ジョニーよ、今、蘇る時(ご臨終編)

恐怖には鮮度があり、ブラコンとファザコンのコンボですっかり我が心はヒエッ切ってしまった。多少の事では何も感じない。

そんな不感症の俺に残った感情は――


「純粋な興味でしょうか。過去の自分が何をしでかすかわっくわくです」

「絶望に染まった目でわっくわくと言われても、困惑する他ないのだよ」

「人間、諦めが肝心。どうせ胃が壊死する未来しか待っていません。だったら最期の一瞬までハッピーに生きましょう」

「無理やり観賞させた僕が悪かった! 帰ってきてくれ、三池君!」


さあて、今週のクズさんは~?

酔っ払った俺は、酔っているのにも関わらず巧みな話術で対象から「オカズ」を引き出す。お前、本当に酔ってんの? と疑いたくなる狡猾さだ。

そんな男がパンツァーをどう攻略するのか楽しみだな。


『HEY! ミス・祈里! 固い固い、もっとリラ~ックス♪』

『は、はひぃ。しょ、しょんなこと言われまちぇても』

『OK、まずは深呼吸! 肩甲骨に意識を向けてゆっくり息を吸って~吐いて~』

『ひっひふぅ~、ひっひふぅ~』


ファザコンには強硬に攻めていたクズさんだが、パンツァー相手には回りくどい手を使っている。ラフな口調で受講生に近付き、緊張する心と身体をほぐすインストラクターのようだ。

考えたな、クズ。祈里さんはキング・オブ・チキンハートの持ち主だ。

いきなり「オカズにしたいからセクシーショットください」と頼めば「ええぇ!? きゅ、急にそんなこと言われましても……うっ、心臓がっ」となるのは自明の理。

対祈里さんへの作法としては、地球外生命体と接触するくらいの慎重なコミュニケーションが望ましい。


『どうだぁ~い! 落ち着いてきたか~い?』

『は、はいっ。タクマさんを見てもタップダンス級の動悸になりましたわ』

『いいね~うぃいね~。戻ってきたよ~、心拍数と言語機能が戻ってきたよ~』


「感情なんて枯れてしまったと思っていたんですけど、あの酔っ払いを見ているとイラッとしません? 人の神経を逆なでするために生まれてきた系ですよアレ」

「だが、祈里君の顔を見たまえ。最初より柔和になったと思わないかね? 彼女にとって神経逆なでマンは相性の良いキャラなのかもしれない」


おっさんの言葉が示すように、映像には祈里さんの顔が映っている。

今回のクズさんはテレビ電話で祈里さんと会話をしている。互いに顔を付き合わせ、軽いエクササイズに勤しんでいるところだ。

そんなやり取りをこっそりおっさんが撮影している。多分、祈里さんからもおっさんは見えているはずなのだが、彼女の視線はクズさんに固定されており、一向に気付く様子はない。


そういえば、ブラコンとファザコンは音声だけの交流だったのに、なぜ祈里さんだけテレビ電話? 酔っ払いのクセに妙に頭の回るクズさんのことだ、何か理由があるのだろう。


『よし、準備運動はこれくらいかな? それにしても、こんな夜遅くに電話してごめんねごめんね。もう寝ているかもって心配だったよ~』

『大丈夫ですわ。まだ祈祷きとう中でしたから』


「キトウ?」

キトウって、あの神仏に祈ったりする祈祷のこと? 祈里さんって信心深い人だったんだ。


『ほほう! ミス・祈里にはゾッコンな神様でもいるの~?』

『ズッコンだなんて、は、恥ずかしい……私が崇め奉っているのはおパンツ様。タクマさんから頂戴した至高の御パンですわ』

『OH、俺の苦心作じゃないかっ! 大事に使ってくれているのかい?』

『それはもうおパンツ様は我が身以上の存在、どうして雑に扱えましょうか。今日も私の家族が健やかに過ごせたことをおパンツ様に感謝し、明日も紅華や咲奈や……それに歌流羅が自分らしく生きていけることをおパンツ様に願い、最後にクンカペロハムしておパンツ様に染みこんだタクマさんのDNAと結合して幸せを噛みしめる。これが日課の祈祷ですわ』

