『幼なじみ』は難しい

この世界で言う『幼なじみ』とは男の幼なじみを指す。

昔からの女友達まで『幼なじみ』扱いすると、『幼なじみ』が放つ神秘性が薄まるので、断固『幼なじみ』は男性限定、というのが常識らしい。

捨ててしまえ、そんな常識。



男子と接触出来るのは能力、または財力がある女性。

そこから外れる人は、たまたま同年代の男子が、たまたまご近所に住んでいた、という幸運でもなければ男子と知り合えない。

故に『幼なじみ』は、一般家庭に生まれた女子にとっての夢であり希望である。


が、『幼なじみ』とお近づきになれる人はほとんどいない。

男女比1:30なのだから、30人の女子のうち数人は幼なじみ持ちになってもおかしくないと思えるが、そう簡単な話ではないらしい。


男子は世界の宝である。

宝ならしっかり守らなければならない。

男子のいる家庭が、どこの馬の骨とも知れぬ近場の女の子を寄せ付けるわけがないのだ。


だから、世界のどこを見渡しても幼なじみはいない。

近くにいるはずなのに、姿を見せてくれない。

届きそうで届かないジレンマが、幼なじみを特別化していき、いつの頃か幼なじみはユニコーンの如く空想上の生物であり神聖なものとして扱われるようになった。




――と、熱弁を振るう音無さんの熱い幼なじみ押しによって、音声ドラマのストーリーは幼なじみ物に決定した。


「あの、脚本は俺に任せてくれませんか?」


幼なじみを神格化するこの世界の人に話作りを任せたら、聖書の一文を読むみたいになりかねない。


幼なじみは日本の漫画やアニメの定番中の定番キャラクター。

ラブコメでよくある幼なじみとのワンシーンを切り取って脚本にするくらいなら俺でも出来そうだ。


「拓馬はんが書く幼なじみ物かぁ。めっちゃ楽しみやな」


「興味が尽きない」


「三池さんが考えて、三池さんが喋る。ッシャ! どんな話にするつもりなんですか!?」

血走った目の音無さんが顔を近づけてくる。


「そ、そうですね……ここは基本にのっとって、朝枕元まで起こしに来るシチュエーションをやってみようかなぁ」


「「「なっ!!」」」

三人が固まった。


「隣の家の幼なじみが屋根伝いに部屋に入ってきて、『こら、いつまで寝てんだ。学校に遅刻するだろ、早く起きろよ』と布団をはがしにかかる。うん、こんなんでどうでしょ?」


俺としては、まだまだ細かく詰めていかないといけないなと思いながら出したストーリー案だったのだが……


「なんちゅう、なんちゅう神発想を」


「で、伝説のスーパー幼なじみ」


「あたしの妄想の上を行くなんて、三池さんってドスケベだったんですね。うひひ」


三人とも感極まった顔で有り難がっていた。

幼なじみがいるだけで望外の幸せとされている世界だ。

あの手この手で長年練られてきた日本式幼なじみシチュエーションが高レベルに映るのかもしれない。


「と、とりあえず書いてみるんで。しばらく一人にさせてください」


隣にアヘッた人たちがいたら集中できない。

俺は部屋から三人を追い出すと、机に紙とペンを置いて書き始めた。



一時間後。


出来た。

自分で自分を誉めたい文才である。


内容としては、朝に幼なじみがやって来て、ぐうたらな女子をヤレヤレ言いながら甲斐甲斐しく起こすだけの話。

五分で終わりそうな短編だ。


短い気はするが、まっ試作品ってことで。

何人かに聴かせて、要望があればどんどん話を盛ってもいいしな。


じゃ、女性陣の前でやってみて反応を見てみよう。


「と、その前に」


音声ドラマなのだから、喋る練習をしなくては。

あらかじめ真矢さんから借りた録音機器のスイッチを入れる。カセットレコーダーのように手持ち出来る四角い機械だ。


機械のランプが点灯し、録音モードになったことを示す。


なんか緊張するな。

自分の歌を録音したことはあったけど、台本読みを記録したことはなかった。


音声ドラマは声だけですべてを伝えなければならない。

身振り手振りはなしだ。

すべてを声に込めて……いざ!




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




誰にでも経験があると思う。

例えば家族旅行で撮った映像を観る時。

映像の中ではしゃぐ自分の声に違和感を持つ。俺ってこんな声だっけ、と。


自前の声は脳を貫通して耳に入るから、録音したものと違うように聞こえる。

そんな話を聞いたことがあるが、この際原因はどうでもいい。


それよりも――


『こらー、なにいつまでねているんだ。もう朝だぞ……え、あと五ふん? ったく、そう言っておきたためしにゃいだろ。毎日、まいにち、おこしにくりゅ俺の身にもなってんだぃ』


ひでぇ!?


