堂々たるミスター
「あらあら南無瀬真矢さん、お久しぶりザマス。妙子さんはお元気?」
「元気も元気やで。最近は陽之介兄さんとの夫婦仲が再熱して、見ていて暑くてかなわんわ」
「それは羨ましいザマス。あたくしの方はもうさっぱりで……」
「
「あらぁ、そう言われると情熱がぶり返しそうザマス。おほほほ……っと、それで本日はどのようなご用件でいらしたんザマしょ?」
東山院杏さん。
御年38歳で、娘のメアリさんをさらに大人っぽくした感じの東山院の領主様が、俺を見た。
あなたに関わる用件なのでしょ、と目が言っている。
よそ行きの柔和な笑みの裏に神経質な面が潜んでいそうで、何ともやりにくい。PTAを仕切ってそうなオバちゃ……ごほごほ、大人の女性だ。
「お初にお目にかかります」俺はミスター仕様の変装を解き――
「三池拓馬です。お会いできて光栄です」と、丁寧に挨拶する。
「こちらこそ光栄ザマス。世界唯一の男性アイドルとこうして顔を合わせられるなんて、今日はなんて良い日ザマしょ」
アンさんに驚いた様子はない。
南無瀬組男性アイドル事業部の真矢さんが、男性を連れて訪ねてきた。それだけで予想は付いていたようだ。
東山院二日目。
そして、コンテストを明後日に控えた日。
ホテルを出た俺たちが向かった先は
クリスタルの先端を彷彿させる細長いビル、その最上階の部屋で俺たちは東山院アンさんと対峙している。
領主でありながら南無瀬組長として領内の治安を守る妙子さんと同じく、アンさんもまた領主以外の肩書を持っているのだ――学生たちの婚活を支援する仲人組織の代表という肩書を。
「二日後に控えたコンテストについて、お願いがあってきたんや」
「……なんザマス?」
南無瀬と東山院。
不知火群島国の大島の名を苗字にする真矢さんとアンさんは顔見知りらしく、その
「こちらの拓馬はんがな、今回のコンテストの話を聞いてめっちゃ感激してんねん。是非とも盛り上げに一役買いたいんやって」
男子たちの依頼は、『コンテストに飛び入り参加して優勝を勝ち取って欲しい』だ、漫画だったらさぞ手に汗握る展開となるだろう。
しかし、現実でそんなことをすれば
仲人組織やお見合い指定校の顔を思いっきり潰したということで、俺の所属する南無瀬組が賠償や恨みの対象となってしまう。
そこでだ、俺たちは考えた。
非公認の飛び入り参加ではなく、仲人組織代表のお墨付きを得て、堂々と参加すれば良いのでは……と。
堂々とステージに立ち、堂々と歌い、堂々と観客たちの頭をパァンして、堂々とコンテストを続行不可能にするのだ。
それに飛び入り参加では俺の安全対策が満足に出来ないが、主催者が承知しての参加なら十分に安全に対する準備が出来る。
「女子の皆さんが婚活に汗を流し、チーム一丸で努力する姿はとても胸に来るものがあります。まさしく人生をかけた一大勝負。彼女たちの頑張りを知ったら、俺も居ても立ってもいられなくなって……微力ですがコンテストの成功に協力したくなったんです」
「あらまあ! タクマさんにそう言ってもらえるなんて、おほほほ……むずがゆいザマス」
破顔するアンさんに、こちらの意図に気付いた様子はない。が、油断は出来ない。
何しろ相手は領主だ、腹芸に
「ただでさえお忙しいのに、本番直前にこんな申し出をしてすみません! ですが、なにとぞご一考をお願いします!」
「男性にそんな畏まられると困ってしまうザマス。おほほほ……それで盛り上げるのに一役買いたいそうザマスが、タクマさんを舞台に上げるとして、一体どんなパフォーマンスを見せてくれるんでザマスか?」
「歌をうたう予定です。こう、ギターを手にして」
「あらまあぁん! タクマさんはこれまで歌を披露したことはないザマしょ? あたくし共のコンテストで初公開してよろしいザマスの?」
「構いません。それだけ素晴らしいコンテストだと、俺は思っています」
今回のコンテストは、男子との交流相手を決めるためのもので、興行目的ではない。
場を盛り上げても利益になることはない。
なので、俺が特別ゲストとして出ても運営する仲人組織にメリットはないし、仕事が増えるだけだ。
だから、それでも登用したいと仲人組織に思わせるくらいのエサとして、俺は
前に『みんなのナッセー』の収録で歌を披露して、子どもたちを未開の部族化したりネズミ化したり夢の世界へ落とし込んだりしたのだが……どうやらアンさんの耳には入っていないらしい。
内心ホッとする。もし、俺の歌がいわくつきだと知られていれば、この話は即蹴られていただろう。