『ヒュー、何というワビサビ! 最っ高にクール!』


「俺は常々思うことがあります」

「聞こうではないか」

「ボケとツッコミはワンセット。もしツッコミ役不在でボケだけ重なっていけば、その先にあるのは狂気じゃないかなって」

「頷ける考察ではあるが、僕には祈里君の祈祷云々にツッコミを入れる勇気はないよ」

「俺もです。あれはツッコミでどうこう出来る範疇を越えています。スルーして記憶から抹消するのが常人の心得ですね」

「だが、酔った三池君はスルーせず突っ込んでいくのだよ」

「突っ込んじゃいますか(あきら目)」


『さてと』

クズさんが短く息を整え、雰囲気を一変させた。


『俺のパンツを祈里嬢が有効利用してくれている事はよぉ分かりやした。じゃ、そろそろ代価をもらいましょうか』

フレンドリーさは消えて、ヤーさんの取り立て染みた物言いだ。


『だ、代価!? おパンツ様はタクマさんからの友愛の証では!?』

『自分の都合の良いように解釈するたぁ、いけねぇ嬢ちゃんだ』

『た、タクマさん。どうしてしまいましたの? 深夜の電話といい、赤いお顔といい、もしかしてお酒に酔って……」

『んな事はどうでもいい! あんたもパンツァーの端くれなら知っているだろ? 等価交パンの法則を』

『それはっ! パンツァーの大原則っ』


「等価交パンか。三池君はパンツについて造詣が深いのだね、知らなかったのだよ」

「いやいや、これ絶対ノリで言ってますよ。祈里さんも俺が酔っていると悟って、知った顔で合わせてますね」

「なるほど。二人ともアイドルだけにアドリブ演技が上手いではないか」


『おパンツ様に匹敵するパンツなんて持っていませんわ!』

『だったら今、穿いているパンツで手を打とうじゃないか。ここで脱いで梱包して南無瀬組宛てに郵送するんだ。一連の作業を見届けてやるよ」


ああ、だから祈里さんだけテレビ電話だったのか。

ブラファザコンみたいに「後で携帯にオカズを送ってね」と依頼しても、チキンな祈里さんでは途中でヘタレてしまうかもしれない。だったら、チキンな感情が介入する前に一気にオカズ映像を撮影する計画か。


テレビ電話機能が作動中の携帯をちょこちょこ操作するクズさん。

多分、テレビ電話を録画するよう設定したのだろう。抜け目ねぇな。


『む、無理ですわ! た、タクマさんが見ている前でストリップだなんて』

祈里さんが嫌々と首を横に振る。こういうピュアなリアクション貴重で好き。

ダンゴコンビなら俺を興奮させようとクネクネしながらうきうき脱いでいくだろうな。


『やるんだ! スポーツ選手がユニフォーム交換をして互いを讃えるように、パンツァーはパンツを交換し合う。実にスポーツマンシップに溢れた行為だ! 何を恥ずかしがる!』


「三池君の酔っ払い行為の中でも、これは特に熱い暴論なのだよ。理論も何もあったものではないが、とにかく勢いがある」

おっさんの呆れた声が、俺の耳を痛めつける。


『で、ですけど』


『祈里さんの勇姿はDVDに焼いて何度も観賞するっ! 祈里さんの一挙手一投足を俺の網膜に焼き付けて一生の思い出にする! 今、この瞬間の祈里さんの頑張りが俺の永遠になるんだ!』


『わ、私がタクマさんの永遠に』


『だから、勇気を振り絞って脱ぐんだよ、祈里さん!』


『……は、はぁはぁ……』

祈里さんが自分の携帯を机に固定し両手を空けた。胸を押さえながら苦しそうにしているものの、同時にうっとりした表情にもなっている。ペロッ、これは発情状態。


『タクマさん、私、ちゃんと映っています?』

『全体がきちんと観えているよ。よく似合うパジャマだね』


携帯から距離を置いた、水玉模様のシャツパジャマを着る祈里さん。これから暑くなってくる季節、祈里さんのパジャマは薄い生地のため身体のラインが浮き出ていた。プロポーションは姉妹一の性的魅力を放っている。バストサイズは二位の紅華を大きく離してトップ。次女の椿さんなんぞ比較するのが可哀想になるレベルだ。お尻の肉付きは十代にはないボリュームと締まった感じがパジャマの上からでも見て取れる。

顔は言わずもがな。寝る前なのでメイクは落としているはずなのに美しさに遜色はなく、唇の艶は相変わらずの傾国っぷりだ。


えっ? こんな美人が今からストリップするの、マジか……

唐突に惜しい気持ちが湧いてくる。

俺が観ている映像は、クズさんの携帯の画面をおっさんの携帯で映したもの。画質が悪いし、祈里さんが遠い。ちくしょう、もっと近くで見たい!


