第177話「激突!歩駆とアルク」

 真道歩駆シンドウアルクは、驚愕きょうがくに目を見開いた。

 今、ゼラキエルを払い除けたスサノオンから、黒い波動がほとばしる。それは、まるで八首やつくび大蛇オロチのように伸びて、アマノウズメとタジカラオウを絡め取った。

 なにが起きているのか、まるでわからない。

 超常の力が働き、よくないことが始まる……それだけしか理解できない。

 そして、それを見下ろし笑う声を、歩駆は睨むように見上げた。


『フフッ、全ては予定通り……再醒さいせいする神話、その第二幕があがる』


 見上げれば、太陽を背にゴーアルターが腕組み浮かんでいる。

 まるで、全てを見守る裁定者、そして調停者だ。

 その不遜ふそんな視線へ向かって、歩駆は声を張り上げる。


「アルクッ、もうやめろぉ! お前は、いったいなにが目的なんだ! 佐助サスケ親父おやじさんとつるんで、なにしようってんだ」

『まだ、それを語る時ではない』

「そうか、なら……力ずくでも話してもらうっ!」


 気迫を叫ぶ歩駆に呼応するように、Gアークの双眸そうぼうに光が走る。

 少年の意思を体現する、それは乙女の祈りが具現化した力。G-ARKジーアーク、その名も――


『む、そんな機体で向かってくる気かっ!』

頑張れ歩駆っ! 竜花に託されたこの力でっ!」


 天才少女、織田竜花オダリュウカの設計したGアークがえる。

 雪原を蹴って、その巨体がジャンプで手を伸ばした。爆発的な加速で、あっという間にアルクのゴーアルターへと肉薄する。

 腕組みをいたゴーアルターもまた、両手を広げて迎え撃った。

 背のスラスターから流星の尾を引いて、Gアークがぶ。


「お前がどうして俺なのか、俺にはわからないっ! けどっ!」

『馬鹿めっ! パワー勝負でこのゴーアルターに勝とうなんて』

「勝てるかどうかじゃなっ! 負けない……決して負けなければ、諦めなければ!」

『……これが自分のオリジナルかと思うと、さあ! はらわたが煮えくり返るよなあ!』


 重厚な金属音を響かせ、ゴーアルターとGアークが両手と両手でがっぷり四つに組み合う。互いの指と指、手と手を握り潰さん勢いでフルパワーを凝縮し合う。

 機体のきしむ音の中で、ふと歩駆はモニターの隅を見やる。

 そこには、暴走する御門響樹ミカドヒビキの手によって、怒りの鬼神が顕現けんげんしていた。

 鬼神スサノオのパワーが、ゼラキエルを圧倒する。

 だが、ゼラキエルもまた微動に震えてわななくや、さらなる力を解放した。


「な、なんだ? あのセラフ級とかっての……鬼神スサノオと同等までパワーが上がる!?」

『神兵と呼ばれた神代かみよの力だ。さながらそうだね……魔神のパワーといったところか。まあ、その正体は……ふふ、そろそろ気付いているんじゃないかな? 歩駆』

「知るかっ! そういうのは、頭のいい連中に任せてるんだよ。俺は……俺はっ、自分の戦いを貫く! もう二度と……誰も、礼奈レイナみたいな奴を出しちゃいけないんだ。そのためにも、俺はっ! 負けられないんだああああっ!」


 全くの互角に見えたが、徐々にGアークが押され始める。

 あくまでexSVエクスサーヴァントとして建造されたGアークと違って、今のゴーアルターには底知れぬ力が湧き上がっている。それがまるで、無限に膨らみ広がるかのように歩駆には見えた。

