バタフライの脅迫

「おほほほほほッ、ようやくワタァシの出番ですね」


後半戦のしょぱなからヤバい人が現れた。いや、本当はこの晩餐会の開始時から「あっ、変人だ」と一目ひとめで気付き、視界に入れないよう頑張っていた。


が、ダメッ。正面に立たれては見ざるを得ない。


「さすがバタフライ婦人ね。タクマさんを前にしてもブレないわ」


「おほほほッと高笑いしながらの背中のりっぷり。今日も余計に反っているわ」


「それにアレ、バタフライ式ゴージャスヘアーに着目してみて。蜘蛛の巣に引っかかっても突き破るほどエレガントに生えているわ」


外野のみなさんが大声でヒソヒソするように、バタフライ婦人は他と一線を画していた。


まずドレス。とにかくド派手である、パープル色の生地の上から煌びやかな宝石をこれでもかっ! と執念すら感じさせるほど装着している。なんかチカチカして目に悪い。


さらに髪。中世音楽家でもそこまではしねぇよ、というくらい上下左右に暴れ回っている。百花繚乱にも程があるぞ。髪のセットに毎日何時間かけているのか、興味が湧いてくる。


あとは顔なのだが――婦人と呼ばれるもののそこまで歳は取っていない。二十代くらいか……やたら濃い顔をやたら濃い化粧でメイクしているので正確な歳は分からない。また、昔の少女漫画のように大きな瞳に星を散りばめた目は、異様なプレッシャーを放っていた。


「歩く三十万カラット宝石のタクマさん。ワタァシはバタフライ、周りからは親しみと尊敬を込めてバタフライ婦人と呼ばれています。ぜひ、タクマさんも『バタフライ婦人』とおっしゃって。よくってよ、よくってよ!」


「そ、そうっすか。で、では、よろしくお願いします。バタフライ婦人、さん」


圧倒される中、何とか言葉を絞り出すとバタフライ婦人は笑った。擬音を付けるなら『ニタァ』であろうか、バタフライのくせにどう見ても捕食者側だ。


「んふふ、お互い言葉を交わして親睦を深めたところで、もっとお近づきにならない?」


俺の会話ブースには『ここから先は入らないでください』とする停止線が床に書かれている。バタフライ婦人は何なくそれを踏み越えた。


「アウト、拘束する」

「キリキリお縄について、キリキリ歩きなさい!」


すかさず椿さんと音無さんが前面に出てくる。


「きゃっ、こわぁい」

バタフライ婦人はおどけた調子で停止線の外へと後退した。


「乱暴ねぇ、お客に対してそんな態度でよくってなの?」


「強漢魔がお客を称すとは笑わせる」

「ダンゴは護衛対象を守るためなら、どんな権力にも屈しません!」


緊急事態に対応するダンゴの背中に頼もしさを感じずにはいられない。

それだけに敵と認識されてしまった者には、この二人が恐ろしく映るだろう――と思ったのだが、バタフライ婦人はゴージャスさを微塵も低下させなかった。


「酷い誤解。酔っ払ってふらつき、たまたま停止線を越えてしまっただけなのに」


「あくまで偶然だとおっしゃるのですか?」


とがめる声を上げたのは由良様だ。一触即発の気配を感じ、他の実行委員との談笑を切り上げて、こちらへ駆け寄ってきたのである。


「そうそう、事故よ、事故。ねぇ、問題はないでしょう……中御門由良さん?」


「事故……」

由良様が渋い顔をする。


「不知火群島国のお酒は美味しいですからついつい飲み過ぎてしまいました。それにタクマさんという上質なフェロモンも合わさって、酔いが回り、足下がおぼつかなくなってご覧の通りに。これって仕方ないと思いません?」


ペラペラと言い訳を重ねるバタフライ婦人からは、酔っ払い特有の支離滅裂さはない。絶対、素だな。


「酔っているのでしたら別室でご休憩してはいかがですか? 係の者に案内させます」


「お気遣いどうも。けれど、だんだん覚めてきました。タクマさんとの会話時間はまだ残っていますし、もう少し堪能しようかしら――」


バタフライ婦人と由良様の冷ややかな会話から距離を置いた場所で、真矢さんに尋ねる。


「なんで、あんな変な人が実行委員に混じっているんですか?」

仮にも世界文化大祭の実行委員。国際的な権力を有する団体に、あんな突飛な人物が所属していて良いのか?


