由良様の献身

第五回・世界文化大祭の開催国が、不知火群島国に決定したのは、あの晩餐会から一ヶ月ほど経ってのことだった。


南無瀬組が利用する『離れ』に一報を知らせに来た由良様は喜色満面。清楚ながら、どこかうれいと共にあった彼女が純粋に喜んでいる。その事実が、俺の心に大きな温かみを与えてくれた。


「それもこれも拓馬様のおかげでございます。感謝の念にえません」


「よしてくださいよ、俺は晩餐会でダンスをしただけです。開催権を勝ち取ったのは由良様や招致チームの方々の努力のたまものですよ」


毎度のごとく謙遜する由良様を褒め讃え、俺は彼女との淡いひとときを楽しんだ。



――その日の夜。



「大方の予想通り、開催国は不知火群島国になったわけや。やっぱ実行役員を病院送りにしたのが効いたんかな?」


「三池氏にダンスサービスさせておいて、ブレイクチェリー女王国を選んだらリ捨て案件、南無瀬組によるカチコミも辞さない。実行役員が賢明な判断を下せる集団で良かった。血が流れずに済む」


「おっかないこと言わないでください。素直にお祝いしましょうよ」


「そうです! 今日は良き日です! なにしろ邪悪なブレチェ国を打倒して、開催権を掴み取った記念すべき日! ふふふ、三池さんの前ではブレチェ国の汚いハニトラなんて無駄無駄ァですね!」


「なんか音無さんから個人的な悪意がダダ漏れのような……そんなに嫌いなんですか、ブレチェ国?」


「やだなぁ、三池さん。嫌いだなんて、あたしがブレチェ国に関心を抱いているみたいじゃないですか。んなわけありませんよ、好きの反対は無関心って言いますし、何一つ思うところはありません。ってか、ブレチェ国ってなんですか? そんな国ありましたっけ? むしろ国の名前なんですかソレ? ソレェ?!」


なるほど、よっぽど嫌いなようだ。昔、住んでいたそうだけど、何かあったんかな?


「開催国に選ばれたのはめでたいが、私たちは普段通りに努めるべき。国内の熱狂に当てられて、警戒心が薄れること無きよう」


「椿はんの言うとおりやな。浮き足立つ情勢に惑わされんよう、うちらはしっかり地に足を着けて活動するで」


夕食を終え、居間でくつろぎながら俺たちは今後について話し合っていた――と。

『ピンポーン』と玄関のチャイムが鳴った。


「夜分に失礼します。どうしてもタクマ様にお伝えしたいことがありまして」


訪問者は、中御門邸で働く老齢の使用人さん。晩餐会に出てほしい、と俺に頼んだ人だった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ここか……」


三十分後。俺の姿は『離れ』から遠く、中御門本宅の、それも深部にあった。

いつも同行する南無瀬組はいない。ここには、俺一人で来ている。


目の前には横開きの和式扉。傍の壁に表札が掲げられ、達筆な文字で『中御門由良』と書かれている。

そう、俺は真夜中だと言うのに、由良様の部屋を訪ねていた。何度か通った執務室ではない、由良様のプライベートスペースである私室にだ。


どうして、俺がこんな所にいるのか……それは。




「なぜ、由良様が世界文化大祭の招致に熱心だったのか、ご存じでしょうか?」


『離れ』に現れた使用人さんは晩餐会での協力に対し、改めてお礼を述べてから、そんなことを言った。


「そりゃあ、招致出来れば、国内の芸能分野が活性化しますし、世界中からの観光客を見込めるからじゃないですか?」


前に招致のメリットについて教えてもらったことを、俺はそのまま口にした。


「もちろんそうでございますが、由良様は領主と国主という二足の草鞋わらじを履くお方。いくら世界文化大祭が自国に潤いを与えるイベントだとしても、そればかりにかまけていられません。現に招致活動が始まった頃、由良様は他の仕事に忙しく、招致は部下に任せっきりでした」


「えっ?」


「由良様が招致チームの陣頭指揮を本格的に取り出したのは、今から半年ほど前……ちょうどタクマ様がアイドルとしてデビューした時期です」


「ふむ」「はっは~ん」「やるやん」

ダンゴや真矢さんが、まるっとお見通し顔になる。

やだっ、俺の周りの人たち理解早すぎっ!


「俺のデビューと招致にどういう関係があるんですか?」


「開催国に選ばれますと、予算を通しやすくなります」


「予算?」


「世界文化大祭の期間中、国内外から多数の来客が予想されます。と、なれば男性のお客様がやって来るかもしれません。開催国として、男性が安心して利用出来る施設を増設する必要があります」


そう言えば……アイドル活動でテレビ局や、文化センターを訪問することがあるが、そんな時に困るのは男性トイレの少なさである。

利用する男性が圧倒的に少ないのだから、トイレが用意されないのは理解できる。しかし、そんな理屈で尿意が治まれば苦労はしない。


「男性へのケアを考慮せずに、開催に踏み切れば他国から顰蹙ひんしゅくを買いかねません。由良様はこれから新規、既存施設に関わらず男性トイレや男性用出入口設置の予算を議会に通していくでしょう。世界文化大祭の看板を前面に出せば、反対意見を封殺することが出来ます」


俺がアイドルデビューした時期と、男性が安心するための予算。まさか由良様は……


「由良様の目的は、世界文化大祭にかこつけて、俺が活動しやすいよう環境作りをすること、だったんですか?」


「左様でございます。あのお方は、デビュー当時からタクマ様を心より応援していますから。タクマ様が安心安全にアイドルでいられるよう、多忙の身に無理をして、招致活動に励んでいたのですよ」