 これが佐々総介サッサソウスケの持つ魔術の力なのか、それともアルクの力なのか。

 ただ一つ言えるのは、歩駆が振るう力もまた、多くの者たちに支えられている強さなのだ。力を強さに変えること、それを長い旅の中で歩駆はすでに学んでいた。

 だが、そんな彼の心をありえない言葉が揺さぶる。


『礼奈……渚礼奈ナギサレイナのことか? その礼奈が生きてるとしたら?』

「なにっ!?」

『ハハハッ! 今、動揺したな? それが人間の限界だよ、歩駆っ!』


 確かに歩駆は動揺した。

 あの日、惑星"ジェイ"の日本で、一人の少女が消えてしまった。

 一瞬で。

 永遠に。

 戦いで死ぬべき娘ではなかったし、守られなければいけなかった。歩駆たちが守るべき平和の中で、幸せに人生を謳歌おうかするべき人間だったのだ。

 その最期さいごが今も、歩駆の心に刻み込まれている。

 忘れないし、忘れられない。

 忘れてはならない、それが今の歩駆の力の根っこだった。


『歩駆、お前たちは人類を救うために戦っている。そうだな?』

「当たり前だっ! 模造獣イミテイター黄泉獣よもつじゅうも、ドリル獣もイジンも神話獣も、全部纏めて俺がやっつけてやるっ!」

『……けどなな、歩駆っ! 何故なぜ、人類以外が救われないんだっ! 人類だけしか、救われなくていいというのか、お前たちはっ!』

「な、なにっ!」

『俺はそうは思わないっ! 真に救われるべきは、人類なんかじゃないんだよ、歩駆っ!』


 衝撃を受けた。

 全身を稲妻が突き抜けたかのような、錯覚。

 同時に、腹の底から込み上げるものがあった。

 それが自然と、口元に笑みとなって浮かぶ。


「……そう、かよ」

『お前たち人類は今、試されている。そして、俺たちもまた挑んでいる。勝ち取るべき未来への戦いに!』

「そういう、ことかよ……フッ、ハハハッ!」

『なにがおかしい、歩駆っ! パワーではこっちが上回って――!?』


 歩駆は笑った。

 ようやく、心の中の霧が晴れた気分だった。

 それに、先程の言葉にももう迷わない。

 礼奈は生きてる、その通りだ。

 死んでなどいないし、死なせない。

 心に深く刻んだから、


「ようやくすっきりしたぜ、アルク」

『な、なっ!? Gアークのパワーが上がる!? どういうシステムだ!』

「そんなの、決まってんだろ? 俺の気合と、仲間たちの気迫だ! それにっ、アルクッ!」


 押されかけて空中でのけぞっていたGアークが、逆にフルパワーでゴーアルターを押し返す。今度は逆に、ゴーアルターが腕をじられるようにして震える番だった。

 今、歩駆の中で渦巻いていた疑念が、消え去った。

 そして思い出したのだ……忘れてはならない少女の存在が、思い出させてくれたのだ。


「俺は、怖かった。アルク、お前は俺なのか? 何者なのか……わからなかった。けどっ!」

『くっ、たかだか普通のexSVに!? このゴーアルターが圧倒されてるっていうのか!』

「今、はっきりとわかったぜ……お前は俺じゃない! アルク、お前は俺の模造品イミテーションですらない、ただのアルク! 俺のそっくりさんに過ぎないっ!」

『な、なにぃ!』

「救えるものと救えないものに分けて考えて、両者が戦わなきゃいけない……それは、間違ってる! 俺なら……ヒーローならっ! そもそも救えない奴、救わない奴なんて存在しないんだ!」


 幼い頃から、ヒーローになりたかった。

 ゴーアルターの力を得た時、ヒーローになれると思ったのだ。そして、その思い上がりが傲慢ごうまんを呼び、悲劇を連鎖させてしまった。

 だが、その中で立ち上がったからこそ歩駆ははっきりと言える。

 あやまちを犯したし、間違ったこともあっただろう。

 それでも、最初の一歩のその気持ち、駆け出しの一歩を思い出したのだ。


「俺は、ヒーローなんてうつわじゃない。けどっ、ヒーローを目指して戦ってんだ! 救えるとか救えないとか、ゴチャゴチャ言うような奴には負けないっ! お前なんかは、俺じゃない!」


 ついにゴーアルターを押し切り、Gアークが空中戦を制する。

 そのまま歩駆は、自分ごと大地へとアルクを放り投げた。身を浴びせるような捨身技で、二体のスーパーロボットが銀世界に沈む。

 すぐに立ち上がれば、ゴーアルターの中から鋭い殺気が放出されていた。

 だが、決して怯まず歩駆はGアークを身構えさせる。

 そして、左右に仲間の声が響いて背を押した。


『よぉ、歩駆! せてくれるじゃねえか、おとこってやつをよぉ!』

『そうねぇん。アタシもたぎってきちゃったわ。歩駆っ、アンタの"侠気おとこぎ"はビンビンに感じたわよぉん!』


 見れば、天原旭アマハラアサヒ宇頭芽彰吾ウズメショウゴがGアークをフォローしてくれていた。

 低く唸る獣のように、二人の仲間が脇を固めてくれる。


「旭の兄貴っ! それと、彰吾さんの……淵鏡皇えんきょうおう! 完成してたのか!」

『さあ、歩駆! お前の偽物を引きずり出して、ゴーアルターを取り返そうぜっ!』

『回りはアタシが抑えるわ。気にせず真っ直ぐ、奴だけ見て"特攻ぶっこみ"なっ!』


 歩駆には頼れる仲間がいる。

 同世代の少年少女たちが一緒だし、大人たちも見守ってくれている。

 だから今こそ、全てを救うヒーローを目指すのだ。

 なれるかなれないか、できるかどうかは問題じゃない。

 信じた理想へ一歩を向けて、力の限り駆け抜けるだけだ。

 だが、そんな歩駆の決意が突然遮られる。

 ゴーアルターの前に、鬼神スサノオの巨体が降ってきた。激しい衝撃音で落下して、排熱で周囲の雪が一変で水蒸気に変わる。その水滴のヴェールを拭い去るように、すぐに鬼神スサノオは立ち上がった。

 その豪腕が、飛びかかるゼラキエルにカウンターのこぶしを叩き込む。

 それはもう、世界がにらいで揺れる神々の闘いだった。


『オラオラァ、邪魔だぁ! 俺の邪魔する奴ぁ、ブッ飛ばしてやる!』


 鬼神スサノオから響く声は、響樹であって響樹ではなかった。

 そして、強制的に合体に取り込まれたリリスたちの声は、今は聴こえてこない。

 嫌な予感に歩駆が、胸中に冷たい闇を感じて息を飲む。

 ゼラキエルが両腕を振り上げ、胸を反らしたのはそんな時だった。

 司令部にいるバルト・イワンドの声が危機感に尖る。


『各機、散開っ! ゼラキエルに高熱源反応! ……こいつが、あの北海道を』


 ゼラキエルの胸部に広がる真っ赤なパネルが、赤熱化して周囲の空気を沸騰させた。

 今まさに、大地をも消し飛ばす灼熱の獄炎インフェルノが放たれるかに思われた。

 だが、不意にゼラキエルが振り返り、首を巡らせ上空に光を放つ。

 目から放たれた苛烈かれつなビームが、なにかを撃ち落とした。

 そして……一瞬で蒸発するかに思えたそのなにかが、ズシャリと雪原に降り立つ。全身からリアクティブアーマーが対消滅する煙を吹き上げる、その姿に歩駆は見覚えがあった。

 もうもうとけむる焦げた空気の中から、紫炎しえん復讐者アヴェンジャーがゆっくりと立ち上がった。

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