一般家庭の女性が叶えたいもの

孤高少女愚連隊の中毒を抑えるため、俺の非売品写真をお土産として姉小路さんに渡し……訪問者たちの帰りを見送った後。


俺は真矢さんに胸中の不安を打ち明けた。

ファンクラブに入って良かった、と喜ばれるようなサービスを今の俺が提供出来るのか、と。


「ファンのことをそこまで想うなんて、拓馬はんはええ人やな。うしっ! 中毒の件もあるし、バッチリな企画を考えるで!」


という経緯を辿り、俺の部屋でいつもの四人が集まりミーティングが開かれた。


「第十八回男性アイドル事業部ミーティング。今回のテーマは、公式ファンクラブの特典についてや。拓馬はんの思うとる通り、現在うちらに出来る特典は、何かしらのグッズを送ること。空気中毒を取っ払うような革新的で刺激的なアイディアをどんどん上げてな」


「では、まず私から」

椿さんが挙手をして、腹案を表に出す。


「アロマオイルはどうだろうか」


「アロマ、って香料の?」俺が問うと、椿さんは首肯して言葉を続けた。


「空気中毒が広まっているのは、それが今までになく刺激的だから。ぎょたく君名義や割烹着キャラとして三池氏が売り出してきたのは、見て楽しむか触ってグフフフする物だった。空気は嗅覚というこれまでにない感覚に作用する。その新鮮さと貴重さに孤高少女愚連隊はやられたのだと考える」


「おもろい考察やな。そんで椿はんとしては同じく嗅覚から攻めるアロマを提案したと」


「アロマの材料に三池氏の汗を加える。そのオイルをハンカチに数滴染み込ませれば、芳香剤として一日中三池氏と一緒の気分が味わえる。空気より持続力は長く、コストパフォーマンスも優秀。さらに、マッサージオイルとして使用すれば、もう裸のお付き合いと同義」


淡々と言っているが、内容は恐ろしい事この上ない。


そもそもアロマオイルって、植物から抽出したのオイルとか使うんだよな。汗を極少量加えただけで、俺の匂いを感知出来るのか……と、普通は思うだろう。

しかし、クンカクンカするのは不知火群島国の女性だ。

俺がいた場所の残り香に過敏な反応を見せる時点で、対男性用嗅覚は警察犬以上だと警戒した方が良い。


「椿はんのアイディアには聞くべき点があったけど、特典として出すには厳しいなぁ」


「理由を教えて欲しい」


「うちの見込みでは、最終的に不知火群島国の未婚女性の大半が拓馬はんのファンクラブに入ると思う。その人数が一斉にアロマオイルを求めれば拓馬はんの負担がバカにならんで。一つ作るのに汗一滴でも、それが百万千万単位になったらえらいことや。男性に無理はさせられん」


「理解した。グゥの音も出ない……グゥ」


今のアイディアには、真矢さんの指摘の他にも無視できない問題点がある。

アロマオイルも空気と同様に消耗品だ。俺が日本へ帰還を果たしたら、生産出来なくなり中毒者が苦しむことになる。

特典は消耗しない物にしないといけない。


「じゃ、次はあたしの案を聞いてください! あたしは触覚で楽しむ特典が良いと思います」


「触覚って……ぎょたく君のフィギアとかすでに販売されていますよ」


「甘いですよ、三池さん。ぎょたく君フィギアなんて三池さんのまがい物も紛い物。あんな物を撫でただけで三池さんに触ったとトリップする人は、トリッパーの風上にも置けません」


「ほ~ん、そこまで言うんか。なら、一流トリッパーの音無はんは、どんな物を触って自己欲求を満たすんや?」


「マスクです!」

音無さんが両手を腰に置き、堂々と胸を張って答えた。


マスク?

風邪ひいた時に口を覆うアレか?