祈里さんが目をぎゅっと瞑って、パジャマの下を両手でゆっくりズリ下げ始めた。

時々、羞恥心に負けて手が止まるが。


『D・V・D!! D・V・D!! D・V・D!!』

クズのクズによるクズのための最低な応援が何度も後押しになって、祈里さんはパジャマは下げられ、彼女のパンツが露わに――


『も、もう見ていられないのだよっ!』


――と、おっさんの声が聞こえたと思った瞬間、映像が終わった。


「よ、陽之介さん……こ、これは?」


「傍観者でいるのは限界だった。僕は撮影を止め、DVDと連呼する三池君を抑えて、祈里君のストリップを終了させたのだよ」


「そうだったんですか。あ、ありがとうございました」


おっさんの行動は人として圧倒的に正しい。なのに、俺の胸に去来する無念さは何だろう

嬉しいやら悲しいやら悔しいやら、言葉にならない複雑な感情が渦巻く。

ふっ、俺もまだ若いってことか。


「この後、僕らは祈里君に謝罪して電話は切ったのだよ。祈里君は何やら不完全燃焼の顔をしていたがね」


「本当にお手数かけました。祈里さんには改めて謝罪の電話をします。ま、まあオカズ写真や映像が俺の携帯に送られてない分、咲奈さんや紅華よりは気まずくはなくて良かったです。さあて、どうやってごめんなさいしようかな?」


オカズについても確認するかしないか、いい加減決めないと……


「何を勘違いしているのかね、三池君」

「へっ?」

「犠牲者は四人と言っただろう。まだ昨夜の君のターンは終わってないのだよ」

「え、でも、祈里さんのストリップ打ち切りからどうして四人目が出て来るんですか?」

「それについては、続きの映像を観るのだよ」

「つ、つづき?」


おいおい、まだあるのかよ、俺の黒歴史。


おっさんが携帯のボタンを押し、映像を再生する。

そこには神妙な顔で腕組みするクズさんが映っていた。


『陽之介さんのおっしゃるように、ちょっと調子に乗りすぎたかもしれません』

『ちょっとどころではないだろう。明日どうやって謝罪するのかね?』

『そりゃあ、明日の俺にポイってことで』


ああ、マジでタイムマシンほしい。タイムパラドックス上等で映像の中のクズさんをコロコロしたい。


『それと、他にも反省点があります』

『ん、なんだね? こうやって再び撮影を頼んだ事に関わるのだろう?』

あそこまで醜態を披露した酔っ払いにまた協力するとは、おっさんは人が良すぎるんじゃないか。


『そもそも今夜のイベントは何が目的でしたっけ?』

『それは三池君の下半身が元気になるために、共演者の魅力アップを』

『いいえ、違います。もっと原点に立ち返ると」


クズさんが腕組みを解いて、両手を腰に置き、胸を張った。


『【度胸試し】、それが今夜のテーマだったはずです』


そう言えばそうだったな。酔っ払ったクズさんが『一番、三池拓馬! 今から度胸試しをしますッ!』とか宣言していた。色々あり過ぎてすっかり忘れていたぞ。


『しかし、やった事と言えば天道家の人たちにイタズラ電話しただけ!』

『イタズラした自覚はあったのだね』

おっさんのツッコミはもちろんスルーして、クズさんは続ける。


『全然、度胸試しになっていません! 自分でテーマを掲げておいて、背くとは俺の沽券に関わります!』

お前の沽券なんぞストップ安を突き抜けて地底深くに埋没したから気にすんな。


『では、どうするのかね? またあの手この手で変なことをするのでは?』


『いえいえ、最後はストレートでシンプルに行きます。いい加減、夜も更けまくっていますし、短期勝負です! それにおふざけもナシで』


クズさんがまた自分の携帯を取り出した。


『まず、電話帳の画面を開きます。俺が登録している人は南無瀬組か仕事で関わった方々だけで、そんなに量はありません。これを画面を見ず指で上下にスライドを繰り返します。適当に何度も』


『ふむふむ』


『んで、ここだ! ってところでタッチ。画面は見ないままですよ』


『ふ、ふむぅ?』


ぎゅううううう!!

俺の胃が悲鳴を上げた。嫌な確信が容赦なく身体を締め付ける。

あ、あかん! こらあかん!


