名状しがたい気持ちで

『キセキの年代』とは、なんぞや?

ツヴァキペデァイアは語る。


「『キセキの年代』、それは理性が本能を上回る年代のこと」


「ちょっとなに言っているのか分かりません」


「異国生まれの三池氏には難しいかもしれないが、この国の、いや大陸も合わせた多くの国々の女性は、子孫繁栄のために男をゲットしたい欲求がすこぶる強い。これは理解出来る?」


「それなら、とても良く」俺は大きく肯いた。


「思春期を迎え、身体が子どもを産めるようになると本能が理性を超越しがちになる。個人差はあれど誰もが通る道であり、男性をつい襲いたくなるお年頃となる。また、『みんなのナッセー』の幼女たちのように、幼少期は幼少期で未熟な理性が本能に喰われがち。三池氏を見るやいなや幼女たちがヒャッハーしてくるのは自然な摂理なのかもしれない」


改めて解説を受けると、ここは本当に男性の貞操に厳しい世界だと痛感する。


「しかし、幼少期を終え、思春期に入る前。その僅かな間だけ生まれながらの本能が落ち着き、成長し形作られた理性が台頭する。その時期の少女は下心抜きで男性と接することが可能。それこそが――『キセキの年代』」


ご大層なネーミングである。

人間は理性的な生物なはずなのに、それを『キセキ』扱いするなんて……女性たちの肉食ぶりが如実に示されて辛いです。


「『キセキの年代』には別名で『淑女時代』や『若葉の頃』などあるがともかく。天道咲奈は十歳、まだ思春期を迎えていないとすれば、『キセキの年代』として三池氏へ性的な視線を向けてないことになる」


「なるほどなぁ。普段から性的な目で見られてばかりの拓馬はんにとって、身体目当てやない天道咲奈の態度が癒しになったわけやな」


「そう。だから簡単に心を許し……結果、ロリコンになってしまった」


咲奈さんの前にいると、他にはない安心感を覚えたのは、そういうことだったのか。


「ふむふむ。三池さんが天道咲奈に堕落してしまったのは、普段からイヤラしい目に曝されているから……と。あたし、今ほど自分の力のなさを感じたことはありません。専属ダンゴとして、好奇な目からも守れるようにならないといけませんね! 今後、不審人物はバンバン排除します!」


おっ、音無さんったら頼もしいこと言ってくれるじゃないか。

じゃ、今のセリフを姿見の前でもう一度言ってもらえるかな。鏡に映った自分の目をしっかり見てさ。


「拓馬はんがおかしくなった理由は大体判明したけど、問題は天道咲奈への対処法やな」


「消極的だが、接触を避けるよう努めるべき」


「けど、舞台シナリオの中で、俺と咲奈さんって結構絡むんですよ。接触しないのは難しいですね」


「逃げていても根本的な解決にはなりません! 天道咲奈をかわしても、第二第三のキセキの年代が現れるかも分からないんですから! と、いうことで――あたしに良い考えあります」


ああ、またこのパターンだよ。

音無さんが自信満々に言って、本当に良い考えだったためしがない。


誰もが期待していない顔である。が、まあとりあえず聞いてみるかと、


「ほんで、どんなアイディアなんや」代表して真矢さんが尋ねた。


「三池さんに大人の女性の魅力を叩き込めばいいんですよ」


「帰ってください! 今すぐ俺の部屋から出て行って!」


反射的に立ち上がり、音無さんから距離を取った。

ニッコリした顔でなんておぞましい事を言うんだ!


「心配しないでください。三池さんに直接何かしようなんて思っていませんから」


つまり間接なら何でもやるってことだな!

すでに自分のシャツに手をかけてやがる。たくし上げる気か!


「やめぇや! そら荒療治過ぎるで」


南無瀬組男性アイドル事業部、常識人枠の真矢さんが吠えた。

が……


「いいんですか、真矢さん?」


「な、なんや、似合わへん真面目な顔になって」


「三池さんが立派なロリコンになったら、年上の女性に一切の興味を無くすんですよ。この中で一番年上の真矢さんはそれを許せるんですか!」


「…………む、むぅ」

まずい、常識人の常識が揺らぎ始めている。

真矢さん、自分をしっかり持って! 音無さんの戯れ言に惑わされちゃダメだ!


