、当たり前だよ」

「母子円満、あたくしは常に温かい家庭を目指しているわ」


「主観的な意見に価値はない。大事なのは自分をタクマ氏に押し付けるのではなく、自分がタクマ氏の望むように変わること」


「でも、歌流羅お姉さまだって野獣に変化してタッくんを襲っていたんじゃないかな? 車上ハッスルの写真を見る限り、車体に自分の身体を押し付けていたもの」


咲奈が鋭いツッコミを繰り出すが、ここは「うっ、持病の難聴が……」でスルー。


「長い間、私は自分を演じるだけのロボットだと思い込んでいた。それが功を奏したのかもしれない。一般的な性癖のままでタクマ氏の傍に侍ることが出来た」


自分優先の変態たちとは違う。


「タクマ氏のためなら特殊性癖の一つや二つ抑え込むのが淑女というもの。天道家は赤点で落第。補習はない」


元家族たちが明確な反論が出来ず、悔し気に呻く。とても胸がスゥーとして、いいこれ。


「対して、私は何にでも誰にでもなれる。タクマ氏が理想とする淑女にもなれる」


言葉を重ねれば重ねるほど『むっふ、私こそが三池氏のベストパートナー』という確信を持つ。三池氏と出会ったのは偶然ではなく運命。きっと下半身のフィット感もベストだから実践したい。


「淑女ダンゴな私としては、元身内だろうとこれ以上の狼藉は許せない。文句があるなら幾らでも相手になる」


すっかり饒舌になった私に。


「……いいかしら? さっきの言葉、ちょっと気になるわ」


美里伯母さんが唇を結んで釣り上げた。ぬぅ、不吉。


「そんなはずない。弾丸を使っても論破できない理論武装だった」


「理論と現実は残酷なほど解離するものよ。歌流羅は何にでも誰にでもなれる、と言ったけど……スタイルは変幻自在にいかないでしょう?」


美里伯母さんの視線が私に注がれる。正確に言えば、私の胸部に……


ぐふぅ!?


「み、美里伯母さん! そこを指摘するのはダメですよ。センチメンタルな話題ですし、減らすことは出来ても増やすのは難しいですし」


慌てて紅華がフォローに入った。しかし、メイドや咲奈と違って善意で動いている分、惨めな気持ちに拍車が掛かる。


「だ、大丈夫ですわ! 最近は整形技術が進んで、自然に盛る・・ことが出来ます」


俯いて胸を隠す私に、善意勢が連撃する。

温かい言葉をぶつけてくる祈里姉さんの胸は姉妹一、同じ双山なのに圧倒的標高差が私を苦しめる。

スラリとしたアスリートスタイルの紅華も、胸部はスラリとしていない。なにこの詐欺、訴訟。


持つ者の思いやりは持たざる者を傷つけるだけ、ってそれ一番言われているから。


「む、胸の話はそこまで。タクマ氏はツルペタ派だから無問題。ソースは私」


「情報の信頼度が低いわねぇ。タクマ君がストンと歌流羅に堕ちないのは、歌流羅のストンとしたスタイルのせいじゃないかしら?」


「違うかしら。むしろタクマ氏は私の太ももとか別の部分にメロメロかしら」


美里伯母さんの悪意ある推測に抵抗すべく自己暗示に励む。そこへ――


「みんな、言い過ぎだよ!」


咲奈が私を庇うように両手を広げ、前に立った。


「胸の良し悪しでタッくんは女性を見ないよ! 大きさなんて些細なこと!」


咲奈! ツルペタ同士、咲奈!