「バタフライ婦人は、世界的に有名なコレクターなんや。宝石、アンティーク、新進気鋭のオブジェクト。芸術に分類されるモンなら何でも集めとる。せやから、美術品の管理に関する知識は誰にも負けへん。世界文化大祭の開催地を選ぶのに重要なのは、美術品を盗難から防ぐのはもちろん、劣化せんよう理想的な環境を整えることや。バタフライ婦人は、美術品管理の能力を高く買われて実行委員に選任されたんやろな」


「だからって……」


俺が憤っている間も、由良様とバタフライ夫人の会話は続いており――


「男性を大切にする由良さんの、いえ不知火群島国のお考えは分かりますが、ワタァシは賛同しかねません。男性の価値が宝石の如く貴重なのは同意します。なれば、宝石のように見るだけでなく触って着飾るのが正しいで方ではないでしょうか?」

バタフライ婦人が晩餐会ホールに響くよう、高らかに言い切った。


「バタフライ婦人の出身国では男性の売買が認められています。宝石と言うだけあって酷い扱いはされていないみたいですけど、物同然です。ブレチェ王国と同じでホント時代錯誤」

音無さんが毒づく。

これが、男性の人権が低い国の考え方か。実際に聞かされるとショックだぜ。


「あら、そこのポニーテールのあなた……今、時代錯誤とおっしゃいました?」


バタフライ婦人が俺たちの方を向いた。


「っ、そうです! 今時、男性を物扱いするだなんて前時代的過ぎます!」


吠える音無さんへ、ヤレヤレとバタフライ婦人は言う。


「自分たちは他者より上等だとする高慢さ。まったくもって卑しい。ワタァシに言わせれば不知火群島国も十分に時代錯誤です」


「それはどういう意味ですか?」

次に喰い付いたのは由良様だ。自分の愛する国を悪く言われて、黙っていられなかったと見える。


「今回、ワタァシは世界文化大祭の招致国を決めるため、ブレイクチェリー女王国と不知火群島国を訪問しました。この場で審議結果を話すのは違反かもしれませんが、あえて言わせてもらいます」


「ちょおまっ!」と止めようとする他の実行委員たちの声を無視してバタフライ婦人は喋り続ける。


「どちらの国も素晴らしいクオリティでした。ワタァシは過去の文化大祭でも美術品管理アドバイザーとして同行していましたが、以前の開催国より上出来です。これでしたら『第五回 世界文化大祭』は成功したも同然でしょう。両国とも選ばれるだけの実力を有しています……が、しかし」


しかし?

バタフライ婦人の『溜め』に会場の誰もが翻弄される。


「男性参加、という点で言えば圧倒的にブレイクチェリー女王国に軍配が上がるでしょう」


男性……参加?


「ブレイクチェリー女王国のコンサートホールや美術館をチェックする際に、ワタァシたちは男性に解説してもらいながら見て回りました。可愛い男の人が懸命に自国の施設をアピールする姿、まさに宝石の如き輝きでしたね。思わず労いに肩をさすってしまいましたが、逃げることなく受け入れてくれましたよ」


ブレチェ王国は男性を使ったハニートラップで、実行委員の好感度を稼いでいたと聞く。

甘いハニーをバタフライが好むのは自明の理か。


「それに比べて不知火群島国はどうですか? どの施設に赴いても案内するのは女性ばかり。町中を見ても男性の姿はほとんど見ません。男性を大事にし過ぎて自宅に隔離する人が多いそうですね。ワタァシの国では、男性は己の財力を示す大切な宝石。宝石は他人に見せびらかす物でしょう? 当然、男性を連れ歩くようにしています。さて……」


もはや演説と化したバタフライ婦人の言葉。

一度、周囲を見回し得意満面になった彼女は、由良様の顔を覗き込みながら辛辣な言葉の刃を振りかざした。


「人扱いして自宅に束縛することと、物扱いして外を闊歩かっぽさせること。どちらが時代錯誤で、どちらが文化的なのでしょう? ワタァシには男性も一緒に活動するブレイクチェリー女王国の方が、文化が成熟しており、世界文化大祭の開催国にふさわしいように見えました」


ううむ、ハニートラップをまさかこんな風に解釈をするとは。物は言いよう、とはよく言ったものだ。

随分と聞こえが良くて感化される人も出てくるだろう。


実行委員の中には、バタフライ婦人の講釈に頷く人が何人かいる。おそらく男性人権が低い国の人々だ。

実行委員たちは、公平を期すために開催国候補以外から選出されている。不知火群島国の国民もブレチェ王国の国民も所属していない。とは言え、自分の出身国に近しい価値観の国に感情移入してしまうのだろうか。