「……やっぱりあかん。拓馬はんの前で下着姿になるとかセクハラ以外の何物でもあらへん、捕まっても文句言えんで――」


真矢さん。

あなたのひたむきな実直さ、俺は信じていたぜ!


「――せやから、服はちゃんと着て、拓馬はんを魅了しよ」


真矢さああああんんっ!!


「まあ、そこが妥協点ですかね。では、み・い・け・さん♪」

音無さんが胸の前で腕を組んだ。

彼女の豊満な胸が強調され、ジョニーの教育上悪い光景が出来上がる。

すでに俺のロリコン更正は始まっていると言うのか。


くそっ! この場で頼れるのはもう椿さんしかいな――


「凛子ちゃん、やる!? だが、プロポーションの違いが、戦力の決定的な差でないことを教えてやる」


凄くやる気になっていらっしゃる。ムッツリスケベな椿さんが不意にわいたこのビックウェーブに乗らないわけがないよね。うん、知ってた。


「三池さん、恥ずかしがらずにあたしを見てください」


音無さんが大胆な前かがみを披露する。

うおおお、胸の谷間が見えてしまいまするぅ。


「三池氏、注目」


椿さんが己の人差し指を唇へ持っていく。

まるで指に付いたケチャップを唇で拭うように。

ペロペロ舌で舐め取らず、あくまで唇に押しつける感じが行儀良くセクシーだ。


「ええと……た、拓馬はん」


音無さんほど身体に自信がなく、椿さんほど演技力のない真矢さんは、どうセックスアピールするか困っているようだ。ああでもない、こうでもないと、腰をクネクネしている様は欲情より同情を誘う。

しかし、その若干上気した顔、うっすらと涙目になりながらの上目遣いは反則なので止めてくださいお願いします。


三人がジリジリと俺に接近してくる。

後退するも狭い部屋の中。すぐに背中を壁に付けることになってしまった。

ちくしょう、位置が悪い。

逃げるにしても廊下へ続く出口は三人の後ろ。突破出来るのか、あの肉食獣の群れを。


内面はアレだが三人共美人に属する容姿を持っている。しかも毎日行動を一緒にしているため、何だかんだ親愛の念ってやつを抱いてしまっている。

そんな人たちに迫られたらどうなるか……


『おっと、手が滑った』とジョニーが自分から鎖国を解き始めた。マイサンのバカ野郎!

下半身が元気になりつつあることを三人に気付かれたら気まずいってレベルじゃない。

最悪、三人のる気スイッチが入り、俺は蹂躙じゅうりんに次ぐ蹂躙で干からびてしまうかもしれない。


「や、やめて。来ないでくださいぃ!」

懇願する俺の声は、


「三池さん」

「三池氏」

「た、拓馬はん」

「三池君」


ハァハァしている肉食女子たちには届かない。

くぅ、俺の貞操もここまでか…………ん?

今、三人の他に声がしたような?


