第178話「友よ、忌まわしき過去を超えてゆけ」

 摺木統矢スルギトウヤは、憎悪ぞうおの身震いに燃えていた。

 目の前に今、幼馴染おさななじみかたきが立っている。

 今こそ復讐を果たす時……更紗サラサりんなの無念を晴らす時だ。

 再度修復と改修を経て、蘇った愛機がそうささやく。


『あ、あれは……【氷蓮ひょうれん】なのか!?』

『カラーリングが……それに、もう再修復が終わったなんて』

『ビームの直撃を耐えた、あのマントが打ち消したのか!?』


 もうもうと煙を上げて、アンチビーム用クロークが燃え尽きる。

 その蒸気の中で、ゆっくりと【氷蓮】は立ち上がった。二度目の修復でカラーリングは紫炎フレアパープルまとい、装甲を繋ぎ止める包帯のような補修材も特別なものだ。

 自身の背丈ほどもある剣は、あの【シンデレラ】から勝手に拝借している。

 統矢はそのまま、機体を振り返らせた。

 自分でも不思議に思うくらい、あっさりとゼラキエルへ背を向けた。


「なにやってんだ、俺は……なにやってんだよ、なにをさあ!」


 決然とした怒りが、爆発した。

 

 圧倒的なサイズ差をもろともせず、統矢は地を蹴り瞬発力を爆発させる。

 誰もが驚く中で、振り上げた剣を鬼神スサノオが受け止めた。


響樹ヒビキっ! なにやってんだ、お前っ! 目ぇ覚ませよ、響樹っ!」

『なんだぁ? 手前てめぇ……』

「俺は統矢、摺木統矢だ! お前は御門響樹ミカドヒビキ、俺の……りんなのこの【氷蓮】を直してくれた……仲間だろ!」

『仲間……俺が?』


 誰もが唖然あぜんとして、沈黙の中で二人のやりとりを見守る。

 だが、静かな緊張感を破ったのは哄笑こうしょうだった。

 アルクの声が響き渡る。


『ハハハ、無駄だよ! 彼は今、神話の存在なんだ。その身に眠った記憶が、因果が、遺伝子が全てを支配している』

「……ゴチャゴチャうるさいよ、人間モドキが」

『は? ……今、なんて言ったんだい?』

「お前、歩駆アルクにそっくりなだけの偽物にせものだろうが。俺の知ってる歩駆は、おせっかいで馴れ馴れしくて、でも真っ直ぐで一本気で、誰かのために優しさを使える男だ」


 アルクの気配が鋭く尖った。

 ゴーアルターから強烈な殺気が放出される。その巨躯はGアークを振り払うと、【氷蓮】へとゆっくり歩み寄った。

 前門の虎、後門の狼。

 鬼神スサノオとゴーアルターに挟まれても、統矢はひるまず機体をひるがえす。

 自分でも不思議で、不可思議だ。

 ちらりと見れば、すぐそこにりんなの仇がいる。

 復讐を遂げるために、一人で孤独に牙を研いできたはずではないのか?

 それが今、死んだ少女の面影おもかげより……初めて得た仲間たちのことが脳裏を過る。それでいいんだと、消えゆくりんなの記憶が呼びかけてくれてる気がするのだ。


『今、偽物イミテーションと言ったな……言ってはならないことを言ったな!』

「怒るってことは、図星だからだろっ! ――ッ、グ! 耐えろっ、【氷蓮】っ!」

『人はね、生まれ方も生まれる場所も、何に生まれるかも選べない。選べはしない!』

「そんなの普通だ、誰だって同じだろ! お前は生まれたい何かでなかったら、それでこうして八つ当たりするのかよっ!」

『言わせておけば、こいつ……ッ!』


 ゴーアルターの腕が【氷蓮】に伸びる。

 周囲の機体が助け出そうと、援護の銃口を向けた。

 だが、もみ合う二機が近過ぎて撃てない。

 そうこうしている間に、小さな【氷蓮】は両手で剣を構えて必死にあらがう。ゴーアルターとは大人と子供ほども差があって、たかが片手を全力でも押し返せないでいる。

 きしむコクピットの中で統矢は、仲間たちの声に死力を振り絞る。


『統矢さんっ、一度離れてください! 援護しますッ!』

「お前は、ええと……アキラか。修理の手伝い、サンキュな……俺、まだ礼も言ってなかったなんてさ」

『いいから離れろ! PMRパメラexSVエクス・サーヴァントじゃ、勝負にならないぞ!』

「大丈夫……大丈夫だ! 流狼ルロウだっけか、大丈夫なんだ……俺は! りんなの仇を取るまで! パラレイドを殲滅せんめつするまで! 絶対に、死なないッ!」


 その時、ズルズルと押し込まれてゆく【氷蓮】の隻眼せきがんに光が走る。

 限界までパワーを絞り出す常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターから、悪鬼の慟哭どうこくにも似た叫び声が割れ響いた。そして、ゴーアルターの右腕がピタリと止まり、今度は徐々に下から持ち上げられる。

 アルクが息を飲む気配が、統矢にも伝わった。

 突然出力の上がった【氷蓮】が、統矢の気持ちに応えてくれている。

 半思考操縦システムであるGx感応流素ジンキ・ファンクションは、時として考えよりも気持ちや想いといった感情を拾ってしまう。その時、スペックを僅かに凌駕りょうがする力が生まれることがあった。