「男子と交流出来るのは一チームだけや。他のチームは涙を呑むことになるけど、拓馬はんの歌を間近で聴けるのなら、敗者の皆はんの溜飲も少しは下がるやろ」
「……そうザマスね」
真剣な顔になるアンさん。すでに決められたコンテストのプログラムの中に俺を入れ込むことが出来るのか、頭の中で計算しているのかもしれない。
「おそらく、イケるザマス。急いで運営の責任者を呼んで会議を開けば……しかし、本当によろしいザマスか? タクマさんは現在休養中では……」
おっ、アンさんの方からその話題を振ってきてくれたか。助かる、どう切り出そうか迷っていたんだ。
先日、俺が多数のファンに襲われ百貨店の屋上からヘリコプターで脱出した、という事件は不知火群島国中で報道された。
そのショックでしばらくアイドル活動を休養するというのも添えて。
「本心を言いますと」と前置きして、俺は本心でないことを口にする。「大勢のファンの前に立つのは怖いです。またヒャアされるんじゃないかって不安になります。でも、同時に婚活する女子の皆さんを応援したいとも思ってしまうんです」
「タクマさん……」
「せやから提案があんねん。コンテストの舞台に立つのは拓馬はんであって拓馬はんにあらず。拓馬はんに変装を施したミスターはんに出張ってもらおうってな」
「ミスターさんと言うのは……」アンさんが、俺の手にある付け髭やサングラス、
「はい。この正体不明の男性なら、観客の人たちは警戒していきなり襲い掛かってくることはないでしょう。少なくとも俺がそのまま登場するより場は荒れません」
「さすがに完全に正体不明だと怪し過ぎるさかい、とある婚活女子の関係者とか、個人で音楽活動をしている、とか設定は作っておくわ。で、どうやろ杏はん。拓馬はんほどのインパクトを出せへんけど、逆に言えば拓馬はんほど警備に神経質にならなくてもええって事やで」
畳みかけるように俺と真矢さんは説明する。
アンさんに、この提案の裏に隠れた思惑を察知されるのは不味い。深く考えられる前に勝負を決めたいところだ。
「……分かったザマス。タクマさんをそのまま登用出来ないのは残念ですが、事情が事情ザマス。ミスターさんとして女子の皆さんを元気付けて欲しいザマス……ところで登場のタイミングはどうするザマス? ダンディファーストと言いますしプログラムの最初が良いザマしょか?」
そんなファースト聞いたこともないし、最初に出るのは都合が悪い。
「いえ、プログラムのちょうど半分くらいのところで出たいです。間延びしている空気を引き締めて、後半戦も頑張ろうって伝えるために」
ミスターはトップバッターになってはいけないし、ラストを飾ってもいけない。
中途半端なところで出てきて、場や審査員の脳内をメチャクチャにするのが最適解だ。
ミスターの歌が審査員の頭をパァン出来なかったとしても、
「このチームのパフォーマンスはまあまあだけど、さっきのミスターさんの歌に比べるとねぇ」――と、審査基準を狂わすくらいの影響を与えることは出来るだろう、辛口評価になればシメたものだ。
それでミスターのパフォーマンス後に出番のある女子たちが不公平感を持って「あたしたちの得点厳しくない? ふざけるなっ! 平等に審査しろっ!」と抗議をしてくれれば、コンテストが一時中断、晴れて延期という可能性が出てくる。
もしミスターが最初に出たり、最後に出てしまうと、同じ審査基準で全チームの採点が行われてしまい不平等にならず、すんなり優勝チームが決まってしまうかもしれない。
それでは困る。よって、ミスターの出番は中盤辺りが望ましいのだ。
ふぅ……男子たちの肩を持つと決意したとは言え、婚活女子の皆さんには申し訳ないことをしているな。
無事コンテストが延期になって、男子たちが冬休みを満喫したら、アイドルのタクマとして女子生徒の方々には何かしらのフォローを入れよう。
その後も俺たちの話し合いは続き、ミスター登場の段取や安全対策など大まかなことは決まった。
ミスターの正体については、極力伏せることになり、仲人組織の中で知っているのはアンさん他数名となった。
さらに念押しとして、
「すまへんけど、拓馬はんの正体を絶対にバラさんって念書を書いて欲しいんや」
真矢さんが高級紙とペンを机に置いた。
「……そこまでするんザマスか?」
「杏はんのことは信用しとる。せやけど、拓馬はんに関することは徹底するのが、うちら南無瀬組のスタイルやねん。大丈夫や、杏はんが
念書はアンさんだけでなく、俺=ミスターと知っている空港職員や交流センターの警備員にも書かせる。
もし、ミスターの正体を公言した方には、南無瀬組のお宅訪問という落とし前イベントが待っているぞ、やったね!