見ると、部屋の入口が開いており、そこに南無瀬組一の巨体を誇る女性が立っていた。


「随分お盛んなようだねぇ」


「た、妙子姉さん!?」


南無瀬組のドン、妙子さんのご光臨である。


「すまなかったなぁ、真矢たちがこんなに溜まっていたとは。最近、男性アイドル事業部を任せっきりにして、部下のメンタルケアをしていなかったあたいの落ち度だ」


嘆く仕草の妙子さんを前にして三人は「やっべぇ」という顔のまま固まっている。


「よし、行くぞ」


「た、妙子氏。行くとは、いずこに?」


「決まっているだろ、武道場だ。あたい自ら、お前たちのストレス発散に付き合ってやる」


妙子さんが指をパッチンと鳴すと、どこからともなく黒服さんたちが出現し、音無さんたちを包囲した。


「ひぃっ!」

最早逃げ道はない。


「む、無念です。もう少しで三池さんをあたし色に……」

「慈悲深き処罰を願う」

「う、うち体育会系やないんや、手心を頼んます」


泣き言を吐く三人は速やかに連行されていった……




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




俺の部屋に静寂が訪れる。


残されたのは部屋主の俺と、


「大変だったね。大丈夫かい?」


男のメンタルケアは男がやった方が良い、ということだろうか、おっさんだった。


「聞けば、キセキの年代の天然な誘惑に参っているそうじゃないか」


「えっ、なんでそのことを!?」

キセキの年代云々はついさっき、この部屋で話されたばかりなのに。


「三池君は南無瀬組にとって大切な存在だからね。その情報は即共有されるようになっているのさ」


「うわぁん」


「それより、僕がキセキの年代への対抗に協力しようじゃないか。付いて来たまえ」


「は、はぁ」


おっさんの後に続いて、廊下を歩く。

行き先は、おっさんの部屋だった。南無瀬夫婦の寝室とは別におっさん一人の部屋であり、俺がアイドルとしてデビューする前はよく暇つぶしで通っていた所でもある。


「これを君に預けよう」


部屋の押し入れをゴソゴソして、おっさんは数冊の本を俺に寄越した。


「こ、これは!?」


グラビア本だ。

ナイスバディの女性が水着で煽情的なポーズを取っている。


「陽之介さんがこういう本を読むなんて、意外です」


「僕だって男だよ。それに、本がなければ精液提出が出来ないだろう」


「せいえき、ていしゅつ?」


「うん? ああ、外国人の三池君には提出の義務がないのだったね。この国の男性は、毎月決まった量の精液を国に提出しなければならないのだよ」


男女比1:30の不知火群島国において、一人の男性が娶る女性は五人程度。結婚出来なかった女性は人工授精で子孫を残すんだっけ?

そのための精子提出ってことか。


「男性にだって性欲はあるし、それぞれ趣向がある。だから、こういったグラビア本やもっと過激な書物、映像はたくさんあるのだよ。それもジャンルは多種多様だ」


子孫繁栄のため。

もしかしたら不知火群島国は、世界に誇る変態国家JAPAN以上に充実した性グッズ市場を持っているのかもしれない。


俺はグラビア雑誌数冊をパラパラめくった。そして気付く。


「なんだか、高身長でガタイの良い女性の写真ばかりですね」


これが、おっさんの好きなジャンルなのか?


すると、おっさんは少し寂しげに言った。


「妙子がね、選別した物しか僕は使えないのだよ」


あっ(察し)


「何も言わないでくれたまえ。未熟なボディをようするキセキの年代克服のためには、ちょうど良い資料になるだろう」


「ありがとうございます。お借りします」


「うん、存分に役立たせてくれたまえ。ちなみにこの部屋を出て、右に行った所にある個室は女性立ち入り厳禁になっている。好きに活用したまえ」


俺はおっさんの部屋から退出した。

さて、どうするべきか?


自室に戻るか、おっさんが言っていた個室に行くか。


夜が更けてきた。

静かな夜のとばりの中、武道場の方から女性たちの悲鳴が聞こえてくる。


手には数冊のグラビア雑誌。

不知火群島国に来て以来禁欲生活の中で初めて手に入れたお宝本だ。されど、おっさん使用済みの品々でもある。


今の俺は、悲しく、惨めで、だけど少し興奮する名状しがたい精神状態。

もう二度とこんな気持ちにはなりたくない。


だから俺は――

グラビア雑誌を大切に抱きかかえ、天道咲奈にこれ以上屈しないと夜空に誓うのだった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





『天道咲奈の日記』



○月×日



今日は一日中、舞台のリハーサルでした。

すっかりなれた舞台なんだけど、南無瀬島用にちょっとセリフが変わっていたりして、間ちがわないよう気をつけないと。


休けい時間に、劇団の人とおしゃべりしました。

みんな、タクマお兄ちゃんのことを聞いてきて、たいへんでした。


タクマお兄ちゃんのことを知ろうとせまってくるみんなはコワイです。

どうしてそんなに必死なの?

って聞いたら「咲奈ちゃんも思春きになれば分かるよ」と言われました。


どういう意味か分からないけど、思春きか~

早く私にも来ないかなぁ。

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