Act.27「最後に集う者」

第155話「春待ちの出会い」

 リジャスト・グリッターズの帰還、それは悪夢の惨劇で向かえられた。

 北海道の消滅と、大切な仲間の死……それでも、生き残った者たちは大地へと帰還する。本州最北の地、今では最前線となった青森へと部隊は導かれた。

 吹雪優フブキユウは、久々に見る日本の街並みに改めて驚きを隠せない。

 皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくの広大な敷地内に降り立つと、まだ雪が舞っていた。


「嘘だろ、三月もすえだぜ? ……それだけ、地球も痛がってるってことか」


 なごり雪というには、情緒もへったくれもない、ただただ冷たい雪。

 ひらひらと舞い散る六華りっかの中を、優は少ない荷物を手に歩く。振り向けば、大地に身を横たえた宇宙戦艦コスモフリートから、仲間たちが下船しているところだった。

 幼馴染おさななじみ渡辺篤名ワタナベアツナが、タラップから見下ろしていた。


「どした、篤名。早く来いよ」

「う、うんっ」


 すぐに追いつき、篤名は隣に並んだ。

 触れる肩と肩とが、離れたくないのにくっついてはくれない。心細さと悲しみとが、自然と誰かの体温を求めていた。

 だが、優は自分が素直になれないことも、篤名もまたそうであることも知っていた。

 ずっと一緒で、いるのが当たり前の二人。

 けど、それも次の瞬間、あるいは明日か未来か……その先はわからない。

 いて当然の人が今日、突然消えてしまったから。

 仲間を守るために、死んでしまったのだから。


「そ、そういえばさ、優」

「ああ」

「学校……行けって、言われたけど」

東堂トウドウ司令にだろ? 俺も言われた。ってか、同世代はみんな言われてる」

「高校生、多いもんね。でも……今更いまさら学校だなんて」

「大人たちはみんな、気遣きづかってくれてるのさ。子供だから、さ……俺ら、まだ」


 それは突然の話だった。

 目下、リジャスト・グリッターズの戦力は激減している。もともと消耗が激しく、各機体の大規模なメンテナンスのためにも、惑星"アール"へ帰ってきた。だが、その直後に旗艦きかんにも等しいコスモフリートにダメージを負ってしまった。

 なにより、初めての戦死者が全員の心に影を落としていた。

 今、ジェネシードや他の敵対組織が攻撃を仕掛けてきたら……正直、苦しい。

 優には難しい戦略や戦術はわからないが、ベストな心身で戦える気がしないのだ。

 そんなことを考えてると、突然背を叩かれた。


「シャンとしようぜ、優! 背筋が曲がってるぞ」

歩駆アルクか。お前も学校、行くのか?」


 大人たちの取り計らいで、一時的にリジャスト・グリッターズには休息が与えられることになった。真道歩駆シンドウアルクたちもまた、高校生世代としてふねから降り、しばらくは学校生活に戻るように言われているのだ。

 勿論もちろん、青森校区の寮に部屋を用意してもらってるし、少し戦いから離れるのもいいだろう。

 だが、歩駆は悔しさを隠そうともしなかった。


「正直、こんなことしてる場合かって思うんだよな。俺……シナさんのかたきが討ちたいよ」

「歩駆、お前……」

「俺たちの頼れる兄貴分でさ、いつも相談に乗ってくれたし。それなのに、普段はちょっと頼りないっていうか、どこにでもいる普通の兄ちゃんだった。それが」

「……戦争やってんだな、俺ら」


 歩駆の想いは、優にだってわかる。

 歩駆は突然、一度こちらの地球に飛ばされた。自分の地球では、暗黒大陸を経てようやく日本に戻れた。なのに、幼馴染の悲劇的な死と共に、ゴーアルターをもう一人の自分に奪われてしまったのだ。

 優はちらりと、横に視線を滑らせる。

 手と手に白い息を吹きかけながら、篤名は寒そうに歩いている。

 彼女がもし、目の前で……そう考えただけで、優にも寒さとは違う震えが込み上げた。


「俺さ、優……初めてこっちの地球、惑星"r"に着た時、級さんたちに凄く親切にしてもらったんだよ。広島……こっちだと、廣島ひろしまか。そこで凄く世話になってさ」

「この部隊で、級さんに世話になってない奴なんていなかったさ」

「……アカリさん、強い人だな。あの人が明るく振る舞ってるから、俺だってへこたれちゃいれない。少し休んで英気を養って……俺は絶対に、ゴーアルターを取り戻してみせる」


 ふと立ち止まって、優は空へと目を細めた。

 遠くの山並みを超えて、巨大な飛行船がこちらへ向かってくるのが見えた。あれは多分、皇国海軍の高高度巡航輸送艦こうこうどじゅんこうゆそうかん羅臼らうすだ。だとすれば、自分たちとは別行動を選んだ第三高校の級友たちが乗ってるはずである。