「そんなことが……っ!」


居ても立ってもいられなくなった。

俺のためにわざわざ世界文化大祭の招致という余分な仕事を負い、それを愚痴ることも恩着せることもなく、真面目に取り組んできた由良様。


彼女の献身に気付かず、さらには寝床まで提供してもらって温々ぬくぬくしていた自分が情けない。何でもいい、何かをしてむくいたい。


「俺、今から由良様の所に行ってきます! きちんと感謝の気持ちを伝えないと」


「せやけど、もう真夜中やで。由良様もお休みになっているとちゃう?」


「うっ、たしかに。使用人さん、由良様は自室に?」


「先ほど私共使用人に挨拶をして、お部屋に戻っていきました」


「じゃあ、もう……」


今すぐ会いたいが、年頃の婦女子の部屋に夜中押しかけるのは俺の常識が許さない。残念だが、明日にするか。


「ですが! 気にすることはありません。この時間ならまだ御就寝してはいらっしゃらないはず。それにタクマ様の来訪ならいつ如何なる時でも、由良様的にウェルカムでございます!」


よぼよぼの目をカッと見開き、使用人さんが握り拳を作る。

「おうさっさとしろよ、一時のテンションに任せて後先考えず突撃しろや」と目が饒舌に語っていらっしゃる。


そんなわけで使用人さんに背中を押されまくって、俺は由良様の私室へと向かうことになった。


南無瀬組の同行は、俺の方から断った。

ぞろぞろと大人数で会い行き、由良様の安穏を脅かすのは気が引けたし。

何より、俺のために頑張ってくれた由良様へ感謝を伝えるのに、俺以外の人々と向かうのは『違う』と思ったのだ。


とは言え、同行を拒否されて納得する南無瀬組ではない。

コメカミをピクピクさせ不満を露わにする彼女らを抑えるため、脈拍の高ぶりを感知して警報を鳴らすアイテムや、常に位置情報を南無瀬組に知らせるGPS、アレな針を飛ばして悪女を無力化する腕時計など、俺は多種多様な防犯グッズを装着する羽目になった。

動きづらい事この上なし。




さて、重装備で由良様の私室へとやって来たのだが。

扉を前にすると、上がっていたテンションが幾分か落ち着く。そうすると今更ながら、使用人さんにかつがれたかもしれない、と疑いの心が出てくる。


なぜ使用人さんは昼間・・ではなく、わざわざ夜中・・に現れて、由良様の献身を俺たちに明かしたのか――


昼間だったら、俺は由良様の執務室にお礼を言いに行っただろう。こんな時間じゃなかったら、由良様の私室に行くという選択肢は発生しない。

まさか、あの使用人さん……俺と由良様の間に間違い・・・を起こさせる気じゃなかろうか?


邪推すると、何だか胸とジョニーの鼓動が激しくなってくる――って、いやいや、邪なことを考えるんじゃない。クールになるんだ、俺。

由良様は恩人なんだぞ! 恩人に牙を剥き、ついでに服まで剥くなんて出来るかっ!


紳士だ、英国紳士も裸足で逃げ出す紳士っぷりを発揮するのだ!


俺は深呼吸を一度行い、紳士らしくスナップの効いたノックをした。


「……どちら様ですか?」


間を置いて、扉の向こうから不審げな由良様の声が届く。夜分にアポ無しで来たら警戒もされるか。


「遅い時間に失礼します。三池拓馬です」


「たくまさまっ!? ど、どうしてワタクシの部屋に!?」


「由良様と話したいことがありまして……あ、あのご迷惑じゃなかったら部屋に入れてもらえませんか?」


「入る? ワタクシの部屋に、拓馬様がin? しょ、少々お待ちくださいませ!」


ドタドドタバタゴタッ!


わお、音だけでも分かる。部屋の中がドッタンバッタン大騒ぎになっている。

由良様って整理整頓をしっかりしているタイプだと思っていたが、意外と散らかしているのかな。やっぱり、いきなり訪ねるのは不味かったか。


カチッ「あっ!」

ヴィーーン、ヴィーーン。

「しまっ!?」カチッ……


ん? 部屋の中から変な音がしたと思ったらすぐに消えた。なんだろ?


バタバタ……ガゴッ「いきゃっ! ~~~~っ!!」


おっと、すねをテーブルの端で打ったような音と苦悶を押し殺す悲鳴。聞いた俺の足まで何だかジンジンしてしまう。



そんなこんなで五分後。


「大変お待たせいたしました」


扉が開いて、由良様が姿を見せた。落ち着き払った佇まいである。

いつも垂髪に整えている髪は、就寝に合わせてか緩いお団子スタイルになっており、清楚な雰囲気に可愛らしさまでブレンドして向かう所敵なしだ。


また、普段は巫女服な彼女だが、寝巻は浴衣らしい。温泉宿にありそうな、薄紅の生地に藍色の帯。

巫女もいいけど寝巻姿も超絶似合って、本当にご馳走様です――と、なる場面だが、それより全然乱れていない浴衣に驚く。あれほどの騒音を作り出しておいて、着崩れがないとは……

さらに汗一つなく、息も上がっていないお顔からは、異性の突然の訪問に全速力で部屋を掃除しました感は微塵もない。


「どうぞ、お入りくださいませ」

「お邪魔します」


由良様が『今のドタバタお片付けはノーカン、ツッコミはダメ、いいね?』という振る舞いをするのならば、応えるのが紳士のマナー。俺は持てるスルー力を行使して、何事もなかったかのように室内へと足を踏み入れた。

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