「…………バタフライ様、少々言葉が過ぎると思います。それ以上は我が国を侮辱した、と取らざるを得ません」


最悪の雰囲気となってしまった晩餐会会場に、由良様の硬直した声がひんやりと上がった。


「ふぅ、自覚している以上に酔っぱらってしまったみたいですね。ごめんなさい、中御門由良さん」


バタフライ夫人は素直に謝罪のポーズを取った。だが、声に反省の色はなく、頭を下げてバタフライ式ゴージャスヘアーを眼前に突けられても謝れている気分にはなれない。


「お分かり頂き、ありがとうございます」


由良様は大人だった。招致チームの一員として、不知火群島国の代表として、ゲストを丁重にもてなす。

実行委員の顰蹙ひんしゅくを買って、世界文化大祭の招致に失敗するわけにはいかない、という彼女の覚悟を俺は感じ取った。



「さて」

バタフライ夫人がパンと手を叩いた。もうこの話はおしまい、と言うことだろうか。

「まだ三分間ありますね。タクマさん、もっとお喋りしましょ。何なら、あなたが不知火群島国の『男性参加』の意志を示してもよくってよ」


はは、せっかく鎮まりかけていた場を乱すのか。やってくれる。


これはある種、脅迫だ。

俺がバタフライ夫人を積極的に接待しなければ、世界文化大祭の開催国にはしない、という。

彼女にどれだけの決定権があるのかは知らないが、巧みな弁舌で「不知火群島国は男性の扱いから見て文化成熟度が低い」とイチャモンつけて他の実行委員を丸め込むかもしれない。



サッと辺りを見る。

南無瀬組の面々はブチ切れ寸前だ。『ピキッピキッ』と額に血管が浮き出ている人が大半。組員さんらが爆発したら、バタフライ夫人終了のお知らせになるが、招致の話も終了になってしまう。

由良様はお優しかった顔を能面にして、ジッとバタフライ夫人を見つめている。いったいどんな胸中になっているのだろうか。


このように、場には膨大な怒りが充満していた。


でもな、みんな――悪いけど、この中で一番キレているのは、俺だ。


先ほどから頭の中が驚くほどクリアになっている。一人一人の様子を観察して、誰が何を思っているのかを分析するほどに冷静だ。

怒りを通り越して、頭が冷え切っている。


実行委員という有利な立場から、よくも好き勝手言って、俺の大切な人たちをコケにしてくれたな。

由良様が世界文化大祭の招致にどれだけ心を砕いてきたのかは、僅かだけ時を共にした俺にも伝わるほど強いものだ。それをしたり顔で愚弄しやがって……


たしかに不知火群島国の男性は、外に出ることが少なく、外国人から見れば隔離していると思われるかもしれない。でも、その状況をどうにかするためにアイドルのタクマがいるんだ。

男である俺がアグレッシブに活動することによって、ちょっとずつだけど男性に活力を与えている。

事実、東山院で出会ったトム君たちや、南無瀬組員の旦那さんたちが積極的になり始めている。これから外で何かを始める男性がどんどん出て来てくれることだろう。


その兆しを無視したバタフライ婦人の主張には異議ありだ。

それに、男性を気遣ったお題目を掲げる彼女――の本音が「不知火群島国を追い詰め、男性を差し出させ、イチャイチャしたい」というのは、他ならぬ彼女の視線が言っている。さっきからジョニーへの注目度が熱い。


「ワタァシ、タクマさんのプライベートに興味があります。普段は何をして過ごしているんですか?」


馴れ馴れしいバタフライ婦人に、俺は笑ってみせた。


「楽しいお喋りもいいですけど、せっかくの機会です。もっと楽しい事をしませんか?」


なっ!? と、周囲が驚愕する。


「いきなり何言うてんねんっ!」「どうしちゃったんですか!」「まさかのご乱心!」

真矢さん、音無さん、椿さんが俺の正気を疑う。


「……へぇ、タクマさんは存外話が分かる人なんですね。乗り気になってくれて嬉しいです、おほほほほほッ」


そうやって背骨が折れるほどエビ反りで高笑いしているのも今のうちだ。


「じゃあ、これから俺と晩餐会らしいことをしましょう」


晩餐会に出席することが決まってから、俺はツヴァキペディアの協力の下、不知火群島国の社交パーティーの常識やマナーを勉強した。

多くの作法は地球のものに似ており、中には社交パーティーならではの催しの講義もあった。


あの時教えてもらったアレ・・をやろうじゃないか。


バタフライ婦人。あんたは俺を追い詰めたと思っているのかもしれないが、逆だ。

あんたが追い詰められたんだ。もう逃げる術はない。


最後の時まで、たっぷり楽しんでくれよ。

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