トゥルウルルル、トゥルルゥル。


『んで、コールが鳴り出したらようやく画面を見て、誰に電話しているのか把握します。ああ、この人ね』

クズさんがうんうんと肯く。


『んで、電話が繋がったら――』


スピーカーモードの携帯からコール音が鳴り響く。その不気味さと言ったら筆舌に尽くし難い。

俺は願いに願った。誰かは分からないが、どうか電話に出ませんように、と。

すでに四人目の犠牲者がいると宣告されていても、過去は変えられないものと知っていても願ってしまった。


そして、願いは裏切られる。


トルゥルルト――コール音が不自然に切れた。誰かが電話に出たのだ。

その相手が「もしもし」と言うより早く。


『好きです! お慕いしております! あなたが生まれて来てくれたこと、俺と出会ってくれたことを神に感謝しっぱなしです! 夜分遅くに電話してすみません! でも、どうしても伝えたくて! いつもみんなのために邁進する姿は俺の憧れです! けど、無理し過ぎないでくださいね! 俺に出来ることがあれば何でも相談してください! これからもどうかよろしくお願いします!』


日頃のボイトレが活きたようで、噛まずに捲くし立てるクズさん。


『…………』


撮影係のおっさんが言葉を失い、クズさんを映し続けている。


『………………』


電話の向こうからは何の音もしない。コールに出るまでの時間からして相手は寝起きの可能性がある。寝ぼけた頭にいきなりの爆音声。意味が分からな過ぎてフリーズしているのだろうか。


それとも電波が悪くて、こちらの声もあちらの声も正しく伝わっていないとか? ああ、それいいな。そうであってほしいな……無理だろうけど。


たっぷりの沈黙の後。か細い声は聞こえてきた。


『………………ぇ…………く……ま……さま……』


ブワッと冷や汗が噴き出る。電話帳に登録している中で、一番当たってしてほしくなかった人の声に似ている……い、いや幻聴に決まっている。


『返事は要りません! でも、心に留めておいてくださると嬉しいです! じゃあ、良い夢を(イケボ)』


一方的に喋り通し、クズさんは電話を切った。


『ふぅ~、我ながら気持ちのいい電話っぷりでした』

『なに良い仕事したみたいに言ってるのかね! み、三池君! なぜ唐突に愛の告白などを!?』

撮影モードのままでおっさんがクズに詰め寄る。


『へっ? 愛の告白? ち、違いますよ。この度胸試しは、ランダムで選んだ相手にノンタイムで日頃の感謝を伝えること。さっきのイタズラ電話よりずっと良識のある企画でしょ?』


愛の告白じゃない? お前、初っ端に『好きです!』って叫んでいたじゃん。絶対わざとだろ? LikeとLoveを使い分けてんじゃねぇぞ!


『ぐむぅ、いや天道家の諸君よりは取り戻しが利く。三池君、誰に電話したのかね? 僕の耳には最も聞きたくなかったお方のお声がしたんだが、きっと僕の聞き間違いだ。耳が遠くなるとは歳は取りたくないものだね』

おっさんが頑張って現実逃避に勤しんでいる。さっきから映像中のおっさんとのシンクロ率が半端ない。


『俺が電話した相手ですか、それは――』


クズさんが言及するより早く俺は停止ボタンを押し、映像を中断した。もうこの先は観たくない。


「朝ごはん何かなぁ~」

「…………」

「昨日は自分の部屋に戻らなかったから、音無さんと椿さんが心配しているかな? 一応居場所は連絡しておいたけど」

「…………」

「そうだ、『みんなのナッセー』の収録の練習をしないと」

「…………」


必死に日常へ戻ろうとする俺を、おっさんは叱りはしなかった。怒鳴りもしなかった。

ただリモコンを取り、自分の部屋のテレビを点けた。


『朝の炎タメニュース』が流れる。その名の通り、炎タメテレビのニュース番組で全島放送、名に反して炎上率の低い良番組だ。


ニュースキャスターが原稿を読む。


『次のニュースです。今日から外遊のため出国予定だった由良様が急遽予定を取り止めました。由良様が公務をキャンセルするのは非常に珍しく、また理由が発表されていない事から関係者を始め国民の中で心配する声が挙がっています』


おっさんが何も言わず、こちらを見る。

俺は小さく笑った。笑うしかなかった。


俺はジョニーを復活させたかっただけなのに、どうしてこんな事に……

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