アニメ映画や洋画の吹き替えに芸能人が客寄せパンダとして参加し、結果的に作品のクオリティをダダ下げることがある。

声の仕事というのは、普段演技で飯を食べる人であっても難しいものだ。


トーク力が未熟な俺の場合、なおさら実力のなさが顕著に出てしまった。

頑張って声に力を込めようとして完全に空回りしている。変に抑揚のある感じになってしまい、棒読みチックなところと演技過剰が混じってカオス状態だ。

さらにリポートの仕事で課題となっている滑舌の悪さが、これ以上ないほど炸裂している。聴き取れねぇ。何喋っているんだ、俺は。


耳障りな音を出す録音機器をブン投げたい、その衝動を何とかなだめる。


ま、まだ音声ドラマに慣れていないからだ。

何度か練習すれば、あの男性声優の人みたいに上手く喋られるようになるさ。

練習、とにかく練習だ!


そう己を鼓舞してリトライする。






『たなばれたって起きない気かよ。あんま困らせるようならおそっちまうぞ。この、お・ね・ぼぅ・サン』


うげえええ、決め台詞がこの上なくダサく聞こえりゅぅぅぅ。もう止めてくれええぇぇ。


何度目かの練習成果を聴きながら、俺は顔を両手で覆ったままゴロゴロ畳の上を転がった。


恥ずかし過ぎて穴があったら入りたい。なかったら掘ってでも入りたい。

名案だと思った音声ドラマでこれほどのはずかしめを受けることになろうとは。


こんな物がファン特典になる?

数え切れないほどの女性たちが聴く?


「うわぁ、タクマさんって大したことないのね。よくこれでアイドルやってられるものだわ」

と、町のあちこちで言われたり……


ネットではタクマ叩きが起こって『棒噛みさんをタクマって言うの止めなさいよ!』と、擁護を装ったこき下ろしコメントがアップされたりするのだ。


そんなこと、耐えられない!



もっと上手くなる練習法はないか。

上達するためなら多少の無茶でもやってやるぞ。


トンチが得意の小坊主よろしく、座禅を組み考え考え抜いて三分。

ぽくぽくぽくち~ん、と俺は一つの妙案を作り出した。


実に効果的な練習法である。極めれば、ファン特典の名にふさわしい音声ドラマとなるだろう。


だがデメリットとして、一人では出来ない、

誰か協力してくれないか。


幼なじみ物提案者の音無さんには、声を掛けない。

もっとも不適切な人選だからだ。

協力者には理性的で自制心が強い人が適任だ。その点、音無さんは文句なしに落第である。

……そうなると、あの人に頼むしかないな。



こうと決めたら即行動。

俺は廊下を早歩きに目的地まで急いだ。


到着し、扉に向けドンドンと強めのノックをする。


「は~い、誰や?」

向こうからいつものエセ関西弁が聞こえてきた。


「真矢さん、俺です。今、よろしいでしょうか?」


「拓馬はん? ちょい待ってな」


扉が開き、真矢さんが姿を見せる。「どうしたん? 音声ドラマが出来たんか?」


「そのことなんですけど、つまずいてしまって……ぜひ、真矢さんのお力を借りたいんですけど」


「うちの? 他ならぬ拓馬はんの頼みや。うちに出来ることなら何でもするで」


ん? 今何でもするって言ったよね?

じゃ、遠慮なく――




「俺の幼なじみになってください」


真矢さんが「何でもするで」の力強い笑みのまま動かなくなった。


「………………………………」

しばしの沈黙の後。


「うち、仕事をし過ぎてボーとしていたみたいや。すまへんけど、もういっぺん言ってくれんか?」


「俺の幼なじみになってください!」


「ほわわわっあああああああああ!! ど、どういうことおぉ!?」


真矢さんが奇々怪々な叫び声を上げているが、こっちは大真面目だ。

やはり実力を付けるためには、実践形式が一番。

実際にやる『幼なじみを起こすシチュエーション』の中ほど、自分を鍛えられる環境はないだろう。


真矢さん、辛いかもしれないけど我慢してくれ。

すべてはファンが満足する高クオリティの特典を作るために。



真矢さんの部屋は、和室っぽい南無瀬邸では珍しくベッドが置いてある。好都合だ。


「ひとまずベッドに寝てください。話はそれからです」


「ひえええっ!? ちょ、ちょっと拓馬くん!!」


真っ赤な顔で目をグルグルさせる真矢さんの手を掴んで、俺はベッドまでエスコートを始めた。

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