「おおおっ! 押せよ、【氷蓮】っ! 偽物野郎にでかい口、叩かせて、おく、かよっ!」

『ば、馬鹿な……ゴーアルターだぞっ! それが、押されている!?』


 一瞬で空気が変わった。

 その間隙に、二人の少女が駆け出す。

 大きく戦局が動く中で、統矢には目の前のアルク、そして背後の響樹しか見えていない。それは、全てを失い多くの戦友と死に別れた統矢が、もう一度得た仲間だ。

 復讐よりも大切なことに今、統矢は無自覚に気付きつつあった。


『やるじゃん、統矢! 千雪チユキ、あの太い腕を蹴り飛ばして!』

『了解です、美央ミオさん! 統矢君、今……助けますっ!』


 全身を弾丸のようにして、二機のロボットが割って入った。

 それは、神牙しんがと【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんぐおきだ。

 荒れ狂う暴龍の牙が、ゴーアルターに突き立つ。

 流石さすがにアルクも、【氷蓮】を手放した。

 だが、それで終わるアルクではなかった。


『人間風情が、よってたかって! 冗談じゃないんだよ!』


 ゴーアルターは、今度は突き出したこぶしを打ち出してきた。一撃必殺、いわゆるロケットパンチ……マニューバ・フィストだ。【氷蓮】そのもの程の大きさの鉄拳が、片膝を突く統矢へ浴びせられる。

 だが、激しい衝撃音と共に何かが攻撃の軌道をそらした。

 凍れる雪原の空気に、バラバラと破片と部品が請われて舞い散る。

 空色のパンツァー・モータロイドが、統矢を庇って大破しよろける。

 瞬間、統矢の脳裏をいままわしい記憶がフラッシュバックする。北海道、ゼラキエルを前に自分をかばって……あの時、りんなは死んでしまったのだ


「ッ! り、りんな……じゃない!」

『ええ、私です統矢君。五百雀千雪イオジャクチユキです。私は……死にませんっ!』

「ち、千雪? お前、どうして。機体が」

『統矢君は仲間のために戦おうとしました。だから、私も仲間に……それ以上になりたいんです。それに……この程度の損傷では、私はちませんので』


 大きく弧を描いて、ゴーアルターの拳が再度飛来する。

 だが、片腕になってしまった千雪の【幻雷】改型参号機がズシャリと腰を落とした。その全身がその場で回転する。逆巻く空気と共に放たれた後ろ回し蹴りが、またしても直撃を弾き返した。

 やはり質量差は歴然で、千雪の操縦技術を持ってしても相殺できるハンデではない。

 脚部がひしゃげてオイルが血のように飛び散ったが……それでも彼女は立ち続けた。

 そして、そんな少女の奮起に呼応する少年たちの声。


『そうだ……俺としたことが、難しく考えすぎてたんだ。礼奈レイナのことも……でもっ!』

『歩駆っ! そうだ、お前は真道歩駆シンドウアルク! 今こそお前が勇者に……ヒーローになるんだ!』

『そうです、歩駆さん! 真なる道を歩いて駆ける! 私もまた同じ名字みょうじを持つ者……今こそ、真に進むべき道を!』


 歩駆がGアークで走り出す。

 ジン・ライトや真道美李奈シンドウミイナが、その進む先へと援護の火線を集中させる。

 光と熱に導かれて、呆然ぼうぜんたたずむゴーアルターへ、アルクへと歩駆の拳が届いた瞬間だった。そして、同時に大人たちの声が響樹をも揺さぶる。


『ガキ共、揃いも揃って熱いじゃねえか! ならよ、彰吾ショウゴォ!』

『ええ、いいわよ! そろそろ"本気"でブッ込むわ……目ぇ覚ましなさい、御門響樹!』


 統矢もまた、機体を立たせて剣を構える。

 再出撃の時に手近にあったから、掴んで持ってきてしまった大剣だ。それが今、妙に馴染なじむ……PMRの携行武装としては大き過ぎるし、レヴァンテインやダイバーシティ・ウォーカーでもめったに見ない武装だ。

 だが、今はこれが統矢の爪で、牙で、意思を体現する武器だ。


「千雪、下がってろ! その損傷じゃもう無理だ。まずは響樹の目を覚まさせてやる。そして」

『そして?』

「あのセラフ級パラレイドは、俺が! 俺たちが、ブッ倒すんだ!」


 統矢は、愛機にむちを入れて巨大な魔神に挑む。

 鬼神スサノオは、その全身に漲る覇気を解放した。

 舞い散る雪が天へとうずを巻く。

 恐るべき神話の力を前にしても、統矢は全く怯まなかった。


「響樹、御門響樹! 起きろ、響樹っ! お前がしたいこと、やりたいことは……こんなことなのか! 俺を助けてくれた男は、みんなが信じて頼る男は、訳のわかんない力に負けて、それで終わる奴なのかよっ!」


 その時、統矢の叫びに応えるように少女の声が走った。

 それは、混線する回線のノイズを突き抜けて響く。


主殿マスター、が……おお、そうかや……』

「なにっ! リリスさんか! 待ってろ、今すぐ助け――」

めぐ輪廻りんね因果いんがは、運命の糸を無数に結び、断ちて、また結ぶ……じゃが、それも当世とうせにて終わりにせねばならんのう!』


 リリスの声と共に、ピタリと鬼神スサノオが止まった。

 そして、徐々にその全身から禍々まがまがしい怒気が消えてゆく。

 まばゆい光が発せられれば、それはもう宇宙開闢うちゅうかいびゃくにも匹敵する輝きに思えた。

 統矢と少年少女の声が、そこに宿った想いが今……過去と前世という岩戸を開き、その奥から大切な仲間を取り戻しつつあった。

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