アンさんは若干疑念を残す表情で、高級紙にペンを走らせてくれた。
よしよし、これでミスターが
いや、そもそも俺たちは善意でコンテストに協力しただけで、
まさに『地獄への道は善意で舗装されている』というやつである。
誰が悪いでもない、すべては運命のイタズラなのだ、悲しいなぁ……
……ってわけにはいかないよな。
すんません、アンさん。後日、必ず詫びを入れるんで許してください。
罪悪感に折り合いをつけながら、俺は東山院領主様に心の中で頭を下げるのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
目的の念書をゲットして、俺と真矢さんは充足感と共に代表室を後にした。
「お疲れ様です! 上手くいったみたいですね」
「首尾が上々で、何より」
部屋の前で待機していた音無さんと椿さんと合流して、さて次の行動だが――
「東山院市内のスタジオの使用許可を得た。三池氏が思う存分使えるようコンテストまでは貸し切り状態」
「ありがとうございます! じゃあ、昼食を取ったら向かいましょう」
どんなにコンテストの妨害工作を行おうと、肝心の俺が下手な歌をうたえば全部台無しになってしまう。
本番まで短い時間しかないが、特訓せねば!
仲人組織のビルから出て、併設しているコロシアムの敷地を歩いている時である。
音無さんと椿さんが、サッと俺の背後を守るように移動した。
な、なんだ!? と思うより先に、
「あ、あのっ!」
声を掛けられる。聞き覚えのある声だ。
「……っ! おやっ?」
あわや素の反応になりそうになった。いかんいかん、今の俺はミスターの変装をしている。ミスターになりきらないと。
「天道紅華さんではないですか、またお会いしましたね」
もしかしたら俺をずっと探していたのかもしれない。肩で息をする天道紅華さんに、俺は紳士的なスマイルを浮かべ歓迎した。
「昨日は急に帰ってしまいすみませんでした。あの、お時間があれば、少しお話しませんか?」
と、モジモジしながら言う紅華さんに、南無瀬組の人々は一様に苦虫を嚙み潰してペッと路上に吐き捨てるような顔をした。
「そうですなぁ、あまり時間は取れませんが、ご一緒しましょうか」
「あ、ありがとうございますっ!」
大袈裟なくらい頭を下げる紅華さん。
「っ!? ええんか、ミスターはん!?」
「今をときめく人気アイドルからのお誘いです。
コンテストの優勝候補である天道紅華のチーム、彼女たちがどんなパフォーマンスをするのか興味がある。
それを探り、有用そうならミスターの演出の参考にしたい、ということを暗に真矢さんへ告げると「しゃーないなぁ」と納得してくれた。
近くのベンチに腰を下ろし、紅華さんと並び合う。
南無瀬組のみんなは、ミスターのダンディなオーラに婦女子が吸い寄せられないよう周囲を見てくれている。
真矢さんやダンゴの二人は、紅華さんを警戒しているようだが、俺はそれほど危険だとは思えない。
お姉ちゃん属性を発現し「タッっくん。ねえ、タッくん……うふふ」と、すっかり危険人物になってしまった
これでも俺の人を見る目は確かだ。
「あ、あの……」
どう話を始めようかな、と考えていると、紅華さんの方が口を開いた。
「ミスターさんのこと『お父さん』って呼んでいいですか?」
いきなり何ぶっこんで来てんのこの子っ!?
「えっ……あっ、いや。それは……」
「ひゃ、す、すみません! あたし、変なこと言っちゃって」
「う、うむ……お父さんはちょっと……」
「あ、じゃ、じゃあなら『パパ』はいいですか?」
呼び方の問題じゃねえよ!
なんだ、こいつ! どこがまともだっ!
ええい、咲奈さんもそうだったが、天道家には変な奴しかいねぇのか!
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