「ただのマスクじゃありません。三池さんの顔を立体スキャニングして3Dプリンターで作る本物そっくりのマスクです」


あ、もう嫌な予感しかしない。


「三池さんの端正な顔の造形を模倣したマスク。作る苦労に見合った素晴らしい一品です。出来上がったマスク表面をペロペロしても良し! マスクらしく被って一体感を楽しむも良し! 一顔で二度美味しい! どうですか、ナイスな考えと思いませんか?」


「すいません、音無さん。控えめに言ってドン引きです」


「ええっ!?」


ええっ!? じゃねーよ! 誰が認めるか、んな特典!

巷の女性たちが俺のマスクで毎日変態行為にふけっていたら、これからどんな顔をしてファンの前に立てばいいか分からなくなっちまう。

消耗品でないメリットはあるが、精神的にキツすぎるだろ。


「凛子ちゃん、さすがにそれは社会的にアウト」


「特典にするにはコストが高すぎるし、作る手間が膨大や。あかんあかん」


椿さんと真矢さんにもダメだしを喰らい、音無さんはスゴスゴと引き下がった。

「でも、本音はみんな欲しいくせに……」という小言を残して。

その言葉に対して、

「…………」椿さんも真矢さんも何も言わなかった。

え、もしかして欲しいの、俺のマスク?




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




会議は膠着こうちゃくした。


五感の観点から特典を考えてきたが――


まず聴覚は、歌がうたえないので却下。

先ほどの議論で出た嗅覚と触覚にも良いアイディアはなかった。


あとは、視覚か。

だが、視覚から刺激を与えるのは難しいだろう。

最近の俺はよくテレビに出るので、ファン特典を何かしらの映像や写真にしたとしても目新しさがない。


空気中毒を払拭させるほどの視覚刺激……水着になればあるいは、とも考えたが、安易にエロ方面へ走るのはタレント生命を短くする。

この世界の女性の肉食反応からして、お色気戦術はリスクが高いし、軽はずみな特典はやめよう。


残るは、味覚?

一瞬、俺が入った風呂の残り汁が頭をよぎった。

いかんいかん! 音無さんの変態思考が移ってしまったか。

味覚の特典は消耗品になりそうだし、何よりロクなことにならない気がする。

この方向から特典を考えるのはダメだ、撤退だ。




「浮かばないですね、特典案」

髪を掻きながら、ため息をつく。


「三池氏、お疲れ気味。時間を置いて再度議論をするべきと進言する」

「静流ちゃんの言うとおりかも。あたしも知恵熱でフラフラです」

「しゃーない。一度中断やな」


場の空気が一気に弛緩しかんした。

みんなで、あまり手が付けられなかったテーブルの果物を食べながら取り留めない会話をする。


しばらくして。


「ほんなら、うちは部屋に戻るわ」

真矢さんが立ち上がった。

俺のマネージメントとプロデュースで多忙な真矢さんだ。

自室に積まれた書類を整理するのだろうか。


「お疲れさまです、真矢さん」

「さらば真矢氏」


一方、ダンゴたちは俺の部屋でのんびりすることを決めたようで、尻を畳に根付かせている。


「何言っとん。二人も行くで。外の掃除が途中やろ」


「ふえっ! それってウヤムヤな間に終わったんじゃ」

「私、過去は引きずらない女」


「拓馬はんの着替えを覗いた罪が、あれくらいで許されるわけないやろ。ちゃっちゃ立つ、はよ」


真矢さんが二人の手を取って立たせようとするが、嫌々とダンゴたちは抵抗する。


「寛大な処置希望。三池氏が隣で着替えていたら、とりあえず覗く。誰だってそーする、私もそーする」

「覗く覗かないで少しは葛藤したんです。でも、横からシャツをたくし上げる音や、三池さんの吐息が聞こえてきたら我慢出来ませんよ。真矢さんだって同じ女性なら分かりますよね?」


「ええい、見苦しいで!」


やれやれ、音無さんも椿さんも仕方ない人だな。

と、呆れた目で見ていた俺――の頭を電流が走った。

はっ!?