 秘密基地でもあるユグドラシルを地下に持つため、甲府の県立第三高校は閉鎖されている。あのPRECプレックとかいう謎の組織のせいだ。

 失われた日常は、戻っては来ない。

 そして、失われた命も同じだ。


「……最初から強い人なんか、いないさ。それに、灯さんだって誰にも見られず泣いてるんだ。だから……もうこれ以上、誰も死なせない。俺らも、死んじゃいけないんだ」

「だな、優! ま、ユートや佐助サスケ世代セダイたちも一緒のクラスになるんだし、賑やかになるぜ」

「そういえば、青森の幼年兵ようねんへいたちもクラスに編入されるって」

「……かわいい子、いるかな」

「いるだろ、むしろ、いるべき?」

「だよな」

「もち」


 何故なぜか篤名に、ひじで脇腹を小突かれた。

 それを見て、歩駆も少し大人びた笑みを見せる。

 他の面々も機体のチェックが終わり次第、降りてくるだろう。明日からみんな、クラスメイトだ。シファナ・エルターシャなんかは、学校に通うのはほぼ初めてというので、はしゃいでいたのを思い出す。

 ちょっと、かわいかった。

 因みに青森校区の制服は、ブレザーである。

 セーラー服もいいが、ブレザーもいい。

 そんな不謹慎なことを考えつつ、槻代級ツキシロシナの死を優は受け止めようとしていた。時間がかかるだろうけど、受け入れなければいけない。


「あの、リジャスト・グリッターズの方ですか?」


 ふと、優たちは聞き慣れぬ声に引き止められた。

 まるで冷たい清水しみずのように、玲瓏れいろうな響きだった。

 振り返るとそこには、長い黒髪の少女が立っている。かなりの長身で、悔しいが優や歩駆より目線一つか二つ分ほど違う。ととのった顔立ちは表情が乏しく、綺麗なのにどこか無機質な印象を与えてくる。


「えっと、君は」

「私は特別学級でクラス委員をやることになってます。五百雀千雪イオジャクチユキ、高等部二年生です」

「ああ、俺らのクラスの」

「ええ。大変な戦いのあとで、大したおもてなしもできないんですが……とりあえず、寮の方へとご案内しますね」


 それだけ言うと、千雪は歩き出した。

 その背を追いつつ、優は歩駆へアイコンタクト。以心伝心いわずもがな意思疎通みなまでいうな……横目でうなずき合えば、自然と小声がひそやかに交わされた。


「歩駆、どうだ」

「かなり美人。あと、ボインちゃんだ」

「だよな、ううむ」

「楽しい学校生活になるかもな」

「ま、しばらくは休暇と思って高校生やりますか」


 ニシシと笑いを殺す二人をよそに、篤名はすぐに千雪と打ち解け始めている。早速彼女の隣を歩いて、見上げながらあれこれと話している。

 千雪は表情こそ変わらないものの、優しく親切で、篤名の不安を取り払おうとしてくれてるようだった。


「ん? なんだ、ありゃ」


 校舎を遠目に眺めながら、寮へと向かっている時だった。

 一台の巨大なトレーラーが、格納庫ハンガーと思しき施設の前で停車するのが見えた。ここは皇立兵練予備校……パンツァー・モータロイドのパイロットになる幼年兵を育てる学校である。当然ながら、教習用のPMRパメラもあるし、それを整備する格納庫もある。

 だが、トレーラーの荷台に載せられた機体は、優にも見覚えがない。

 日本皇国陸軍の機体なら、94式【星炎せいえん】のはずだが……?

 その時突然、歩駆が「あっ!」と声をあげた。


「あ、あれ……【氷蓮ひょうれん】じゃないのか!? ひでぇ、ボロボロだ」

「完全にオシャカだ。惑星"J"のお前が知ってるなんてな、歩駆」

「ああ……97式【氷蓮】だ。最新鋭機だって話だが、この有様じゃ」


 力なく横たわる機体は、すで鉄屑スクラップ同然に見えた。酷い損傷で、動きそうもない。

 だが、優は不思議と大破したPMRが気になった。

 トレーラーの助手席から学生服の少年が降りてきたのは、そんな時だった。

 彼は運転手に礼を言うと、しばらく荷台の機体を見上げてたたずむ。

 優は、その暗い瞳になにかが燃えているように感じた。

 まるで、黒い情念の炎がゆらいでいる……そんな目つきだった。

 そして、歩駆が絶句しつつもその少年へ駆け寄ってゆく。


「おいっ、統矢トウヤっ! お前、統矢だろ! ほら、廣島で……俺だ、歩駆! 真道歩駆だ!」


 どうやら顔見知りのようだ。

 だが、走り寄る歩駆が突然足を止めた。

 振り向く少年は、鋭い視線で歩駆をにらんだのだ。


「歩駆か……お前、どこ行ってたんだよ」

「あ、ああ。いや、色々あって。そういや、りんなちゃんは? 北海道校区だったよな、お前ら。よかった、無事で……こっちも大変だったんだな」

「よかった? ……なにがよかったんだよ。そうだよ、大変だったさ。その大変な時に……お前たちリジャスト・グリッターズは、どこに行ってたって聞いてんだよ!」


 統矢と呼ばれた少年の声音こわねは、まるで研ぎ澄まされた刃だ。声を荒げたようでもなかったし、凄んでみせた訳でもない。それなのに、ドス黒い負の感情が凝縮された、そんな声だった。

 それが、北海道での戦いで生き残った数少ない幼年兵……摺木統矢スルギトウヤとの出会いだった。

 そして、優はこの時気付きもしなかった。

 不思議そうに首をかしげる篤名の隣で、凍れる美貌がほおを朱に染めているのを。

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