【天道歌流羅】

「……そうか、君たちは炎情ではなく、昔の私と会話したいのかッ」


「い、いえいえいえ。そんな張り詰めた歓談は望んでおりませんわ。ほんと、ほんとのほんとうにですわ!」


実のところ、炎情社長が元天道家と言うのは業界内では有名な話です。

先代天道家の四女、天道てんどうりつ。それが炎情社長の旧名でした。


不知火群島国の男性は最低五人の女性と結婚しなければならない。この法律に適応するべく、昔から天道家は五人の子どもを作るようにしてきました。五人いっぺんに一人の男性に嫁ぐのが最もシンプルで、天道家の繁栄に都合が良いからです。天道家の長い歴史の中では双子が生まれたため六人になったり、トラブルによって四人になったり増減があったようですが、次の代で五人に調整するようにしてきました。


そして、先代たちが産んだのは私と歌流羅と紅華と咲奈の四人。五人にならなかったのは、先代天道家の四女だった律叔母様が子どもを産む前に姉妹制から抜け、天道の名を捨てたからです。

姉妹制を抜けるという事は、一族から永久に縁を切ることを意味します。名を変えることが義務付けられ、完全に他人となります。


炎情社長が元天道家だと知っていても今日この日まで赤の他人として接触していたのは、このデリケート過ぎる問題に私自身首を突っ込む度胸がなかったためです。

律叔母様が天道家を去った理由は知りません。あまりに重苦しい話題故にお母様にも聞けませんでした。何となくアイドルをするよりプロデュース側に回るのを好んだため、と自分では解釈しております。


天道家の子作りは計画的に行われます。

姉妹たちは四年から五年スパンで順に子を産むようにしてきました。歳が近すぎると、芸能界で天道家同士による人気の取り合いになりかねませんから。


二十七歳の私。二十三歳の歌流羅。十九歳の紅華。十歳の咲奈。

紅華と咲奈の歳が離れすぎているのは、本来この間に律叔母様の子が入る予定になっていたためです。


お母様が私の婚活を早く終わらせたい背景には、天道家の五人問題が重く圧し掛かっています。歌流羅まで抜けてしまった現状、天道家は三人体制になってしまいました。これを五人に戻すには一人一子を作るだけでは足りません。おそらく私が二人ないし三人産むことになるでしょう。時間がないのです。

出産の機会が増えれば、それだけ芸能活動が出来なくなります。子どもは可愛いものですが、芸に生きる者として複雑な宿命だと思っていました――タクマさんに出会うまでは。

ふふ、タクマさんの子どもなら何人でも構いませんわ。五人システムを補填するどころか溢れさせて崩壊させてもオーケーです! 子沢山どんとこい!



「この炎情が……いや、この私が説得しても美里姉さんは変わらない。むしろ天道を捨てた女の戯言だと鼻で笑うでしょうね」


っと、タクマさんとの幸せ家族計画に思考が浸っていましたわ。あら、社長がシリアス全開になっていますわね。ええと、なんの話でしたっけ?


「やはり美里様を動かすのは難しい……と」


メイドが主人の私をほったらかしにして話を進めています。

はっ! そうでした。この堕メイド! 元天道家の力を借りると決めはしましたけど『元天道家』として扱うのはプライバシーの侵害だからダメ、としていましたのに!


「力になれなくてごめんなさい。五人体制を崩した張本人が何を言うか、と祈里さんはお怒りだと思いますけど」


「めっそうもありません、私は何も気にしていませんわ」


「器が大きいのね。こんなマスクで名前と顔を隠している私とは大違い」


「そんなことはありませんって、おほほほ」

律叔母様が過去の自分と向き合っている最中、妄想の中でそろそろ三人目をとタクマさんをベッドに誘っていた――とは言わない方が賢明でしょうね。


「それより私のメイドが失礼をしてすみませんでした。ほら、きちんと謝罪しなさい」

背後のメイドを叱ると。


「誠に申し訳ありませんでした」メイドは深く頭を下げ――ると思いきや「が、わざわざ礼を失してまで律様のお名前を出したのにはワケがあります」途中で顔を上げました。


「どういうことですか?」


「私が真に説得して頂きたいのは美里様ではありません。『歌流羅かるら様』です」


歌流羅。その名前を聞くと頭が軋みます。私の大事な妹にして恐るべき人。


「急に何を言い出しますの! 歌流羅? あの子の名前がなぜ出てきますの!?」


「歌流羅様が天道家を去ったのは、律様に勧められたからでございます」


「――ええっ?」


「……さすがは天道家のメイドですね。そこまで掴んでいるなんて」


私を挟んで律叔母様とメイドが分かった顔で話をしています。蚊帳の外ってレベルじゃありませんわ。


「メイド! あなたは何をどこまで知っているの!?」


「大体のことは全て。歌流羅様の今の名前も、どこで何をしているのかも」


歌流羅の現状……私だって本気で調べれば掴むことは出来ます。でも、私は積極的に彼女を忘れようとしていました。

あの子が私たちを捨てた……そのことに一抹の安堵を覚えてしまった。そんなダメな姉には妹の今を知る勇気がなかったのです。


「律叔母様はどうして歌流羅を……?」


「それは歌流羅さんの内面に深く関わること。本人の了承なくして語ることは出来ません、ごめんなさい」


ええいなんですの、二人して!


「メイド、あなたは歌流羅を取り込む気なの? あの子がいればタクマさんの協力がなくても、もしかしたら」


天道家歴代一と謡われたあの圧倒的な才能。その援護があれば、コンペ勝負に勝つことが出来るかもしれません。でも、勝つために自分たちを捨てた者に頼る。それでは私や紅華や咲奈が哀れ過ぎますわ。


「そうではございません」

メイドは私の心中を察したのか、静かに首を横に振りました。


「お屋敷での話し合いで申したように『元天道家』の方にお願いするのはあくまで『仲介』でございます」


「仲介って……それじゃあ歌流羅がタクマさんを説得しますの? まるで歌流羅がタクマさんと仲が良いみたいに」


「仲は良好でしょう。おそらく歌流羅様の頼みなら、タクマさんは私たちに協力してくださいます」


はっ? 私の妹は、天道家から抜けておいてタクマさんの下半身をも抜く美味しいポジについていると言いますの? それが真実なら私の怒りが有頂天ですわよ!


「それで、私に『仲介者の仲介者』になれと言うのですね?」


「歌流羅様にとって律様は恩人です。その言葉なら聞いてくださるかもしれません」


「コンペ勝負に至った原因の一端に歌流羅さんの離脱があるのは確かなこと。私が彼女を唆した責任は果たさなければなりませんね」


「ま、またあなたたちは私の知らない事で納得し合って」

無力感に苛まれます。今まで歌流羅から目を逸らしてきたツケなのでしょう。こうなったら腹を決めますわ!


「律様! それにメイド! 知っていることを全て教えてください! 歌流羅と話すにしても私も同行しますわ!」


「……よろしいんですね?」

律様が探るように私を見ますが、頑として言います。「もちろんですわ!」


「了解しました。ちょうど今、歌流羅さんはここ炎タメテレビ局に来ているはずです。この後、会いに行きましょう」


「へっ? ここにいま? いきなり会いますの? ちょっと急過ぎません?」


決めていた腹が痛くなってきました。あたたた……

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