脳内で一つのアイディアが急速に形作られようとする。



「お、音無さん!」


「は、はいっ!?」


いきなり大声で呼ばれ、音無さんがビクッと俺の方を向く。


「今、なんて言いました?」


「今? 三池さんの鎖骨のホクロを見るだけでご飯三杯イケる、ってところですか?」


「その件は後で追求するとして、もっと前です。着替えを覗くかどうか葛藤したけど、服を脱ぐ音や俺の声を聞いて我慢出来なくなった。そう言いましたよね?」


「もっと詳しく語りますと、『うわぁ、汗でベトベト』の言葉が決め手でした。三池さんったらマジエロス」


もうこの人は、セクハラで警察に突き出して良いんじゃないかな?

と、思ったが今はアイディアが先決だ。


五感の観点から考えていた特典。

その中で、真っ先に除外したのが『聴覚』だった。

歌えない俺が、女性たちの耳へ刺激を送るのは無理だと思ったからだ。


しかし、それは浅い結論だった。

なにも歌だけが耳を幸せにするんじゃない。


かつて、俺は演技の勉強で中規模の劇団にお邪魔していたことがある。

そこで、ある男性声優と知り合った。彼はアニメの端役を多くこなす傍ら、ドラマCDに出演していた。


ドラマCD。

音と声だけでドラマを展開させるものである。

映像が必要なアニメよりも低予算で済むため、出版社が作品の宣伝として気軽に使えるメディアだ。


三池君も良かったらどうぞ、と試供品をもらって聴いたのだが、あれはヤバかった。ヤバ過ぎた。

男が二人出てきてストロベリーボイスで組んずほぐれつする、そんなストーリー。

演技力というか艶技えんぎ力はプロの名に恥じないもので、危うく新世界の扉を開くところだったぜ。

つか、ノーマルな俺にBでL的な物を渡さないでくれ。



話が逸れたが、俺も声だけを使ったドラマをやってみたらどうだろう?

一度、データに残してしまえば消耗してなくなることはない。

さらに、音声だけというのが良い。映像がないことで想像の余地が多く生じるため、妄想と脳内変換が得意な不知火群島国の女性に打ってつけだ。空気中毒を上回る中毒を起こせる可能性が高いぞ。

また、製作する面でもお手軽でお金が掛からない。大量生産が予想されるファンクラブ特典にもってこいじゃないか。


音声ドラマ。これはイケるかもしれない!


「みなさん、俺の話を聞いてください!」


真矢さんたちに思いついたアイディアを披露してみる。


「考えたな、拓馬はん。甘い男性ボイスを耳元で囁かれたら悶絶もんや」

「耳が妊娠、いや懐妊する」

「やだ、おめでたっ!」


三人の反応は上々だ。

音声ドラマをやる、ということで話を進めよう。


「あ、ちなみに喋るのは俺だけで行こうと思います。俺が聴いている人に語りかけるような感じで」


「ええと思うで。女性ボイスが入ると邪魔ってファンが怒りそうやからな」


「問題はどんなドラマにするか、ですね。日本の知り合いから聞いたんですが、添い寝やデートとか色々なシチュエーションの音声ドラマがあるそうです」


「日本、ほんま天国みたいな国やな。もし他国に知られたら国土と男性が蹂躙じゅうりんされそうで怖いわ」


たとえ日本へ帰る方法が見つかったとしても、上手いこと帰らないといけないな。不知火群島国の人ごと帰還でもしたら、日本男子たちがヤられてしまう。

……ん、結構Win-Winか?


「シチュエーション。三池氏はアイドルだから、アイドルとファンの交流を描くストーリー?」


「それも魅力的やけど、うちとしては折角やし全く異なるシチュエーションも聴いてみたいなぁ」


何が良いか、思い思いに口にしていると「はいっ!」と音無さんが大声を上げた。


「ファンの大半が一般家庭出身です。ここは同じく一般家庭出身のあたしから叶えて欲しいシチュエーションがあります!」


「は、はぁ。どんなもんですか?」


音無さんの目が燃えている。モーレツに熱血していらっしゃる。


音無さんは両手で力拳ちからこぶしを作り、言い放った。





「『幼なじみ』物です!」

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