悪女の素質アリアリな要注意人物だが、今だけはお姉ちゃん感激。

十歳の妹のスタイルに慰めを覚えるのは大人として、姉としてどうかと思うが、そこは気にしない方向で。


咲奈の気迫が通じたのか、私への誹謗中傷はナリを潜めた。


「感謝、咲奈なら分かってくれると思っていた。どうか、その優しさを無くさないでほしい。その平坦な胸も無くさなければ尚良し」


「お姉さま……」


咲奈が振り返って私を見た。

むう……なに、その哀愁に満ちた瞳。


「お姉さまの願いは叶えられないよ。だって、私……」


「自分の胸には将来性がある、と訴えたいかもしれないが。それはそれ。未来あした袂を分かつとしても今は同士」


頭一つ小さい妹へ私は手を差し伸べた。友好と発育不良の呪いを込めた悪手もとい握手のポーズである。


「ごめんなさい……」


咲奈は悲壮な表情で私の手――ではなく手首を掴み、自分の胸元へと導いた。


ふにゅん――


「……なにゅ?」


腑抜けた擬音だが、その鋭利さたるや筆舌に尽くし難し。


くつろげる部屋着としてダボついたシャツに身を包み、咲奈は巧妙にスタイルを隠蔽していた。


「お姉さま――」

こちらを見上げる咲奈の顔は、寸前の暗いものから様変わりして――


未来あしたって今だよ」

完全勝利の花丸笑顔になっていた。






同類だと思っていた妹が、知らないうちに自分を出し抜いていた。

私の半分しか生きていないのに何故胸があるし……

母は違えど、父は同じでこの格差。遺伝子の残忍さに気が触れてしまいそう……と言うか、気が触れた。


控えめながら自己主張する膨らみ。相手の冷静さを殲滅する恐るべき兵器。

私が我を忘れて狂乱に至ったのは、無理からぬことだろう――





「はぁはぁはぁはぁはぁ……」


三池氏に発情する以外で、こんなに息を荒くするのは久しぶり。


「ここは……?」


気付けば屋外。

私は天道屋敷から一キロ離れた路上にいた。素足のままで、元からある怪我の他に真新しい擦り傷と切り傷を増やして。


よくよく我が身を観察すれば、キラキラと太陽光に輝くガラスの破片が服に付いている……これは……あっ。

経緯は不明だが、私は玄関のドアからではなく居間の窓を突き破って屋敷を後にした――ような気がする。ガラス片はその時に付着したものだろう。


なぜ、そんなことになったのか……


そう言えば、口にしてはいけない事を何もかもぶちまけて、それで家庭内大戦が勃発したような……

うむむ、興奮していたから仔細が思い出せない。


ともあれ――

壮絶なイザコザが発生した模様。天道家にこれ以上接触するのは控えた方が無難。


元姉妹との間に決定的な軋轢が生まれたのは悲しいが。


「是非もない。それより回復に努め、急ぎ三池氏のダンゴに復帰せねば」


近場のシューズ店で靴を購入して、私は南無瀬領への帰還の途についた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




半月後。


私の姿は、南無瀬邸の組長・妙子氏の執務室にあった。


「見たところ怪我は完全に治ったようだねぇ」


妙子氏が執務椅子に深く座って、私の快気を歓迎する。


「肯定。毎日三池氏の音声ドラマを聴いて、三池氏の写真に囲まれ、三池氏のグッズで戯れ、回復に専念した。おかげで後遺症も怪我の跡もない」


「そ、そうかい……」


半笑いで引き気味の妙子氏。タクマ中毒で進化したニュータイプは、オールドタイプから畏怖されるもの、致し方なし。


「まあ、なんだ。回復力があるのは良いことさ。これからの事を思えば……ねぇ」


「これからの?」


「何でもない、何でもないんだ。椿、強く生きろよ。じゃ、もう行ってよし!」


「むぅ? 失礼する」


瞑目する妙子氏に疑問を覚えながら、執務室を退出する。

廊下に出ると、すぐに。


「静流ちゃぁ~~ん!!」


聞き慣れた、けれど久しぶりの相方の呼び声が。凛子ちゃんが大手を振りながら駆け寄ってくる。


「凛子ちゃん、おひさ」


「も~う! 静流ちゃんが復帰するのをずっと待ってたんだよ! ねっねっ、もう大丈夫なんだよね?」


「だ、だ、だ、大丈夫だから。身体の節々をバンバン叩くのはやめて」


「ごっめ~ん。元気な静流ちゃんを見ていたら嬉しくなっちゃって」


凛子ちゃん、テンション高し。これはどういうこと?

凛子ちゃんを始め、組員から私は殺意を抱かれていた。半裸の三池氏から説得されるという役得が原因で。


『特に音無は怒りのスーパーモードに成りかかっていたんで、三池君の子守唄CDを聴かせて強制的に眠らせた』


以前、妙子氏から聞いた凛子ちゃんと、眼前の凛子ちゃんはまるで別物。

奇妙な……警戒すべきか、と身構えた私だが。


「三池さんも静流ちゃんに会えるのを楽しみにしているよ。早く行こっ!」


その言葉に警戒心をゴミ処分。うむ、三池氏との再会以外の事柄は全て些事!


南無瀬邸の廊下を可及的速やかに瞬歩し、三池氏の部屋に到着。


「み、三池氏。むぐぅ……だ、男性身辺護衛官、椿静流。恥ずかしながら帰ってきた」


障子の向こうから漂う三池氏のナマ匂いにクラクラしながらも、理性を振り絞って挨拶。


「椿さんですか! お帰りなさい!」


障子が開いて、三池氏が降臨する。


「……おっふぅ……ふぅ……」


相変わらず天が創造したとしか思えない精巧な容姿。主成分の八割は色気で、二割は生殖機能と言われても合点が逝きそう。


「組員さんたちにリンチされていたから心配しましたよ! 怪我は完治したんですよね、良かったぁ」


ヤバし、半月ぶりに体感する三池氏のナマ声にナマ姿と立て続けのナマで私の脳がヤバし。ナマコンボの締めとして私とナマでする? とセクハラするのも時間の問題。


それに、三池氏のボディをガン見していると、あの夜の半裸が目蓋に蘇ってきて眼福。


「回収したい……合体シーンの……CG」


「CG? と、とにかくいつも通りで何よりです。あっそうだ(唐突)、再会を祝う前にちょっとお聞きしたいことがありまして」


――――んっ?


グツグツと煮えていた身体に寒気が走る。ありえない、三池氏を前にしているのに。


「あのですね……椿さんを疑うのは、俺としても不本意なんですが」


三池氏は言い辛そうに、こう言った。


「俺が半裸で椿さんを説得した事が、天道家に漏れているみたいなんですよ。そのせいで『俺が自ら裸になるほどの仲』を目指して、あの人たちが苛烈にアプローチしてきちゃって。どこで情報が漏出したのかな……椿さんに心当たりはありませんか?」


「………………………………………………………………あっ」


思い出した。

咲奈の胸タッチによって胸囲きょういの格差社会に絶望した私は。


「ふん! 胸なんて飾り。私は裸の三池氏に『行かないでください! ずっと俺の傍にいてください!』と追い縋られるくらい関係を深めている! 周回遅れの人たちはハンカチを噛みしめて悔しんで、どうぞ」


ついつい口走ってしまった。それも脚色増し増しで――

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